08 (仮)
ゴールデンウィークが明けた。
ヒガとお泊りデートするまでの仲になるとは、最初には想像できなかったことである。
放課後が楽しみなっている自分がいる。
私としては、ただイケメンと手を握り、ハグをするだけの関係は最高である。
相手が自分のことを好きではないと分かっているからこそ、遠慮なくできるのだろうか。
それとも。
◇◇◇◇◇◇
「こんにちわー」
演劇部の部室。
ヒガは寝ている。
もちろん、二人きりである。
「おーい、ヒガ。……マモル」
よし、起きてないな。
今こそレベル3、頬にキスを実行するチャンスである。
顔を近づける。
だがそこでヒガの目が開く。
「わっ」
驚いてのけぞるが、ヒガに体を引っ張られて、彼に覆いかぶさる形となる。
「ええと、おはようございます」
「何しようとしてたの」
「ベっつに―」
「正直に言ったら、してあげるよ」
「き、キスです」
瞬間、私の唇にヒガの唇が重なる。
「何してんですか」
「あれ、キスしたかったんでしょ」
「まだ、そこは早いです」
◇◇◇◇◇◇
いつの日か、それもそう遠くない未来。こんな妄想も現実に。
……なんちゃって。
ああ、早く明日の放課後にならないかな。
翌日、放課後。
私は職員室から演劇部部室のカギを受け取り、部室塔へと足を進める。
演劇部に加入しているため、何の問題もなく受け取れるのである。
部室に入り、ヒガが来るまで待つことにする。
しかし、今日はいつもの時間になっても来ない。
一体どうしたのか、まさか休んでたりするのか。
ラインをしようかなと考えつつ、自販機でジュースを買うため、部室から外に出る。
すると、ヒガが渡り廊下にいた。
「あ」
声をかけようとしたが、慌ててキャンセル。
その理由は、ヒガの前に立つ女性の存在である。
反射的に物陰に隠れる。
よし、ここからなら、しゃべってる内容まで聞き取れるぞ。
「私、あなたのことが好きです」
ええー、告白されてますやん。
そいつ、セフレいますよー。だからやんわり断られるに決まってますよー。
可哀そうに、めっちゃ美人なのに。
おそらく、ヒガは「告白してくれて、ありがとう」的な返事をするのだろう。
だが、その予想は外れる。
「はい、いいですよ。じゃあ、今日からよろしくお願いします」
何、承諾してるんですか。私という存在がありながら。
確かに、私はヒガにとって都合のいいフレンドでしかないけど。
それでも、別の人と付き合うのはどうなんですか。
結局、美人でスタイルがいい人が好みなんですか。
そして、なぜか二人して部室塔へと向かう。
私は嫌な予感がしながら、平然を装い部室に行く。
「こちら、コバヤカワ」
「小早川皐月です。ヒガが演劇部に入っているって聞いたから、私も入部してみることにしました。ワタナベさんですよね、よろしくお願いします」
「はあ」
「ええと、何か?」
「いや、お似合いですね」
「どうも」
いつもヒガと座っているソファに、今日は別の女生徒が座っている。
名前は小早川皐月。
改めて顔を拝むと、その美形とスタイルに圧倒される。
格の違いを見せつけられている感覚である。
「じゃ、俺たち行くから」
「どこへ?」
「演劇の練習」
「え、だって今までそんなことしてなかったじゃん」
「そりゃ、4月は新入部員を集める期間だからな。集まった人数に応じて演劇の内容も検討しないといけないし。行こうか、コバヤカワ」
「ええ。ワタナベさん、また会いましょう」
未だに展開が読めてないし、どうしてこうなったのだ。
ゴールデンウィークまでは、いい流れだったのに。これはいかに。
「ヒガ、ちょっと待って」
「なんだよ」
「私も演劇やる。それとちょっと残りなさい」
「じゃあ、コバヤカワはホールに行っといて」
「ええ。じゃあ、込み入った話がありそうだし、私は先に行ってるわ」
「そうしてくれ」
コバヤカワは颯爽と部屋を後にする。
「で、どういうことですか」
「というのは。てか、ワタナベもどうして急に演劇やりたいなんて言ったんだ」
「じゃあ、私から答えますよ。私たちはこの一ヶ月でレベル2のハグまで達成しました。このままいけば、いずれレベル4のキスまで達成して、イチャイチャする準備が整います」
「そうだな」
「ですが、問題がありますです。準備が整ってから演技の練習をするのでは、あまりに効率が悪いです。いつまでたってもイチャイチャできません。そこで、レベル攻略と演技の練習を同時並行で行うことを提案するのです」
「なるほど、一理あるな」
「でしょ。はい、私の答えは以上です。今度はこっちの質問に答えてください。何で、コバヤカワさんと急に付き合い始めたんですか」
「それは私から説明させてもらうわ」
そう発言したのは、さきほど部室から出たはずのコバヤカワであった。
「話聞いてたんですか!?」
まずい。イチャイチャする準備とか彼女に聞かれてたってこと?修羅場確定演出じゃん。
どうしよう、こういう美人系の人って、怒ると怖いに決まってるし。
「ええ、話は聞いてたわ」
心なしか、声にとげがあるように感じる。
「うん、やっぱりヒガと付き合って正解ね」
「えっ、どういう意味でしょうか」
「私、あなたとは違ってヒガのことは好きじゃないわ」
「私も違いますよ。何言ってんですか」
「あらそうだったの」
「そうですよ。で、好きじゃないってどういうことですか」
するとヒガが発言する。
「フレンド」
「え?」
「フレンドだよ。二人目の」
どうやら、私は堂々と二股宣言をされたらしい。
いや、セフレも含めるともっといるのか。
「なんで、ヒガのフレンドになろうと」
「そうね、モテるからかな」
コバヤカワの主張は次の通りである。
彼女は美人である。
それは自他ともに認める事実である。そのため、彼女は色々な男性から告白されてきたようである。
で、そういった告白によって人間関係が崩壊するのもお決まりの展開であり、彼女は何度もその経験をしてきたのである。ただの男友達だと思っていた人物から急に告白された結果、仲良しグループの関係がギクシャクしたり、その男子が好きな女子からのいやがらせなどに遭ってきたのだ。
で、彼女なりの解決策としては、誰とも友達を作らず、孤高に生きることであった。
そうした考えのもと、コバヤカワは、高校生になってから一匹狼になったのである。
しかし、人間関係でギクシャクすることが解消されたものの、あいかわらず男子からは告白されるし、それに伴って女子から嫉妬されるし、面倒ごとは変わらなかった。
そして高校生になってから10回目の告白をされた時、「誰かと付き合えば万事解決なのでは?」と思いついたのだ。
誰かと付き合ってしまえさえすれば、他の男子から告白されることはないし、仮にされたとしても正当な言い訳ができる。それから、他の女子からの嫉妬も回避できる。なぜなら、付き合っているからである。
ただし問題点が一つ。誰と付き合うかである。
もちろん誰とでも付き合うというわけではない。さらに欲を言えば、自分のことを好きではないけれど付き合ってくれるという、ニセコイ的な関係を求めているのだ。
別段、コバヤカワは誰かと楽しく恋人生活を送りたいわけではない。ただ、平穏な日々を過ごしたいだけなのである。
「で、その適任者になったのが、ヒガってことですか」
「そういうこと。中々かっこいいし、彼女もセフレもいるらしいし」
セフレも公認済みかよ。
「いんですか。そうは言っても、何するかわかったもんじゃないですよ」
「何かされたの?」
「いや、されてないですけど」
むしろ、私が恥ずかしがっているせいで、イチャイチャできてないだけですけど。
「ならいいじゃない。お互いヒガのフレンドってことで。よろしく」
「よろしく、お願いします」
「話がまとまったようだし、とりあえず、みんなでホールに行くか」
三人でホールへと向かう。
どうやら私がいた演劇部室は、完全に倉庫的な存在のようだ。そのため、演者の人たちはめったに立ち寄ることはないらしい。
15分後になって、ようやく演者の人たちがやってきた。
「あれ、あの二人は演芸部室に入りましたけど?」
「ああ、彼女たちは裏方。今日は演者だけ来ればいいんだけど、なぜかあいつらは毎回来てる。暇なんだと」
「そうですか」
裏方、か。絶対にあの扉の向こうには行きたくない。
だって、一人は明らかに校則に違反した服装をしてるし、ギャルっぽいメイクもしてるし。
もう一人は、明らかに巨乳だし。
二人とも色々な意味で恐ろしい存在である。
全員が集合したようである。
ヒガが私とコバヤカワを部員に紹介する。
「ええと、この子がワタナベ。で、こちらがコバヤカワ。
今日から、演劇に参加してもらう予定なんだけど、空いてる役とかある?」
部長の人だろうか。目がキリリとして威圧的な人がヒガの質問に答えている。
しばらくして、ヒガから台本が渡される。
「これ台本。まずは読み合わせからやっていこう」
「了解!」
「ええ、わかったわ」
よーし、頑張るぞー。
「で、戦力外宣告を受けて、晴れて裏方デビューですか」
「はい……」
開始からわずか30分。戦力外通告をくらった。
部長らしき目つきが怖い人に。
原因は完全に私である。ここまで演技ができなかったのかと、自分でも驚くレベルの大根役者っぷりだった。
「噛みまくってたね」
「はい」
「てか、4月から入部してたの? 知らなかったわ」
「これには深い事情がありまして」
「はあ」
今、私と話しているのは、宮本真紀である。
軽音楽部と兼部しているらしく、演劇部ではBGMなどを担当しているようだ。
まあ、そんなことより、服装とメイクが派手なので怖い。
「うちの部活の練習場所って狭いんだよね。他のグループの音と混じるし。ここも一応、音楽室みたいに音を吸収するようになってるから、練習に最適ってわけ。で、ここを使わしてもらう代わりに、演劇部に協力してるってところ」
「そうなんですか。ええと、ミヤモトさんは作曲を担当してるんですよね」
「そうそう。てか、ため口でいいよ。同級生だし、私なんて間借りしてる存在だし。よろしく、ユウカ」
「よろしく、マキ?」
「うん!」
気兼ねなく話せる印象をマキに抱く。
意外といい人なのかも?
「要望があれば曲も弾きまっせ」
やっぱりいい人だ!
よかったー。
「あの、曲を弾いてくれるのはありがたいんだけど、私は何をすればいいの」
「そうだなぁ。メグミの手伝いでもすれば?」
「メグミさん?」
マキがミシンで黙々と作業をしている女生徒を指さす。
「メグミー、新入部員」
「え、本当」
「ほら、同じ2年のユウカ。あんた、衣装担当一人だからって文句言ってたでしょ」
「というより、おしゃべりの相手が欲しかっただけ。マキって、ずっと曲引いてるんだもん」
作業を中断して、私たちのいるところに来る。
やはり見間違いなどではなく、巨乳だった。
そして、なぜかメジャーを携えている。
「採寸してもいい?」
「どうして?」
「一応。当日に欠員が出た時のためにさ」
「ただ、メグミが作りたいだけだろ」
「別にいいでしょー。だってこんなにいい素材なんだよ。もったいない」
「ユウカ、めちゃくちゃ演技が下手なんだよ。ちょっと裏から見てたけど、こっちが恥ずかしくなるレベルだったぞ」
「そうなの?」
「はい、申し訳ないです」
メグミは、残念そうな表情を浮かべながらも、採寸をしていく。
仮に衣装を作ってくれても、それに袖を通す日は来ないのだろうな。
メグミは、頭から、足まで、あらゆるサイズを測っていく。
私としては、メグミのバストが何センチなのか測ってみたいところである。
F? いや、それ以上か?
これ以上深く考えないようにしよう。自分のと比較して悲しくなるだけだ。
「どうする?衣装づくりやってみる?」
「いいの?」
「まあ、今の時期って暇だから。練習する時間だけはいくらでもあるよ」
本当に練習しないといけないのは、演技の方なんだけどな。