依頼その2 学校の怪談
「これは何?」
警官は小さな紙包みを振って見せる。
中からは粉末が入っている音がした。
「詳しくは署で聞くから、大人しくついてきてね」
「はい……」
スキンヘッドの大男──武藤は力無くそう返事した。
依頼その2 学校の怪談
「何でいきなり夜の学校なんて連れてきたんスか」
只巳エルは抹茶ラテを飲みながら訊いた。
7月末、この時間でも蒸し暑い季節。
幸い日差しの無い時間帯なのでエルはノースリーブに短パンだが、それでも気休めにしかならない暑さだ。
「いや……警察署に行ったら古い付き合いの刑事に紹介されてな、ここの校長から正式に依頼されたんだ。
出る連中と噂を聞き付けて肝試しに来る連中とで警備員が困ってるってな」
武藤は嘘の無い範囲で答えた。
しかし、
「あー、SNSで見たっス、『駅前でヤ○ザが職質されてクスリ出てきた』って投稿。
アレ武藤サンだったんスね。
どうせ署で事情知ってる刑事さんにクスリじゃなくて塩だって話してもらったんスよね」
エルは全てを理解した。
「それで、あの校舎内に"いる"連中は何なんスか?」
ありがたい事にすぐにエルは話題を変えた。
武藤はスマートフォンに記録したリストを読み上げる。
「動く人体模型、動く骨格標本、動く石膏像、動く二宮金次郎像……」
「動くのばっかりっスね」
「テケテケ、動くグランドピアノ……」
「ピアノが動くんスか!?鳴るんじゃなくて!?」
「あとはここが昔は墓地だったという話」
「定番が多いっスね……」
エルはリストを自分のスマホにも記録し、ある事に気付いた。
「『動く』ってつかないのテケテケだけですけど、こいつって確か上半身だけで走るヤツだったっスよね?
じゃあ残りも走るんじゃないっスか?」
「実際にそういう話も聞いている」
武藤は校門に手をかける。
「それから、墓地だったという話も確かだ……無縁仏を供養していたらしい」
「あ、最悪っス」
エルは露骨に嫌そうな顔をしながらトートバッグからゴミ袋を取り出した。
「あと出るのは毎年この時期だけらしいが、この地域の古い家は今がお盆だ」
武藤の言葉にエルは質問する。
「んー……この時期って珍しくないっスか?
旧盆と新盆の間っスよ」
「他の地域だが、水が乏しく稲作が出来なかったかわりに盛んだった養蚕の都合でこの時期だったらしい。
この辺りもそうなのかは調べる時間が無かったけどな」
「つまり帰る家が無い連中があの世から帰ってきてるんスね……もう何が出てもおかしくないじゃないっスか。
むしろその七不思議……墓地だった話以外の六つだけで済んでるのが奇跡っス」
エルは抹茶ラテの容器をゴミ袋に入れ、トートバッグの中にしまった。
「じゃ、私はいつも通り見てるだけなんでお願いします」
「……行くか」
武藤は校門を開け、学校の敷地へと踏み込んだ。
夜の校舎には武藤とエルの足音がよく響いた。
「あ、テケテケっス」
エルは真正面の廊下を両腕で走ってくる上半身だけの影を見つけた。
武藤は塩の包みを取り出すが、テケテケの方が早かった。
テケテケは真っ直ぐに武藤へと飛びかかり、そのまま武藤の身体をすり抜けてしまった。
「すり抜けたっス」
「じゃあそこか」
武藤は塩を手にかけながら背後の足元を殴る。
テケテケは武藤をすり抜けた事を理解できていない様子で振り返ったところで、その顔面に武藤の拳がめり込んだ。
「お、命中っス。
見えてないのによく当たりますね」
「それより、こいつ真っ直ぐ俺を襲ってきたのか?」
武藤の疑問に答えるようにエルは折り畳みの携帯の待ち受けを武藤に見せた。
「護符があるんで、アタシの事が見えないんスよ」
「それはズルくないか?」
「いいじゃないっスか、武藤サンは霊感無さすぎて霊からも触れないんスから」
エルは携帯をトートバッグにしまう。
「今だって見事なすり抜けっぷりでしたよ。
それに──」
その時、何者かが武藤の背後から肩に手を乗せた。
武藤が振り返り、その白い手に気付いたエルも振り返り、真っ白な石膏像の顔が2人の視界に入った。
数秒の沈黙。
そして、
「うわあああ!」
「ひゃあああ!」
武藤とエルは同時に走り出した。
「ちょっとちょっとちょっと!
何で武藤サンに触れるんスか!」
「何で俺に見えてるんだよ!」
走る2人の後を石膏像もまた走って追いかけてくる。
「というかお前、あっちから見えてないんだから逃げなくてもいいだろ!」
「怖いもんは怖いんスよ!
というか武藤サンも何で逃げるんスか!」
「俺に見えて触れる相手はおかしいって!」
全力で走りながらエルは無い知恵を絞る。
「ほら、人形!
アレもデカい人形っス!
霊が入ってるだけでガワは実物!
きちんと実体が見えてる!」
「そういう事か」
武藤は急停止し、振り返ると走ってきた石膏像の顔面を掴む。
「石膏像が動くな!」
そして石膏像の後頭部を床に叩き付けた。
「ちょっと武藤サン!」
「壊してもいいって話はしてある」
武藤は立ち上がり、動かなくなった石膏像に塩をかける。
「さて、次は──」
廊下に足音が響き、前後から同時に骨格標本と人体模型が走ってきた。
武藤は骨格標本の顔面に拳を打ち込み、振り返りながら人体模型の腹に蹴りを叩き込む。
骨格標本は骨を撒き散らしながら倒れ、人体模型も内蔵を撒き散らしながら吹き飛んだ。
「お前らどいつもこいつも、廊下を走るな!」
武藤がキレた瞬間、その遥か後方の廊下の曲がり角から低空飛行で飛び出してきた二宮金次郎像が頭から突撃してきた。
武藤は振り返ると二宮金次郎像の頭を両手で捕まえる。
「飛んでりゃいいってもんじゃ──」
そのまま武藤は大きくふりかぶり、
「──ねえんだよ!」
二宮金次郎像の頭を垂直に床に突き刺した。
「ハァ……ハァ……」
武藤はすぐに廊下の先に視線を向ける。
ちょうど走ってきていたグランドピアノが急停止し、数秒の沈黙の後にもと来た方向へと逃げていった。