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イーストハーヴの花嫁たち  作者: 采火


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4/5

騎士令嬢と魔王辺境伯

 慎重に話をした結果、ドゥニーズの冒険者としての活動が認められた。

 ただし条件つき。一、怪我をしないこと。二、大怪我なんてしたら即実家連れ戻し。三、お見合い話がきたら受けるかどうかは別として、お見合いだけはすること。

 将来的なことを考えて、ドゥニーズが独り身になるのを両親は非常に気にしていた。家はアンジェルが継ぎ、トロワーネは嫁に行く。真ん中の子だけ結婚しないでどう生活していくのかと不安がったゆえの約束だ。

 そうして三つの約束を交わしたドゥニーズは元気に旅立って行った。だというのに、ひと月もしないうちに冒険から帰ってきて。


「ただいまー! 旦那連れてきた!」

「旦那!?」


 ダンジョンで見つけた宝物を自慢するのと同じ調子で、ドゥニーズはフェリクス・タレーラン辺境伯を連れてきた。イーストハーヴ家に混乱の嵐が訪れる。


「ご無沙汰しております、イーストハーヴ辺境伯。本日はご息女との婚約についてお伺いいたしました」

「は、はぁ」


 父がしどろもどろに応じる。身体の弱い母は季節の変わり目の風邪で寝込んでいるので、アンジェルが父と一緒に次女の婚約報告を聞くことになったのだけれど。


「我が領地は小競り合いが多く、妻として迎える女性にもある程度の強さを求めております。以前の舞踏会でドゥニーズ嬢をお見かけし、お声がけしたいと思っていたのですが……婚約破棄された傷心も癒えぬうちはと思い、ご遠慮しておりました」

「よく言うよ。冒険者になった私を見つけてすぐにまとわり――ひぇ」

「照れ隠ししないで? 私たちは相思相愛でしょう?」


 ドゥニーズの顎に手をかけ、くいっと上向かせる。超至近距離のフェリクスの顔を見たドゥニーズは固まった。こころなしか耳が赤い。野生児のようだったドゥニーズもようやく女らしい情緒が! と父の目が輝いた。


「どうぞどうぞ! ええ、ええ、相思相愛であれば私は何も言いません。ドゥニーズも……あぁ、お前も幸せになるのだぞ……!」


 父はむせび泣いた。トロワーネが求婚されたときはこんなにも大袈裟な反応をしなかったのに。アンジェルは父の背中をさすりながら、父の心労を慮る。良かったわね、父様。


 というわけで、次女ドゥニーズの嫁ぎ先も決まった。これにてイーストハーヴ辺境伯家の三姉妹はもれなく完売。三人揃って幸せになれたら良いのだけれど……。


「そういえばアン姉様、義兄上とはどんな感じなんだい?」

「いつも通りよ」


 個人的に手紙を送ってもうんともすんとも。

 お会いしたいと手紙を送っているのだけれど、返事はないまま。アンジェルはもう籍はいれているのだから、結婚式は不要とも思えてきたところだ。自分の結婚式よりもトロワーネの結婚式が見たいし。


「不躾ですが、アンジェル様はご結婚されているのですか?」

「ええ。諸事情でお披露目等はしておりませんが……」

「お相手をお伺いしても?」

「エヴァリスト・ギーン様です」

「ギーン……あぁ、そういえば竜が飛来しているとか。そういうことですか」

「ええ。向こうからお申し出があり、お受けいたしました」


 亜人協定があるからこその政略結婚だ。他意はないとアンジェルが主張すると、フェリクスは何かを企むような悪い顔になった。


「お望みならアンジェル様の憂いを払って差し上げましょうか。ドゥニーズの生家が問題を抱えているのであればお力になりたく思います」

「あっ、いや、その、それは……!」

「お心遣い感謝いたします。ですがご不要な気遣いです。イーストハーヴの女は強くあれというのが母の教えですから」


 アンジェルはきっぱりと断った。しどろもどろになっていた父がほっとしたような気配がした。対するフェリクスは心の内が読みにくい貴族然とした笑みをにっこりと浮かべる。

 この男を敵に回すと厄介そう。本能的に察したアンジェルもまたにっこりと微笑んだ。


「我が家のことは私がなんとかしますので。フェリクス様はお転婆な妹をどうぞよろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。今後、何かございましたら遠慮なくお申し出ください」


 父が「よろしく頼むのは私では……?」と疎外感を受けたような表情で立ち尽くす。アンジェルは内心冷や汗まみれだ。


 ――魔王辺境伯ともあろう方が、同じ辺境伯家の事情を知らないはずがないわ。お披露目がないだけで、私は結婚を隠していたわけじゃないもの。


 これはフェリクスなりの挨拶なのかもしれない。イーストハーヴ家が腑抜けていたら、何かしら対応がされたかもしれない。それくらいの狡猾さを持っていてもおかしくはない人だとアンジェルは感じた。

 そのフェリクスが「ドゥニーズの生家が問題を抱えている」と言ってきた。これはもう、アンジェルの婚姻についてどうにかしろという無言の圧力に他ならない。

 アンジェルは微笑を浮かべながら冷や汗を流す。

 次女はなんという人を連れてきたのだと叫びたかった。






 三女に続き次女の婚約も決まり、ひと安心したアンジェルはいつものマンドラゴラ畑に来ていた。

 妹たちはしばらくそれぞれの婚約者のもとで過ごすことになっている……というか花嫁修業をしていらっしゃいと母から送り出されてしまった。なので今日は一人だけ。護衛もつけず、こつこつと育てている魔素たっぷりのマンドラゴラの生育状況を確認していく。

 考えながら、フェリクスに提示された課題について頭を悩ませた。

 未だ見ぬ夫のこと。

 言葉をかわさぬまま婚姻し、その後もお披露目することなく過ごしている。他人から見たこの状況は、結婚を白紙に戻すのに十分な仕打ちに違いない。


「ぐるぅ」

「心配かけてごめんなさい。なんとかしてあげたいけれど……やっぱり本人が出てくるのが一番なのよね」


 今日も今日とて、銀色の鱗を持つ竜がやって来た。護衛をつけなかったのはこの竜が今日あたりやってきそうだと思ったから。予想通りやって来た竜の鼻頭をアンジェルは撫でてやる。


「いい加減、姿を見せてくれてもいいと思わない?」

「ぐるるぅ……」

「恥ずかしがりも困ったものね」


 アンジェルは収穫したマンドラゴラを一つ綺麗に土を落としてやると、竜に食べさせた。美味しそうに竜は咀嚼すると、アンジェルの胸に鼻をこすりつける。


「甘えん坊。またドゥに怒られちゃうわよ」

「ぐるぅ〜」


 竜を甘やかしながら、気の向くままマンドラゴラ畑で作業していると、不意に竜が顔を上げた。

 誰かが呼びに来たのだろうかとアンジェルも手を止める。でも竜が視線を向けているのは屋敷のほうではなく、森のさらに奥のほうで。


「グルゥ……」

「どうしたの? 一体なにが――あら?」


 竜の咆哮と同時、森から飛び出してきたのは黒いフードを被った怪しげな人影だった。一人だけではなく、あとからぞろぞろと出てくる。森の中にもまだいるようで、開けた場所を避けて人影が屋敷のほうへと向かっていくのも見えた。

 竜が立ち上がり、人影を威嚇する。アンジェルは我に返ると竜の足に隠れようとした。怪しい人影が一足飛びにこっちにやって来ようとしたのを、竜がその尾ではじき飛ばしてくれる。


「イーストハーヴの娘だ! 捕まえろ!」


 怪しげな人影たちが剣を持って一斉にアンジェルへと飛びかかろうとしてくる。

 アンジェルは咄嗟に、足もとにあったソレを引き抜いた。


『ぴぎゃぁああああああああああああ!!』


 竜の咆哮なんて可愛いもの。耳栓をしていても聞こえてくる大音量のマンドラゴラの断末魔に、怪しげな人影がばたばたと倒れていく。

 周りを見渡す。立ち向かってくる人影がいないことを確認したアンジェルはナイフを取り出すと、さっくりとマンドラゴラを真っ二つに切った。マンドラゴラのか細い断末魔が聞こえなくなると、耳栓を外した。


「ここがマンドラゴラ畑で良かったわね」

「ぐるるる……」


 竜を見上げれば、人間のように耳らしき部分を押さえて嫌そうに目を細めていた。竜でもマンドラゴラの断末魔は堪えるらしい。

 さぁこの惨状をどうするべきかとアンジェルは考えた。怪しい人影は屋敷のほうへも向かって行った。マンドラゴラの断末魔で発狂する範囲はこの畑よりひと回り大きい程度。屋敷のほうまでは届かない。普通であれば焦るものの、アンジェルは至極冷静だった。

 むしろこの怪しい襲撃者たちに同情する。

 平和ゆえに勘違いされがちだが、イーストハーヴ家も辺境伯。直ぐ側に魔の森があり、魔物が出てくるような領地の守護者だ。

 魔王と呼ばれるようなタレーラン辺境伯ほどではないけれど、辺境伯としてこの領地を守ってきた実力に間違いはない。それに今回は妹たちの花嫁修業も兼ねているし。


「マンドラゴラで精神汚染が入ってくれたのなら簡単ね」


 アンジェルは近くに倒れている襲撃者の頬を叩く。覚醒した襲撃者の目がぐるんぐるんと回っている。アンジェルは優しく問いかけた。


「貴方はだぁれ?」

「ブレイブ神国の偵察部隊副隊長ゴルゴン、デス」

「目的は何かしら?」

「魔王の討伐デス」

「ここはイーストハーヴ領よ。魔王の討伐というのなら、場所を間違えているわ」

「魔王が婚約したと聞いたノデ、次代の魔王が生まれる前に抹消せよとの命令デス。ここを制圧後、魔王領へ勇者パーティーを送る予定デス」

「命じたのはブレイブ神国の教皇猊下かしら」

「ハイ」

「ブレイブ神国からイーストハーヴにまで来るには、アニマーレを経由して魔の森を越えないといけないわ。それはどうやって?」

「反ヒト族主義者が手引をしてくれマシタ」


 アンジェルは深々とため息をついた。

 本当にイーストハーヴの女は男運が悪いと思う。こんな過激な花嫁修業、普通の平凡な男だったらする必要がないのだから。

 屋敷のほうから「お嬢様無事ですかー!」とメイドの声が聞こえてくる。アンジェルは立ち上がると、竜へと近寄った。


「お嫁に行く妹たちを、少しだけ手伝いに行きましょうか」


 竜は神妙に頷くとアンジェルの腕をつついた。アンジェルは握ったままだったマンドラゴラの土をはらってやり、竜に食べさせてやる。


「タレーラン辺境伯領に行きます。馬だと遅いから――竜で」


 メイドに言いきったアンジェルの琥珀色の瞳が婉麗に輝いた。


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