第6話「流星が落ちる時」
2人は中央付近のテーブルに、肩を並べて座っていた。
「じゃあ簡単な問題から。ガーディアンのランクはいくつある?」
「えっと……よっつ、くらい?」
他のガーディアン達は全員街に出ているため、室内は閑散としている。そのためエグズの声はよく響いた。
アリオールは片眉を上げ、飲み物を運んだ給仕は苦笑いを浮かべ、遠くにいた受付嬢は呆れたように頭を振った。
「ご、ごめんなさい。わかりません」
「ランク・ダイヤモンドのことは知っていたでしょう」
「それしか知らないというか……」
「まぁいい。ガーディアンのランクは全部で7段階。低いものから順に────
パール。
エメラルド。
サファイア。
ルビー。
ダイヤモンド。
マスグラバイト。
タンザナイト。
────となっている」
アリオールは自身のペンダントを見せた。
「ガーディアンはランクと同名の宝石を持つことが義務付けられているわ」
「だからみんな、目立つようにアクセサリーを装備しているんですね」
エグズは納得したように頷いた。
「このセントラルには、アリオールさん以外にダイヤモンドのガーディアンはいないんですよね」
「ええ。ダイヤモンドに行けるのは、ベテランとも言われているランク・ルビーの中から一握りだから。自分で言うと恥ずかしいけど」
「へぇ~……」
「他にもランクがあったけど廃止されたから知らなくて大丈夫」
エグズは小首を傾げた。
「廃止されたランク?」
「レッド・ダイヤモンド。咎人(とがびと)のランク。調べてもいいかもね」
アリオールはそれ以上深く話さなかった。
「エグズ。これからキミがやるべきことは? さっき言ったことを復唱してご覧」
「えっと、ジゼルさんに挨拶をして招待状を確認してもらって。ガーディアン試験を受ける必要があるなら受けて、合格して、正式に、えっとラ……ライセンスを受け取る、です」
アリオールは頷く。
「キミのガーディアンに関する知識は不足しているから筆記は厳しいかもしれない。けど、ガーディアンはモンスター退治を生業とする傭兵だから、武器術が優れていれば希望はある。表に出ましょう。剣の腕を確認する」
「は、はい!! よろしくお願いします!」
エグズは一礼してから立ち上がった。
外に出た2人は木剣を交わした。エグズの剣筋は年齢にしては非常に筋がよく、技術的に問題ないとアリオールは判断した。
以降は剣術指南に集中し、エグズは仮ガーディアン生活2日目を終えた。
翌日、エグズはアリオールにチケットを差し出しながら、
「旅館に遊びに来てください!」
頭を下げて言った。アリオールが疑問符を浮かべる。
「私を流星旅館に?」
「はい! お友だ……お世話になっている人ができたら、誘うよう両親に言われてて」
「ならキミがガーディアンになってからにしよう。明日にはジゼルも帰ってくる」
「あ~それなんですけどね」
オルクトが気まずそうに頬を掻きながら割り込む。彼はよく仕事をサボってはガーディアン達との雑談に花を咲かせる癖があった。
「また2、3日帰れないって連絡がありました。天候が改善しなくてサフィリア宝城都市のワイバーンが飛べないらしいです」
「サフィリア……大陸の南端にある交易小国か。何の用で────」
「いいんじゃねぇか? 旅館。行ってみるのも」
口を挟んだのはギーシュだ。エグズからチケットを奪う。
「あ! 返してください!」
「うるせぇチビ助。俺の分はねぇのか?」
「僕がガーディアンになったらギーシュさんも誘いますよ!」
「誘うんかい。お前優しい奴だな」
「ギーシュ」
「怒るなアリオール。からかっただけだ」
ギーシュは投げるようにチケットを返した。
「オルクトは旅館に行ったことがあるのか?」
「半年前、彼女と一緒に。風呂で月と雪を見ながらの一杯は最高ですよ。どうです、アリオール。せっかくのご厚意を無下にするのは騎士の名折れでは?」
「……そうだな。無料のマッサージサービスとやらには興味がある」
「お前……老人みたいなこと言うなよ」
アリオールは鼻で笑い、チケットを受け取った。
★★★★★★★★★★★★
海の先にある大陸、スサトミ大陸の技術を使用した「和風造り」の巨大な「流星旅館」は、この地域では異質な存在感を放っていた。
見る者を魅了する不思議な力が込められている建物は山奥にある。雪が治まる時間帯を見計らい来た甲斐があったと、建物を見ながらアリオールは思った。
2人が中に入ると、使用人だろう者たちが一斉に頭を下げた。
「「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」」
「ただいま」
「お帰りなさい」
凛とした声を発したのは黒髪の美女だった。桃色の和服を身に纏う美人の目許は、エグズとそっくりだった。
「ただいま、母さん! 兄さんも」
「おかえり、エグズ」
母親の隣にいたのは少年が柔らかな笑みを浮かべた。
アリオールは目を見開いた。少年の顔はエグズと顔が瓜二つだった。絹のような金髪も、くせ毛、さらには声色まで同じだった。両者の違いといえば僅かな身長の差くらいしかない。
「母のマーシーと、兄のジェメリです」
エグズがアリオールの方を向いた。
「兄さんは僕より1つ年上で」
「かなり似ているな」
「双子だとよく間違えられます。背格好も似ているので」
「早い帰りだね、エグズ。その感じだと、逃げ帰ってきたわけじゃなさそうだ」
ジェメリはアリオールをジッと見ながら言った。
「一緒にガーディアンとして働いております。アリオール・マカナニと申します」
頭を下げた騎士に対しマーシーとジェメリは驚き、使用人たちはざわついた。
「それは……ようこそお越しくださいました。どうぞごゆるりと、おくつろぎください。お部屋に案内いたします」
マーシーにつられるように2人は移動した。
「母さん。アリオールさんだよ。本当に僕、アリオールさんと一緒に働けそうなんだ」
「そう。憧れの人と出会えてよかったわね、エグズ」
エグズは優しい母の笑みが好きだった。自身もくしゃっとした笑顔を向ける。
「アリオール様。申し訳ございません。見ての通りそそっかしい子で……エグズは、ご迷惑などおかけしてませんか?」
「いえ。いい子ですよ、とっても」
アリオールとマーシーは視線を合わさず言葉を交わした。
部屋に案内されマーシーが出て行ってから、エグズは案内表を手に取った。
「お風呂行きましょう、アリオールさん! マッサージやってるらしいですよ!」
表情明るいエグズに対し、アリオールは無表情だった。
「エグズ、キミの両親は、母親だけ?」
「はい。父は幼い頃に、モンスターに殺されたらしく」
「らしい? 直接見たりとかは」
「その時は1歳とか2歳くらいだったので、覚えてないんです」
「そうか……ごめんなさい。辛いことを聞いて。先に風呂に入ってて」
「アリオールさんは?」
「マーシーさんに挨拶をしてくる。キミを立派なガーディアンにするって伝えてくる」
「……! はい!! アリオールさん!」
アリオールは口角を上げ部屋を出た。
エグズはひとり、床の上を転がった。憧れの騎士が自分のことを認めているという事実が、嬉しくてたまらなかった。
「随分と嬉しそうだね、エグズ」
有頂天になっていたため部屋に入ってきたジェメリに気づかなかった。慌てて正座になる。
「なんか用?」
「あの女性、本当にアリオール?」
「うん。ガーディアンの証も見せてくれたし、登録表も見た。間違いないよ」
「そっか」
ジェメリはニッと笑った。
「よかったね、エグズ。憧れの存在と仕事ができて」
「うん! あの招待状は、本物だったね」
「……エグズ。旅館は僕が引き継ぐから、ガーディアンとして生きな。稼いだお金は自分のために使って」
「ん。わかったよ、兄さん。大金持ちになって旅館大きくするから!」
「頼もしいな。期待してるよ。今日はゆっくり休みな」
ジェラスは部屋を後にした。エグズは早くアリオールが戻ってこないか胸を躍らせていた。
だが、数時間経ち、夜が更けてもアリオールは戻ってこなかった。
おかしい。こんなにも時間がかかるわけがない。
「……、もしかして2人で飲んでるのか? 母さん酒好きだし」
ズルい。エグズは頬を膨らませた。大人の話に首を突っ込みはしないが外で盗み聞きしてやろうと思った。
エグズは3階の応接室へ向かうと扉に耳を当てる。無音だった。話し声など聞こえない。母の自室にいるのだろうかと耳を澄ませていると、微かに音が聞こえた。
鉄が擦れる音だった。
「……ん?」
疑問に思っていると扉が開けられた。
「……エグズか」
「あ、えっと、アリオールさん。あはは。ごめんなさい。今ちょうど来たばかりで……」
エグズは、そこで言葉を止めた。
アリオールが、血に染まったレイピアを握りしめていたからだ。
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