小さな勇者が世界を救った事を誰も知らない
『おい。そこのお前』
へんな声が聞こえた。
へやの中を見てもだれもいない。
『おい。お前だ、お前』
テレビもついてない。カーテンの後ろも、テーブルの下にも何もない。
『ここだ。右をみろ』
みぎ。
おちゃわんがひだりで、おはしはみぎ。
えーっと、こっち。
右を見たら、昨日パパが持ってかえったぬいぐるみがあった。
クマみたいなイヌみたいな、かわいくないやつ。
「ぶさいくなぬいぐるみ」
『誰が不細工だっ!泣かすぞっ』
「なかないもーん」
ぬいぐるみがしゃべってる。
へんなの。
「あっ!しってる。これあれでしょ。テレビだ」
このまえ見たテレビでやってた。
大人がぬいぐるみから声をだして子どもに話しかけるんだ。
パパが言ってた。ぬいぐるみの中にマイクが入っててぬいぐるみが喋ってるみたいにするんだって。
『よく聞け。我輩はまおぉぉおおっ』
しゃべってるぬいぐるみのおなかをぎゅーっと押してみる。
何もない。あれれ。
『このガキっ。何をする!我輩は、ははははははっ、やめっ、ぐがっ!』
マイクどこかな。足かな、うでかな。頭かもしれない。
床において頭をぐぐっと押してみたけど硬いものがない。
おかしいなー。どこだろ。
『このっ。我輩は、偉大なる魔王でぇぇぇえええ!なにをすりゅ!』
あ、背中が開きそう。
小さい穴に指を入れてごそごそ。
んー、ないなぁ。
ふわふわのワタをひっぱり出して、大きくなった穴に手を入れてみる。
あ、なんかかたいのあった。
『こら、止めぬか!離せ!それはっ』
ぎゅっとにぎったら、ぶちっと何かつぶれた感じがした。
手を引きぬいて見たら手が黒く汚れてた。
きたない。
いそいで手を洗う。へやに戻ったらワタが出てぼろぼろになったぬいぐるみが落ちてる。
「ねぇ、ねてる?しんでる?」
ぬいぐるみは何もしゃべらない。
マイクこわしちゃったから怒られるかもしれない。
ママに怒られるまえにぬいぐるみとワタを集めてフタ付きのゴミばこにすてた。
これでよし。
その日はおてつだいをがんばった。パパの肩もとんとん叩いてあげた。おこずかいに五十円ももらった。
やった!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
我輩は魔王である。
恐ろしい魔族の頂点に立つ偉大なる王である。
我輩の構築する魔術はどの種族のものより邪悪で凶悪で偉大なのである。
我輩の姿は見る者を震え上がられせる程恐ろしく美しいのである。
そんな我輩が今、屈辱に塗れている。
「何、このぬいぐるみ」
「ん?勇人にお土産」
「なんでこんな微妙なの買ったのよ」
「うーん、なんでかな。見てたら買わなきゃいけない気がしてさ」
一組の男女が我輩を見て会話している。
女。微妙とはなんだ。失礼であろうが。
みておれ。復活した暁には嬲り殺してくれるわ。
男は低い棚の上に我輩を置くと子どもと遊び始めた。
ここは夫婦と子どもの三人住まいのようだ。
贄には数が足りぬが、仕方ない。此奴らの血肉を食らえば受肉ぐらいはできよう。後は外の人間共を食らって復活を果たそうぞ。
くくく。はーはっははははは。
「やっぱり、あのぬいぐるみ気持ち悪いわよ」
女!真っ先にお前を殺してやろうぞ!みておれ!
偉大で凶悪で最恐な我輩が、このようなふざけたぬいぐるみの中にいるのは偏に勇者のせいである。
あやつめ、単身で乗り込んできたかと思えば笑いながら我が同胞を切り倒してきおった。思い返しても身震いがする。魔族よりも魔物っぽかったぞ。
対峙して背筋が寒くなるなど久々であったわ。
あの聖剣は卑怯であろう。神の力を宿すあの聖剣さえ無ければ我輩の勝利であったのに。
聖剣が我輩を貫く直前に体を捨てたが衝撃で界を渡ってしまった。
そのせいで、脆弱な核を守る為にこのような玩具に身を潜める羽目になってしまった。
復活し、この界を恐怖に染めるのも悪くはないな。我輩よりも強い魔物もおらぬ上に、あの憎き勇者が存在せぬ。
これはもう我輩の勝利であろう。
ふっふふふふ。みておれ。この界を血で染め上げ、更なる力を得てから憎き勇者を血祭りに上げてくれるわ。
さて。先ずはあの子どもを食らってやろう。
小さいが大人よりも柔らかで食べやすそうだ。
折良く、女が出ていき子どもが一人になった。
声をかけたが、きょろきょろと周りを見回している。勘の悪いガキだ。
『ここだ。右をみろ』
教えてやったのに何故か両手をじっと見ている。両手を開いて閉じてと何度か繰り返して右手を掲げる。
何をしとるんだ。
「ぶさいくなぬいぐるみ」
ようやくこちらを向いたと思ったら、開口一番に憎たらしい言葉を吐き出す。
『誰が不細工だっ!泣かすぞっ』
「なかないもーん」
ぐぬっ。なんと恐れ知らずな子どもだ。
我輩は魔王であるぞ。
我輩にその様な口を叩いた事を後悔させてくれる。
「あっ!しってる。これあれでしょ。テレビだ」
よく分からぬ事を口走って子どもが近づいてくる。
ようやく我輩の恐ろしさに気がついたか。
『よく聞け。我輩はまおぉぉおおっ』
子どもはいきなり我輩を掴むと腹を力任せに押してきた。
体を動かす為に残った魔力を体に巡らしていた事が仇になった。受肉こそしていないが、今は感覚が肉体のそれと変わりがない。
『このガキっ。何をする!我輩は、ははははははっ、やめっ、ぐがっ!』
子どもは脇を探り、手や足を揉みしだいた挙げ句、床に落として顔を両手で潰してきおった。
先程のくすぐったさが一転して激痛に変わる。
このクソガキが!偉大なる魔王になんという事をするのだ!
勘弁ならん。頭を食ってやるっ!
『このっ。我輩は、偉大なる魔王でぇぇぇえええ!!!』
口の糸を解き、ガバッと口を開こうとした瞬間、顔を下に叩きつけられた。
『なにをすりゅ!』
手足をバタつかせて抜け出そうとしたが、何かが体の中に入ってきた。
身の内を這い回るそれが子どもの指だと気がついた時には、中身の綿が引き抜かれていた。
痛みは少ないが、ぐにぐにと体の中を這う指が気色悪い。
その指が我輩の核を掠める。
『こら、止めぬか!離せ!それはっ』
魂を形成した核がギュッと握られる。
止めろ!それを潰されたら我輩の魂がっ!!
酷く強い圧迫を感じ、ぶちっと押しつぶされる音を聞いたのが魔王の最期であった。
子どもは真っ黒に染まった手を見て顔を顰めると手を洗った。
そして、綿が引き抜かれてぼろぼろになっているぬいぐるみを慌ててゴミ箱に入れて証拠隠滅を図った。
ぬいぐるみを壊した事を誤魔化す為にお手伝いを頑張った子どもが世界を救った事は、誰も知らない。
【小さな勇者】名前は勇人くん。5歳。50円もらえた事が嬉しくて、しゃべるぬいぐるみの事は早々に忘れている。
お読みくださりありがとうございました。