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円満追放  作者: RINSE
第1章「豪雪血閃「ヴァルターユ」-エグズ10歳-」
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第8話「夢は悪夢しか見ない」

 あの人は、いつも通り黒髪を乱していた。肩で息をして、蛇のような目をこちらに向けると、ニッコリと微笑む。 


「本当にあなたはいい子ね。あなたを選んで正解だった」


 細い腕がこちらに伸びる。


「だってこんなに楽しい時間が過ごせるんだから」


 悲し気なその声は深い海のようだった。


「夕焼けが沈むのを見ている時と、同じ。私はね、とても幸せなのよ────」


 顔を見ようとした瞬間。目の前にいる人影が引き裂かれた。

 かわりに映るのは巨大なレイピアの切先。奥には2つの瞳。捕食対象を狙う猛禽類の目。


 アリオール。


 そう唇を動かすと、脳味噌に氷水を叩き込まれた感覚に襲われた。




★★★★★★★★★★★★




 看護師が病室のドアを開けると目を丸くした。ベッドで寝ていた少年が、無理やり起きあがろうとしているのを見たからだ。


「ちょっと! 何してるんですか!!」


 両肩を押さえ無理やり寝かせる。


「安静にして! 起き上がれるような状態じゃ」

「うるさい……っ!」


 少年は苦痛で顔を歪め呻き声を上げた。看護師はすぐに主治医を呼んだ。


「落ち着いた?」


 語りかけてくる初老の医師に対し少年は顔を背けた。


「その重傷で雪に埋められていたというのに、後遺症なしで助かったのは奇跡だね」

 

 医師は少年の腹部に手の平を当てた。


「腹部の傷は致命傷じゃなかった。臓器の損傷も少なく、回復魔法で塞がる程度の傷だった。だけど無理すればすぐに裂けちゃうからね。数日は大人しく寝ていなさい」


 少年は口を開いたが痛みのせいで声が出せなかった。


「お大事に」


 主治医と看護師が部屋を出ると、入れ替わるように女性が入ってきた。


「よぉ。死にぞこない。よく生きてたな」


 女性は軽い調子で話しかけヘラヘラと笑った。


 紅蓮の炎を彷彿とさせる、踊るような赤いロングヘア。シャープな顎のラインに、整った美貌を持ち合わせながら絶対の自信を見せつけるような力強い目許。

 肩や腹、胸の谷間、太股を見せびらかす赤黒い軽鎧を身に纏っている。女性にしてはかなり高身長な体躯だった。


 少年は、その力強くも美しい姿に目を奪われていた。


「んな睨むなよ。私はお前を助けたんだぜ? まぁ2ヶ月寝ていたのに叩き起こされたら頭に来るか」


 美人が台無しになる豪快な笑い声を上げた。

 いや、それより相手は何と言った。2ヶ月、冬眠?


「エグズ・アルペジオ、だったか。建物が盾になって生き埋めにならずに済んでたんだぜ? 幸運だな」

「……かんは?」

「あ?」


 エグズは唇を震わせた。


「りょ、かん、は?」

「やっぱりお前、流星旅館焼失事件の生き残りか」


 女性は壁に背をつけ腕を組む。


2()()()()()()()()()()()だよ。流星旅館は全焼。死者は66人。生存者は両の指だけで事足りるくらいしかいない悲惨な事件だって世間では言われてる。今も犯人は逃亡中」

「……あ……ぐ……」

「で、ずーーーっと眠りっぱなしだったお前は、私に叩き起こされたってわけ」


 エグズは奥歯を噛み、無理やり上体を起こした。痛みを堪えながら足をベッドから降ろし、立ち上がる。しかし、膝に力が入らなかった。


「ぐあっ!!」


 派手に転ぶ。うつ伏せになったエグズは拳を握りしめる。


「楽しそうだな、お前。次はハイハイでもするのか?」

「……聞いて、くれますか」

「どうした死にぞこない」

「肩を、貸してください。僕を……ある場所に連れて行って欲しいんです」

「そんな体でどこ行くんだ。棺桶屋に行って棺の大きさでも測るつもりか?」

「……どうして、僕を助けたんですか」


 エグズは怒りの炎が灯る瞳で相手を睨む。


「死にぞこないの、僕を助けたのは、どうしてだ」


 荒い呼吸を交えながら言った。相手は答えず余裕めいた表情で口許を歪めた。

 エグズはベッドに腕を置き、体重をかけつつ立ち上がる。


「その格好、あなた、ガーディアンでしょ。恐らく事件の調査、もしくは墓荒らし、ですか? どちらにしろ、生き残りの僕から、それも旅館の息子から、話を聞きたいはずです。美味しい情報を持っているかもしれないから……」


 歩こうとしたが再び倒れた。エグズは這って、女性の足を掴む。


「それは、正しい。最高の情報があります。教える代わりに、僕を……セントラルに……連れていけっ……!!」


 睨み上げると、彼女は膝を折った。


「いいぜ。運んでやる。だけど途中で死ぬなよ?」

「……名前を」

「あん?」

「……死ぬかもしれないので、綺麗なあなたの名前が聞きたいです」


 女性はキョトンとした顔をした後、大口を開けて笑った。


「バルグボルグ、だ」


 バルグボルグはエグズを抱きしめる。


「しっかり捕まってろよ、クソガキ」


 エグズが返事をする前に駆け出し、窓を突き破り、雪と風が踊り狂う夜へその身を投げ出した。




★★★★★★★★★★★★




 セントラルに轟音が鳴り響いた。給仕から悲鳴が上がる。

 2階の壁を突き破り飛び込んできた女性に、オルクトが怒号を飛ばす。


「バルグボルグ!! キミの住む世界には入口という概念がないのかい!?」

「つまんねぇこと言ってんじゃねぇ、オルクト。せっかく荷を運んできたのによ」


 バルグボルグは抱えていたエグズをぺいと投げ捨てた。


「ゲホッ、ゴホッ」

「……え、エグズ……エグズくん!? なんてことだ」


 オルクトは慌てて近づき抱き起こす。


「大丈夫か!? しっかりするんだ!」

「オル、ク、ト、さん?」

「……バルグ!! もっと優しく運んで来い!!」

「なんで猛吹雪の中運んできてやったのに文句言われなきゃいけねぇんだよ感謝が先だろ!」


 エグズはオルクトの服を引っ張る。


「オルクト、さん。聞いて……」

「エグズくん、とりあえず安静に」

「聞いて……! 事件は、旅館が焼け落ちた、事件は……」

「話は後にしよう。混乱する気持ちはわかるがキミの体の方が」

「あの……あの事件の────」


 犯人は。

 そう言おうとした時だった。


 セントラルの扉が開いた。オルクトが顔を輝かせる。


「来た! こっちだ! 目を覚ましたぞ!」


 誰かを手招きしている。エグズは肩越しに相手を見る。

 レイピアを腰に差す騎士が、そこには立っていた。


「あ……」

「アリオール! キミの相棒が生きているぞ!」


 脳裏に、あの夜の光景が過ぎる。エグズの体が一気に震えた。汗が全身から噴き出し始める。

 そんなエグズに近づいたアリオールは、優しく腕を伸ばし、抱きしめた。


「よかった。ああ、エグズ……よかった。生きているなんて……奇跡だ!」


 声を震わせながら力を込める。そしてエグズの耳元に唇を近づける。


「沈黙は金。黙っていなさい」


 氷柱のような声だった。エグズの顔から血の気が引く。

 抱きしめるのを止めると、アリオールはエグズの頬を撫でた。


「顔色が酷いわ。病院から連れ出したの?」

「私が連れ出した」

「バルグボルグ……あなた、本当に常識が欠けてるわね」


 オルクトは震える少年の肩に手を置いた。


「怯えることはない。今、アリオールはすべての任務を放棄してまで、エグズくんを苦しめた犯人を探しているんだ。キミの両親の仇を取ろうと躍起になっている」

「やめて、オルクト」

「大丈夫だ。この国で唯一のランク・ダイヤモンドが必ず謎を解き明かしてくれる」


 エグズは怯えた表情のままだった。アリオールが気恥ずかしそうに帽子を被り直した。


「エグズ。混乱しているだろうけど、覚えておいて。有益な情報を得たから、私はこの国を出る。事件の犯人を必ず捕まえて、キミの前に引き摺り出すから。馬鹿なことは考えず、傷を治すことに専念してちょうだい。私を信じて。わかった?」


 声色は優しかった。


「……わかった?」


 だが貫くような殺気を感知したエグズは────。


 負けじと表情を怒りに染めた。


 コイツだ。コイツが犯人なのだ。そう声高に叫びたい。

 だが武器がない。体すらまともに動かない。戦えない。

 余計なことを言えば自分以外の者たちも傷つけるかもしれない。そもそも、自分の話を信じる者がここにいない。

 今の自分は、人形だ。糸に吊るされた人形。パペッティアは目の前の彼女。


 握りしめた拳には血が滲み始める。

 そして意を決して。


 エグズはアリオールに笑顔を向けた。


「……ありがとう、ございます……アリオールさん」


 嫌悪感と怒りで急激な吐き気がこみ上げた。悔し涙が瞳を濡らし頬を伝う。


 アリオールは満足したように踵を返した。オルクトを呼び、何か話している。


「満足か? 今ここでくたばりそうな顔してるぜお前」

「バルグボルグ」


 バルグボルグは笑みを消した。

 少年の声が、


「頼みたいことがあります。もう少しだけ、僕の話に付き合ってください」


 どす黒い感情で塗り潰されていたからだ。 

お読みいただきありがとうございます。

ブクマや高評価をしていただけると幸いです。

次回もよろしくお願いします。

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