第二十二話 哀しみの渦②
『…アス…私が行けば…』
『……』
アンゼスはオアリスの言葉に返事はしなかった。
それが、答えだった。
『……』
アンゼスはこの時、イネスの心配はしていなかった。
イネスが限界を迎えた時に更なる覚醒が起き、半覚醒から本覚醒になるのではと予想していた。
それは、この後イネスが危機に陥るという事でもあった。
更には、そのイネスの危機にイデスが黙っていられるはずもなく暴走するだろうとも。
それ等を同時に起こす事で、二人揃って半覚醒から本覚醒に…あわよくば、他の子達にも影響を及ぼす事になるだろうと…そこまでの仮説を立てての静観なのだ。イレスはその事に大凡の予想はしていたので、アンゼスの意向に沿うように静観しつつ、イデスの動向を見張っていた。
しかし、オアリスはそんな覚醒事情等知らないので、何故アンゼスは直ぐに手を貸さないのか…それが不満にも感じ、とうとう黙っていられなくなる。
『アス!どうして彼女を助けてあげないの!
このままじゃ、彼女は…』
『……リス、悪いけど少し黙ってて。』
『…でも、それじゃ…』
『……リス、助けるのは簡単だよ。だけど、頑張りたいと思ってる子に…頑張れる子に、こちらの考えで勝手に手助けして、その先にその子の成長があると思う?何かある度に手を出してたら、その子は頑張らなくなるよ。誰かが何とかしてくれる…ってね。』
『……そうかも知れないけど…このままじゃ…彼女は…』
『イネスは大丈夫。あの子の力はあんなもんじゃないから。今よりもっと強くなる。出来るよ、あの子ならね…』
アンゼスは真っ直ぐ前を…目の前に映るイネスを見て答えた。
『………アスは…あの子を信じてるのね…』
『……信じてるよ…』
オアリスはアンゼスの考えを聞いて、半分納得するもどこか納得出来ない感じがあった。
アンゼスの言葉をそのまま素直に受け取っていいものか、何か別の思惑があるのでは…という疑念が残る。
その頃イデスは、アンゼスの先程の言葉を聞く寸前迄は、言いつけを破ってイネスの元に向かおうとしていた。
アデスにより必死に止められていたが、いよいよ拘束を解こうとしたその時に、アンゼスの「イネスを信じてる」という言葉を聞き冷静になったのだ。
アデスもイネスとの付き合いは長く、イデスと共に接する機会も多かったのでそれなりに心配はしていた。が、イデス程のものではなかった。イネスの心配より、イデスと自分の心配をしていた。
アデスは皆とは別回路でアンゼスから念話が送られていた。
『アデス、イデスをそこから絶対移動させるな。』
『…?あれ…アンゼス様?
イデス様を移動させるなって言われても、イデス様が本気出したら私では止められませんよ?』
『…いや?私はそう思わないが。』
『いやいやいや…私がイデス様の全力止められる訳ないじゃないですか!消し炭にされますよ〜』
『…其方、今まで本気出した事あるのか?』
『…え…っと…無いかも…けど、イデス様の本気に勝てる訳ないって事位分かりますよ〜』
『いいや、そんな事はやってみなきゃ分からない。
だからアデス、其方の全力をもってイデスを止めろ。其方の全力がどの位か分かるし、イデスの鍛錬にも丁度いいからな。』
『そんな…私の全力なんてたかが知れてるし、冗談抜きでイデス様がブチ切れたら私なんて…』
『……いいな、アデス。やりなさい。』
『……はぁぁぁ、分かりましたよ!やればいいんでしょ!その代わり、私が消し炭になったら責任取ってくださいよ!!』
『責任は取らんが、其方は大丈夫だ。少々怪我する程度だ、気にするな。』
『いや…気にするなって…あぁ、もうっ!…痛いのヤダなぁ』
アデスはアンゼスの圧に負け、やるしかない状況に追い込まれた。最早、イデスが暴走しない事を願うしかない。
皆の知らないところで、こんなやり取りをしていたアデスは、アンゼスの言葉の裏には絶対何かあると思っていた。
そのアデスの予想は当たっていて、アンゼスの「信じてる」の裏側には「邪魔をするな」という意味もあった。それに気付いているのはイレスとイアレスだけだろう。ブルートとオアリスは何となく含みがあるなぁ…程度には気付いている。
アンゼスは時々こうゆう事があるが、いつも絶妙なタイミングと普段の人懐っこい言動から、本人の意思とは違い良い方に捉えられてきた。
しかし、アンゼスは創造神。冷酷非道な訳ではないが、根本は「創造」に対する好奇心の追求である為、その過程にある「想像」や「検証」を妨げる行為を酷く嫌う傾向がある。
神界が意思を持ち様々な変化や進化を見て楽しんでいる部分と、その反面横やりにも感じる自分以外の者の介入に、無意識に感情が揺れる時が出てきていた。
そして今も正に、オアリスの介入に対し若干の苛立ちを覚えていた。
邪魔はさせない…
言葉にしないがその気持ちは強く、それがオアリスだろうとイデスだろうと、アンゼスの検証を邪魔する者は排除する…つもりでいた。
最近のアンゼスは、時折こういった激しい感情を持つ事があるが、本人はそれに気付いていない。
ドラゴンのイブート(イアレスとブルート)は、オアリスに別れを告げ飛び立った後、神界の上空を優雅に飛び回っていた。
初めての飛行を満喫していた二人だったが、イアレスが何か嫌な気配を感じ辺りをキョロキョロ見回すと、山脈の端の更にその向こう側で黒い渦が空へ向かって伸びているのを見つけた。
イアレスはその黒い渦から、以前感じた嫌な気配を感じ眉間に皺が寄る。
『……アイツか…』
暗闇の中で無神経な物言いで、イアレスの感情を爆発させたあの気配に、一言文句を言ってやろうと思い近付く事にした。
するとそこには、イネスもいて何やら取り込み中に見えたので、二人は暫し上空から様子を見る事にしたのだった。
イネスとシィと黒い渦の攻防を見守る彼等。
そしてイネスと黒い渦との戦いが再び始まる。




