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円満追放  作者: RINSE
第1章「豪雪血閃「ヴァルターユ」-エグズ10歳-」
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第11話「心技体」

 バルグボルグ以外に、旅館殺人事件の詳細は話さなかった。誰がアリオールの協力者なのか不明だからだ。少なくとも、この国のセントラルに元からいた者は信用できない。


「はぁ……はぁ……」


 エグズは剣の切先を地面に向けた。残骸と化した木人達を睨む。素の運動能力だけで戦うのは辛いものがあったが、戦闘スキルを身に着けるのは速かった。


「言っただろ? スキル習得には魔法なんか頼らない方が早いんだ」


 バルグボルグは口の端を上げた。


「一振りで木人3体倒せるようになったし、とりあえず合格。次は魔法を鍛えねぇと」


 長い指をエグズの胸元に当てる。


「先週話したが、お前の魔力量は毎日上昇している。もう7000近い。けど使い方がわからなきゃ宝の持ち腐れだ」

「下級魔法から覚える感じ?」

「いや。私はお前に「固有魔法(インテリオル)」があるって睨んでる」


 インテリオルというワードに、エグズは目を輝かせた。


「ほ、本当に!? 僕に固有魔法が!?」

「そうじゃねぇと説明がつかないんだよ。読みたくもねぇ魔導書漁って確信した。自分だけしか使えない固有魔法、インテリオルを持つ者は魔力量が多い。月を跨ぐ度に魔力が増幅するという奇病を患っていた奴もいるくらいだ」


 エグズは興奮を隠しきれず声を上げた。ブロードソードを力強く握りしめる。セントラルからの借り物の武器だ。


「だから確かめる。エグズ、今から私と戦え。魔力を練り続けたままな」

「練り続けるだけ?」

「もし固有魔法なら抑えきれず出て来る。インテリオルってのは元々妖精の名前でな。悪戯好きな妖精の中で、別種族の者を主人と慕い、守護し、死を共にする忠義者」

「だから僕が危険になれば出て来るって?」

「可能性はある。死中に活路を求めろ。行くぜ」


 バルグボルグが拳を振った。同時にエグズも剣を掬い上げるように振る。刃が拳とかち合い、ブロードソードが弾かれた。直後ローキックがエグズの膝にめり込む。

 痛みで表情を歪めるも、エグズは片足で跳躍。両足を揃え顔面目掛けドロップキックを放つ。

 バルグボルグはそれを腕で受けると力任せに払った。エグズが吹っ飛び壁に激突する。

 竜が一気に距離を詰め拳を突き出す。間一髪それを避けると壁にヒビが入った。


「あっやべっ」

「ちょ、これセントラルの壁!」

「後で弁償する!」


 バルグボルグが拳を振った。拳の連打は異常な速度の攻撃であるため、エグズは集中してギリギリで避け続ける。エグズを捉えられなかった拳は壁を削り飛ばした。


 連撃を避けていると、軽く股関節を押された。エグズがすとんと尻餅をつく。

 瞬間、中段蹴りが側頭部に当たった。鈍い音が響く。叫び声も上げず、エグズは積雪の上に倒れる。その際、剣を手放してしまう。


「上に意識を持たせて下。可動域に限界がある関節を押す小技からの必殺の蹴り。徒手空拳で戦う際に使える技術だから覚えておきな」

「うっ、ぐっ」


 雪を握りしめ、上体を起こす。世界が揺らいでいる。脳味噌の中で鉄球が暴れているようだった。それでもなんとか片膝をついた。


「やっぱ無理か。しょうがねぇ。一回寝てろ、エグズ」


 バルグボルグが拳を振り下ろした。エグズは敵を睨み上げ、アッパーカットを繰り出す。身長差があるため首から上に届かない。エグズは狙いを相手の拳に定める。こちらのパンチが砕けようと軌道をずらし、必殺を防ごうとした。

 

 両者の拳がかち合い、砕けた。

 バルグボルグの拳が。


「……あ?」


 バルグボルグは拳から突き出る白い骨と噴き出す鮮血を凝視する。

 困惑の表情をエグズに向ける。相手も同じ表情だった。エグズの視線の先にはアッパーカットを放った自身の腕。


「なに、これ?」


 エグズが当惑する声を上げる。

 腕には、立派な銀籠手(ガントレット)が装着されていた。

 沈黙が広がると、ガントレットが灰色に染まり砂のように流れ落ちていく。突風が吹き、灰を吹き飛ばす。残ったのはエグズの腕だけだった。


「今のが、僕の固有魔法(インテリオル)?」


 期待と困惑が入り混じる視線を向けると、バルグボルグは顔を歪めた。


「……お前は退屈させねぇな」

「え?」

「よく磨けよ。お前の魔法」


 それだけ言い残し、街の中へと消えていった。今宵は雪も風も大人しかったため、彼女の赤い髪の毛が消えるのに時間がかかった。




★★★★★★★★★★★★





 火照った体が冷えていくのを感じセントラルに入る。深夜という時間帯もあり人は少なかった。

 暖炉近くの席に座りエグズはさきほどのことを思い出す。

 突然なにもない空間から出現したガントレット。あれが固有魔法だとしたらどういう効果なのか。装備を生み出せるのか、それとも様々な物を生み出せるのか。


 生み出せる。だとして、制限は。

 エグズは胸騒ぎを感じた。


「エグズ」


 呼んだのはギーシュだった。相も変わらない巨漢はエグズの隣に腰かけた。


「今日も修行だったか」

「う、うん」

「お疲れさん。なんか飲むか?」

「いや、水でいい。酒飲んだら頭が痛くなるんだ」

「なんだ下戸かお前? 俺は酒でいいや」


 ギーシュは給仕を呼び注文する。


「修行はじめて、もうすぐ2ヶ月か。スキルは?」

「剣技5つに回避技2つ。何故か斧技も2つ覚えてる。魔法は────まぁ、精進しているというか」

「すげぇハイペースだな」

「前も聞いたけどこれって早い方なの?」

「早いも何も」


 ギーシュは顔をしかめた。


「駆け出し(パール)のガーディアンなんか2つか3つ持っておけば充分だ。ガーディアンになる前にそれだけ持っておけば上等さ」

「そっか。なら嬉しいな」

「もう筆記なんかできなくたっていいぞ。爺はお前を合格させる気満々だからな」


 苦笑いを浮かべる。


「復讐のためか。強くなりたいのは」

「……うん」


 水の入ったコップと麦酒のジョッキが運ばれてきた。


「僕の母を、家族を、罪もないお客様を殺した奴を、必ず地獄に叩き落とす。犯人がもしドラゴンみたいに強くても、必ず勝つ」


 エグズはコップを握りしめた。


「勝たなきゃいけない。許せないんだ……絶対に」


 グラスにヒビが入った。激しい波のような怒りがエグズの体内を駆ける。


「いい顔だ。どんどん強くなれ、エグズ」

「応援してくれるの?」

「気持ちがわかるからな」


 ギーシュは琥珀箱(アンバーシェル)を操作し画面を見せた。普段からは考えられない笑顔のギーシュが可愛らしい少女を抱いている写真だった。


「俺の娘だ。この時は5歳だった」

「可愛いね。今はいくつになったの?」

「15になるはずだった」


 ギーシュは画面を消した。


「フェンリルってモンスターを知ってるか? 氷の大魔法を使う巨大な狼だ。足が6本あり、背中にも牙があり、尻尾は城壁を抉るほど鋭利な刃物のバケモノ。そいつを狩るのが、俺の目的だ」


 巨漢のガーディアンの言葉には怒りと憎しみが入り混じっていた。


「俺がお前を追い出そうとしていたこと、覚えてるか?」

「あ……うん」

「お前みたいなガキが、モンスターに食われるのを見たくなかったんだよ」

「……ごめん、嫌なこと思い出させて」

「お前が謝ることねぇさ。じゃあな」


 空気が重くなり気まずくなったせいか、ギーシュは席を立った。


「待って、ギーシュ」

「あ? まだ何か聞きてぇのか?」

「僕の先生になって欲しい。努力して、必ずギーシュの役に立つくらい強くなるから」

「……馬鹿か? お前には竜の女がいるだろ」

「彼女は強いけど粗雑だ。ガーディアンとしての知識も基礎的なことしか知らないし、社会的常識も少し欠けてる」

「待て待て待て」


 ギーシュは苦笑いを浮かべ両手を広げた。


「それを言い出したら俺も腕っ節だけの男だ」

「誤魔化さないでくれ。ギーシュ。あなたがランク・ルビーになったのは腕だけじゃない。人との繋がりを大事にした結果だと聞いている。オルクトさんも、他のガーディアンにも聞いた。あなたには信頼がある。だから僕に教えて欲しい。人との関わり方を。ガーディアンとしての生き方を」


 いつの間にかエグズは立ち上がっていた。力強い眼差しで相手を見上げる。


「モンスターを倒す技も重要だけど、それだけじゃダメなんだ。僕は竜じゃない。人として強くなりたい。人脈だって立派な力だ」


 ギーシュは熱のこもった言葉を受け止めるしかなかった。たとえそれが復讐の炎だとしても、若者の決意を無視することはできなかった。


 エグズはそれから竜の乙女から技術を学び、守護者からは生きるための術を学び続けた。

 そして自身の魔法に対しても理解を深め、それがあまりにも危険な魔法だと気づいたのは、


 7年の月日が流れてからだった。


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