03 レベル
◇◇◇◇◇
「ダメですよ。こんなの」
「どうして?」
そういいながら後輩に口づけをする男。
この男には、彼女がいる。
しかし、今は彼に片思いをする後輩と二人きりである。
そう、男の浮気現場である。
「バレたらどうするんですか?」
「なら、俺のこと拒絶すればいいだろ。なのに、ほら。俺にキスされてうれしそうじゃん」
「それは、先輩が」
再び男が後輩にキスをする。
「今日から、お前は俺のセフレな」
「セフレ?」
「そう、セックスするだけの友達。いやか?」
先輩の優しい表情が後輩の心を虜にする。
「せ、先輩と一緒にいられるなら。私、先輩とセフレになります」
◇◇◇◇◇
「嫌ねこの男。後輩も、セフレになってまで一緒にいたいのかね?」
「そ、そうだね」
母と見ているのは、録画しておいた深夜ドラマである。
身勝手な男の言い分に、母はご立腹の様子だ。
ごめんなさい、お母さん。
イケメンというだけで、その人とイチャイチャするだけのフレンドになってしまいました。
今日の放課後、ヒガとフレンドになる契約を交わした。
だが、どうやらヒガにはセフレがいるとのこと。
冗談なのか?
私に変なことをしないとアピールするための。
性的な欲求は、そっちで満たすとか言ってたし。
様々な憶測が私の脳内を飛び交う。
とはいえ、連絡先も聞いていないため、学校で直接聞くしかない。
……放課後までは聞けないよな。
翌日。
放課後に演劇部室で会うことは確定しているのだが、さすがに彼についての情報を知らなさすぎるため、情報収集をすることにした。
といっても、そんな大したことはできない。例えば、教室移動の際に2-Cの教室を一瞥したり、廊下ですれ違うのを狙ったりするなど、ささやかな行動である。
「なんで、急に食堂に行こうなんて。いつもは教室なのに」
「たまには、いいでしょ」
「お弁当、持ってくるの忘れただけでしょ」
「そうです。ごめんなさい」
ハルと二人で食堂に訪れた。
ハルには悪いが、お弁当を持ってくるのを忘れたという文言は建前である。本音は、昼休みに食堂に来ている可能性にかけて、あえてお弁当を持ってこなかったのである。お弁当は自分で作っているため、両親に迷惑をかけることもない。
来た。
ささやか行動で得た情報とも照らし合わせて、ヒガの人物像を把握していく。
まず、彼は基本的に男子3人で行動している。
ヒガを含め、どいつもこいつもイケメンである。
他の二人にもセフレがいるのかは不明だが、いたところで驚くことではない。
で、それから、交友関係が広い。
色々なところから「ここで食べよう」的な声を投げかけられている。それも女子のワーキャーだけでなく、男子からも声がかかっている。どうやら、人望も厚いらしい。
「珍しいね」
「何が?」
「いやいや、ユウカが妄想しないでご飯食べてるなんて」
「いろいろあってね」
本当に昨日は色々あり、妄想をしようとしてもヒガがちらついて上手く妄想できなかった。
日課である妄想ができないほど、不測の事態に襲われているのである。
ああ、早く放課後が来ないものか。
ようやく放課後、私はすぐに教室を飛び出し、部室塔にある演劇部室へと向かう。
「ワタナベじゃん。早くね?」
すでに、ヒガが部室にいた。
「そっちこそ」
「別に教室にいてもやることないしね。入れよ」
昨日とさして変わらない状態を保っている演劇部室に入る。
「まずはこれ」
私が、昨日のセフレについて聞く前に紙を渡される。
「入部届ですか」
「そう、演劇部に入部してもらうことになったから」
「なんでですか」
「フレンドとしてイチャイチャする上で、ここが最適な環境だからだよ」
学校である。
密室である。
人気が少ない。
衣装や装飾品がある。
確かに、二人きりでイチャイチャするには最適である。
「わかりました。じゃあその代わり教えてください」
「なにを」
「昨日のことですよ。……セフレのことですよ」
本題である。
「いるのは本当ですか」
「本当だよ」
「何人くらいいるんですか」
「ご想像にお任せします」
「私がその一人になってしまうケースは」
「ないね。そういう目では見てないかな。俺は女を分類してるから」
分類している、ということについて詳細に聞く。
どうやら、恋愛をするならこいつ、友達ならこいつ、セフレになるならこいつみたいな感じで、女子を細かくジャンル分けしているようである。
その分類で言うと、イチャイチャするなら私ということである。
「納得した?」
「これ以上追求しても仕方ないということはわかった」
入部届に私の名前を書き、ヒガに渡す。
ヒガはその入部届をファイルにしまい、姿勢を改める。
「じゃあ、今日からフレンドっぽいことをお願いするよ。ユウカ」
「わかった。……マモル」
歯がゆい、自分で決めたルールなのに歯がゆい。
男子のことを名前で呼んだのなんて初めての経験である。
「あの、これだけで赤面されても困るのだが」
「だって」
むしろ、平然としているヒガが異常なのである。
「じゃあ、最初に、恋愛において必要なことって何だと思う?」
いきなりの質問である。
ううむ、わからん。
だから、パッと思いついたことを言う。
「ええと、相手に尽くすことですか」
「違います、演技力です」
「そうなんだ」
ヒガは表情一つ変えない。
「いいですか、演技力がなければどんなに可愛い子であっても宝の持ち腐れってもんですよ。可愛いだのかっこいいだのは意図的に生み出すものなんだよ」
「それって、あざとくなれってことですか」
「簡単に言うとそういうことになるね」
ヒガは、スマホを取り出し、しばらくスクロールする。
「今日は、これなんてどう?」
彼が私に見せた画面には、以前に投稿した私の妄想が綴られていた。
◇◇◇◇◇
家で、彼氏と恋愛映画を見ていた時のこと。
途中、キスシーンがあって、そこで何となく気まずい雰囲気でいたら、彼が急にキスしてきたの。
びっくりしてその理由を聞いたら、私がしてほしそうな顔をしてたからだって!
キスして欲しそうな顔って何なのよ。
教えてよ。じゃないとまた急にされちゃうかもって意識して、映画に集中できないよ。
◇◇◇◇◇
「無理です」
「なんで」
「これは所詮妄想なんで。現実の男性とどうこうすることを想定して書いていないので」
おもむろに彼は私の横に座り、こちらを伺う。
うう、近い。
「あの」
「なに?」
「近いです」
直視しないように手でガードをする。
「もしかしてだけど、ワタナベ」
「なんでしょう」
「恋愛経験ほとんどないの?」
「あはは、やっぱり妄想と現実では雲泥の差がありますね」
苦笑いで何とか現状を乗り切ろうとする私と、その私の恋愛初心者具合にショックを隠し切れないヒガ。しばらくヒガは色々と思案した結果、ある提案を投げかけてきた。
「作戦変更。演技どうこう以前に、ワタナベにはまず、恋愛で必須の行為をスムーズに行ってもらう練習から始めてもらう」
「練習、ですか」
「そう。全部で4つのレベルを設けることにしました」
レベル1、手を繋ぐ
「このくらいならなんとか」
「本当?」
彼の手が私の手の上に覆いかぶさる。
「わっ」
慌てて彼の手を払いのける。
「いきなり何するんですか」
「これは重症だ」
「誰だって急に触れられたらびっくりするでしょ」
「びっくりするかもしれないが、そんなに赤面することはない」
はいはい、そうですよ。ドキドキしてさぞ顔が赤いのでしょうね。
にらみを利かせる。
しかし、ヒガには全く効果がなし。
無視をしているのか、私の気持ちになんて興味がないのか。
レベル2、ハグ
「いきなりレベル上がり過ぎじゃないですか」
「いいか、レベル2までは挨拶ぐらいの認識でいてもらわないと困るぞ」
「そんなぁ」
レベル3,頬にキス
「え、レベル上がり過ぎじゃ」
「上がり過ぎじゃない。てか、4つしかないんだからしょうがないだろ」
「だったら、もっと細かくレベルわけすればいいじゃないですか。」
「却下、そんな甘えは許しません」
「これって、私がヒガにするってことだよね」
「そりゃそうだろ、むしろそこがこのレベルのポイント。自分からしないといけないから、行動力だったり積極性だったりが求められるってわけ」
「……なるほど」
なるほど、としか言えない。これが自然とできる状態って、むしろ異常と言えるでしょ。
レベル4,キス。
「うすうす分かってましたけど」
「だろ。大抵の妄想シチュエーションにキスシーン入ってるし」
ヒガは、私の裏アカウントを見ながら言う。
「そりゃあ、妄想の中では何回でもできますけど」
「決定ね」
「拒否権などは」
「ない。いやなら、フレンドをやめてもらうしかない」
私は承諾するしかなかった。自分の妄想を実現するために。好きでもない奴とキスをする約束したのである。
「まずはレベル1からだな。ユウカ、手」
差し伸べられる手。「本当にするの?」という視線を送ってみるものの、「何を照れているのだ」という表情を浮かべられるだけである。やるしかない、小学校以来の男子との手つなぎである。
「では、いきます」
意を決して、私はヒガの手を握る。
わー、繋いじゃってるよ。自分じゃない手って変な感覚。
ふーんだ、意外と簡単でしたわ。私だってやればこれぐらい。それこそ挨拶みたいにできますって。
「どうですか、私の……」
「どうした?」
「いや、近いです。さっきから黙ってるし」
「可愛いなと思って」
手を放す。
何なんだ、この私をキュン死させるために存在するモンスターは。
妄想が具現化したのか。妄獣なのか。
「なんだよ」
「手を繋ぐだけじゃないんですか」
「それだけじゃあ、ドキドキしないだろ。ユウカも俺も」
私たちは、手を繋ぐところから始める。
ここだけ見れば、交際したてのカップルである。
だが、私と主の関係は、あくまでもフレンド。
イチャイチャしてドキドキするための、身勝手な関係なのだ。
このまま、小一時間ほど手を繋ぎ続けるという、苦行なのかご褒美なのかよく分からない状態を維持した。
チャイムが鳴る。
「じゃ、帰ろうかワタナベ。明日もここで練習だな」
私たちは、恋人からただの友達に戻る。
明日もまた、手を繋ぐのか。
緊張しなくなる日なんて来るのだあろうか。