第5話「ダイヤモンド」
エグズは両腕で顔を守りながら足を進める。夜の豪雪ということもあり視界が悪い。山奥に住んでいたため足下に関しては問題ない。だが街の土地勘がないのが問題だった。
自分が今どこにいるのか見当もつかない。傷ついたガーディアンがどこにいるのかも。
「あの傷でセントラルまで来たなら、距離は絶対に近い」
事実、地面には微かに血の跡と足跡が残っていた。頼りになる標を確認しながらエグズは声を上げた。
「誰か!! いますか!!」
暴風が止む時を見計らい呼びかける。応じる者はない。
諦めず歩を進めていると鉄の香りが強く鼻腔を突いた。足下に視線を落とすと、血の池が広がっていた。
「近い……?」
血の跡は薄暗い路地に繋がっているようだった。
エグズはショートソードを抜く。柄は古ぼけているが刀身は立派な銀色を煌かせている。
刃を虚空に向けながら路地を進む。刀身の鈍い銀色の光は、暗闇を照らすほどの輝きはない。だがエグズにとっては心強い光だった。
「誰か! いますか!?」
呼びかけが響き渡る。
応えるように、呻き声が聞こえた。
「待ってて! 今助けるから!!」
雪をかき分けながら進むと、埋もれた黒い影が見えて来た。大小3つ。形からして人。
エグズは横向きに倒れている者に近づいた。
「しっかりしてください!!」
両手を使って体を転がし、顔を見る。
エグズは目を見開き、小さな悲鳴を上げた。
この人は体半分が雪に埋もれていたわけではない。体の半分が無くなっていた。
傷が新しい。まだ出血も止まっていない。つまり────。
背後から雪を踏みしめる音がした。
エグズは素早く振り返った。が、遅かった。
右頬に何かが当たったかと思うとすでに宙を舞っていた。小さな体が壁に激突する。
「……う……あ……?」
壁を背に、その場に座り込む。
右目が見えない。顔半分が熱く、背中を強打したせいで呼吸が上手くできない。視界もぼやけている。
それでもエグズは敵の姿を捉えていた。
「ウォォオォォオオオオオッ!!!!」
積もった雪を吹き飛ばすような咆哮。狒々(ひひ)を彷彿とさせる巨大な体躯。顔は鬼のようであり額には5本の角。異常に筋肉が発達した長い両腕。
イエティと呼ばれる危険対象のモンスターだった。
ランクの低いガーディアンでは歯が立たない相手を前に、エグズは自分の死を悟り始める。
イエティはドスンドスンと両腕で雪を掻き分け詰め寄ると拳を振り上げた。
エグズは目を閉じ衝撃に備える。
瞬間、肉を切り裂く音が聞こえ、イエティの野太い悲鳴が夜を切り裂いた。
「え……?」
目を開けると、華奢だが大きな背中がエグズの前に立っていた。
「命知らずね。バケモノ」
騎士は中折れ帽を深く被り、レイピアの切先を向ける。
腕を切り刻まれたイエティは恐れることなく騎士に牙を剥き、再び腕を振り上げた。
騎士もまた、恐怖という感情を捨てたように一歩踏み出し半身になって拳を避ける。次いで前屈みになり、天を突き刺すように、下から切先を突き出した。
「私に憧れている少年を傷つけるなんて、重罪よ」
レイピアの刺突はイエティの顎下を貫き脳天まで貫通した。
剣を引き抜くと、目にも止まらぬ速さで眉間を突き刺す。
「死刑だ。無間の地獄で償いなさい」
レイピアの血を払い鞘に納める。イエティは叫ぶこともせず脱力し、仰向けに倒れた。
エグズは決着を見届け、何か声をかけようとしたところで意識を手放した。
★★★★★★★★★★★★
ほのかな暖かさを感じながら両目をゆっくり開く。甲冑や軽鎧を身に纏う多くの者たちが覗き込んでいる光景が映る。
「目ぇ覚ましたぞ!」
何度か瞬きをしたエグズを見て、ガーディアン達は安堵の声を上げた。一部からは拍手が上がる。
「大丈夫?」
聞いたのはエグズを助けた騎士だった。エグズは体を起こした。
「ちょっと、そんな激しく動いたら」
「あの人たちは?」
「え?」
「雪の中にいたガーディアンの人たちです! 助けは……」
悲惨な状態の遺体がフラッシュバックする。同時に、騎士が首を横に振った。
「全滅。助けを求めた彼も死んでしまった」
「……そう、ですか」
エグズは目尻に涙を溜めた。
「キミが泣くことはないわ。名前だってろくに知らない相手でしょう」
「……だけど」
騎士がエグズの頭を撫でる。エグズは涙で潤む瞳を擦り、騎士を見つめる。
「ひとつ聞いてもいいですか。あなたが、アリオールさんなんですか? あなたは、その」
さまざまな感情が入り混じる少年を見て、騎士は口角を上げ、ポケットからある物を取り出した。
「これが答えになるかな」
ペンダントだ。ダイヤモンドのチャームは、少年の心を興奮させるのに充分な効果をもたらした。
エグズは涙を流しながら、くしゃりと顔を歪めた。
その後エグズはアリオールに背負われて宿まで運ばれた。つきっきりで回復魔法をかけてもらったため、翌日には傷が完治した。
全快になった彼はすぐさまセントラルの扉を開いた。
「いらっしゃ……あ」
「おはようございます!」
頭を下げ、元気よく挨拶をするエグズに対し、給仕もニコリと微笑み会釈する。
「おはようございます。ようこそいらっしゃいました」
エグズは周囲を見回す。人が多いが、2階に繋がる階段に多くのガーディアンが集まっているのが見えた。
「2階に何かあるんですか? 人が集まってますけど」
「昨日亡くなった方々に追悼を捧げているんです。遺体は回収できたので家に帰す前に」
「……僕も、いいですか? 行って」
「もちろん! エグズ様は立派なガーディアンですから」
「え、エグズ様だなんて……」
謙遜しながら照れ笑いを浮かべその場を後にする。亡くなったガーディアン達を見送り、1階に戻り、アリオールを探す。
すぐに見つかった。丸テーブルの椅子に座り本を読んでいた。隣にはジョッキを煽るギーシュがいた。小走りで近づく頭を下げる。
「おはようございます! アリオールさん! ……と、ギーシュさん」
「来たわね。おはよう」
「俺の方だけ声がちいせぇぞ」
エグズは頬を掻いた。
「エグズ」
アリオールが本を閉じる。エグズは自然と背筋を伸ばした。
「は、はい!」
「ジゼルが帰ってくるまでの間、キミの面倒は私が見ようと思う」
「……え?」
「ギーシュを含むベテランたちと相談したの。キミにはいくつか怪しい点もあるけど、ガーディアンとしての素質は充分だって結論が出てね」
エグズがギーシュを見るとバツが悪そうに視線を切られた。
「よかったじゃねぇか。憧れの騎士と仕事ができるぞ」
「……!! はい!! ありがとうございます、ギーシュさん!」
「いや、俺に礼言う必要ねぇだろ」
エグズはキラキラとした瞳をアリオールに向ける。
「じゃ、じゃあさっそく、任務に行くんですか!?」
「今日はガーディアン総出で首都のパトロール。街中にモンスターが出たからね」
「わかりました! 行きましょう!」
「でも、キミは私とお勉強だ」
アリオールは本の表紙を見せるように掲げた。「ガーディアン試験必勝本」と書かれているのを見て、エグズは笑顔を崩した。
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