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円満追放  作者: RINSE
プロローグ
2/14

第1話「作戦開始」

 エグズ・アルペジオの悲痛な叫びがセントラル中に響き渡ったのは、昼時のことだった。

 昼食を取りに来たガーディアン(守護者)達で賑わいを見せていた店内が、一瞬で静寂に包まれる。


「ぐっ……あ……」


 全員の視線が、右目部分を手の平で押さえ、尻餅をついたエグズに注がれる。手の裏側からは血が激しく流れ落ちていた。

 エグズは怯える左目を目の前の女性に向けた。


「んだその目はよぉ!!」


 女性がエグズの顔を蹴り飛ばした。再び悲痛な声が木霊する。


「エグズ。テメェが悪いんだぜ? パーティから抜けてくれって、こっちが低姿勢で頼んでんのに、グダグダと話を引き延ばしやがって」

「ま、待って。待ってよ……バルグボルグ。こんな、酷いじゃないか……」

「酷い? ああ、酷いな! 話を聞きもしねぇお前の態度は最高に酷い!」


 バルグボルグはエグズの腹を踏む。彼女の燃えるような赤い長髪が踊り狂う。

 道行く人を魅了する美貌と、肌色の多い軽鎧(けいがい)を身に纏う彼女は憤怒の表情を浮かべていた。


「あー、とうとう堪忍袋の緒が切れたか」

龍墜(りゅうつい)の姫様、怒り狂ってんなぁ」


 近くにいるガーディアンたちの声がエグズの耳に届く。見ているなら助けてくれと願ったが届くはずもない。


「前々からテメェのことは気に食わなかったよ。パーティの中で、お前だけランクが低くて実力不足。最近じゃあ荷物持ちって立場で給料もらいやがってよ」


 バルグボルグは振り返り、本を読んでいる男に怒りを向けた。


「何余裕ぶってんだ、スイ。さっさとクビ宣告しなかったお前の責任でもあるんだぞ」


 灰色の長い髪を後ろでひとつに束ねたスイ・ミカヅチは本を閉じた。中性的な顔立ちの彼はすんと鼻を鳴らす。


「起きてしまったことは仕方ないだろう」

「ああ。だけど事前に手を打っておけば依頼が横取りされることはなかった。わかってんのか? あの依頼の報酬はミスリルオーブだ。この先50年は手に入らない秘石だったのに!」


 肩越しにエグズを一瞥する。


エグズ(このバカ)のせいで私たちは損してるだけだぞ!? 邪魔な荷物は捨てるべきだろ!」


 スイは震えるエグズに近づき、見下すような視線を向けた。エグズは涙で潤んだ左目を向ける。


「た、助けてくださいリーダー。い、今まで以上に頑張りますから。ランクも必死に上げます。雑用もします。だから……」

「エグズ。ガッカリだよ」

「へ?」

「実力が無くても誇りはある男だと思っていたんだが、彼女の方が正しいようだ」


 スイが肩をすくめた。


「エグズ。もう一度言おう。キミにはこのパーティから抜けてもらう。人の靴を舐めることに抵抗がない人間は、このパーティに相応しくない」

「そ、そんな」

「追放っていう形になるけど僕らは構わない。キミの代わりは、そこらにいるカエルにでも任せるさ」


 野次馬から微かに笑い声が上がった。


「リーダーからの二度目のお達しだ。三度目はないぜ」


 バルグボルグが背負っていた巨大な斧を抜いた。女性でありながら178センタという高身長である彼女に合わせた武器。斧刃は巨大で刃先は厚みがある。斬る、というより圧し潰すという表現が相応しい武器だ。


「繋がりが薄いパーティから追放されるのは簡単だ。けどお前は違う。曲がりなりにも私たちと3年間一緒にいたんだ。パーティのエンブレム・タトゥーが入ってるだろ」


 エグズはすぐに頷いた。左手首には鷲のエンブレムが刻まれている。


「今すぐ消せ。追放されても私たちのパーティだって言いふらされたらたまんねぇし」

「い、今すぐなんて無理だよ。魔法を使って刻んだタトゥーだし時間が────」


 エグズが言葉を止めた。理解したのだ。バルグボルグが武器を取った意味を。

 彼女は気の強さを象徴するような切れ長の目を、ふわりと柔らかくした。天使のような微笑みだが、エグズにとっては悪魔が微笑んでいるように見えた。


「い、いやだ!! やめて、やめてくれバルグボルグ!!! そんなことをしないでくれよ! 話を聞いてくれ!」

「お前まだ私にタメ口たたけると思ってんのか? 左腕出せ。綺麗に落としてやるから」

「リ、リーダー! 助けて! 助けてください! お願いします!」


 エグズは一縷(いちる)の望みをかけてスイに助けを求める。スイは小さく頷き、素早くエグズの左腕を捕んだ。

 直後力強く引っ張られ、エグズが何か言う前に、斧が振り下ろされた。肉が潰れ骨が砕ける音と絶叫が再び室内に響き渡る。

 

 左腕の肘から先が床に転がる。あまりの残忍さに周囲から小さな悲鳴や息を呑む声が微かに聞こえた。


「う……うぅ……」


 スイは片膝をつき、蹲るエグズに回復魔法をかける。淡い青色の光が左腕と右目を包み込む。傷口が塞がり出血が止まる。


「一緒に働いてくれた礼だ。受け取ってくれ」

 

 片目片腕になったエグズは何も言わず震えるしかなかった。


「行こうぜスイ。あ、そうだ。店員さん! この腕捨てといて。多分燃えるゴミだから」


 バルグボルグは落ちた左腕を蹴飛ばし、去っていった。スイも血が充満する床を踏みしめ離れていく。

 取り残されたエグズは掠れた呼吸を繰り返しながらノロノロと立ち上がり、歩き始めた。


「……ひっでぇ。()()()()だからって、あそこまでするか? 3年も共にしたパーティメンバーだろうよ」

「弱いのが悪いんだよ。惨めなもんだ」

獄白(ごくはく)が優しかっただけマシか」


 すれ違いざまの声にも反応せず出入口に向かうと、鉄製の扉が開かれた。エグズは目を見開く。入ってきた黒い服装の中年男性は、パーティメンバーの一員だったからだ。


「ビルジー」

「ん? エグズじゃねぇか! 随分と変わっちまったな、イメチェンか?」


 細身な彼はエグズの両肩に手を置く。


「とうとう追放されちゃったか? その様子だと。まぁしょうがねぇよ、お前の実力じゃ」

「……え、あ、え?」

「そんな捨てられた子犬みたいな面するなよエグズ。男が廃るぜ?」


 前髪のせいで片目しか見えないが、ビルジーの目許は笑っていた。


「お前にはもっと輝ける場所があるよ。あ、困ったことがあったらいつでも相談しな? 俺はお前の味方だからよ」

「……い、今」

「あ? なに?」

「今、助けて……。腕と、目が、ないんだ。俺の……」

「いいか、兄弟。落ち着け」


 何度か両肩を叩く。


「一度家に帰ってシャワー浴びてサッパリして、酒を飲んで寝るんだ。明日のことを考えてな。エグズ。いつでも心配してるぜ。ずっとな」


 カラカラと笑ってビルジーは去っていった。

 エグズは急激な吐き気に襲われその場で嘔吐した。一秒でも早く、この場所から逃げたかった。


 この日この瞬間から、すでに自分の居場所は無くなった。ガーディアンとしてもう働けない。

 エグズはそれだけを理解し、あとの思考はすべて放棄し、ふらつく足取りでセントラルを出た。


お読みいただきありがとうございます。

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