第4話「エグズ・アルペジオ」
『────強烈な冬型の気圧配置となり、ヴァルターユ国内は全体的に雪が降りやすく、本日以上の大雪になる恐れもあります。ルーメール海を中心に雪が降りやすく風も強まるため、視界も確保できないほどの猛吹雪が発生する恐れもあります。積雪にも充分お気を付けください』
画面が切り替わり街が映る。薄暗く吹雪が激しい。有名な観光名所である巨大なアグニ時計塔のシルエットが映っている。
『首都、ドゥストラの現在の様子です。暴風雪が激しくなる予想のため、ワイバーンの飛行はしばらく禁止となっております。天気が荒れている際の外出はなるべく控えるようにしてください。では気温予想を確認して────』
手の平をかざし、ヴィレオンの電源を切る。画面が黒に染まった。
そこに映る、自分の顔を見つめる。
邪悪な魔物のようだと、思ってしまった。
★★★★★★★★★★★★
「寒い!! さみぃ! 死ぬ!!」
セントラルの木製の扉が勢いよく開けられた。次いで銀甲冑のガーディアンが転がるように入ってくる。ガタガタと体を震わせながら扉を閉め、外からの雪と風を遮断する。
「おい! この天気に防寒魔法無しの鎧着てる馬鹿がいるぜ!」
「そいつ他国のガーディアンだ。ヴァルターユの冬を舐めてたな」
「大丈夫か? そこで必死に腕立て伏せするか鎧脱いで暖炉の前行け」
入口付近に笑い声が渦巻く。
ドゥストラのセントラルは賑わいを見せていたが前日より人の数は減っていた。猛吹雪の日にモンスター退治をする物好きは少ない。依頼の数も多くないため今日は休養日のようなものだ。
和やかな雰囲気に包まれる店内に再び冷たい風と雪が飛び込んだ。
「ご、ごめんください!!」
それは、セントラルには不釣り合いな幼い声だった。近くにいたガーディアンがギョッとした表情を向け相手を捉える。
立っていたのは、10歳ほどの男の子だった。縮れてとりとめがない金髪には雪が付着している。
少年はわたわたと手を動かし、髪の毛についた雪を払った。
近くにいた女性給仕が扉を閉め、少年の前で膝を折る。
「はじめまして」
「は、は、はじめまひて!」
女の子のような可愛らしい顔だった。寒さで頬が真っ赤になっている。おまけに舌も回っていない。
給仕は一応少年の姿を確認する。古そうなショートソードを背負い、防寒対策された布製の防具を身に纏っていた。
「小人族……じゃないですね。迷子でもなさそうです。とりあえず、こちらへ」
少年の手を引く。すれ違ったガーディアンが好機の目を向けた。
2人は暖炉前の席に座った。さきほど震えていた鎧甲冑のガーディアンは自然と顔を向けてしまう。
「あらためまして。ようこそ、ドゥストラ・セントラルへ。ガーディアン管理施設にどのようなご用件でしょうか?」
「えっと、あの……」
少年は腰のポーチから手紙を取り出した。
「僕、エグズ・アルペジオって言います! オーナーのジゼルさんから招待状を貰って、えっと、ガーディアンとして働かせてください!」
鎧甲冑のガーディアンは虚をつかれ声を上げてしまった。珍客がありえないことを言ったのだから驚くのも無理からぬ話だ。
給仕は笑顔を崩さず断りを入れ、受付へ向かう。事情を聴いた受付嬢は怪訝そうな表情を浮かべながらオーナーを呼び出す。
数分後、エグズの前にオーナーが姿を見せた。
「やぁ、はじめまして、エグズくん」
もっさりとした黒髪をクシャクシャと掻きながら言った。20台くらいの若い男性だが少しだらしない雰囲気を身に纏っている。
「は、はじめまして、ジゼルさん」
「ああ、ごめん。違うんだ。私は孫のオルクト。オーナーであるジゼルは野暮用で国外に出ててね。3日くらい留守にしてるんだ」
「え……そ、それじゃ、ガーディアンには」
「んー。そこなんだよねぇ問題は。招待状とやらを見せてくれる?」
エグズがコクコクと頷き紙を差し出す。
『この者、エグズ・アルペジオをドゥストラのガーディアンとして任命する。これは神意だと心得よ』
宛名と手紙の内容を確認したオルクトは眉をひそめた。
「爺さんの字だけど、なんだ、この内容。こんなこと言う人間じゃないんだが」
訝しんでいるとエグズが不安そうな表情を浮かべていることに気づく。
「エグズ、くん。キミ、種族と年齢は?」
「人間族です。この前10歳になりました」
「ん。ありがとう。どこから来たの?」
「モラニング山にある流星旅館から来ました。僕の家です」
「流星って、あの高級旅館の!? へー。また随分と遠くから来たね。大変だったでしょ」
空気が和むとオルクトは数回頷き手紙を返した。
「色々と確かめるのは爺さんが帰ってきてからだな。今は仮ガーディアンってことで、ゆっくりしてくれ。宿代は持ってる?」
エグズは頷き膨れ上がった巾着袋を見せつけた。
「しまえしまえ。ぶんどられても文句言えないよ」
慌ててしまった。オルクトは微笑む。
「施設内を見学するもよしだが、迷惑にはならないようにね」
エグズの頭を撫で、オルクトは踵を返した。
ひとりになったエグズは両膝を抱え暖炉の火を見つめ始めた。
「おい、そこのガキ」
エグズの隣に大男が座った。体全体が厚く太い。スキンヘッドから湯気が立ち昇っていてもおかしくないほどの熱気に溢れた巨漢だった。
巨漢の取り巻きだろう男2人も近くに座り、エグズはあっという間に囲まれる。
暖まっていた銀甲冑のガーディアンはそそくさと逃げ出した。
「こ、こんにちは」
「おう。俺はギーシュってんだ。よろしく」
エグズの手を無理やり握る。とんでもない握力に小さな悲鳴が上がる。
「なんだ? こんな程度で涙目になってちゃコボルトに殺されちまうぞ」
「あ、あの、な、何か用でしょうか」
「用? 何か用だってよ。いいか? 新人のやるべきことは挨拶回りだ」
ギーシュは手の平をエグズの前に差し出す。
「俺がここでの生き方を教えてやるから雇え。そうだな、1日2万ガルでいい」
「2……む、無理です……そんな持ってないよ」
「あぁ? お前あの旅館のガキだろ。嘘吐いてねぇでさっさと────」
その時、ギーシュの後ろ襟が掴まれた。そのまま後ろに引かれ、驚きの声を上げ尻餅をつく。
「何、しやがる!!」
ギーシュが立ち上がり自分を引っ張った相手を睨む。
「お前は相変わらずね、ギーシュ」
「っ……お前か」
中折れ帽を被った女性だった。微かに見える白髪には金が混じっている。
「新人から、それもこんな小さな子供から金を巻き上げようなんて。己の行いを恥じるべきよ」
猛禽類を彷彿とさせる鋭い視線でギーシュを睨む。
「うるせぇクソババア。その枯れ枝みたいな体、へし折ってやろうか」
「やれるものならやってみなさい。豚みたいなお前の体を切り刻んで塩胡椒で味付けしてあげるわ」
「口の減らねぇ……。だいたい本当かどうかも怪しいだろうが」
「嘘だと断定もできない。そうでしょう?」
睨み合う両者を、エグズは怯えた眼差しで見つめていた。
数秒後、ギーシュは唾を吐いてその場を去る。取り巻きも女性を睨みながら後に続いた。
女性は息をつき帽子を取るとエグズの隣に座った。
ババア、という失礼な物言いからは想像できないほど肌に艶がある美人だった。目元のメイクは少し濃いが若々しい。
灰色のコートのような装束を身に纏っているが華奢な体つきであることは見て取れる。
「大丈夫? 少年」
女性はふわりとした微笑みを浮かべた。何とも言えない色気にエグズは顔を赤らめてしまう。
「あ、ありがとうございます! 騎士様!」
「……なぜ私が騎士だと?」
「え、だって、立派なレイピアを持っているので……」
腰にある細剣を指摘され、女性は納得したような声を出す。
「エグズ君、であってる? あなたはガーディアンになりたいの?」
「はい! 僕、アリオールさんみたいになりたいんです! ヴァルターユで唯一の、ランク・ダイヤモンドのガーディアンの!」
優しそうな美麗騎士を前にエグズは元気よく返事をした。さきほどとは違い声が高くなっている。
「アリオール……神の目を持つと呼ばれているガーディアンね。今はここに滞在しているはずだから、すぐに会えると思うわ」
「本当ですか!? 楽しみです!」
「でもその前に。招待状の件に関してもっと詳しく聞いていい?」
「は、はい」
「私もここで長いことガーディアンをやっているけど、このセントラルにそんな制度があるなんて初耳なの。恐らくだけど、エグズ君が他国の試験で優秀な成績を収めたから送られたのかな?」
「? 試験って、なんですか?」
「……え?」
その時、セントラルの扉が勢いよく開けられた。その激しい音だけでただならぬことが起こっていると騎士は認識した。
入ってきたのは黒い甲冑を着たガーディアンだった。鎧が砕かれ血が滴り落ちている。左腕がおかしな方向に曲がっていた。
近くにいた者が慌てて救護に入る。瞬く間に人が集まりエグズたちもそこに向かう。
「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
「い……依頼終わったから、帰る……途中に……」
「喋るな死んじまうぞ!」
「誰か!! 回復魔法得意な奴連れてこい!!」
「ふ……吹雪に、紛れて……仲間が……誰か……救援に……」
ガーディアンは一度大きく息を吸い、目を見開くと、血を吐いた。
救助を行う者の傍ではガーディアンたちが顔を見合わせていた。
「助けに行くか? ここまで来たなら近くにいるんじゃ」
「この傷だと仲間も死んでる。助けたとしても吹雪が酷くて運べるか怪しいぞ」
「転移魔法は?」
「どこで襲われたか不明だろ。それに始点が無かったら無理だ」
「どっちにしろ、金にならねぇなら行かねぇよ。そうだろ?」
ギーシュの一言に一同が沈黙した。ガーディアンはボランティアではない。報酬を受け取ってモンスターを討伐する仕事人なのだ。
誰もが渋る中、小さな足音だけが入口に向かっていた。
「……あ、ちょっと!」
騎士が目を見開いた。エグズが出ていこうとしている。
「何してるの!?」
「だって! まだ生きている人がいるかもしれない! なら助けに行かないと!」
「馬鹿っ! 冷静に────」
エグズは飛び出した。
背後からの呼びかけにも応じず、エグズは雪の勢いが激しくなる夜の街に飲み込まれていった。
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