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12 相合傘


◇◇◇◇◇◇


「ゴホ、ゴホ」

「大丈夫か?」


 ヒガが、せきこむ私に心配そうな表情を示す。


「うん、ありがと」

「まったく、しょうがない奴だ」

「ごめんね、せっかくのデートだったのに」

「病人は、病人らしく。黙って寝てろ」

「はーい」


 ヒガは、私の首筋に手を当てる。


「まだ、熱いな」

「ごめんね。わざわざ家にまで来てもらっちゃって」

「いいよ。心配だし」


 机の上には、ポカリやゼリー飲料など、風邪の時にでも簡単に栄養を摂取できるものがコンビニ袋に包まれている。

 私が風邪を引いてしまったからデートにいけないとラインをした後、ヒガがこれらを買ってきてくれたのだ。


「私はもう大丈夫だから、ヒガは家に帰ってね。風邪、うつしたくないし」


 不服そうなヒガは、1のポーズをする。


「彼女が風邪なのに、一人っきりにさせっかよ」

「本当にうつっちゃうよ」

「その時は、ユウカが看病してくれよ」

「わかった」


 私は差し伸べられた手を握る。

 余計に体温が上がったような気がする。


「寝るまで離さないでね」

「離さないよ。ずっと」


◇◇◇◇◇◇



 なぜ、こんな風邪を引いて弱っている自分を妄想しているかというと、学校の玄関で足止めをくらっているからである。


 6月の中旬。

 体育祭も終わり、季節は梅雨に突入したようである。


 私は日々の天気予報を信用し、今日は降水確率が10%だったため、傘を持参せずに登校した。そして、見事に天気予報が外れたのである。


 で、ハルにラインをして、待っている状態である。

 しかし、あまりに暇すぎたので、軽く妄想ツイートをしていたのだ。


 梅雨→濡れる→風邪を引く→彼氏が看病をしてくれる。

 安易な連想ゲームである。


 さて、ハルが来るまで部室で待っていてもよかったのだが、部活自体は休みであり、ヒガもコバヤカワのガールフレンド(仮)としてボーリングへ行っているらしい。

 何か大人数で下校しているところを教室から見たので、ちょっとしたボーリング大会でも開催しようという流れになったのだろう。


 すでに、ヒガから不満たっぷりのラインが何件も送られている。

 そんなに嫌なら断ればよいものを。

 

 ヒガは、変なところで紳士を装うのである。



「待った?」


 そう言って私に傘をさし向けたのは、ハルではなく、タケルであった。


「あれ、ハルは?」

「大会近いから部活延長だってさ」

「で、なんでタケルが私のところに来たわけ?」

「ラインで『ユウカと一緒に帰ってあげてー』だってさ」

「はあ」


 呆れた。

 私のことなんて気にしなくてもいいのに。てか、タケルと二人で帰りなさいよ。

 どうして私がタケルと一緒に帰らなくちゃいけないのさ。


「そういうことなら、私遠慮するよ」

「なんでだよ。帰り道一緒だろ」

「そういう問題じゃないでしょ」


 その、男女が一つの傘で帰るのは、限られた人間だけに許された特権であって。

 それに、ハルという存在がありながら、そんな裏切り行為はできない。


「確か、職員室に忘れ物の傘があるから……」

「じゃあ、これ持って」

「は?」


 タケルから傘を手渡される。

 そして、タケルは傘を持たないまま、玄関から外へと繰り出す。


「ちょっと、何してんのよ」

「明日返してくれればいいよ。予報だと雨だし」


 慌てて、私も外に出る。

 そして、タケルを傘に入れる。


「風邪とか引かれたら、悪いし」

「そしたら、看病してもらえばいいでしょ」

「それはそれで問題なの」


 からかっているのか、それとも鈍感なのか。

 微妙な立ち位置にいる私の気持ちも考えて欲しいものだ。


 結局、タケルと二人で相合傘することになってしまった。


 ヒガに対しては、コバヤカワと一緒にいるという理由で不機嫌になったにもかかわらず、今はタケルという男子と二人きりである。



「最近、どう?」

「なにそのざっくりした質問」

「なんか、改めて話すこともないなって思ってさ」

「そうだね、1年生の時から一緒だもんね」

「だから、最近なんかあったか聞いてみたわけ」


 最近、あったことか。

 ……言えるか!

 密室で手を繋いだり、

 男子の家でハグされたりとか口が裂けても言えないわ。


「応援団は、きつかったけど、やってよかった、かな」


 言えることをこれくらいである。


「そうだな、ユウカが応援団に立候補した時はびっくりしたな。誰よりも早く、まっすぐ手を伸ばしてたからな」


 笑いをこらえきれないタケル。


「笑い事じゃないからー」

「いや、1年の時にユウカの運動音痴ぶりは散々目にしてきてたからな。特に、プールの授業の時、溺れかけてたよな。その時の必死な表情ったら」

「だから、笑うんじゃないよ。あの時はまだ準備体操の重要性に気づいてなかっただけだもん」


 ひとしきり幼馴染は笑うと、表情を正す。


「そう考えると、ユウカって変わったよな」

「そうかな?」

「なんか、新しいことに挑戦してる気がする。部活に入ったし、応援団に立候補したし、勉強だって初めて追試にならなかったし」

「勉強はするつもりなかったけどね」


 ヒガとのフレンド関係と比べれば、どれも大したことはない。


「俺もなんか頑張らなくちゃな」

「本当に、ね」


 いつになったら、こいつはハルと付き合うのやら。


「何、すごい怖い目つきしてるよ」


 なぜ、ここまで私に構うのか。

 辞めて欲しい限りである。ないとわかっていても期待してしまう自分がいるのだ。


 タケルは、誰にでも優し過ぎる。


「……女たらし」


 小声で言う。


「え、なんて言ったの? 雨の音で聞こえなかったんだけど」


 タケルがかがみこんで、耳を私に近づける。

 こいつ。やっぱり女たらしである。


「バーカ!!」

「わっ。なんだよ。びっくりするだろ」

「こっちのセリフだっての」


 私は傘から飛び出す。

 もう少しで駅なのでそこまで走る。


「ちょっと待てって」


 私たちはそのまま駅まで走った。


「ぜえぜえ、どうしたんだよ急に」

「はあはあ、走りたい気分だったの」


 鼓動が速い。


 これは、さっき走ったからである。 

 そうに決まっている。


「ほら、雨も小雨になってきたし、ここまででいいよ」

「そうか」

「うん。だってタケルはバス通学でしょ」

「じゃあ、そうするよ」


 バス停へ向かうタケルを呼び止める。


「ねえ、雨が止まなかったとしたら、どうするつもりだったの?」


 タケルは振り返り、少しも躊躇せず語る。


「もちろん家まで送ってたよ」

「もちろんなんだ」

「場所知っているし」

「そんなこと聞いてない」


 バスが停車駅に向かうのが視界に入る。


「バス来たよ」

「おっ、みたいだな」

「じゃ、また明日」

「ああ、また明日。バイバイ」

「バイバイ」


 バスに乗り込むタケルを見送る。


 とりあえず、明日から梅雨が明けるまでは、傘を常備しておこう。

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