18 海
8月に入り、連日35度を超える猛暑日だ。
「このままだと体が溶けてしまう」とマキが言ったこときっかけに、海に行くことになった。
で、どうせならと、大人数で行くことに。
メンバーは、私・マモル・ハル・タケル・マキ・メグミ・そしてコバヤカワである。
私とハルとタケルの三人は、いつもの駅で待ち合わせをする。
残りのメンバーとは、新宿駅で集合することになった。
「あ」
久しぶりにマモルと会う。
ラインでやりとりをしていたが、対面するのはお泊りをした日以来である。
「なんか、久しぶりな気がしないな」
「ね」
……なんだろう。
マモルに言うのはやめておくが、美化した妄想をしずぎた結果、本物のマモルを見て若干幻滅している。
なんだろ、妄想していたときはあんなにカッコよかったのに。
まあ、現実はこんなもんか。
ということで、マモルに対する過度な感情は、あっけなく消滅したのであった。
「鎌倉だー」
鎌倉である。
青春18きっぷを使って、新宿駅を出発し、鎌倉駅に到着する。
「よーし、さっそく海にいこうぜ」
マキが目の前にある海を見て、待ちきれないのか走り出す。
それに続いて他のみんなも走る。
さあ、楽しい海の時間である。
「ああ、全く楽しくない」
私はどこかというと、テントの中である。
荷物持ちを引き受けているのである。
プールですら泳げないのだ。海で泳げるはずがない。
それでも浅瀬ぐらいなら楽しめるかと思ったが、他の女子の水着を見て絶望したのである。
ハルとマキは、可愛い系の水着である。
コバヤカワは、モデルのようなスタイルがあらわになっている。
で、メグミは言うまでもなく、ボンキュッボンである。
女子の私ですら、その水着姿の色気にドキドキする。
私?スタイルもよくないし可愛くもないから、パーカー羽織ってテントに引きこもってますが?
「隣いいか?」
「タケル」
マモルと一緒にいたはずのタケルが、私の横に座る。
「……」
「……」
沈黙に耐え切れず、タケルに話しかける。
「暑いね」
「だったら、海入ればいいじゃん。気持ちいいぜ」
「ヤダ」
「もったいない。ハルたちは?」
「他の女子たちは、飲み物買いにいった。そっちは?」
「俺はちょっと休憩。ヒガは、ずっと波に乗ってる」
タケルが指す方を見ると、マモルが現地のサーファーと肩を並べて波に乗っている。
あいつは、色々と器用だな。
うん、普通にしゃべれてる。
失恋から約1か月。
タケルとは、再びかけがえないの友達の一人に戻ることができた。
ついでにマモルに対する過剰な妄想も、現物を見て幻滅できたし。
心だけは穏やかである。
ただ、他の女子たちに対する劣等感はすさまじいが。
「ところで、ハルの水着はどう?」
「どうって、なんだよ」
「前日に、一緒に買いに行ったんだよ。何か感想言ってあげた?」
「似合ってるって、言ったよ」
「えー、それ他の女子にも言ってるでしょ。そうじゃなくて、ちゃんと」
「ちゃんと、か」
「そう、可愛かったでしょ?」
「……おう」
「なら、それを本人に直接言いなさい」
「言えっかよ。恥ずかしい」
「言うの。その一言のためにどれだけ悩んでるか知ってるの? あーあ。ハルに色んな店に連れまわされたせいで、クタクタなんだけどなぁ」
「わかった。ちゃんと伝える。」
タケルはテントを後にする。
再び一人になった私は、サーフィンを楽しむマモルをボーっと見て時間を潰した。
この後、飲み物を購入した女子たちがテントに戻ってきた。
私は絶えず感じる劣等感に耐えなければならなかった。
午後、海の家で昼食を終えた私たちは、江の島に向かう。
お目当ては、そこにある水族館である。
各自、適当に回ることになったので、私は一人で魚と向き合うことにした。
遠足かデートでしか水族館に来たことがなかっため、魚をマジマジと見るのが逆に新鮮だった。
それから、魚の解説なんか読んじゃって、束の間、一人で水族館に遊びに来たような感覚に陥る。
だがその感覚も、マモルとコバヤカワが一緒にいるところを見つけて現実に引き戻される。
前にマモルが言っていたように、手は繋いでないものの、距離が近い。
魚を見ているのか。それとも、ガラスに映った相手の顔を見ているのか。
「あの二人、仲いいよね。付き合ってるの?」
「さ、さあ?」
ハルが私に語りかける。
世間的には付き合っているのだが、コバヤカワは主のガールフレンド(仮)なのである。
そういう意味では付き合ってはない。
とりあえず、ハルとタケルの二人には、交際していないことにする。
私がマモルとイチャイチャしているところが見つかった時、説明が面倒にならないようにするための保険である。
「ま、付き合ってるなら、妄想好きのユウカが知らないわけないもんね」
「そう、そうだよ。私が知らないってことは付き合ってないね」
自分自身の恋愛だけでなく、他人の恋愛に対しても鈍感であるのか。
ハルは、マモルとコバヤカワが同じ部活の友達として仲がいいな、ぐらいしか感想を抱いていないらしい。
本当、ハルみたいな気持ちで恋愛をしたいよ。
私は、ハルに今の気持ちを伝える。
「私、もうタケルのこと好きじゃないよ」
「そうなの?」
「そう。いつまでも引きづってないから。私は先を見ているわけ」
「というと?」
「恋によってできた傷は、別の恋によってしか癒すことができないってこと」
「なにそれ」
ハルは、私が言い慣れていない言葉を使っていると感じ、苦笑する。
「恋愛の先生からいただいた、有難い言葉」
「へー」
「だから、私は今絶賛、恋人募集中なわけ」
「なるほど。それなら、ヒガ君とかはどうなの? コバヤカワさんとは付き合ってないんでしょ」
「ヒガは……」
マモルは、どうなんだろう。
一緒にいて、手を繋いだりハグをしたりするのは、ドキドキする。
妄想をしてドキドキすることもある。
でも、それはマモルのことが好きだからドキドキしているわけではなく、あくまでドキドキするような言動に対してである。
「付き合うまではいかないかな」
「そうなんだ」
帰りの電車である。
一日中移動やら運動やらをしたため、睡魔がすぐに襲ってくる。
それは他の人も同様なようで、みんな沈黙である。
私の横にはハルがおり、私に頭を預けている。
ハルの横にはタケル、マキ、メグミ、コバヤカワの順で座っている。
で、マモルだけは席が埋まっていたから、立って吊革につかまっている。
ま、サーフィンをするだけの体力があるなら問題ないか。
ぼんやりとしていたら、私はいつの間にか眠っていた。
……あれ、いまどの辺りだ。
何分ぐらい眠っていたのだろうか。
夕日のまぶしさが私の意識のまどろみから覚醒させる。
マモルは座れたのだろうか。
ふと、そんなことを考え、彼がいる方を見る。
えっ。
私はその光景を見たが、なぜそんなことになっているのかがわからない。
マモルとコバヤカワがキスをしていたのだ。
私はとにかく寝たふりをした。
手すら握ったことがない。
そんなマモルの言葉が頭の中によぎる。
なんでだろう。モヤモヤする。
別に、マモルが誰とキスしようが関係ないはずだ。
そもそも、マモルなんてセフレ持ちなんだから、キス以上のことだって何度も経験しているはずだし。
でも、あくまでそれは、マモルから聞いた言葉でしかなかった。
だから受け入れることができていたのだ。
こうして、実際に他の誰かとキスしている光景を見て、ショックを受けている自分がいる。
綺麗な夕焼けは、トンネルに入ったことで、真っ暗な空間へと変貌する。
私の心にも黒い感情が芽生えたのであった。




