サタンのクリスマスプレゼント
ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る。
もうすぐクリスマスの季節。
世間は楽しげな雰囲気に包まれ、笑顔の人々が集まっている。
しかし、クリスマスは全ての人にしあわせをもたらしてはくれない。
家族がいない人々、恋人がいない人々、友人がいない人々、貧しい人々。
そのような人々にクリスマスは辛く当たる。
だから、クリスマスを妬み、恨む人々もいる。
クリスマスよりも少し前の事。
ある学生の男が、来るクリスマスを妬み、鬼の形相を浮かべていた。
「どいつもこいつも、クリスマスだって浮かれやがって・・・!」
その男は学校の成績が悪い、いわゆる落ちこぼれ。
友人はいない、家族とも疎遠。人間関係は最悪。
学校でもどこでも居場所がない。
更には先頃、憧れの女子学生に告白して、ひどい振られ方をしたばかり。
今は怒りに包まれ、世の中のすべてが憎い。
いっそ包丁を手に通り魔でもしてやろうか。
そうも思ったのだが、そんなことをする勇気もない。
それにその男の恨みは深く、通り魔のような小規模のことでは足りない。
もっと広く世の中に破滅をもたらしたい。
だからその男は、インターネットに救いを求めた。
その男は、インターネットで世界の滅ぼし方を調べてみた。
しかし当然、役に立ちそうな情報は得られなかった。
出てくるのは怪しげなオカルトの情報ばかり。
だから次に、その男は、オカルト方面で調べることにした。
すると、あるオカルトサイトに、
世界の滅ぼし方、という本があるという情報を見つけた。
それは古い外国の魔術書だった。
その本を読めば、世界の滅ぼし方がわかるに違いないという。
その男は、その本を探すことにした。
とりあえず近所で一番大きな本屋に問い合わせるも、
そのような本は取り扱いがないと突っぱねられてしまった。
次にその男は、町の大きな図書館を尋ねた。
しかし町の図書館は主に日本語の本ばかりを扱っていて、
外国の魔術書などは置いていなかった。
世界の滅ぼし方、その本を手に入れることはもう無理なのか。
諦めかけたその男の最後のあては、学校の図書館だった。
灯台下暗し。
いつもの馴染みの学校の図書館で、その本は見つかったのだった。
その男が手にしたのは、大きくて分厚い、古い魔術書だった。
学校の図書館の片隅にあったのを借りてきたものだ。
難しい外国語の本だが、辞書と教科書を片手に翻訳してみる。
すると確かにその本は、世界の滅ぼし方という本だった。
内容は、悪魔のサタンに関するものだった。
サタンは世界を滅ぼす存在。
サタンを召喚することができれば、世界を滅ぼすことができる。
サタンを召喚する方法。
などなど、世界の滅ぼし方の本には記載されていた。
要約すると、サタンは召喚した者の願いを叶えてくれる。
サタンを召喚するには、生贄などの供物が必要となる。
ということのようだ。
その男は難しい顔になって腕組みをした。
「生贄かぁ。
さすがに人間を殺して生贄にするのは難しいなぁ。
それじゃ世界を滅ぼす前に殺人犯になってしまう。
鳥でもいいみたいだけど、そんなにたくさん用意できないし。」
なんとか用意できる供物はないものか。
その男は世界の滅ぼし方の本を読み進めていく。
すると、こんな記述を見つけた。
サタンを召喚する供物として、万を超える嘆願書をもって供物としてもよい。
ということが書かれていた。
「サタンの召喚を願う一万枚以上の嘆願書を集めるってことか。
生贄よりはよっぽどいいけど、一万枚も集めるなんて難しいな。
・・・ん?いや、待てよ。」
世はもうすぐクリスマスの季節。
その男に一つのアイデアが浮かんだ。
この方法ならば、サタンの召喚を願う一万枚以上の嘆願書が集められるかも。
早速、その男は行動に移すことにした。
次の日。
寒空の下、その男は、学校の校内にいた。
手にはたくさんの紙を持って呼びかけている。
「クリスマスのアンケートです!ご協力をお願いします!」
その男が手にしている紙はアンケート用紙。このように書かれていた。
クリスマスアンケート!
あなたがサタンさんに望む願い事を書いてください。
もしかしたらクリスマスにあなたの願いが叶うかも!?
もちろん、これはただのクリスマスアンケートではない。
サンタクロース、つまりはサンタと、悪魔のサタンと、
字が似ていることを利用した、サタン召喚の嘆願書だ。
少なくともその男にはそのつもりだった。
お気軽なクリスマスアンケートに偽装して、
サタン召喚の嘆願書を集めるという作戦だった。
しかし実際やってみると、アンケートというのは集めるのが大変。
ただでさえ忙しい時期に、
何の得にもならないアンケートに答えてくれる人などそうはいない。
「えー、クリスマスアンケートだって!」
「サンタさんへの願い事かぁ。ブランドもののバッグかな。」
答えてくれたのは好奇心が強い学生が数人程度だった。
クリスマスアンケートに偽装したサタン召喚の嘆願書。
しかしそれでもなかなか答えては貰えない。
そこで次に、その男は考えた。
「そうだ、アンケートに答えてくれたらお礼をすればいいんだ。」
そうしてその男は、アルバイトで貯めた貯金を下ろし、
買い物に使える商品券に替えた。
そして、クリスマスアンケートに答えてくれた人に、少額ずつ配ることにした。
「クリスマスアンケートです!
答えてくれた方には粗品を贈呈いたします!」
すると、いくらかの学生が足を止めてくれた。
「何?このアンケートに答えたら、商品券くれるの?」
「だったらやるやる!」
まさかクリスマスアンケートがサタン召喚の嘆願書になっているとは知らず、
商品券目当ての学生たちが記入回答していく。
中には勘の良い学生もいて、アンケートの記述が、
サンタではなくサタンになっていると指摘されることもあった。
その時は、誤植なので後で直すということにして誤魔化した。
学校内での無許可のアンケート活動ということで、
事務局から取り押さえられそうになったこともあった。
その時は持ち前の逃げ足を使って雲隠れしてやり過ごした。
そうして数日かけて、その男は、
学校内で回答して貰えそうな人々から、おおよその回答を集めることができた。
千は下回らない数。だが目標の一万以上にはまだ全然足りない。
そこでその男は、クリスマスアンケートの回答者を求めて、
学校の外に出て町へと繰り出すことにした。
学校から一歩外へ出ると、町はクリスマスムード一色だった。
恋人の一人もいないその男には居辛いことこの上ないが、
クリスマスアンケートを集める今は都合がいい。
学内でやったのと同じ様に、クリスマスアンケートを集めていった。
「クリスマスアンケートです!答えてくれた方には粗品贈呈!」
学校内にいる学生ほどの人数ではないが、
いくらかの人々が粗品目当てにアンケートに答えてくれた。
夕方頃になると、下校途中の子供たちが大量にアンケートに答えてくれた。
ここでもまた、無許可の街頭活動ということで、
厳しい表情の警官に目を付けられたが、
近付かれる前に走って逃げて難を逃れた。
そうして更に日数と苦労をかけて、その男はとうとう、
一万枚を超えるサタン召喚の嘆願書を手に入れたのだった。
今、その男の部屋の中には、
埋め尽くさんばかりの大量の紙が積み上げられている。
それらはクリスマスアンケートに偽装した、サタン召喚の嘆願書。
世界の滅ぼし方の本によれば、一万枚以上の嘆願書をもって、
サタンを召喚するための生贄の代わりの供物なるはず。
今日はもうクリスマスイブ。
早速、その男は、サタン召喚の儀式を行うことにした。
動物の血の代わりに牛乳を使って床に魔法陣を描いていく。
そして、魔法陣の中に、サタン召喚の嘆願書を積み上げる。
細々な装飾や供物を供えて、その男は本の内容を読み上げた。
「地獄の悪魔、サタンよ。
この供物に興味あらば、我の前に現れ給え!」
簡単だが難しい外国語の呪文を翻訳して唱えた。
しかし辺りは静まり返り、何の変化もない。
失敗か?そう思ったが、それは誤りだとすぐ気が付いた。
静かすぎる。まだ夜も遅くないのに、だ。
家の中どころか、外の音も聞こえない。完全なる静寂。
やがて地の底から、悪意を固めたような声が聞こえてきた。
「我はサタン。我を召喚せしはお前か?」
その男の部屋で執り行われたサタン召喚の儀式。
それはどうやら成功したらしい。
今、家の内も外も完全なる静寂。
そして床に牛乳で書かれた魔法陣は淡く輝き、
巨大な魔物の角の先だけが姿を現していた。
それは紛れもない、サタンの角だった。
世界の滅ぼし方の本に描かれた図とも一致している。
描いた魔法陣が小さすぎたため、
サタンは角の先しか出てこられないようだ。
それでも邪悪で重々しい声だけは聞こえる。
「我を召喚せしはお前か?」
自ら望んで実行したこととはいえ、
まさか本当に悪魔のサタンを召喚してしまうとは思わず、
その男は腰を抜かしていた。
みっともなく床に腰を落とし、震える声で答えた。
「そ、そうだ。僕がサタンを召喚する儀式をした。」
「そうか。人間に召喚されるのは久しぶりだ。
お前にはよっぽど憎い存在があるのだろう。
それは何だ?」
「せ、世界だ。
僕はクリスマスで浮かれているこの世界が憎い。
上手くいかない人間関係が憎い。
難しすぎる学校の勉強が憎い。
それら全てまとめて、世界を滅ぼしてくれ。」
「うむ、わかった。
お前の憎しみは我の目に映るほどに強力だ。
その願い、叶えてやろう。」
え?本当に?
その男は自分の目と耳を疑った。
女に振られた悔しさからやってみた、世界を滅ぼすサタンを召喚する儀式。
それが実際に成功して、今、世界は滅ぼされるらしい。
誰かのいたずらか?いや、そんなわけはない。
今、自分のせいで、世界は滅ぼされようとしている。
みっともなく床に尻もちをついたその男は、体を震わせていた。
そんなその男の様子は意に介さず、サタンは言う。
「では、お前の願いを叶える前に、供物を頂くぞ。」
すると、床に積み上げた一万枚以上のサタン召喚の嘆願書が、
一枚ずつ禍々しい色の炎に包まれていった。
それはまるで、獣が獲物を捕食しているようだった。
シュボッ、シュボッ。と、嘆願書が燃えていく。
するとその度に、サタンの角先が震えているのが見えた。
「何だこれは・・・?
これが我を召喚するための嘆願書だというのか?」
どうやらサタンは、サタン召喚の嘆願書を一枚一枚読んでいるようだった。
それはクリスマスアンケートに偽装されたものなので、
もちろん、世界を滅ぼすことなどは書かれていない。
それどころか、サンタへの願い事なので、書かれていることは平和そのもの。
新しいおもちゃが欲しいだの、美味しいものが食べたいだの、
恋人とうまくいきますようにだの、およそ悪魔のサタンに願う内容ではない。
サタンは嘆願書の内容に怒りをあらわにした。
「貴様!この嘆願書は何だ?
これはサタンではなく、サンタへの嘆願書ではないか!」
「あわわわ、だって、サタンへの嘆願書なんて、誰も書いてくれなくて。」
「だから悪魔である我を騙そうとしたというのか?
大した度胸だ。どうなるかわかっているだろうな。」
「ゆ。許してください!」
床に這いつくばって許しを請うその男。
しかし相手は救世主でもなければサンタクロースでもない。
欺瞞に対する慈悲を持ち合わせてはいないようだった。
サタンの怒りに満ちた声が響き渡る。
「お前の願い通り、世界を滅ぼしてやろう。
ただし滅ぼすのは、お前の世界だけだ。
世界でお前だけが、お前に関する世界だけが滅ぶ。
その他の世界は我が手を出すいわれはない。
さあ、お前だけが世界とともに滅びよ!
それが、我を騙そうとした罰だ!」
すると床が、家が、まるでひっくり返したかのように揺れ始めた。
その男は床を転がり、天井に頭をぶつけた。
家が崩れて周囲の空間が崩壊していく。
周囲に真っ黒な地割れが口をパックリと開けている。
手足を踏ん張って耐えようとするが、それも長くは続かない。
どこへ続いているのかわからない、真っ黒な地割れに、
その男は吸い込まれていってしまった。
クリスマスも終わって、次は年越しに正月の準備と、
世間は慌ただしくその様相を変えていく。
もう誰も、クリスマスアンケートに偽装したサタン召喚の嘆願書のことなど、
頭の片隅にすら残ってもいない。
次々にやってくるイベントを楽しみに、忙しそうにしている。
その中には、サタンを召喚したあの男もいた。
忙しそうにアルバイトをしている、その顔は笑顔だった。
「この荷物、ここに置けばいいですか?」
「ああ、いいぞ。君は働き者だな」
サタンを召喚したあの日、確かにその男の世界は滅んだ。
その男が関わる世界は滅んだが、他の世界は無事なまま。
それはどういうことかというと、その男に関する人間関係などだけが、
きれいにリセット、中立の状態に戻ったということ。
つまり悪意も敵意もきれいさっぱり消えてしまった。
人間関係をまっさらな状態から再び始めることができた。
勉強も一からやり直すことができた。
それはその男にとって福音だった。
世界全てを憎むほどにうまく行かなかった人間関係も、
学校の成績にまつわることも、全てが白紙に戻っていた。
それが、サタンが言う、その男の世界だけを滅ぼすということだったらしい。
ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る。
今年のクリスマスは、その男がこれからしあわせを作っていく記念の日。
うまく行かない物事を、同じ環境でもう一度やり直したい。
そんなその男の隠れた願望を叶えた悪魔サタンは、
その男にとってはサタンではなくサンタにも等しい存在だった。
終わり。
クリスマスにサンタさんは来てくれそうにないので、
サタンの話を書くことにしました。
今までの失敗や間違いを無かったことにしてくれるなら、
サンタでもサタンでもありがたいのではないかと思います。
お読み頂きありがとうございました。