呪い2-何度目の説明
代の家の近くの駐車場に車を止めて家まで付いて行くと
「ただいまー」
呑気そうな表情で代は帰りの挨拶をする。
すると朗らかな表情の母親らしい一人の女性が現れる。
「おかえりー……その人は……まさか、また死んだの?」
「え」
母親らしき女性は代美を見て代に聞いた。
「うん」
「そう、ご迷惑を掛けました」
「いえこちらこそご迷惑を」
母親は髪を降ろしポニーにして眼鏡を掛けたおっとりとした女性であった。
少年は呑気そうに
「部屋に戻るねえ」
「代! あんた関係あるでしょ? あ! こら待ちなさい! すみませんね」
「え、あいえ」
少年は全く無視してそのまま自分の部屋へと直行した。
母親は代美に頭を下げながら
「自己紹介が遅れました、私四二杉 詠美と申します、取り敢えず上がりませんか?」
「あ! すみません! こちらこそ! 私は姫島 代美と申します! よろしくお願いします!」
そして、代美は申し訳なさそうにしながら家に上がった。
そして、客間に案内されて待っていると
「粗茶です、どうぞ」
「あ! お構いなく!」
とお辞儀をしながらお茶を受け取る。
詠美はお茶菓子などを机の真ん中に置いた。
「あ、本当にすみません」
代美は顔を赤くしながら、一口飲んでから代美は話を始めた。
「この度は息子さんを車で轢いてしまいまして……その申し訳ございません」
「ああ! 今日はそれで! なるほど、いきなりブレーキが効かなくなった感じでしょうか?」
「え? 何故それを?」
「ああ、やっぱりそうだったんですね! 息子の血でお車の方が大丈夫だと思いますが……」
代美は不思議そうに
「まあ確かにそうですが……でもどういうことなのでしょうか? 私は車で轢いてしまって頭も潰れていたんですが……いきなり何事もなく立ち上がって怪我も無くなっているというか……他の皆様も特に慌てる様子もなく救急車の対応も……なんというか手慣れているような感じではありましたが……」
と話していると詠美は
「アハハハハ! それはさぞかし驚かれたでしょう!」
「えっと……はい」
笑いながら詠美は話を進めた。
「まあこの街の人も救急の人達も息子の体質というより……呪いについてはまあ迷惑には思っているでしょうけど……一応は理解をしているんだと思います」
「呪い?」
「はい、息子は呪われているんです」
その話を聞いて代美はキョトンとした。
代美はこれでも研究者であり、科学について学んだ身であった。
そんな科学で証明することの出来る世界でいきなりアニメや小説等の物語なのでしか現れない概念でしかなかった。
呪いについては昔の日本や西洋などでは話に聞くが、それでもやはり概念ぐらいにしか思っていない、本当に存在していると考えた事もなかった。
しかし、代美自身がその事象を自分の目で確かに見ていた。
科学者と云えどさすがに目にしたことを認めないのは代美自身の科学者としての誇りが許さない。
しかし、それでも疑心が少し残っていた。
戸惑っている姿を見て詠美は
「まあ確かに呪いなんて不幸の手紙やら牛の刻参り等々のそういう類も今でもあるけど……それって結局迷信だし私も初めて聞いた時は、馬鹿な話だと思ってたぐらいだし」
「そっそうですね……そうです……ね……」
代美は心苦しくなった。
詠美自身が呪い自体を信じていなかったとしたら、大切な息子が呪いに掛ったと知った時どういう気持ちだったのか。
どうやって受け入れる事が出来たのか。
様々な感情が代美の心の中を駆け巡り堪らない気持ちになった。
だからこそ自分の凝り固まった知識とプライドを押しのけて知ろうという気持ちになった。
今起きている現状に対してきっちり理解しようと思ったのであった。
「あの、詳しく話を聞かせて貰っても宜しいでしょうか!」
「ああ! それなら息子が詳しいので! 部屋に案内しますね!」
ズル!!
詠美が教えてくれると考えていた代美はズッコケた。
そして、何事もなく詠美はあの少年の部屋へ代美を案内した。
扉には代の部屋と書かれたプレートがあり、詠美はドアをトントンとノックをした。
すると
「はい?」
先程の少年が現れた。
学生服からまだ着替えていないのか学ランを脱いだだけの状態で何故かズボンのチャックが開いていた。
代美は顔を赤らめて、少し気になりながらも
「えっと……四二杉 代くんだっけ?」
「はい」
淡白な返事をして代は代美を眠たそうな目で見ていた。
代美は少し緊張しながら
「えっと……君に話があるんだけど?」
「……うん、何となくお母さんが俺に投げたんだな……いやまあ俺が先に投げたんだけど……」
代は頭を抱えて悩んでいた。
代美は気まずそうに
「えっと無理しなくてもいいからね、あまり話したくない事なら」
「! え! そうなの! じゃあいいね! よし話終わり! これで終わり! さあ帰って帰って!」
代は突然笑顔になって代美の背中を押していく。
代美は慌てながら
「ちょっと待って! 私が思っていたのと何か違う! 君のそれもしかして話すのが面倒臭いだけなんじゃないの! そうなんでしょ!」
「もう! 帰って! 俺は呪いで不死身だけど時間は有限なの! 無限じゃないの! 遊びたい! 今日は宿題もないんだから!」
もう鬱陶しそうにしながら代美を押して外へと追い出そうとすると
「コラ! 代! せっかく話を聞こうとしてくれている人がいるんだからちゃんと話して上げなさい!」
詠美が台所のドアを開けて怒鳴った。
代は面倒くさそうにしながら少し真面目な顔を無理矢理作って
「お母さん……皆そんな事を言って真面目に話を聞いた人がいた試しがありませんが?」
「それは貴方がいつも適当に追い返すからでしょ?」
当然の様に論破されてしまう。
「でも俺だって何度も同じ話をして疲れるんですよ? だって考えてみてよ、何度同じ人間が現れて何度同じ事を話したとでも思います? つまり皆ダメ! はいこの話は終わり! 帰って!」
代美を無理矢理追い出そうとする代に詠美は
「代……ちゃんとお話ししなさい……ただじゃ済まないわよ」
「またそう言って脅して! 酷いぞ! 未発達の子供にそんな酷い事ばかりすれば! 性格が捻じり曲がりますよ!」
「あんたはもうすでに性格が歪曲してるでしょ! それに目の前の人に真剣に向き合えない人間が! 将来その歪曲した性格を戻せるとは思いません!」
「性格が歪曲してるって何!」
そんな代を論破しながら詠美は代を無理矢理押して
「良いから話して上げなさい、このことはあんた自身で話して少しは自分の呪いと向き合いなさい!」
「もう向き合ったから! この呪いでお金を稼いだりとか色々と向き合ってるから!」
「それは向き合ってるんじゃなくてお金儲けに利用しているっていうの! あんたそんな金の亡者の様な事をして呪いと付き合う気! そんな事ばっかりしていると人を金だけの理由で付き合うようになるわよ!」
等々の母親の正論に無理矢理自分を押し通す様なやり取りをしていたが、
「とにかく代美さんにちゃんと説明しないとダメよ! 分かった!」
という言葉を残して詠美はそのまま台所に戻った。
代は悔しそうにしながら
「糞おお……いやだなア……面倒臭いなああ……嫌だなああ……でもおおお」
そして、代美の方を見て
「聞きたいのおお?」
その言葉に少し怯むも代美は
「はい、知りたいです」
気まずそうに頷いた。
そして、代はチャックを閉めて
「ちょっとそこで待ってて」
と言って部屋に一旦入り、少し物音を鳴らした後
「はい、大丈夫ですよおお」
ドアを開けて代美を部屋に入れた。
代美は緊張しながら
「お邪魔しまーす」
と入った瞬間
「うわ!! イカ臭い!」
鼻に着く臭いがムワアアっと漂い手で鼻を覆った。
代は呆れたような顔で
「健全な中学生の部屋なんて普通はイカ臭いもんだ、そんな事で動揺されても……後ベッド下や本棚の本の奥を見ようとするな、そこはお母さんに見つかるだけでも辛いのに初めての人に見つかるなんてもはやトラウマだ」
その言葉を聞いて代美は頷き、決してベッド下と本棚の本の奥を探るまいと決意した。
(大体察したし)
そして、代美は床に座り話を聞く態勢になるがゴミ箱を見ると大量のグチャ巻いたティッシュが捨ててあった。
代美は察してはいたが
(いったいどれだけ処理してんだこいつ……)
と完全に引いていた。
いくら中学生だからといって少しは自重するものだと考えていた為、さすがに予想外だと感じていたのであった。
そして、学習机の引き出しを開ける代の手元を見ると思いっきり女の顔があり、それを後ろへ落とす様に隠してから資料の様な本をドッサリと取り出した。
そして、数十冊の本を代美の目の前に置いて
「これを読んでください、分からないことを質問するという感じで」
そして、そのまま寝転がって
「ふあああ……ねむ……質問は纏めてお願いします……すーすー」
そのまま眠ってしまった。
仕方がないので代美は本を手に取り取り敢えずは読む事にした。
中身は思いっきり崩し字であった。
(いや、読めないんですけど……)
代美は研究者ではあったが科学方面の研究者であり、歴史学者でも何でもない。
そして、そっち方面の勉強はしていなかった。
だが、代美は負けず嫌いであり、絶対に理解して読んでやると思った。
しかし、今すぐにそれが出来る程崩し字は読む事は出来ない。
よって、代美はもし訳無さそうにしながら代に
「代君、ごめんだけど今は読める知識が無いから借りてもいいかしら」
と申し訳なさそうに確認を取ると
「……いいよ」
あっさりとした返事を聞いて代美は安心したように本を抱えて、
「ありがとう、きっちり読んで理解しますので」
と言って立ち上がった。
代も代美を見て立ち上がると
「じゃあまた読めましたら質問に答えますんで」
「貴方が説明してくれても良いんだけど?」
「ほう、語彙力の少ない俺に頼みますか? 所詮は中学生の説明ですよ?」
偉そうにする代に代美は呆れながら
「じゃあ今日のところは帰ります、また分からないことがあったら連絡するわ」
と言って部屋を出た。
すると詠美が目の前に現れて
「あら、もうお帰りで? 晩御飯は一緒にしなくても?」
と気を遣ってくれていた。
代美は微笑みながら
「ありがとうございます、しかしそこまでご迷惑を掛ける訳にも、今日は帰って明日の仕事の準備もしたいので、引っ越したばかりで荷造りもしなければいけませんし」
と自分の事情を伝えた。
代美はこういう場合は変に断り続けるよりも何かしら理由を伝えて断った方が良いと考えていた。
それを聞いて詠美は
「分かりました、それにその本……確かにあの子が説明するよりもその本を解読した方が早いかもしれません、その本は呪いの事がある程度書かれているので予備知識的には最適かもしれませんしね」
その言葉を聞いて代美は
「予備知識ですか」
本をじっと見つめた。
きっと本だけでは分からない部分があるのかもしれない、だから代が質問形式にしたのかもしれないと。
そうすればわざわざ説明するよりも理解が深まり、分からない部分を質問して埋めていくことで呪いの正体の手掛かりを掴めるかもしれないと考えた。
代美は微笑みながら
「ありがとうございます、しっかり読んで必ず質問を作れるようにしたいと思います、後これ私の名刺です、必要であればこの電話番号に」
そう言って紙に書いて渡した。
「分かりました、後これカバンです、それではまた」
受け取った詠美はその紙をポケットに入れて、代美のカバンを渡す。
「ありがとうございます! それでは、また」
そう言って代美は代の家を出て自分の家に車で向かった。