22 後夜祭
文化祭が終了し、ここからは、生徒だけによる後夜祭である。
自由参加であるものの、多くの生徒が参加する。
そして、その全員が体育館に集まる。
開会式のように整列するのではなく、場所も自由。
だから、必然的にステージの前に群衆が形成される。
後夜祭の流れとしては、まず歌うま大会の優勝者が生歌披露。
つぎに、各学年と部活動による出し物の順位を発表して、その代表者が表彰状を受け取るといったものである。
歌うま大会の優勝者が発表されて、会場が大いに盛り上がる。
最近のヒット曲を歌う。
中々に上手い。会場が一体となる。
よくもまあ、あんなに高いキーが出せるものだ。
「うまかったねぇ」
「そうだね。てか、会場盛り上がり過ぎじゃない?」
「ほんと」
私は、ハルと後夜祭に参加している。
タケルが所属するサッカー部は、文化祭の後に与えられる休日を利用して、まさかの合宿である。
というわけで、ハルと二人仲良く後夜祭を満喫しているのである。
「次は、出し物の順位発表でしょ」
「そう。学年別と部活動それぞれあって。それから、総合して一番盛り上げた出し物が最優秀賞に選ばれるってわけ。てか、演劇部とクイズ研究会の謎解き、めっちゃ人気だったよ。もしかすると最優秀賞に選ばれるかも」
「そうかな」
さっそく、文化祭実行委員が3位から順位を発表していく。
クラスが呼ばれるたびに、あちこちから歓声が響き渡る。
「ま、私たちのクラスはないよね」
「だね。演劇なら、他のクラスのほうがレベル高かったし」
「まったく、演劇部の誰かさんにもっと実力あればなぁー」
「悪かったですね。演劇部なのに戦力外通告されましたけど」
そんな冗談を言い合っているとクラスの順位発表が終わる。
次はいよいよ部活動である。
「部活動部門の優秀賞は、美術部の巨大アートです」
美術部たちが歓喜の声を上げている。
「巨大アートって、校門にあったやつでしょ。5メートルくらいの」
「そうそう、あれって美術部のやつだったんだ」
「てことは、ユウカ。これはマジであるかもよ。演劇部」
「どう、なのかな」
小道具や衣装などの準備は手伝ったが、実質クイズ研究会の問題のクオリティと、マモルやサツキの演技力のおかげである。
私は微力ながら協力したに過ぎない。
「それでは発表します。最優秀賞は、クイズ研究会と演劇部合同のリアル脱出ゲーム!!」
「やったじゃん」
「いや、すごいすごい。拍手だよ」
私はただ感心して手をたたく。
やっぱりマモルやサツキはすごいや。
私と全然違う。
「うおおおおおぉおぉぉぉぉぉぉ――」
一際、大きい歓声があがる。
おそらく、クイズ研究会の人たちだろう。
「それでは、各代表者一人、壇上に登ってください」
文化祭実行委員がアナウンスする。
「誰が代表者として出るのかな?」
「クイズ研究会か演劇部の部長とかじゃない? それか二人とも」
そのような予想は、全く外れる。
「あれってヒガ君じゃない?」
「本当だ。なんでだ?」
多少、疑問は抱いたものの、マモルも謎解きの進行役として頑張っていたので納得する。
「では、表彰状を授与します」
クラス、部活の受賞者が表彰状を受け取る。
美術部の人は、もらったトロフィーを掲げて「やったぞ、俺たち―」と与えられた称号を自らたたえるのだった。
そして、マモルも表彰状を受け取る。
本来であれば、そのまま壇上から下がるはずだが、
「ええと、ちょっとマイク借り手もいいですか」
「え? ああ、もちろんどうぞ!」
実行委員は予定外の行動に一瞬たじろいだが、最優秀賞に輝いたのだから、その喜びでも伝えるのだろうと推測し、マモルにマイクを渡す。
「……俺たちが出会ったのは、桜がまだ散りきってない、2年生になってすぐのことだったな」
なんだ?
「その日に友達になったんだっけ」
マモルは誰に何を語っているんだ?
私が抱いた疑問は、他の人も当然抱いており、会場がざわつき始める。
「いや、フレンドか」
私に、言ってるの?
まさか、なんで。
私は鼓動が高まり始める。
私じゃない。
私のはずがない。
◇◇◇◇◇
私は、生まれてこのかた、期待しては裏切られるという人生だった。
「今日は、普段は目立たないけど、毎日クラスのために頑張っている人を紹介したいと思います」
ドキドキ。私かもしれない。
だって、授業後に黒板をきれいに掃除しているのは私である。
次の先生がきれいに使えるようにする、ささやかながらの行為。
別段、褒められるためにやったわけではないけれど。
「○○君。教室の後ろにある花に水をやってくれてありがとう。先生知ってるんだよ。○○君が放課後に水をあげているのを」
先生は、私が授業後に黒板を消していることなんて知らなかった。
その子は先生からドデカいシールをもらって、みんなから拍手で祝福されていた。
そうだよね、私じゃない。
中学校の時の運動会。
「なあ、ちょっと来てくれないか」
借り物競争、私はそのお題を知っている。
「好きな人」
そして、私に手を差し伸べるのは、私が好きな人。
好きな人が、私を好きな人として選んでいるのだ。
相思相愛、今までそんな素振りなんてなかったのに。
ドキドキ。
「えっと、その……」
「わかった」
「え?」
私が返答に困っていると、横から声と共に手が伸びてくる。
そして、その手は私の好きな人の手と結ばれる。
「いくぞ、××」
二人は、生徒たちに見守られながらグランドを走る。
手を繋ぎながら。
私かと思った。目があったような気がしたし。
そっか、○○って××のことが好きだったんだ。
何にも知らなかった。
あぶない、あぶない。
あやうく勘違いするところだった。
高校1年生、合唱コンクールの結果発表。
「指揮者に必要なのは、おおげさに手や体を動かすことではなくて、シンプルに伝えることなんです」
瞬間、私の胸はドキドキし始める。
ドキドキ
音楽の先生から、「指揮はシンプルに」という指導を受けていたのである。
そして、その通りに指揮をするように心がけた。
私かもしれない。
3拍子と4拍子の手の動かし方がまったくわからなくて、音楽の先生が「ワタナベさんは、できる限りのことをすればいいよ」という、できない子に対する言葉を投げかけられたけど。
「顔がひきつってるからみんなが緊張してしまう」ということで終始笑顔で指揮をしていたら、みんな私の顔を見てニヤニヤ笑っていたけれど。
それでも、私かもしれない。
努力が実ったのかもしれない。
「指揮者賞は、○○さんです」
歓声が上がる。
それと共に、高まっていて心臓の鼓動がスーっと消えていく。
でも、心臓に違和感が残ったままである。
心臓が空っぽになる時間。
そうだよね。
数週間頑張っただけじゃ、素人が賞なんてとれるわけないよね。
高校2年生。
幼馴染と二人で日直だった、梅雨の日。
「あのさ」
しばらく、私は黙々と日誌を書いていると、幼馴染が話を切り出してきた。
「なに?」
私は幼馴染の方を向く。
そして、異変に気付く。
何か、意を決したような、覚悟を決めた表情をしている。
告白。
なぜかその二文字が私の脳裏をかすめる。
いやいや、幼馴染に限って。
ない、よね?
「……」
なんで、黙るの。
「実は、ヒロに言いたいことがあって」
ああ、うるさい私の心臓。変な期待すんな。
「好きなんだ、……親友のこと」
その倒置法はダメだって。
ほんと、ダメ。
「知ってるよ」
だから私は、期待することをやめた。
私には関係がない。そんな都合よく努力が評価されるはずがない。
変な期待はしない。
どうせ裏切られるのだから。
結局、私なんて何の取柄もないのである。
妄想しよう。
妄想ならどんなに突拍子もない展開でも叶えられる。
ドキドキが報われる。
◇◇◇◇◇
でも、今回は違う。
「最初は手を繋ぐだけでも顔を真っ赤にしてさ。
一緒に下校した時は、恥ずかしがって何もしゃべってくれなかったよな。
そのくせ、ラインだとめちゃくちゃしゃべるし」
その夜には、電話をして。
「明日、駅前で」なんてデートの約束を一方的に決めちゃって。
「ゴールデンウィークには、俺んちに泊まってさ。
母親は結構、気に入ってるみたいだぞ」
恋愛の先生である。
また会いたいな。
「俺が他の女子と一緒に帰ってるのに嫉妬してる時期もあったよな。
それで『応援団になります』なんて宣言して。慣れてないくせに」
それは、マモルがなんの断りもなしにサツキと付き合い始めたからでしょ。
「これって」
ハルは私の方を向く。
マモルの語る人物像が、私と重なっていることに気づいたのだろう。
だが、ほとんどの生徒は未だ誰の話をしているのか皆目見当がついていないらしい。一層ざわつく。
それでも、マイクから発せられるマモルの言葉を遮ることはできない。
「修学旅行の時は、辛そうだったな。
『会いたい』なんて弱音、そのとき初めて聞いたよ」
その後、しばらくマモルのことしか考えらなくなったんだからね。
あの日のマモルは優しくて、温かかった。
「夏休みには海に行って、それから、いろんなところに出かけた。
そして今日も、文化祭を一緒に回って楽しかった」
でも、それは。
それは、あくまで友達だから。
「もう、フレンドじゃいられない
いるんだろ。ユウカ!!」
私のドキドキは報われる。
そうだ。マモルはわたしの世界に入ってきたんだ。
私が愛し求める妄想の世界に入ってきたんだ。
そして空っぽだった世界に、本物を与えてくれた。
「いるなら教えてくれ」
「ここよー!!」
ハルが私の居場所を教える。
「ここだよー!!」
照明が私に光を向ける。
「え、ちょっと。やばい、やばい」
「逃げちゃダメ」
「でも」
ハルは私を抱きしめる。
とても力強い。
「うう、苦しいよぉ」
「我慢しなさい。いま、私がパワーを送ってんだから」
私がハルのハグに苦しんでいると、大きな歓声があがる。
マモルがステージを降りて、私のところに向かっているのである。
「絶対に大丈夫。だって、ユウカのこと1年生のときから知ってるんだよ?」
ハルは私から離れて、群衆の一人となる。
私とマモル。
体育館の中央にいるのは私たち二人だけ。
他のみんなは、私たちを円形状に囲む。
私に向けられた光と、マモルに向けられた光が、重なり合う。
「俺、ユウカのことが好きだよ」
目を見れない。
うれし過ぎる。
何か言わなくちゃ。言わなくちゃいけないのに、恥ずかしくて言葉がでない。
片思いだと、諦めていたのに。
両想いだという事実をまだ受け入れることができない。
「俺は、ユウカのことが好きだけど、ユウカは?」
コクッ、コクッとうなづく。
好きだよなんて、言えるわけがない。
「それなら、付き合う?」
マモルの方を見る。
恥ずかしいけど、心臓が満たされて苦しいけど。
ちゃんと返事を伝えなきゃ。
「はい、よろしくお願いします」
会場は割れんばかりの拍手が響く。
「おめでとー」などの祝福から女子の絶叫まで聞こえる。
その拍手が鳴りやむまで、私たちはじっと見つめ合う。
私とマモルがゼロ距離になる。
ハグしてくるのかな。もしかして、マモルもドキドキして……
唇に触れる柔らかい感触。
終わりかけていた拍手と歓声が再燃する。
その感触が唇から離れる。
マモルの、はにかんだ表情が確認できる。
「何を!?」
「やっと、できた」
「急に、キスすんな」
「急じゃなきゃ、してくれないだろ」
「……」
「もう一回キスしたそうな顔をしてる」
「はあ!? 何言ってんの」
「違う?」
マモルのいじわるな問いかけに、私は応える。
二回目のキス。
今度は私から。
もう私のこころは空っぽじゃない。
マモルのことを大好きだという気持ちで一杯だ。




