1 父の退位
僕の父はとんでもなく女好きだ。
王妃である母上は、そのおかげで心労が絶えなかった。
なぜなら、父が誰かに手をつけるたびにその女の思い上がりと女たちの戦いが勃発するからだ。傍目で見ていても子どもながらに本当に恐ろしかった。
僕は母のそばにいることが多かったから、巻き添えを食ってとばっちりを受けたことも数えきれない。
けれど、わが王家には王の妃に関する決まりがあった。
結婚して五年間は側妃も愛妾もおいてはならない。
五年たっても子をなせない場合は第二夫人を認める。その後二年たってもどちらにも子が授からないときは、第三妃もしくは愛妾をとっても良い。妃は伯爵家の血筋の者まで。それ以下は愛妾とする。
だから、王や王子は王妃以外とうっかり子を生してしまわぬよう、誰かとそういう関係になる時は、しっかり準備をして臨むことを義務付けられている。その教育は、体が大人になるとすぐに始められ、学園に入学するまでに、順を追って施される。
そんな決まりができたのも、五代前の王太子が、帝国の皇女を娶ったにもかかわらず、政略をないがしろにして、愛妾をそばに置いたことがきっかけだった。そちらが子を孕み、その女が図に乗って皇女を貶めようとしたことから、大きな国際問題になってしまったのだ。
国力が弱く、後ろ盾を欲した我が国から願い出ての政略結婚だったのだ。
皇帝は激怒し、莫大な慰謝料と王太子妃である皇女への領土の割譲、帝国にとってはるかに有利な条約の締結、王太子との離縁、王太子の継承権剥奪、愛妾とその子の処刑を求めてきた。
しかし、それに全て応じてしまえば我が国は破綻してしまう。
王太子は廃嫡の上さらに断種と生涯幽閉、皇女とは離縁。第二王子を立太子。その他の条件をのむことで、帝国にとって「はるかに有利」な条約は、「少しだけ有利」な条約に変更してもらい、「莫大な慰謝料」は何とか取り下げてもらえた。
そんなごたごたの内に、くだんの赤子が産声を上げた。
子が生まれて、国同士の取り決めを実行に移し始めたころ、生後二か月になった赤子の髪も目も王家の色を受け継がないばかりか、愛妾にさえ全く似ていないことに皆が気づいた。王太子の側近の一人である伯爵家の次男にそっくりだったのだ。追及の結果、二人は白状した。学園時代からそういう関係であったことを。
二人は処刑、子は戒律の厳しい修道院に生涯預けられた。
笑い話にもならない。
帝国側は高笑いだったが。
それで、前述の「王家の決まり」ができたのだ。
第二王子だったころから兄嫁である皇女を慕っていた新たな王太子の熱意にほだされた皇女を、再び王妃に迎えることができたために、この国は沈まずにすみ、今に至っている。
我が国は、北に峻厳な山々を挟んでラッサーナ国が、西の深い森を抱えた山並みの向こうにはオーランド国、南と東に海が広がり、東の海の向こうにはランダール大陸がある。その大陸には、アイル帝国をはじめとした7つの国がある。その大陸の西端、わが国と海を挟んだ隣国にあたるのが、エルアドル国だ。その国の第四王女が、僕たちの母になる。
母は本当に美しく優しく、賢い人だった。
賢王として名高い僕の祖父は、おしどり夫婦と有名だった祖母とともに流行り病で急逝してしまった。
父は二十二歳で戴冠することとなり、後ろ盾が必要だった。そこで我が国よりも数段国力があり、美姫ぞろいで有名な(ここにこだわるところも女好きの父らしい)隣の大国エルアドルに願い出て、姫君にお輿入れいただくことにした。上の姫たちはすでに輿入れ先が決まっていると断られたが、へこたれず末の姫君をぜひにと願って婚姻がなされた。父は十六歳のアンネローゼ姫が末姫と思っていたらしい。
十になったばかりで嫁いできた母は、たいそう美しく賢くはあるが、まだまだ子供だった。しかも言葉も、自国のものとは違う。王妃となるためには学ぶべきこともたくさんあったため、たくさんの侍女や教育係などで身の回りをしっかりと固めてやってきた。
父はたいそう丁重に遇したらしい。最初の内は。しかし、根っからの女好きは治るわけもなく、城内で手を出せば露見すると考えた父は、学生時代のようにお忍びで城下に出ては、見目の良い町娘と恋の遊びを楽しんでいたようだ。お付きの者どもは何をしていたのかと言いたいが、しょせん学生時代からつるんでいた遊び仲間だ。そんな側近もどきを侍らしているから、祖父の代から政を支えてくれていた宰相たちは、休む間もなく、彼らのおかげで、国は何とか持ちこたえていた。
要するに、子どもには手は出さないで大切にするし、どんな令嬢とも、恋人にはなりませんから大目に見てね、ということだったらしい。馬鹿か。
当然、五年たっても子ができるはずもなく、第二妃を娶ることとなった。血筋の確かな妃を迎えたわけだが、優秀な令嬢はすでに婚約者のいる方ばかりの上、学園時代から父の女好きは有名だったらしく、ありていに言えば売れ残りの気が強い方しか残ってはいなかった。その中から侯爵家のキャサリン妃が選ばれたが、父の食指があまり動かず、さらに二年が経ち、同じようにイザベラ妃を娶ることとなった。イザベラ妃もキャサリン妃より若いとはいえ、町娘の気軽な明るさもなく、気位の高いところが鼻についたらしく、子を生す気になれずにいた。失礼な話である。
その時ふと隣を見たら、匂い立つような美しき乙女、アンナマリア妃がいたのである。ハッと気づいて、とたんに恋に落ちた父はそれは熱心に口説きに口説いて、何とか正式な夫婦になってもらえたらしい。
それで、僕とシャルロットが生まれ、しばらくは良き夫、良き父だったのだと思う。
けれど、シャルロットが三歳になったころ、生来の女好きの虫がうずいて、侍女や未亡人たちの誘惑にあっさり嵌って関係を持つので、勘違いした女たちも後を絶たず、母は本当に苦労していた。もちろん僕たちも。
もっとも、故国からついてきている優秀なブレーン達のおかげもあり、はかなくも優しい笑顔でしっかりきっちり返り討ちにしていた。
勘違い女たちにマウンティングされて、キャサリン様やイザベラ様はもっと傷ついていた。母は彼女たちを助けて、心の内をお互いにうち明け合い、親友と言っていいほどに仲良くなった。同志になったのだろう。それからはよく三人でお茶会をしていた。
僕が七歳の時、二人目の妹、ロザリーが生まれた。
ロザリーは体が弱く、すぐに熱を出し、寝付くことも多く、三歳の誕生日を前にはかなくなった。僕達家族は悲しみに暮れた。
その後、母は沈みがちになり、父も何とか元気づけようとそれからは母に付きっ切りに近かった。やはり、母が最愛だったのだろう。
十歳の時、僕は同い年の侯爵家令嬢ユージェニー・ラビリンスと婚約した。
子供たちが集められたお茶会で出会った彼女は、とても清楚で穏やかで、美しかった。おそらく、一目ぼれだったのだと思う。母も十歳で結婚したことだし、いいのではないかと思ったのだ。
父や母にはまだ早いのではないかと言われたが、他の奴に取られたくないと思ってしまったのだ。
父のようになりたくないと思ったので、僕は彼女だけを大切にすると心に誓った。彼女の良いところも悪いところも全部好きになると決めた。
僕たちは、穏やかに愛情を育んでいたと思う。
十五歳になった僕は、四月に学園に入学した。
入学に際して、公爵家次男のイアン・シュミッツ、侯爵家嫡男レギオン・エレーヌ、伯爵家嫡男デイビット・マクリルが学友としてつけられた。側近候補だった。
学園には様々な生徒がいた。貴族から、平民の特待生まで。
はじめはたくさんの学友に囲まれて、戸惑うことも多かった。が、最も驚いたのは、平民の少女で特待生のジェシカだった。驚くほど距離が近く、なれなれしい。ユージェニー一筋の僕にとっては迷惑だから遠ざけたが、イアンもレギオンもデイビットも、次々と彼女に篭絡されてしまったのだ。恐ろしかった。
そんな彼らをほとんどの生徒は遠巻きにして見ていた。その中に、侯爵家次男のユーリス・セネガルと伯爵家嫡男のフィリップ・ハミルトン、子爵家嫡男トーマス・ドートリシュがいた。
早速彼らと友達になった。今も僕の側近としてともに激務をこなしてくれている大切な仲間だ。
イアン達三人はほかの男たちとともに、いつもジェシカを取り囲み、所かまわず親密にしていた。そこに僕を巻き込もうとするので、大いに迷惑した。
特待生である彼女には学園から何度も警告が発せられた。このままの行動を続けて風紀を乱すようなら退学にすると。一時期はおとなしくなってもすぐに元に戻る。そのくせ成績はいつも特待生の要件を満たしていた。一方、取り巻きの男たちは少しずつ成績を落としていった。
二年生になっても、彼らの様子は変わらなかった。
一学期の期末考査で彼らの成績はひどいものだった。ジェシカも四位に落ちた。
そのころ、母が身籠った。家族みんなで大切にした。父も再び母にかかりきりになった。
二年生の学年末試験で、ついに彼女も特待要件の五番以内を維持できず、ついに退学になった。学園が静かになってほっとした。
その春休み、母が月足らずの難産の挙句、身罷った。
僕らは皆、泣いた。国民もその死を悼んでともに泣いてくれた。
国葬が執り行われ、国中が喪に服した。
父はしばらくの間、魂が抜けたようになっていた。
僕は父や妹のことが気がかりながらも、キャサリン様や、イザベラ様に彼らのことを頼んで、学園に戻った。国政は宰相たちがいれば何とかなる。
まさか、父を元気づけようと、迷惑な父の旧友が父を連れ出すようになっていたとは思いもしなかった。
彼らはいい年をして街に繰り出しては、若い女と責任のない恋愛ごっこをして楽しんでいたらしい。それに父を巻き込んだのだ。父もしばし悲しみを忘れて楽しみたかったのかもしれない。
だからと言って、まさかジェシカの餌食になろうとは思いもしなかった。
僕が卒業して、いよいよ王太子として本腰を入れて執務を行うようになったころ、事件は起こった。
父の悪友たちが腹の大きいジェシカを連れて父に謁見を申し込んできたのだ。
「チャーリー、あなたの子よ。あなたがこの子のお父様なのよ!」
開いた口がふさがらなかった。
それから城は上を下への大騒ぎだった。
例の決まりがあるのだ。
ましてや彼女は愛妾ですらない。
しかもあのジェシカだ。誰の子だかわかったものじゃない。
そんなわけで、しばらく城において様子をみることになった。
月満ちて、七月の晴れた日にその子は産まれた。
乳母は僕の乳兄弟のメアリーが子を産んだばかりだったので、彼女に頼んだ。
生まれてすぐには見分けがつかなかったが、ふた月もすれば髪も面差しも父そっくりなのがわかった。ぱっちりした大きな目と空色の瞳はジェシカ譲りだったが。両親の顔の良いところばかり譲り受けた、とても美しい赤子だった。
それで、父の退位が決まった。
父はほかの妃とともに王宮を離れ、東の離宮に移ることになった。
ジェシカと赤子もともに移るようにと言ったがジェシカが激しく拒んだ。
妃たちも母を大切に思ってくださっていたので、ジェシカに良い気持ちは持てないとのことだったので、ジェシカと赤子(アレクシスと名付けられた)は王城の外れにある離宮に置くことになった。
見目の良い男を侍らしていたジェシカだ。若い男はそばに置けない。警護は女性騎士の中でも頑強な見目の者だけ(うっかり凛々しい美男に見まごう女性だと、見境のないジェシカの暇つぶしの相手にされる恐れがある)に任せることにした。離宮内のことをする侍従や料理人、庭師など男性はすべて老齢の経験豊かなものを置き、侍女やメイドもジェシカの暴走があっても対処できそうなベテランで固めた。
生母はアレでもアレクシスは王子だ。きちんと育ってくれなくては困る。
これが、僕が戴冠しての初仕事だった。




