第二十三話 哀しみの渦③
イネスの目の前の黒い渦はどんどん勢いを増し、同時に大きさも増していく。そしてイネスの張った氷の防御壁にヒビが入る。
『っ!!マズイ…このままでは…くっ…』
シィは何とか踏ん張るが、黒い渦から出る圧が強過ぎていつまで持ち堪えられるか…と、少しの不安が過ぎる。すると、後方から声が聞こえた。
『『イネス様〜』』
『『シィ様〜』』
『…っ!!お前達!何してる!来るな!!』
後方から聞こえたのは、シィと共にイネスに仕える他のクジラ達だった。
『シィ様、私達もお手伝いしますわ!浄化の強化で良いんですよね?』
『皆でやれば何とかなりますよ!』
『私達だって少しくらいは力になれます!』
『私達、いつも一緒にやってきたじゃないですか!』
『……お前達…』
イネスと五頭のクジラ達は、難題にぶち当たると常に皆で意見を出し合い、時に喧嘩しながらも乗り越えてきた。
シィの誰よりも責任感が強い性格もよく分かっており、また自分達の力がシィより弱い事も十分理解した上で、自分達の出来る事で手伝いたいと思っていた。
それを誰が言い出すでもなく、自分達の意思で集ったのだった。
『皆!シィと一緒に防御壁の浄化強化をお願い!』
『『『『お任せ下さい、イネス様!!』』』』
『……ふっ…また独りよがりになるとこだったな。
…よし!お前達、気合い入れるぞ!!』
『『『『は〜いっ!!』』』』
『はぁ…気の抜ける返事だな…ふふ…』
シィは弱気になった自分に喝を入れ直し、大きく息を吐く。
『いくぞっ!!』
『『『『『ハァーーーーッ!!』』』』』
五頭のクジラ達の息の合った気合いに力が宿る。
シィは海中に戻った時に姿もクジラに戻っていたが、気合いを込めて浄化をしているうちに人型になっていた。そして、他の四頭も各々体から白い光が溢れ出し人型に変化していく。
浄化に集中していて、本人達は自身の変化には気付いていないが、イネスは背後からの大きく温かい気配に気付き振り返る。
『…っ!!貴方達…私も頑張らなくちゃ!!』
イネスは後方の「友」に元気を貰い、再び気合いを入れる。
勢いを増しどんどん膨れ上がる黒い渦は、今にも氷海を覆い尽くさんばかりに広がっていた。
イネスは心の中で「後ろは任せたわ」と呟き、渾身の力を振り絞り黒い渦の中心向けて浄化水を放つ。
黒く染まった海水と浄化の白い海水とが激しくぶつかり合い、大量の水飛沫が飛び散り辺りが霧に包まれたかのようにイネスの姿を隠した。
『『『『『イネス様っ!!』』』』』
『……大丈夫よ!そっちは任せたからね!!』
『『『『『はいっ!!』』』』』
白と黒が混ざる霧の中でも、イネスは浄化水を放つ手を止めなかった。
イネスは放水に全力をかける為、自身に纏っていた防御膜を解除していた。その為、少しでも気を抜くと黒い哀しみに取り込まれてしまう。イネスは放水する手に集中した。
一方、黒い渦の中の女性体も止めどなくぶつけられる白い浄化水と戦っていた。
自身の哀しみが力となる黒いモヤと、イネスの放つ白い浄化水。
イネスの浄化水は、黒く澱んだ哀しみを優しく包み込むようにゆっくり洗い流していく。
その心地良さに流されそうになる度、黒いモヤが抗う。
オアリスと一緒にいた頃の楽しかった会話が思い出され顔を綻ばせると、会話が減り暗い雰囲気に嫌われたのではと恐ろしくなる…その繰り返しで、イネスと青い髪の女性体の攻防は一進一退といった状態で、なかなか決着が着かない。
しかし、イネス側にはシィや他の子達の助力もあり、徐々に優勢になってきた。
イネスとしては、哀しみに包まれた黒い渦を…その中心にいる彼女をどうにかしてあげたいという思いで対峙していたのだが、当の本人は自分を排除しようとしていると思っていて、それが更に哀しみを増幅させていた。
最早イネスの思いは届かない。
…いや、イネスでは届かないのだ。
それでもイネスは諦めなかった。が、イネスにも限界が近付き、その後方にいる子達も限界だった。
一方、イデスの神殿では…
『離せ、アデス!』
『嫌です!アンゼス様に言われてるでしょ!』
『…くっ…けど、イネスがっ!!』
『イネス様を信じるのではなかったのですか!』
『信じてるが、このままではイネスが…ダメだ!アデス、離せ!俺と一緒なら『イデス様っ!!』…』
『アンゼス様がこの状況を分かってて手を貸さないのは何故だと思いますか?何か考えがあっての事だと思いませんか?』
『…アンゼス様は…時に分からない…黙って見ているのは俺の性にあわない。アデス、お前だって俺がそうだって分かってるだろ!なのに、何故止める!?』
『…分かってますよ。分かってるけど…それでも…今は行かせられません!何があってもイデス様を止めます!!』
『アデス、お前…そうか…分かった。だが、俺も譲れない。イネスを助けに行く…』
『……私も…譲れません。全力でイデス様を止めます!!』
『…お前の覚悟は分かった。悪く思うなよ。』
『…お互い恨みっこ無しです。私は全力でいきますので、イデス様も…全力で来て下さい!!』
アデスはギリギリまで悩んだが、アンゼスに言われた全力を出した事がないという言葉が頭を過ぎり、やってみたい気持ちが止められなかった。
どうせダメなら思いっきりやってスッキリしたい…そう思ったら、何かが吹っ切れたような気がして体の奥底からふつふつと湧き上がる衝動を感じた。
『…この感じ…興奮?…何か分からないけど、ワクワク…ゾクゾクする…敵わない相手に臆するではなく、楽しみに感じるなんて…俺も大概オカシイか…ふっ…』
『アデス、何ブツブツ言ってる!行くぞ!俺は急いでるんでなっ!!』
『臨むところですっ!!』
イデスとアデスは互いの全力をぶつけ合う。
これもアンゼスの思惑通りで、イデスのイネスに対する執着に近いものが、イデスの進化を妨げていると感じていた為、それを壊す役目をアデスに任せたのだ。
それが出来るのは、イネス以外でイデスに最も近いアデスしかいないとも思っていた。
また、アデスの遠慮や自信のなさがアデスの進化を妨げている事にも、身をもって気付かせる良い機会になるとも考えていた。
ただ、アデスの能力を引き出すには本人の気持ちが重要な為、場合によってはアデスが大怪我ではなく消滅する可能性もある。
アンゼスとしては、そうなったらそうなったで仕方ないと思っているが、イレスは出来ることなら消滅だけは避けたいと考えていて、最悪の事態になる前に止めようとイネス達とイデス達の両方に気をやっていた。
オアリスもまた、黒い渦の中に籠って嘆き哀しむ嘗ての分身に思いを馳せ、自分は何が出来るか…そればかり考えていた。
空の上ではイブートが、興味深くイネス達を見ていた。
『…なぁ、イアレス。どうする?』
『……静観…だな。アイツらがどうするのか…どうなるのか…見てみたい…』
『……だな。』
イアレスは元は創造神。やはり「好奇心」の方向性はアンゼスに似ているものがあり、また対象が恩のあるオアリスでない事もあり、静観する事に決めた。
ブルートも「好奇心」と自分達はあくまで部外者であり、無闇に関わる事は良くないと判断した。
これは、ブルートの意思であり本来イアレスが持っていた部分の「理性」でもあった。
イアレスとブルート、イネスとイデス、そしてオアリスと青い髪の女性体。彼等に共通する「本能」と「理性」の分裂によるものだった。
分裂の際、その割合は各々でイアレスとブルートは特に分かり易く、最終的に一つに戻る事を選んだ為ドラゴンという形に姿を変えた。
そして、その瞬間「創造神」ではなく「ドラゴン」という神に近い存在となった。
イデスとイネスは、イアレスとブルートの場合と似ているが少し違う。
イアレスとブルートは「創造神」の分裂。
イネスとイデスは「イレス」の複製分裂。
神の分裂と複製の分裂。
根本的に素になるものが違うのだ。
だが、素が神ではなくとも「イレス」を素としている為、素材は一級品とも言える。
イレスはアンゼスが創った「最高傑作」なのだから。
イレスはある意味、最も神に近い存在。元は創造神のドラゴンになったイアレスと同等と言える存在。そんなイレスを素に創られたイネスとイデス。
そのイレスの複製体であり、イネスが「理性」をイデスが「本能」を、各々が強く持ち、誕生してからずっと別個体として過ごしてきた。
その為、精神面では深く繋がり似ている部分があるものの、しっかり「個性」を持っている。
そこがイアレスとブルートとの大きな違いだろう。
イアレスとブルートは二人だけの世界でずっと過ごす事で「共依存」「共執着」となって、最後に分裂してしまった。
イネスとイデスは互いへの信頼関係がしっかり出来ていた事、特にイネスは周りにイデス以外の者との関係構築が出来た為「依存」や「執着」に至らなかった。
が、イデスはアデス以外との者とはあまり関係を持たなかった為、イネスに対して「依存」や「執着」めいたものになりつつあった。
アンゼスはそれを良しとしなかったのだ。
ブクマに評価に感想、ありがとうございます(*>ᴗ<*)
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話が進むにつれて構成が迷走しだし、投稿が遅れてしまってます。
今章はこの対決で終了予定ですが、何だかんだでもう少し長引きそうです…(>_<;)スミマセン




