おっとり令嬢と獣人騎士団長
トロワーネに縁談が!
待ちに待った縁談の申し込みに屋敷中が浮足立った。
お相手はアニマーレ獣人連合国フィーライン騎士団の騎士団長グラシアン・カニャール。あの悪夢の舞踏会でトロワーネを守ってくれた獅子獣人だ。
お見合いの日、アンジェルはメイドたちと一丸になってトロワーネの愛らしさを全力で引き立てる。
ライムグリーンの猫っ毛は顔の周りだけゆるりと編み込み、ドレスは蒲公英色をベースにした明るいものを。挿し色にマリーゴールド色のリボンをあしらって。
どこに出しても恥ずかしくない可愛い令嬢に仕立てると、アンジェルはドゥニーズと二人がかりでもじもじするトロワーネの背中を押した。
「お、お姉さまぁっ?」
「トロワのお相手、あのガチムチの騎士なんだろ? もう仕留めるっきゃないよね! 話がまとまったら手合わせを――あわわっ!」
「ドゥ、言い方。トロワ、しっかりね」
余計なことを言おうとした次女の頬をつねったアンジェルは、三女に激励を送ると応接室へと送り出す。トロワーネは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、応接室へと入っていった。
さぁ、やることはやった。アンジェルがその場を離れようとしたのに対し、ドゥニーズは行儀悪く扉に聞き耳を立て始めて。
「ちょっとドゥ、はしたないわよ」
「いいのかい、姉様。可愛い妹が、私たちみたいに変な男に捕まっても」
「心配しなくても、カニャール騎士団長は出来た人よ。カリスマもあるし、獣人族の中でもお強いわ」
「外向きはそうだろうとも! そうじゃなくて中身だよ、中身! 変な性癖とか、おかしな思考回路とかさ……」
「言い方。さすがに騎士団長にまでなられる方よ。そんな偏見は……」
「あ」
「え?」
ドゥニーズがしぃっと人差し指を唇に当てる。反射的に口を噤んだアンジェルが訝しげにドゥニーズを見ると、ちょいちょいと彼女は扉を指さした。
アンジェルの中で、淑女としての常識が天秤にかけられる。こんな盗み聞きよくない……と思っていると、ドゥニーズが目を見開いた。
「アン姉様、面白くなってきたよ」
「面白い?」
うんうんと頷いたドゥニーズが再度扉を指したので、アンジェルはおそるおそる扉に聞き耳を立てた。
『私が、グラシアンさまの番い……です、か?』
『そうです! ひと目見たときから魂が震え、貴女を求めてやまなかった。本当はすぐにでも迎えに来たかった。トロワーネ・イーストハーヴ辺境伯令嬢、どうか私の番いとして結婚してくれないだろうか!』
お、おぉ……! とアンジェルは口元に手を当てて感動に打ち震えた。なんて情熱的なプロポーズ……! こんなにも想われる末妹が羨ましい。ドゥニーズもにまにましながらしきりに頷いている。
トロワーネもまんざらではないようで、扉の向こうでは恥ずかしそうに「喜んで」と返す声が聞こえた。ちなみにその一拍後に父の「えええ!?」という残念な悲鳴が聞こえる。
とはいえ、末妹のめでたい話に姉たちの心は一つになった。
トロワーネの結婚を成功させなければ!
男運が悪かったアンジェルとドゥニーズはお互いにそっと拳を突き合わせた。
トロワーネの婚約が決まると、早速アンジェルは作戦会議を開くことに。
議題は「幸せな夫婦になるために〜白い結婚、婚約破棄はお断り〜」。姉二人の教訓をぜひとも生かしてもらうべく、あれこれと話しあう。
「隣国の方だし、やっぱり遠距離だとすれ違いも多いと思うのよ。婚約期間中でもお手紙はこまめにお出ししてあげて、私みたいに」
「相手は騎士だし、どこで恨み買ってるか分からないぞ。自己防衛くらいできるようになっていたほうがいいかも、私みたいに」
「お姉さま方のソレは、本当に有用なのでしょうか」
アンジェルとドゥニーズが真顔で提案すれば、トロワーネはにっこりと微笑んで的確かつ辛辣な指摘をしてきた。二人の姉の胸にぐっさりと「白い結婚」「婚約破棄」が突き刺さる。
「ご安心ください、お姉さま方! お姉さまを反面教師に、トロワーネはグラシアン様と幸せになってみせます!」
末妹の高らかな宣言に、アンジェルは感動した。あのトロワーネが。おっとりとしていたトロワーネが。だめだめな自分たちに反論するなんて……!
胸を押さえてよく言い切ったわ! と感動するアンジェルとは対照的にドゥニーズはぽんぽんと末妹の頭を撫でて感心している。
「うんうん。トロワはトロワらしく幸せになればいい。ところでデートのプランは決まっているのかい?」
「で、デートなんてそんな……っ」
ドゥニーズの問いかけに、トロワーネがもじもじと手を合わせた。横髪を耳にかけたりしながら、恥ずかしそうに答える。
「その……三日後にまたいらっしゃるそうで……二人でピクニックはどうかと誘われました……」
アンジェルはドゥニーズと視線を合わせた。
これは二人の距離をさらに縮めるチャンス!
「トロワは料理が得意よね?」
「トロワのお弁当、美味しいんだよなぁ」
「お弁当……作ったら、食べてもらえると思いますか……?」
「「もちろん!」」
あのグラシアンの様子であれば喜んで食べてくれるに違いない。姉たちにすすめられて、トロワーネは恥ずかしそうにしながら奮起する。
「私、お弁当作りがんばります!」
アンジェルとドゥニーズは嬉しそうに両手を叩きあった。
その流れで、ドゥニーズが「そうだ」と思い出したように声を上げて。
「アン姉様、トロワ。私、近いうちに家を出るから」
「えっ?」
「そんな! どうしてですか……?」
寝耳に水だったアンジェルは一瞬脳が処理を拒否した。トロワーネも驚いた様子だったけれどアンジェルほどではないようで、間髪をいれずにドゥニーズに詰め寄る。
「冒険者になろうと思って!」
その目はきらっきらと輝いていた。それはもうきらっきらと。ここ数年一番のいい笑顔だ。アンジェルの中に嫌な予感がよぎる。
「ドゥ……冒険者って危険なのよ……?」
「分かってるよ。でもさ、女じゃ騎士になれないだろう? なら冒険者かなって!」
「なら冒険者、じゃないの! 危険なのよ!?」
「死ぬつもりはないよ。最初はちゃんと小物からコツコツやるから!」
「そういうことじゃなくて……!」
ああもうこの子は! とアンジェルは頭を抱えてしまった。冒険者になってしまったら、余計に婚期が遠のいてしまう。両親はすでにそのことを知っているのかと聞けば「まだ」と返ってくるし。
とはいえ、アンジェルが頭を抱えたところでドゥニーズの意思が曲がらないことは知っている。簡単に意思が変わるような子であれば、婚約破棄をされずに大人しいご令嬢として振る舞えたはずなのだから。
「……お父様の心労がないようにお話しするから、少し待ちなさい。いい、勝手に家を出ることだけはしないで頂戴」
「ええ〜?」
「私だって寂しいのよ……トロワも結婚してしまえば家を出ることになるでしょうし、それに貴女もなんて……」
「アンお姉さま……!」
「分かった! 姉様の言う通りにする!」
アンジェルが妹たちに甘いように、二人の妹たちもまたアンジェルには甘かった。普段はしっかり者の長女から寂しいなんて言われてしまえば、ころっと妥協してしまう。
アンジェルは妹たちの手綱を握りつつ、さぁこれからどうしましょうかと天を仰いだ。