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気にしすぎ

「あのさあ、チラチラ見てきてなんなわけ?」

「へ?」

我慢ならなかったのか、優が振り返って睨むように言う。わかりやすく狼狽える一。そろりそろりと進んでいた途中だったので、中々滑稽な姿勢のまま狼狽えている。

「ふふ、なにその恰好。」

優の笑い方はまるで変っていなかった。一はどうすればいいのか分からず直立不動になり、優に質問する。

優はこちらを向いて肘をついていた。

「い、いや。あの、いいのか?俺達、一応その、あれなんだし。」

「指示語多すぎ。」

文系選抜とは思えない一の日本語能力に的確なツッコミが優から入る。どう言えばよいかと一が悩みながら言葉を出したりひっこめたりする。

「ああ~、そういうことね。こっち来て、外で話そう。」

一は驚きの顔を隠せなかった。あれこれそれで伝わる関係がまだ少し続いていることに少しうれしさを感じてしまう。一は感情が顔に出やすい。

「キモ、何ニヤニヤしてんの。早く行くよ。」

奥の方に座っている大学生がチラリとこちらに視線を送ったのが優にはわかった。自習室から出るときに大学生へ軽く会釈をして外へと向かう。一は軽いショックを受けながらも、慌てて荷物を自習机に置いて優の後を追う。


「それで、まだあんたあんなの気にしてるわけ?」

図書館から少し離れたところで、優はおもむろに振り返り一へ尋ねる。一は何も答えずに目を泳がせる。『気にしている』とバカ正直に言うのは恥ずかしい。

「あのねえ、あんな何年も前の子供の頃の言葉を真面目に受け取って気にしてる奴なんていないから。私とあんたはただのクラスメイト。わかった?」

沈黙を是と捉えたのか、矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。あの時以来の会話だったが、一は懐かしさを感じず、むしろ新鮮味を味わっていた。優は変わったなと一は見るたびに思っていたが、話すとよりそれを実感する。昔はあんなに言葉にして口に出すのが苦手だったのに…と何故か親のような懐かしみ方をしていた一だったが、優の一言で現実へと帰ってくる。

「あ、ああ。わかったよ、雨旗さん。」

鋭すぎる眼光が一の胸を貫く。ファンクラブの奴から見れば、そのクールビューティーな眼光に卒倒ものだろうが、向けられている方はたまったものではない。急に不機嫌になった理由が分からず、目を先程の二倍のスピードで泳がせていると、優がボソッと呟いた。

「下の名前で…いいよ…」

一の体に電流がはしる。思わず昇天してしまいそうになったが、何とか現世に踏みとどまり、胸を押さえて膝をつく。

「グッ…『安祥一の王子様』のデレは効くぜ。」

後悔するには十分な時間だったが、謝罪の言葉を口にするにはもう一秒足りなかった。言い切った瞬間に一の下腹部をローファーがすばらしい勢いで貫く。一は先程とは違う場所を押さえて完璧にダウンした。

「今度その名前で呼んだら蹴り殺すから。」

鈍い痛みに悶える一はどこ吹く風だ。毛先をいじりながら優は言った。

「それと、今日の夜九時に駅前公園に集合ね。あんたにいいたいことがあるから。」

痛みで朦朧とする意識の中、一はうずくまりながら頷いた。優が歩いていく音がする。まさかの介抱なしに、一は学校の人気者の裏を感じて何とか立ち上がった。何故今ここではいけなかったのだろうかという疑問は腹の痛みがかき消してくれた。


午後八時五十分、駅前公園にはブランコに座る王子様がもういた。一はこんな寒空の下で待たせたことの罪悪感を感じたり、感じなかったりしながら公園へと入りブランコへ向かった。

「ごめん!!」

一はとても大きな声で謝った。

「それは何に対して?」

優は表面上は冷静だ。だが一も元幼馴染である。うちに潜むどす黒い感情は嫌でも察する。

「その、三年前のこととか、いろいろ。」

「だからさあ、気にしすぎだって。もう高校生だよ?私たち。」

だったらその黒い物をしまえよと一は思うが、口にするほど馬鹿ではない。

「いや、まあその一応ね。」

優がため息をついて、ブランコから降りる。先程まで感じていた黒い気配は鳴りを潜めていた。

「そんなに気にしてるならさ、私に協力してよ。」

何故図書館ではいけなかったのか見当もつかなかった一だったが、ここでようやくあることに気付いた。一と優がまだ幼稚園児だった頃、まったく同じ場所で何かを約束した記憶が底の方から浮かび上がってきた。

一日に二度も蹴られるのは勘弁なので、心の奥にそっとしまいこむ。

「まあ、そこまで理不尽なお願いでなければ。」

「なによ、私がいつも理不尽みたいじゃない。」

優が一の脛を軽く蹴る。まるで恋人に対する愛情表現みたいで、一はよく無いスイッチが入る。

「そりゃなんと言っても『安祥一の‥‥』イデッッ!!」

ゴスっという鈍器で殴った音が一の脛から聞こえてくる。今度は荒々しい不満表現だ。

「言ったよね?次言ったら蹴り殺すって。」

優の顔は笑顔だが、青筋が浮かび上がっている。こちらは表の黒らしい。

「はあ、まったく。本題に入るよ。私と一緒に読書部を作るための部員集めをしてくれない?」

「読書部…?去年なくなった部活じゃねえか。」

脛をさすっていた一が、顔を上げて疑問を呈する。

「へえ、よく知ってるじゃん。簡単に言うとそれを復活させようってこと。」

「ほーん。」

期待していたものとは違う反応に優は首をかしげる。

「なんでかとか聞かないんだ?」

「だいたい分かるよ。学校で自分の居場所が欲しいみたいなそんな感じだろ?」

もう一度一の脛がけられる。

「え?!痛ッ!なんで?!」

図星をクリティカルに突かれた優は、照れ隠しで軽く小突く(※本社比)。

「じゃ、明日からよろしくね。あ、それと一はこれから図書館同盟のメンバー第二号だから。」

一の横を通り過ぎながら優が呟く。

「相変わらずネーミングセンスは壊滅的だなお前。」

「うっさいわ!!」

三年ぶりとは思えない軽快な会話が夜の公園で繰り広げられた。一は気にしすぎなところがあった、優は考えすぎなところがあった。

「それじゃ、おや…すみ。」

「お、おう。おやすみ。」

何故か甘い空気が二人の間に広がる。優がいなくなった公園で一はブランコに座って夜空を見上げていた。

止まっていた時が、関係性が動き出す…

「いきなり下の名前で呼んでくるのかよー。かー、男たらしめ!」

かもしれない。







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