依頼その1 メリーさんの電話
「もしもし、私、メリーさん」
電話の相手がそう名乗るのは何度目だろうか。
メリーさんの電話──有名な都市伝説のひとつ。
その電話が数時間前いきなりかかってきた。
最初は駅の前、次は近所と、相手が告げる現在地はどんどん今いる自宅に近付いて来ている。
既に電話の相手は自宅の前まで来ており、これが最後の電話だろう。
これを聞けば、私は殺される。
「今、あなたの後ろに──」
その言葉は頭部を拳で殴り付ける音に遮られた。
「武藤サン、今のアタリっス」
「そうか」
部屋の隅で椅子に腰かけている若い女性とたった今"何か"を殴り飛ばした男性が言葉を交わした。
依頼その1 メリーさんの電話
「メリーさん、今月で3回は殴ったっスね」
狭い事務所の一角で、只巳エルは折り畳み式の携帯に表示した記録に目を通しながら口にした。
「何なんスか、アレ」
「あれは"噂"だよ……"本物"のいない空っぽの"噂"」
そう答えたのは武藤力。
筋肉質な体格とスキンヘッドが目立つ男だ。
「空っぽだから、本質を失った霊にとっちゃ都合のいい居場所になる。
連中は"メリーさん"という名前と役割に勝手に入り込むんだ」
武藤はエアロバイクを漕ぎながらパソコンの画面を見ている。
「それって、空のお社とか人形に霊が入りやすいっていうのと同じ感じっスか?」
エルはそう問いながらソファー脇のテーブル上の抹茶ラテに手をのばした。
「やっぱり詳しいんスね、霊感ゼロなのに」
「そういうお前は霊感あっても見えるだけだよな」
エルも武藤も互いに余計な事を言った。
「それで、ここ最近でメリーさん絡みの依頼が増えてるのって何なんスかね」
エルはその疑問を口にした。
「だってほら、昔からある有名な都市伝説じゃないスか。
それが何で今更」
「十中八九これだな」
武藤はエルのスマホに見ていたサイトのURLを送信した。
エルは携帯をテーブルに置き、置いてあったスマホにを手に取る。
「何なんスか、コレ」
エルはそのサイトに目を通した。
~~~~~
メリーさんの電話がかかってきた。
これはネットで見たあれを試すチャンスと思ってすぐメリーさんがいるのとは別の駅にダッシュ。
そしてすぐ電車に乗ってドア脇の壁に背をつけて待機。
家電はスマホに転送されるから電車でメリーさんを迎えられるって訳。
そうしてるうちに例の電話。
「今あなたの後ろに」ってやつ。
でも俺の後ろって走ってる電車の外な訳よ。
何回か同じ電話がかかってきたんだけど結局電話がかからなくなって、2時間かかってこなかったから帰宅。
その後は何も無し。俺の勝ち。
~~~~~
「そのサイトがSNSで話題になったのはうちに依頼が増えた時期の少し前。
メリーさんの電話がかかってきたというSNSの投稿も同じ時期に増えている」
武藤はSNSの画面をスクロールしながら内容を読んでいる。
「うちに依頼が来るのは氷山の一角……全体は把握しきれない。
ただ、噂の元になったこの話題の"メリーさん"を片付ければ少しは落ち着く筈だ」
「少し、なんスね」
「ああ、"メリーさんの電話"の本質は都市伝説と化した"噂"だ。
完全に消すのは無理だから、可能な限り取り除くしか無い」
抹茶ラテを飲むエルに武藤は説明を続けた。
「ただ、こういうパターンは特に活発な霊が中心にいる……この書き込みの"電話"をかけた奴だ。
今かかってる"電話"の何割かはそいつだろうな。
残りがそいつから広まった"噂"に居着いた奴だ」
「でもその中心の奴も"メリーさん"そのものじゃないんスよね」
「そう、そいつもただの模倣だったのが本物の"メリーさん"に近い存在になっている。
だから今いる残りの霊も"メリーさん"でいる時間が長ければ本物に近付いて"噂"の中心側になる。
昔はそれで大変だったらしい」
「そうなんスね……ところで武藤サン、依頼のメール来たっス」
エルは武藤のパソコンへのメールに武藤自身より先に気付く。
「偶然っスね……このサイトと同じ感じっス」
「"当り"か……」
武藤はすぐにメールを開いた。
「もしもし、私、メリーさん」
依頼主の女性はその声を聞いた。
「今、あなたの家の前に──」
その声は頭部を殴る音に遮られた。
「武藤サン、セーフっス!」
エルはバイクから降りる。
武藤は既に自分の自転車を停め、エルに言われた虚空を殴っていた。
「3メートル先、まだいるっス!」
「1発じゃあ足りないか……まだ"浄め"が足りないみたいだな」
武藤は懐から小さな紙包みを取り出すとその縁を噛み千切り、その中の粉を右の手のひらにかけた。
「浄めの塩はよく効くだろ?
今度は倍の量だ」
その粉──塩を握り込んだ拳で、武藤は"メリーさん"がいると伝えられた場所を殴る。
「1メートル先、足元」
「外しました、ちょい右」
霊の見えない武藤をスイカ割りのようにエルが言葉で誘導し、塩で浄めた拳が霊に何度も打ち込まれた。
「あ、消えたっス」
エルにそう言われ、やっと武藤は止まった。
「メリーさんの電話、SNSでも話題減ったっスね……」
事務所で抹茶ラテを飲みながらエルはそう口にした。
「アレ、大当りだったっスね……」
「でも"メリーさん"は有名な都市伝説だ……有名すぎるくらいにな。
また強い"メリーさん"が出てくれば"噂"も増える」
武藤はエアロバイクを漕ぎながらパソコンの画面を見ていた。
「あ、武藤サン、メール来たっス」
相変わらずエルは武藤より先にメールに気付く。
それはつまり──
「また"本物"の依頼か……」
武藤はそのメールを開いた。