1ー3
同時刻。
フィアンマは広場を出てすぐにある、大通りを走っていた。朝から大通りには多くの商店が展開され、活気に溢れており、沢山の人々が行き交いしている。
大通りは石畳によりある程度舗装され、早朝のうちに掃き出していたのであろう雪が裏路地で山のように積み重なっている。けれど、また雪がうっすらと石畳を覆い始めている。今日は生憎の空模様になりそうだ。
「おはよう、フィアンマちゃん!!」
「はい、おはようございます」
話し掛けられたため、足を止め、フィアンマちゃんはもうやめてください、と商店の売り子をしているおばさんに訴えたが、笑ってるだけで聞いてくれない。
「だって、あたし達からしたらいつまでも可愛いフィアンマちゃんなんだもの」
「そうよね、あんなにちっちゃかったのに」
いつの間にか、お隣さんも参戦してきて、こんな感じよね、と明らかに小さすぎる間隔を手で表してきた。手のひらにでも乗れそうな大きさだ。赤ん坊の頃でも、そんな人間は存在しない。僕は小人か何かなのか。いやいや、と慌ててフィアンマは手を降った。
「そんな小さいはずないですって!」
「えぇー」「でもぉー」
何故か、駄々を捏ねられたが無視だ、無視。じりじりと距離をとる。
「フィアンマちゃん、朝から元気だねぇ」
「ほんとにね」
のほほんとした空気感で周りの人が徐々に増え始めてきた。万事休す、逃げ場はない。その中の一人、おじいちゃんに声をかけられた。おじいちゃん、ありがとう。
「そういえば、今年はフィアンマちゃんが『儀式』をするんよな」
「……そうだった!! すっかり忘れてた!」
そうだった、今日は一年に一度だけある『儀式』の日だったのに。なんでこんな大事なことを忘れてたんだろう。この国で言う『儀式』とは、神様に供物──魔獣を捧げ、今年も一年健やかでありますように、と女神さまに願うことらしい。毎年、不参加だったため、明日が初めての参加になる。というわけで、急がなければと思い、再び足を動かそうとし……。そういえば、場所は何処なんだ。『儀式』をする場所は。悩んだ末に、おじいちゃんに聞いてみることにした。
「……あのさ、おじいちゃん。『儀式』の場所って、何処だか知ってる?」
「あぁ、知ってるよ。……確か、門を出て、北西へ五マイルほどまっすぐ進んでいくと、樹木が沢山生えているところがあるんだ。そこの湖の前ででいつもやっているんだ」
「なんで、そんなところでやってるの?」
「湖の中に、女神さまがいるからねぇ」
「本当にいるの? 女神さま」
つい思ったことが口から出てしまう。小さい頃からずっと半信半疑だったのだ。女神さまなんて顔も知らないし、そんなもの居なくたってこの国は毎日のほほんとやっていくだろうに。皆、褒め称えるけど、具体的にどんな力を持っているんだろう?
けれど、おじいちゃんは気にした素振りもなく僕の質問に答えてくれた。
「あぁ、いるよ」
と鷹揚に笑った。
「フィアンマちゃん」
さっきまで、僕をからかって遊んでいたおばさん達がいつの間にか近くまで来ていた。
「これ、皆で作ったの。お昼ごはんに食べてね」
そう言い、包みを持たせてきた。
「うーんと食べて、大きくなるんだよ」
「う、うっさいですね」
頭をわしゃわしゃと撫でられ、照れ臭くなって思わず憎まれ口を叩く。そんなことを言っても、ますます優しい目になっていき、戸惑ってしまう。何処を見ればいいんだ、何処もかしこも生暖かい目でいっぱいだ。
「ううう、もう、行くから」
じゃあね、と消えそうな声で囁いて、人の間を縫うように逃げ出した。
「あらあら」
からかいすぎたかしら、と首を傾げながら、フィアンマの頭を撫で回していた女はそう呟いた。
「でも、いつまでたっても可愛いんだもの」
ねぇー、と女は周りに同意を求める。
「本当にね」
「あんな小さい頃から見守ってきたのですもの」
女が三人寄れば、姦しいというけれど、全くもってその通りだ。
「でも、大丈夫なのかしら?」
「そうねぇ、一体どうなることやら?」
「まあ、サングエ様の息子ですし?」
「そうよね!」「確かに」
一人は、誇らしげにそう納得し、一人は思わず苦笑いをする。
「それにああ見えてもサルーテなんだから、負けはしないだろうさ」
遠く離れた場所で、老人は一人、祈りを捧げた。
「今日も、良き日でありますように」
と。
1マイル=約1.48キロ