10 応援 その2
「どうしてまた、ユウカが応援団なんかに。運動苦手でしょ」
「そうだけど、頑張るの」
「はあ」
翌日、応援団に立候補する人を先生が募った際、私は意気揚々と挙手した。
それに驚いたのはハル、そしてタケルである。
「本当、意外だった。でも、一緒に頑張ろうぜ」
「うん、絶対うちの団が一位を取るんだから」
私たちの学校では、赤・白・青・黄色の4つの団に分かれ、総合優勝を決める。
そして、その中でも応援合戦は、各団の有志たちによる迫力ある応援が特徴であり、先生方による厳密な審査の対象でもある。
ちなみに、私たちは赤組である。
「なんかあったの」
「別に」
「新しく入ったっていう、演劇部が原因?」
「違うったら。私は応援をしたいわけ」
「そんなに赤が好きだったの?」
「赤も好きだし、色々応援したいの」
赤組のこと、ハルとタケルの恋路のこと、そして私自身の事。
昨日はヒガに対して一方的に言い過ぎたと反省した。
でも、先に悪いことをしたのはヒガである。だから、私から謝ったりするつもりはない。
今のところ、ヒガからラインや電話による謝罪の言葉はない。
もちろん、こちらからするはずもない。
そのため、昨日からラインのログは更新されていないのである。
負けるな私。ファイト!
「じゃあ、体力測定も頑張らなくちゃね。応援団に入るんだったら、運動できないと」
ハルは、私をからかうような口調で、そう言い放つ。
「ううー、痛いところを突くなー」
「はは、じゃ、男子は先グラウンド種目だから、お先に」
「いってらー」
「バイバーイ」
「私たちも体育館に行こっか」
「そうだね」
「あっ」
「どうした?」
「いや、何でも」
ヒガとコバヤカワの二人が、歩ているところを目撃したのである。
見せつけやがって。
絶対に、コバヤカワよりもいい記録を出してやるんだから。
静かなる闘志を私は燃やす。
「全然、ダメだ」
「なんでよ。私より全然点数高いじゃない」
そうではないのである。私が比較しているのはコバヤカワの記録である。
スコアを記入した用紙の回収係を率先して行うことで、コバヤカワの点数を確認することに成功し愕然とする。
私より20点以上も点数が高かった。
どの競技も10点か9点である。
「負けた」
「さっきから、何と戦っているのよ」
「へー、去年より頑張ったじゃん」
「いいや、タケルよ。戦いには負けたんだよ」
「戦い?」
時は流れて放課後。
今日から、さっそく応援団の練習である。
とはいっても初日なので、練習というよりも、役割分担をする時間だった。
「よかったよ、タケル以外に知ってる人いなかったから」
「俺も、知り合いはそこまでいないなー。やっぱり、気心知れたユウカと一緒だと安心するわ」
タケルは、私にとって数少ない、遠慮なく話せる男友達である。
というより、男友達は二人しかいない。
もう一人は、ご存じの通り、フレンドのあいつである。
「やっぱりなんかあったでしょ」
「だから何もないって」
「ま、言いたくないならいいけど」
言いたくないというより、言えないというのが本音である。
「わかった気になりおって」
「わかるよ」
「え?」
「1年の時からの仲だぜ。悩みがあるかどうかぐらいすぐに気づくって」
タケルは、私の変化にすぐ気づいてくれる。
率直にうれしい。
幼馴染はクラスでも人気のある男子で、今のようなさりげない優しい言動を誰にでもするのである。
ハルとタケルが両思いでなかったら、私はタケルに惚れていたはずである。
だがその場合、他の女子たちが、彼氏候補として黙っていないだろうが。
「ありがと。でも、これは私の問題だから、自分で解決する」
「……そうか」
応援団の練習もあるが、その本番である体育祭の前には、中間テストが存在する。
厄介な存在である。
「うう、問題はわからないし、応援団の練習で体中筋肉痛で辛いし」
「はい、文句を垂れる時間があったら、英単語の一つでも覚える」
「タケルぅ、ハルがスパルタだよー」
「こればっかりは、ハルに味方するかな。赤点とったら補修で応援団の練習できなくなるし」
「この裏切り者」
文句を言いながら勉強中である。
図書館で三人、というより私のために成績優秀のハルが勉強を教えている感じである。
タケルも時折教えてもらってはいるが、ほとんど私につきっきりである。
ふと周りに見渡すと、ヒガとコバヤカワがいた。
恋人のふりをするだけなのに、勉強の時まで一緒にいる必要があるのかね。
「てい」
「痛っ、何すんのよー」
「よそ見してないで、集中しなさい」
そうだ。今はヒガになんか構ってる暇ではない。
赤点回避が喫緊の課題である。
それから一週間、応援団の練習と中間テストの勉強に翻弄されながら忙しい日々を過ごす。
2年生になってからヒガと会話をしなかった、初めての一週間であった。
更新されないラインのログ同様、私とヒガの関係も更新されない。
このまま、フレンドも解消されちゃうの?
「終わったー!」
私以外にも、何人か同様な発言をこぼす。
また、口に出さない人も、大いなる仕事が終わったような安堵の表情を浮かべる。
「どうだった」
「赤点は回避できたかな?」
「ま、明日から順次返却されるから、あとは祈るだけだね」
ハルは満足そうな表情をしている。どうやら、納得の出来らしい。
「おーい、ユウカ。練習いくぞ」
「うん、わかった。私、行くね」
「テスト明けからさっそく練習なんだ。頑張ってね」
ハルが手を振って私を見送る。
私も手を振り返しつつ、タケルと一緒に応援団の練習に向かう。
「きついー」
「テスト明けからハードだよね」
赤組の団長が異常なほど気合が入っているせいで、サッカー部に所属しているタケルですら疲弊している。
ようやく与えられた休憩時間。私とタケルは壁に寄り掛かる。
「ちょっと飲み物買ってくる。何かいる?」
「いや、俺はこの後も部活あるから、飲み物は持参してる」
「そう。なら休憩が終わるまでに行ってきちゃう」
「おう」
自動販売機に向かう。
私以外の人は、タケルのように飲み物を持参しているか、動く気力がないかの二択である。
そのため、私しかそこにはいなかった。
ええと、何を買おうかな。
「えい」
「ひゃ」
冷たい感触が首筋に生じる。
慌てて後ろを振り向くと、ヒガが缶ジュースを二本もっていた。
「どっちにする?」
「炭酸じゃない方で」
「はい」
カンの心地よい開封音が鳴り響く。
私は乾いたのどを急速に潤す。
「生き返るぅ―」
「大げさだろ」
「そうでもないんだよ、これが。練習がハード過ぎるんだよ」
何回か会話のラリーをしたところで、ヒガが申し訳なさそうに切り出す。
「……悪かったな、コバヤカワの件」
「何が。それよりいいの?部活あるんでしょ。コバヤカワさんのところ行かなくていいの?」
意固地になってしまっている私は、ヒガを突き放すようなことを言ってしまう。
自分のことが嫌いになりそうである。
なんて、器の小さい人間なんだ。
フレンドになったからって浮かれていた。
自分だけが特別な存在だって勘違いしていたのだ。
どうせ、ヒガも私みたいに面倒な女。すぐに興味をなくすに決まっている。
「ユウカ」
ヒガは1のポーズをしている。
今の私たちは恋人であると伝えているように感じる。
フレンドの関係は健在であるため、私はおもむろに手を差し出す。
でも今回は、私とヒガの指が絡み合う。
いわゆる、恋人繋ぎというやつである。
私たちの手は、カンを持っていたから冷たい。
ヒガは、それを口実にしているのか。
「なんで」
「俺たちはフレンドで、今は恋人だろ」
「そうだけど」
「一応言っておくと、コバヤカワとは手を握ったことすらないぜ」
「本当?」
「本当、本当」
「体力測定の時、廊下で楽しそうに話してたのは?」
「それは、コバヤカワから借りたノートを家に置いたままにしてたから、それの催促。決して楽しい話ではない」
「図書館で一緒に勉強してたのは?」
「それは、コバヤカワが『勉強を教えることが一番の勉強になるから』っていう理由で俺が参加させられてだけ。おかげで、自己ベスト更新したわ」
「ラインしてくれなかったのは?」
「赤点、取ると補修になって応援団の練習に問題が出るんだろ。さすがに迷惑かけたくないからな」
なんだか、冷たい態度をとっていた自分が恥ずかしくなる。
「コバヤカワはフレンドだけど、ユウカとは別だよ」
「どう違うの?」
「コバヤカワは、あくまでプラトニックな関係。一緒にいるとポカポカする、みたいな」
「私は?」
「こうやって、手を繋いだり、スキンシップをして、ドキドキする関係」
「じゃあ」
私はピースサインをする。
ヒガは了解のうなづきをした後、私を抱きしめる。
空は雲一つない晴天である。
何も変わらない空。まるで、時間が止まってしまっているみたいだ。
だが、もうすぐ休憩が終わってしまう。
「休憩時間が終わっちゃうから……」
「そうか」
名残惜しいけど、ヒガから離れる。
「じゃあ、練習頑張れよ」
「うん」
私はヒガの方を見つめる。
「なんだよ」
再び私はピースサインをする。
ヒガは私に近づく。
「待って。後ろからして欲しい」
「わかった」
ヒガは後ろから私を抱きしめる。
「ごめんね。不機嫌になっちゃって」
「もういいよ。俺だって、コバヤカワと一緒になりすぎてた。これからは自重する」
「今日の夜、ラインしてもいい?」
「いいぞ」
「ありがと」
私とヒガは離れる。
「充電できた。これで練習も頑張れる」
「ああ、頑張れよ」
私は急いで応援団の練習に戻る。
「さあ、練習頑張りましょう!」
「お、めちゃ元気になってるじゃん」
タケルは、私の変化に気づく。
「なんかいいことでもあったの?」
「……あったよ。とっても良いことが」




