第7話「死で償うべき」
理解できなかった。
なぜアリオールの武器が血に染まっているのか。
その血は誰のものなのか。
「アリ、オール、さん? えっと……え? どういう……」
エグズは瞳を動かし部屋の中を見る。
そして、息を呑んだ。
誰かがうつ伏せで、血の海に沈むよう倒れている。桃色の和服を着ている。あれを着ている者は、この旅館でひとりしかいない。
エグズは小さい悲鳴を上げると背を向け駆け出した。背後など見る予定もない。恐怖で顔を引きつらせ必死に、ただただ必死に、必死に走り続け部屋に戻った。
手を震わせながら鍵をかけ、部屋着を脱ぎ捨てる。着替えながら脳味噌を絞る。
なぜ、どうして。湧き出す疑問は止まらない。アリオールがどうして母親を殺したのか。あの血は本当に母の血なのか。そもそも、アリオールが母を殺したのか。
「わからない……なんで、どうして……」
思い描いていた未来と違う。夜になったら、部屋でアリオールと一緒に話をしたり、ボードゲームで遊んだりして楽しく過ごそうと思っていたのに。
エグズは護身用に持って来ておいたショートソードを背負う。その際、アリオールの荷物を確かめた。彼女は着替えが入っている鞄を持って来ていた。
なのに。中を見たエグズは歯を噛み締めた。
「何もない……なんで」
その時、外から何か声が聞こえた。悲鳴のような声だった。窓から確認すると、男性客が駆け出しているのが見えた。
『……だ!! 火事だぁ!! 外に出るんだ! はやくっ!!』
窓を開けると声がよく聞こえた。本当だとしたらここにいる場合じゃない。窓に手をかけたその時、ふと、ジェメリのことが脳裏を駆けた。
「くそ!!」
踵を返し、警戒しながらドアを開ける。誰もいない。客が慌てて逃げている足音と悲鳴だけが聞こえる。
エグズは1階にあるジェメリの自室へ向かう。階段を降りる途中から灰色の煙が視界に入る。悲鳴も聞こえた。怒号も飛び交っている。それらを無視し、ジェメリの部屋に到着する。
「兄さん! いる!?」
ドアを叩いたが無反応だった。ドアノブを動かすと扉が開いた。エグズはショートソードを握り、部屋に入る。
「兄さん?」
薄暗い部屋には誰もいない。ゆっくりと扉を閉める。
瞬間、右太腿に鋭い痛みが走った。
「ぐっ!?」
痛みから逃れるようにその場から飛び退き、ショートソードを抜く。
窓の外は雪が止んでおり、灰色の雲の隙間から三日月が姿を見せていた。差し込む微かな月光が、アリオールと、彼女が握る紅のレイピアを照らした。
「アリオールさん……」
「抵抗するな、エグズ。時間をかけたくはない」
「ちょっと待ってよ! これはどういう────」
視界に白い線が走る。反応できず、ショートソードが弾かれ宙を舞う。
そのまま容赦なく刺突が襲い掛かる。目にも止まらぬ3連突きはエグズの右足、右手の甲、左耳を撫でた。突いてはいない。少し針が刺さるくらいの衝撃。
だが、幼い少年を怯えさせるには充分な威力だった。
「ひぃい!!」
エグズは甲高い叫び声をあげ尻餅をつく。恐怖で涙が零れ落ちた。
「や、やめ、やめて、ください、アリオールさん」
戦意喪失し手の平を向け、静止を呼びかける。
「恨んでくれて構わない」
アリオールは床に落ちたショートソードを拾った。エグズの前に立ち、剣を逆手に持ち、切先を向ける。
「な、なんで、待って……」
「お前もちゃんと殺さないとな」
「や、やだ、やだよ……まだ僕は……」
「死ね。キミも、死で償わなければならない。償うべきなんだっ!」
ショートソードの鋭い刃がエグズの腹部に突き刺さった。服も皮膚も突き破り、内臓を引き裂き、背中まで貫かれる。
傷口から伝わる熱さと出血によるショックにより、エグズの視界が真っ暗になるまで時間はかからなかった。
★★★★★★★★★★★★
「終わりだな」
揺らぐ視界に、ふたつの影が映る。
「……は?」
「……る。お前も……のガキは?」
「もう事切れる。トドメは……」
「……大好きな……死ぬか。最後まで……一族だ」
何を言っているかわからないが、どちらも男の声だ。
「あとは?」
「ああ……。……居場所は……聞いて……」
「殺したのか?」
「しっかりとな」
「じゃあ……。ようやく……せる」
意識が薄れていく。声が遠くなっていく。
「……だぞ。シュービル」
「お前も……。最後まで……」
視界が橙色に染まる。影が逃げるように消えていく。
意識を繋ぎ止めるように手を伸ばす。ショートソードの柄に触れた。父の形見である剣を引き抜こうと力を込める。
だが、抜けなかった。諦めて両手を下ろす。
金色の光が見え、重低音と地面の揺れを感じる。
直後、視界が真っ黒になった。
今度こそ、光は届かなくなった。
★★★★★★★★★★★★
「恨むのは~己の努力~♪ 己の出自~♪ 運の無い奴ぁ恨みがある~♪ 手繰り寄せるは己の両手~……っと」
雪に埋もれた廃材を持ち上げ放り捨てる。
「あーもう。燃えカスばっかじゃん。こんなん何もねぇよ絶対……高い報酬だから安請け合いしたのは失敗だったな……」
一際激しい風が吹く。体が吹き飛ばされるような暴風だった。
「あ~もう! 鬱陶しい!!」
息を吸い、
【黙れクソ共がぁああああああああああああ!!】
天に向かって吠える。魔力が込められ咆哮は激震を引き起こし、暴風の風向きを変えた。やかましかった吹雪が弱まり満足げに腰に手を当てる。
「他愛ねぇ。自然如きに私が負けるか────」
バキッ、という音が鳴った。途端に左足が沈む。
「へ?」
そのまま体ごと沈む。
「うわぁ!!」
マヌケな叫び声と共に胸元まで床に埋まった。自身の胸がつかえて落下を免れたらしい。
「ぐぬ……鬱陶しいだけのデカ胸に感謝する時が来るとは……ちくしょう。雪なんか大嫌いだ……ん?」
違和感があった。
雪に埋もれたはずなのに、両足がパタパタと動くのだ。
「ん~?」
息を吸い、今度は下に向かって叫ぶ。雪が吹き飛び謎の空間が姿を見せる。
降り立って周囲を見回す。
「部屋、か、これ。あれ、もしかして見つけたか? あの旅館の────」
言葉を止めた。血塗れになった死体を見つけたからだ。
まだ若い、金髪の男の子。腹部が赤黒く染まっている。雪の下に埋まっていたからか、体は腐ってない。だが腐臭もしないのはどういうことだ。
まさかと思い、相手の首に指をあてる。
「……生き、てるよ、コイツ」
ハハハと乾いた笑い声を上げる。
「さて、掘り出しもんかな? 宝の在処まで案内してくれる奴かな?」
いずれにしろ、助ける価値はある。倒れている男を抱え、勢い良く跳躍した。
吹雪の白に、彼女の燃えるような赤い髪が溶けていった。
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