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出会いの場所は舞踏会

 アンジェルはその宣言を聞いた瞬間、談笑をやめて声のほうへと振り返った。


「ドゥニーズ・イーストハーヴ! 今をもって、貴様との婚約を破棄する!」


 広いホールの中に、男の声が響き渡る。

 視線を向けたほうには、エバーグリーンの髪を持つ令嬢がきょとんと立っていた。婚約者である伯爵令息が、金髪のご令嬢を背に庇うように立っている。ざわつく衆目のなか、アンジェルが一歩を踏み出そうとしたら、腕をくいっと引かれてしまった。


「アンお姉さま。ドゥお姉さまが……」

「トロワーネ、大丈夫よ。あの子なら、うん……」


 不安そうな末妹トロワーネの肩を撫でてやりながら、アンジェルは冷や汗を流す。

 今日は我らサピエンヌ王国と、アニマーレ獣人連合国の交流舞踏会だ。サピエンヌ王家主催のこの舞踏会で身内がこんな騒動を起こすなんて頭が痛すぎる。

 上の妹であるドゥニーズが何も言っていない今なら、これ以上騒動になる前に場を収めることが出来るかもしれない。アンジェルが再度、足を踏み出そうとしたところで。


「なになに。イアサンたら浮気? 堂々と浮気宣言するとか、あんた馬鹿?」

「そういうところだドゥニーズ……! 淑女としてあるまじきその振る舞い! 我がバラチエ伯爵家にまったくもって相応しくない!」

「ふぅん……じゃあ、その後ろのお嬢さんならバラチエ伯爵家に相応しいって?」

「そうだとも! 自分の身を振り返るがいい!」


 終わった……、とアンジェルは天井を仰いだ。売られた喧嘩を買ってしまった。血の気の多い上の妹にようやくできた婚約者だったのに。父が知ったら卒倒してしまう。

 彼も彼だ。バラチエ伯爵令息イアサン。どうしてこんな衆目の場で、王家の面目を潰すような不躾ができるのか。非常識にもほどがある。

 体調を崩した母に付き添っているので、父は今回欠席している。代わりに長女である自分が場を収めなければと、アンジェルはようやく一歩を踏み出した。


「自分の身を振り返るって言っても、淑女らしくない振る舞いってなに?」

「そういう言動だ! 女の身でありながら剣を持ち、男のように狩りをする! 今日だって、なんだその格好は!」

「えぇ〜? だってこのほうが動きやすいじゃないか」

「恥を知れ!」


 アンジェルはイアサンの言い分を聞きながら、やっぱりそこか……と苦笑した。

 指摘されたドゥニーズの服装は、ジャケットにスラックス。ネックレスの代わりにクラヴァット。まるで男のような出で立ちだ。否定できない。なんなら日頃の行いもさもありなん。こうも真正面から指摘されると耳が痛い。


 アンジェルは人垣の合間を縫ってするすると移動する。早く妹を回収せねば。彼女の嫁入り先が完全に無くなる前に!


 ようやく人垣の前に躍り出た時だった。

 不意にガシャンと大きな音が響き渡る。

 何かが割れたような音、それから悲鳴。

 今度はなんだと、集まっていた人々の視線がまた一斉にそちらに向く。アンジェルもそちらに視線を向けた。


「賊だー! 逃げろー!」


 誰かの叫び声とともにまた悲鳴が上がり、ホール内がパニックに陥った。

 逃げる人々に押されて、アンジェルは転びそうになる。それを誰かが抱きとめてくれた。


「アン姉様、大丈夫?」

「あ、ありがとう、ドゥ。それより賊って……」


 ドゥニーズがちょっと背伸びをして悲鳴があがったほうを見る。シークレットブーツを履いている彼女は男性程度の身長があるけれど、こんな時に役立って欲しくはなかった。


「フードを被った男たちが参加者を襲ってる。騎士たちが制圧しようとしてるっぽいね。姉様、私たちも逃げよ」

「分かったわ。あぁ、でも待って! トロワが!」


 アンジェルはハッとして辺りを見渡した。ドゥニーズの婚約破棄騒動を収めるために移動したせいか、トロワーネとはぐれてしまっている。


「あそこだ!」


 ドゥニーズの視線の先を見ると、ライムグリーンの鮮やかな猫毛の少女がいた。金色の髪を短く刈った、がっしりとした体躯の男性に横抱きにされている。あれはアンジェルが先ほどまで談笑していた、アニマーレ連合フィーライン騎士団の騎士団長グラシアン・カニャールだ。襲ってきた賊に対し、その逞しい腕で一撃昏倒させている。


「なんかガチムチに抱っこされてる」

「言い方。獅子獣人で、アニマーレの騎士団長様よ。あの方に保護されてるなら大丈夫ね」


 やっぱり持つべきものは己の社交力。機会を逃さずお声がけしておいて良かった。

 ほっとしたのも束の間、ドゥニーズがアンジェルを突き飛ばす。


「きゃあっ」

「姉様、走って!」


 ドゥニーズが叫びながら身を翻す。

 ガチャンッ! と音がして、床に銀色の剣が落ちた。

 襲ってきた賊の手を思い切り蹴り飛ばしたドゥニーズが、賊の手から落ちた剣を拾い上げる。その剣を握り、賊に対峙した。


「女だからって油断してると返り討ちさ!」


 身軽さを武器に、ドゥニーズが剣を振るう。ハッとしたアンジェルが足手まといにならないように逃げようとしたところで、ドゥニーズの脇から襲おうとしてくる賊を見つけた。


「ドゥ、横!」


 この喧騒のせいか、ドゥニーズに声が届かない。

 いざとなったら身を挺して可愛い妹をかばうしかない。アンジェルが覚悟を決めたとき、横から襲おうとしてきた賊の身体がぼわっと発火した。


「まったく、破天荒なご令嬢ですね。ですがその勇気は称賛に値します」


 ドゥニーズが対峙していた賊も発火した。彼女は瞬時に後退してきて、アンジェルの側にやってくる。

 アンジェルが声の主を見ると、貴公子然とした黒髪の青年が立っていた。


「タレーラン辺境伯……!」

「誰?」

「魔王辺境伯よ」

「うぅん……? 誰だっけ?」


 首をひねる妹に、アンジェルは顔が引き攣った。

 フェリクス・タレーラン辺境伯。今年齢三十歳となるのにその美貌は衰えることを知らず、若くして隣国ブレイヴ神国からの侵略を堰き止めている優秀な領主だ。魔法を使う高位種族・魔族の末裔で、ブレイブ神国では魔王と呼ばれているとか。

 魔王辺境伯の話は舞踏会に来る前、アンジェルが二人の姉妹に言い聞かせたばかりだ。イーストハーヴ家も同じ辺境伯の地位を賜っているので、お見かけしたらご挨拶するよと言っていたのに……!


 とはいえ、ここでドゥニーズに説明している暇はない。今は逃げるのが最優先!


「タレーラン辺境伯、ありがとうございます」

「礼は不要です。それより早くお逃げなさい」

「行こう、アン姉様!」

「待ちなさい。貴女はこちらです」

「ぐぇ」

「タレーラン辺境伯!?」


 ドゥニーズの手に引かれて走ろうとしたら、そのドゥニーズの首根っこをフェリクスが捕まえた。


「わぁ!」

「腕に覚えがあるなら、貴女はこちらを手伝いなさい。騎士の合間をすり抜けている賊を捕縛します」

「えっ、いいの? やっていいの?」

「ちょ、ドゥ!?」


 目を爛々と輝かせるドゥニーズに、アンジェルは悲鳴をあげた。いいの? じゃない。切実にやめてほしい。


「タレーラン辺境伯、お戯れはおやめください! 妹にそんな危ないこと……!」

「彼女の実力は並の騎士程度はあります。この状況下において、戦えるものが戦わなくては、守れるものも守れない」

「そうだよ、姉様! やれる人がやらなきゃって、姉様もいつも言ってるじゃないか! 私、行ってくる!」


 言うやいなや、手近な賊を撃退しに行くドゥニーズ。フェリクスはそれを追うと、賊の意識がドゥニーズに向いている間に魔法を打ち込んだ。さっきの賊と同じように、人体が発火する。


「それ死んでる?」

「死なない程度にしていますが、治療が遅れれば死ぬかもしれませんね」


 二人の背中を呆然と見つめたアンジェルは、信じられない思いになりながらも唇を真一文に引き結んで身を翻す。言いたいことはたくさんあるけれど、今は逃げるのが優先で――


 グァアアン!


 ホールが揺れる。今度はなんだと誰もが必死に周りを見る。


「竜だ! 竜が襲ってきたぞー!」

「なんだと!? 竜人族は何をしている!」


 末妹を保護してくれているグラシアンの声が響く。

 竜、との声にアンジェルが大窓の外を見ると、銀色の竜と目があった。

 大粒のアメジストを嵌め込んだような美しい瞳。左目から頬にかけて大きな切り傷の跡がある。錯覚じゃない。銀色の竜はまっすぐにアンジェルを見ていた。


「アン姉様! 走れって!」

「アンお姉さま! 逃げてください!」


 二人の妹の声。

 気がついたらアンジェルの周りには誰もいなかった。

 ハッとしたアンジェルは、貴族令嬢にはあるまじきことだと思いながらもヒールを脱ぎ捨てる。

 あの妹にしてこの姉あり。

 アンジェルは裸足になると、全力でホールを走り抜けた。


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