第2話「準備段階」
ロンディールは、オーディファル大陸の中で5番目に大きな国である。武具の生産が盛んであり仕事の7割以上が武具の製造と販売。ゆえにこの国は「鍛冶の国」とも呼ばれている。
無数の武具屋が存在するこの国で生きていくには、鍛冶の技術、もしくは武具の知識が必須。そういった点から、ガーディアンの転職先としても機能している。
「冒険者……じゃないか。今はガーディアンって言うんだっけ。モンスター退治を生業にしてたのか、修練を積んでたのか知らないけど武具知識はあるだろ。まずは商品販売から────」
といった感じで、すぐに働ける環境が整っている。
だがそれは五体満足という暗黙の前提条件の上で成り立っている。
「ガーディアンで、しかも王の騎士と一緒に働いていたのに、追放ねぇ」
エグズの面接を担当する、長い灰色の髭を一つに結んだ鍛冶師は足を組んだ。
一度大きく唸ると、咥えていた煙草をテーブルの灰皿に押し付ける。
「まぁクビ切られることなんか誰にでもあるぁな。ただなぁ」
申し訳なさが3割、迷惑そうな感情が7割、といった瞳をエグズに向ける。
「片目片腕で鍛冶未経験はちょっとなぁ。まだ若いから別の道の方がいいんじゃないか」
「……販売訪問、とか、商品宣伝とか」
「ああいやさ。そっちの方は人が足りてるんだよ」
「な、なんでもします」
鍛冶師は一度大きく鼻から息を吐いた。
「人手が足りてるから、今回の件はまぁ、お見送りってことで」
作り物めいた表情を向けられ、エグズは口を閉ざすしかなかった。
諦めずにもう一軒の鍛冶屋を訪れるが、門前払いのような扱いで拒否された。
「10年以上ガーディアンやって「ランク・サファイア」なんて、やる気がねぇ証拠だろ。そんな奴雇ったらウチの評判が下がっちまうよ。というか、なんで騎士の連中とつるめてたんだ? お前」
ぞんざいな言い方をする店主に頭を下げ、エグズは逃げるようにその場を去った。
街中を歩くだけで周囲の視線が気になった。誰もが彼もが侮蔑の視線を投げているように思ってしまう。
エグズは大通りから外れた所にある人気のないカフェに入り、隅の席に座った。
職と腕と目を失ってからすでに2週間。職を失った翌日は高熱と悪夢にうなされまともに動けず、片目片腕の歩行に慣れるのに1週間を要した。
「どうすんだよ……俺」
大きく溜息を吐く。ガーディアンを辞めるため色々と動き回っているが、中々話が来ない。
もっと目立つように動かなければならないか。
「相談してみるか」
店員にアイスコーヒーを頼み、ポケットから琥珀箱を取り出す。この薄い長方形の箱は生活に欠かせない魔法道具だ。
魔力を流すとディスプレイに画像が浮かび上がる。エグズは画面に指を這わせた。
「エグズ・アルペジオ様でしょうか」
顔を上げる。クリッとした大きな目が特徴的な、可憐な女性が見つめていた。
慌てて頷きを返すと、彼女は一言断って、エグズの前に座る。
「はじめまして! 私はシルフィア・パラキートと申します」
自分の胸元に手を置き名乗った女性は人懐っこい笑みを浮かべた。
首を傾げるエグズに「あ」と言って頭を下げる。ピンクベージュのセミロングヘアが大きく揺れた。
「申し訳ございません。急に話しかけてしまって」
「い、いえ。構いません。あの、私に何か、ご用でしょうか」
「ぜひ私の話を聞いていただきたいのです。仲間から見放されたガーディアンというあなたにこそ、価値のある話かと」
エグズは顔をしかめた。
「宗教関係の話なら、お断りです」
「まさか」
シルフィアは苦笑いを浮かべ頭を振る。
「私が所属しているグループは追放されたガーディアンたちを集めているのです」
「それは、なぜ?」
「仲間に裏切られた、自分の能力不足で切られた……理由は様々ですが、追放処分という現実に絶望し自殺する方や、職を辞す方の数は年々増加しております。この国の兵士とも呼ぶべきガーディアンは蔑ろにされるべき存在ではありません」
「だから、あなたのグループが保護すると?」
「はい! 保護だけではなく皆様の潜在能力を引き出させていただきます」
シルフィアは持っていた鞄から青い瓶を一本取り出した。
「もし自分の力を確かめたいと思うのであれば、これをお飲みください」
あまりの怪しさにエグズは目に角を立てる。
「からかっているんですか? ふざけるな。こんなものに頼る俺じゃない」
「私は本気です。飲めば必ずあなたは生まれ変わる。失い続けたあなたにこそ試して欲しいのです。あなたはここで終わるべきガーディアンではありません。王の騎士と呼ばれる凄腕のガーディアン達とパーティを組んでいたあなたが、無能なわけがない」
エグズは険しい表情を崩さない。だが妙に自信に溢れた相手の言葉を信じてみたくなった。
断ったとしても、結局のところ強がりなのだ。自分はもう、終わった人間だ。
「騙されたと思って飲んでみるのも一興か」
眉間の皺を取る。飲んで小馬鹿にされても笑って許せる心の持ちようができた。
「後悔させません」
「毒でないことを祈りますよ」
瓶を手に取り一気に流し込む。無味無臭の炭酸水だった。喉を鳴らし一気に流し込む。
空になった瓶を置き肩を竦める。
「……満足ですか。笑うなら────」
その時だった。猛烈に手の平が熱くなった。
エグズは言葉を止め、目を見開き、左腕を見る。手の平が青白く染まっていた。
「なっ、えっ!?」
「魔法です……! エグズさん、そのまま! そのまま魔法を発動してください!」
周囲に客がいないため、店員が怪訝そうな視線をエグズたちに向けた。
そんな視線など意に介さず、エグズは魔法を発動した。というより勝手に発動した。
一瞬世界が明滅し、大量の汗をかきながら手の平を見つめる。
そこには、子猫のぬいぐるみができていた。
「なん……え……」
困惑していると、それが体温を持っていることに気づく。まさか、と思っていると、動いた。
ぬいぐるみなどではない。エグズは理解した。
自分は今、生命を創る魔法を発動したのだと。
「す……すごい」
シルフィアが目を点にしていた。
「生命創造なんて……最高峰の難易度を誇る魔法ですよ! この世で1、2を争う希少な魔法です! き、禁呪認定されているかもしれませんが!」
「……マ……マジかよ」
「ほら、やっぱり! エグズさんにはあったんです! 才能というものが!」
エグズは頬を上げた。驚きと嬉しさが混ざる表情をシルフィアに向ける。
「やり直せます。私と、いえ、私たちと共に同じ立場にいる仲間を救いに行きませんか。エグズさん」
真剣な彼女の頼みを断る意味など、すでに消え失せていた。
エグズは自分の力に気づかせてくれた彼女に感謝を示すように、頷きを返した。
★★★★★★★★★★★★
宿に向かう途中、シルフィアとの会話を思い出す。
『今日の夜、集会があるんです。エグズさんには是非とも出席していただきたいと思ってます。実際にその力を見せることができれば、みんなの希望に繋がります』
琥珀箱を起動し、連絡先を確認する。しっかりと登録されていた。
登録名は「追放者保護機関「ダヴフロック」」。
「見つけた」
宿に到着し受付を済ませ、部屋へ向かう。すでに仲間には連絡を取っている。
3階の角部屋に着き、呼び鈴を鳴らした。
次の瞬間、木製のドアが勢いよく開けられ、誰かがエグズに抱きついた。
「おかえり! おかえりなさい!」
この明るい声を聞くだけで安心する。エグズは微笑みを浮かべ────
「ただいま。ごめんね、待たせて」
バルグボルグの頭を、優しく撫でた。彼女は嬉しそうに目を細め腕に力を込めた。
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