家出のマスクメロンちゃん
遠い遠い海の向こうに、くだものの国がありました。その国ではりんごや、ミカン、いちごなど、くだものたちが集まってなかよく暮らしていました。あたたかなお日さまと、きれいな自然にかこまれて、くだものたちはとても幸せそうでした。
くだものの国、その村のはずれに、マスクメロンの子どもが住んでいました。とてもかわいらしい女の子です。マスクメロンちゃんはだけど、いつも下を向いていて、ちっとも楽しそうではありませんでした。
「お母さん、どうして私だけ、マスクをしているの?」
ある日マスクメロンちゃんは、お母さんにたずねました。お母さんは笑ってこう言いました。
「あら。とってもステキじゃない」
「みんな変だって言うよ。くだものなのにマスクなんかして。恥ずかしいよ」
マスクメロンちゃんは、もじもじしながらお母さんのエプロンのそでをひっぱりました。
「あなたは生まれつき、マスクをしていたのよ。とっても目立ってかわいいわ」
お母さんはそう言ってくれました。だけどマスクメロンちゃんは、その目立つのがとってもイヤだったのです。一人だけマスクをしていたので、学校ではいつも友だちにからかわれてしまうのでした。それがイヤで、いつもうつむいていたのでした。弟のマスクくんや、妹のメロンちゃんは普通なのに……どうして私だけマスクメロンなんだろう?
「私、マスクメロンじゃなくて、普通のメロンが良かったわ。こんなのイヤ」
マスクメロンちゃんは悲しみ、毎日のようになみだを流しました。
「家出しましょう」
とうとう彼女は村をたって、家出をすることに決めました。お気に入りのよう服に無農薬チョコレート、だい好きなハクサイのぬいぐるみ……リュックサックににもつをつめて、さぁ家出に出発です。外は良いお天気で、家出するにはぴったりでした。
マスクメロンちゃんが村のはじっこの方に歩いて行くと、道のとちゅうに、梅干しのおじさんが立っていました。
「おやマスクメロンちゃん。どうしたんだい?」
「梅干しのおじさん。私、くだものの国を出ることにしたの」
大きなにもつを抱えたマスクメロンちゃんを見て、梅干しのおじさんは首をかしげました。
「そりゃどうしてまた?」
「だって私だけ、みんなの中でマスクしてるんですもの。くだものなのにマスクなんて、おかしいわ」
「おかしくなんかないさ。とっても個性的で良いじゃないか。ワシなぞ、みんなからくだものだとも思われておらんかったぞ」
「え?」
マスクメロンちゃんは目を丸くしました。
「梅干しって、くだものなの?」
「梅はもともとくだものなのじゃ。マスクをしてたってしてなくたって、くだものだってちゃんと分かるから良いじゃないか」
「そう……そうかもね」
「せめてマスクがあれば、顔のシワシワがかくせるのにのぉ」
梅干しのおじさんは少しうらやましそうにマスクメロンちゃんをながめ、そう言いました。それからマスクメロンちゃんは、梅干しのおじさんと別れ、さらに道を進みました。
お日さまは高く、くもの上にねそべっています。どんどん道を歩いて行くと、今度はトマトのお姉さんが青い顔をしてすわりこんでいました。マスクメロンちゃんはあわててかけよりました。
「トマトさん、大丈夫ですか?」
「まぁ、良く私がトマトだって分かったわね」
トマトのお姉さんはうれしそうに顔を上げました。
「私の顔、青いでしょう? だからまだ熟してないなんて言われて、いつもトマトあつかいされないのよ」
「ケガは?」
「へいき。少し気づかってくれて、うれしかったわ。ねぇそれより、トマトってくだものなのかしら? おやさいなのかしら?」
トマトのお姉さんは立ち上がり、マスクメロンちゃんにたずねました。さぁ、どっちなんでしょう? マスクメロンちゃんは答えが分からずに、首をかしげました。
「会う人会う人によって、コロコロ変わるのよ。おやさいかくだものか、みかたしだいだと思わない? あなたもあんまり気にしすぎちゃダメよ?」
「はぁ……」
「私もマスク、しようかしら。少しは顔が青いの、ごまかせるかしらね?」
青いトマトさんはウィンクをして、その場から立ち去りました。お姉さんの後ろすがたを見送って、マスクメロンちゃんは家出のつづきをはじめました。
くもの上から、ゆっくりとお日さまがおりてきて、今は山のてっぺんにこしかけて休んでいました。また道をずっと遠くまで歩いて行くと、今度は向こうから、パッションフルーツの坊やがやってくるではありませんか。パッションフルーツの坊やは、何だか怒ったような泣いたような顔をして、地面をズンズンふんづけていました。
「どうしたの?」
マスクメロンちゃんはたずねました。
「どうしたもこうしたもないよ」
坊やは肩をふるわせました。
「ぼく、元気がないんだ」
「そうみたいね」
「そうじゃなくて、もともと元気のない方なんだよ。それなのに、みんなぼくの名前が『パッションフルーツ』だから、『元気を出せ』、『明るくなれ』って……ほんとイヤになっちゃうよ」
マスクメロンちゃんはまじまじとパッションフルーツの坊やを見つめました。
「『パッション』って、そういう意味じゃないんだよ」
パッションって、どういう意味だったかしら? 確かに元気がありそうな、強そうな名前だけど……。
「そんな毎日、むりやり笑ったり、元気いっぱいがずっとつづく方がおかしくない? 名前がなんだろうが、ぼくはぼくなんだから、そんなもの押し付けないでほしいんだよな」
「みんな、あなたに元気になってほしかったんじゃない?」
「そう……そうだね」
少し落ち着いたみたいで、坊やは帽子をふかくかぶりなおし、マスクメロンちゃんにおれいを言って去って行きました。
「ぼくもマスク、しようかな。いつでもどこでも誰とでも、笑顔でいるなんてできっこないよ」
それからマスクメロンちゃんは歩き続け、みなとまでたどり着きました。すいへいせんの向こうには夕日がはんぶん沈んでいて、海はみかんのようにオレンジにそまっていました。マスクメロンちゃんはリュックサックの上にこしかけ、ハクサイのぬいぐるみを抱きしめて、ため息をつきました。
「みんなそれぞれ、悩みを抱えているのね……」
梅干しのおじさん、青いトマトのお姉さん、パッションフルーツの坊や。
自分がこの世でいちばんかわいそうなフルーツだと思っていたのに。
みんなの話を聞いているうちに、マスクメロンちゃんは、自分が何に悩んでいたのかすっかり忘れてしまいました。夕日が海の中にもぐり、あたりはすっかり暗くなってしまいました。少しはだざむくなってきたので、マスクメロンちゃんはあわてて自分の家に帰ることにしました。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「どこ行ってたの?」
「家出よ」
「そう……」
家に帰ると、お母さんがハクサイ入りのシチューを作って待っていました。マスクメロンちゃんはシチューを食べ、お風呂に入り、あたたかくしてぐっすり眠りました。
さて次の日、マスクメロンちゃんがくだものの学校に行くと、なんだかみんなのようすがちょっと変です。
「風邪ひいたみたい」
さむくなって、みんなゴホゴホとせきをしていたのでした。マスクメロンちゃんは家にあったマスクを持ってきて、みんなにわたしました。自分ではあんなにイヤなマスクだったのに、今ではみんながマスクをしています。
「ありがとう」
「ありがとう、マスクメロンちゃん」
「いいえ……」
「どうしたの?」
「ううん」
すっかり元気になったマスクメロンちゃんは、にっこりと笑いました。
「なんだかぜんぜん、気にならなくなっちゃったわ」
それから風邪がはやるたび、くだもののみんなはマスクをし、マスクメロンちゃんもまたみんなと仲良く暮らしましたとさ。おしまい。