11 体育祭
ヒガと仲直りをして、数日後。
いよいよ、体育祭本番である。
私の出場する種目は、午前中の二人三脚。
これは、ハルと出場する。
それから、午後の応援合戦、クラス対抗の大縄跳びである。
大縄跳びなんてやめて欲しい。ただでさえ運動音痴だというのに、よりにもよって連帯責任が伴う競技を後半に用意するのは。
しかも、クラス対抗のため、得点も他の競技より高めに設定してるし。
まあ、私としては応援合戦が勝負である。
それまでは、他の競技を見ながらゆっくりしていよう。
今流行りの音楽を吹奏楽部が演奏しながら、まずは開会式とラジオ体操である。
なんだか、甲子園の入場行進ぽくなっている気がする。いや、言い過ぎだな。みんなダラダラと歩いている。そりゃそうだ。バリバリの運動部と私のように応援合戦に参加している有志しかやる気はない。大抵の生徒にとっては、一日中運動をしなければいけない退屈な日に過ぎないのである。
それに、今日は6月初頭だというのに、気温が30度近くまである。
炎天下の日差しに女子を晒すなんて、とんだ拷問なのだ。
「今日は、私たちの体育祭を祝福しているかのような晴天です。これもみなさんの日頃の行いがよいからでしょう……」
例にもれず、どこの学校でも共通して長い校長先生のありがたいお言葉が聞こえる。
だがしかし、その姿を確認することはできない。
なぜなら、クラスごとに整列しているのだが、その順番がなぜか名前順なのである。
出席を確認しやすいという先生側の事情なのだが、名前がワタナベである私は、必然的に後ろに並ぶことになる。
というか、一番後ろである。
前には、バスケ部やバレー部の男子など、高身長の生徒がたくさんいる。
そんな人間山脈からは、校長先生の朝日を拝むことはできないのである。
とはいえ、校長先生の話など、開会式に興味がない生徒たちは、騒ぎはしないものの、ひそひそと会話をしたり、日焼け止めクリームを塗ったりしている。
どうしたものか、と私は一人で悩んでいる。
その理由は頭に結ぶリボンである。
体操着という、オシャレとはほど遠いファッションに身を包まなければならないため、せめてものオシャレとして、女子たちは、自分たちの組の色のリボンを頭に結びつけるのである。
で、大抵は女子同士が各々可愛く結び合うのだが、私の場合、そのような女子たちも人間山脈に隠れてしまい、キャッキャとはしゃぐ声しか聞こえてこない。
一人でやってみるが、上手く結べる気がしない。
後でハルに頼んでみるか。
「あっ」
ヒガがいた。
なぜかヒガがいる。
名前は明らかに一番後ろになるものではない。
つまり、ここにいることはイレギュラーである。
「なんでここにいるの?」
「いや、先生って前の方にしかいないからさ。後ろにいた方が気が楽じゃん」
「自由だね」
その間も、私はリボン結びと格闘している。
……頼んでみるか?
「あのさ、結んでくれない?」
「なんで、俺なんだよ」
「別に。ただ、そこにいたから」
私がそう言うと、ヒガは私からリボンを受け取り、黙々とリボンを結びつける。
1,2分だっただろうか。非常に長く感じられた。
ファストフード店で、注文した商品を受け取るまでの感覚である。
ちょっとの時間だけれど、やたら長く感じられるやつである。
それに、私が見えないところを見られていると思うと、恥ずかしい。
だから、早く終わって欲しい。
「はい、できた」
「大丈夫?ちゃんと結べてる?」
「うん、可愛いよ」
「……そんなの聞いてない」
「でも、そういうことでしょ」
「まあ、間違ってはいないけど」
あとでハルに感想を聞こう。
「ユウカ」
「今はダメ。バレたらどうすんの」
ヒガは1のサインをする。
静かにしてればバレない。
だから手を繋ごう。
私にはそう読み取れた。
「仕方ないな。はい、どうぞ」
私は手を差し出す。
誰も後ろを振り向かないことを祈りながら手を繋ぐ。
午前中だというのに、やけに暑い。
午後はさらに暑くなるのだろう。
いまだにうろ覚えの校歌を歌って開会式は終了。
そして、プログラム1番「ラジオ体操」に突入。
いつでもあれば軽く流すが、今日は応援合戦があるので、念入りに行う。
ケガだけは避けなければならない。
終始、ヒガが苦笑しているのをしり目に、全力のラジオ体操を完遂する。
真面目にやると意外と疲れるもんだな。
次のプログラムからはしばらく出番がない私は、前日に教室から運び出した椅子へと向かう。
「ふぅー」
「あれ、なんか疲れてる?」
ハルが私に語りかける。
待機場所はある程度指定されているが、細かい規定はないため、私はハルと隣同士に椅子を配置した。
「ラジオ体操を全力でやったもんだからね。応援合戦中にケガとかしたら水の泡になるし」
「そうだね。頑張ってねユウカ」
「ありがと。」
「てか、リボン」
「そうだ。これどうなってる? ええと、自分でやってみたんだけど」
「ええー、めっちゃ可愛いじゃん、その猫耳。どうやったのこれ?」
「そう? ほら、演劇部でこういう衣装作ったりしてたから」
みんなが並んでいる後ろで、主に結んでもらったとは言えない。
その後に、手を繋いだことなんてもっと言えない。
「なんで、照れてんの」
「褒められたから?」
ヒガとのやりとりを思い出したからである。
「みんなー。ユウカが可愛くなってるー」
「ちょっ」
クラスの女子が私の前に集合する。
「えー、可愛い―」
「私にも教えてよー」
「猫やん」
「ボテンシャルはあるほうだと思っていたけど。髪型一つでここまで化けるとは」
などなど、クラスの女子から注目を浴びることとなった。
ヒガに感謝のラインをする。
『みんなから可愛いって褒められちゃった。ありがと』
『可愛いのはもとからだろ』
慌てて周囲を見渡す。
なんでこの男は、こんな簡単に「可愛い」という言葉を使えるのか。
照れる私。
絶対、私が照れてるの想像してニヤニヤしてんだろうな。
悔しい。
私は、ヒガに一泡ふかせるため、自撮りをして送ることにした。
フィルターごしに、自分の姿を確認する。
見事に二つのリボンが、猫耳を表現している。
私は、手を猫みたいに丸めて、甘えるポーズをして写真をとる。
そしてその写真を送る。
送ってから、この行為は自分の方が恥ずかしいことが判明した。
しばらく、ラインを見るのはやめよう。
そういえば、ヒガと一緒に写真を撮ったことがなかったな。
記念に一枚撮っておきたい。
午前の競技が終わり、昼食の時間である。
私は早々に食事を終わらせ、応援合戦の最後の確認を行う。
で、本番。
緊張して、一か所間違えてしまった。
結果は、4組中、2位である。
「いやー、惜しかったね」
「……うん」
タケルと話す。
「あの箇所で私が間違えなかったら」
もしかしたら、そのせい?
「ユウカのせいじゃないって。十分頑張ったよ」
そういいながら、タケルは私の頭をポンポンをなでる。
「ちょっと!? 他の人見てるって」
「え? 頑張ったユウカを褒めてるだけだよ」
「いや、その」
周囲の目線が気になる。
それに、やましい感情なしで頭を撫でられるのは恥ずかしい。
赤面する私。
この場面をハルが見てないことを願うばかりである。
本日のメインイベントも終わり、恥ずかしくて開けなかったラインを確認する。
さっきのタケルによる頭ポンポンによって、恥ずかしさに対しての耐性がついたはず。
ヒガからラインが届いていた。
「部室にいるけど、来る?」
ちょっと逡巡した末、
「行く」
とだけ返信した。
部室に到着。
「お疲れさん。ほい」
缶ジュースが投げられたので、わたしはとっさにキャッチする。
「サンキュー」
「あとは、大縄跳びだけ?」
「そうだよ。主も?」
「そう」
ヒガが私の服装をまじまじと見る。
私の服装は、上がさらしに学ランで、下はズボンという、古典的な応援団のスタイルに準拠している。
「何よ」
「さらしってこんな感じになってるんだなあって」
「あんま、ジロジロみないでよ」
何が悲しいって、ヒガは私のことをそういう目では見てない。
ただの好奇心で見ているだけで、他意はないのである。
ヒガの視線が、私の体から離れない。
「ちょっと、見すぎだから」
「改めて見ると、結構露出してるのね」
「……変態」
「ひどい言われようだな」
学ランのボタンをしめる。
これで安心である。
「で、そんな変態にお願いがあるんだけど」
「何?」
「私たち、今まで一枚も写真撮ってないなーって」
「そうだな」
「だから、私と写真撮りませんか?」
「いいよ」
私はスマホを内カメラにする。
ここは無難にピースをする。
ヒガが私をハグする。
サイドハグってやつなのか。名称は知らんけど。
「あの、そういうピースじゃないです」
「ええー、今は、俺たち恋人でしょ」
ええい、赤面する前に急いでシャッターを切る。
うん、大丈夫だ。平然を装った写真が撮れた。
「大縄跳びまで一時間くらいあるけど、どうする?」
「私は、ここで休憩かな。ついでに着替える」
ヒガは微動だにしない。
「あの、着替えるって言ったじゃん」
「見ない、見ない」
「出てって」
「ええー」
ヒガを追い出して鍵を閉める。
まったく、ヒガには呆れるばかりである。
5分後。
「どうぞ」
ドアを少し開き、着替えが終わったことを告げる。
「この部屋、クーラーとかないの」
「ないな」
「暑いね」
「そうだな。ま、日差しが避けられるだけマシだろ。なぜか体育祭中は学校内に入るの禁止されてるし
「ね、意味わかんないよね」
ヒガがおもむろに1を出す。
「……やだ」
「なんで?」
「手汗、すごいから」
「それなら、俺の制汗シート使う?」
私が持参していた制汗シートは、応援団に与えらえた更衣室に忘れてきた。
借りるしかない。
私だって、手は繋ぎたいし。
ヒガの制汗シートを受け取る。
私が使っている柑橘系の香りとは違い、爽やかなミント系の香りである。
「あー、手がスース―する。気持ちぃ」
ついでに、首筋や腕にも使い、汗をぬぐいとる。
「はい。マモルも」
「ええー」
「じゃあ、手、繋いであげない」
しぶしぶヒガも制汗シートを一枚使って、汗をぬぐう。
「ちょっ」
ヒガがおもむろに体操着の中に制汗シートを突っ込んだのである。
引き締まったお腹があらわになっている。
「急に、変なとこ拭かないでよ」
「別に変じゃないだろ。服の中が暑いんだよ。なんで体操服ってこんなに通気性が悪いのかね」
「ソウダネ」
「なぜそっぽを向く」
向けるわけがないのである。
「意外とミントの爽やかな香りもいいね」
「そうだろ。じゃ、」
改めてヒガは、1のサインを出す。
私たちはそれから恋人繋ぎをしつつ、大縄跳びの集合時間まで部室にいることにした。
主に、私が午前中に撮っていた写真を見せて、それに関する妄想を展開させた。
大縄跳びが開始する10分前になったので、部室から出る。
「あっ、いたいた。どこ行ってたの。探したんだからね」
怒った表情を見せるハルと遭遇する。
「ごめんごめん」
怒るハルに謝罪の言葉を述べながら急いで列に並ぶ。
「応援団の衣装を着替えつつ、そこで涼んでたの」
「ふーん、あれ?」
「どうしたの?」
「なんか、いつもと違う匂い。もしかして、新しい制汗シートでも買った?」
「……うん」
「何、今の変な間は」
「いや、なんでも」
新しい制汗シートを買ったというアリバイを作らなければ。
今日の帰りは、駅前のショッピングセンターに寄って、ミント系の制汗シートを買っておくか。
そんなことを考えながら、アナウンスとともに、グラウンドへと駆ける。




