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「認めませんから!!」
僕の名は、フィアンマ・カレンドラ・サルーテ。アランチャ王国、否、正式名称アランチョーネ王国第九十九代目国王が第一子にあたる。兄弟は一人もいないため、順当にいけば、この国の次期国王になる予定だ。
──ひゅんっ。……ぱしっ。
なんでも、大昔に猛烈な血で血を洗う後継者争いが勃発したため、子供は一人と決まっているらしい。その話を父さまから身振り手振りで教えてもらったときは反応に困り、「へ、へぇー」としか言えなかった記憶がある。絶句、この一言に尽きる。
「一年前に聞いたとき、いいよって言ってたじゃないか」
フィアンマは、炎を意味する、与えられた名前で、金盞花は、春から夏にかけて鮮やかなオレンジ色の花を咲かせる、この国の国花を表し、 最後のサルーテが先祖から受け継いできた、いわゆる名字にあたる。
「あ、あれは、サングエ様が!!」
母さまが言うには、サルーテは「由緒正しい、ただ唯一の血筋」を受け継ぐもの……らしい。母さまはよく物事を大袈裟に言うので、本当かどうか少し怪しい。第一、そんなやんこどなきご身分だったら、きっとこの国には、お金がてんこ盛りのこどくあるに違いない。そうしたら、このお城の修理を真っ先にするのに。この前からまたどこかに穴が空いたのか、思わず凍えるようなすきま風が入ってきて、毎晩寒すぎておちおち夜も眠れない。
「怒っている顔も素敵だけど、笑ってる顔の方がもっと可愛いよ」
それに、一応先祖代々住んできた大切なお城ということなので、大事にしたいと思うのだが……。一度だけ、とても小さかった頃、父さまに聞いたことがある。「どうして、ここにすんでるの?」と。
「あ、あぁ、ううう」
子供ながらに、両親がこのお城を大切にしていることに疑問を抱いていた。確かに、このお城は美しい。しかし、ここを綺麗なまま維持するのには、沢山のお金が必要だ。そうまでして、ここに住み続けるのなぜなのだろう。ただ純粋に疑問に思ったことをそう口にした。けれど、すぐさま口から言葉として出してしまったことを後悔した。なぜなら、父さまが少しだけ泣きそうな顔をしていたからだ。泣いてしまいそうなのに、必死に我慢している、そんな顔を。ほんの一瞬の出来事だったけど、見間違いでもなんでもない。僕は今でもその顔を忘れていない。……その後、父さまが大切な何かを言っていたこと全て、忘れるくらいには、強烈すぎる出来事だった。
──ぎゅううっ。
……なぜ、そんな過去のことを長々と思い出しているのかと言うと、ひとえにこれが現実逃避だからだ。うん、本当に目の前の現実から目を背けていたい。それこそ、永遠に、だ。この背後に花吹雪が舞う、とんだお花畑空間から。
どうして、朝っぱらから両親の惚気を視なくてはならないのだ。
母さまは、言葉より先に手が出る類いの人なので、父さま限定だが、よくこうして殴り合いをすることがある。まあ、大抵父さまに押し込められて、うやむやにされるのだが。
いつもと同じ普通の日だっら、このめんどくさい光景を見なかったことにし、一目散に逃亡を図っている。だが、生憎、今日は『儀式』の下準備のため、色々とやるべきことがあるのだ。
このまま、母さまを無視していくと、絶対後でぐちぐち文句を言われ、怒られるんだよな。
どうしようかうんうん悩んでいると、父さまがこっちをちらりと見た。いつもはもっと長い間くっつきあっているのに。こちらを見ながら、ぱちりと器用に左目の瞼を閉じた。そんなこと、母さまや侍女のおばちゃんたちにすれば、キャーキャーしながらはしゃぐのに。何故、実の息子に対してそんなことをしているんだと疑念を抱く。……なるほど。つまり、「ここは任せて、行ってこい」ってことだね。いつもは母さまの尻に敷かれて威厳が微塵もないのに、今、初めて父さまを格好いいって思ったよ。
わりと都合の良いようにそう解釈し、父さまに感謝を込めて親指を立てた。そして、気配を消しながら、そっと中央広場を後にした。
「行きましたか?」
「……うん、行ったみたいだね」
フィアンマが姿を消したことを確認すると、二人はさっと寄せ合っていた体を離す。
ふわり、と緩やかな曲線を描きながら、黄金の髪が宙を舞う。神秘的な印象を抱かせる紫水晶の眼、桃色に染まる頬、三十を越えているとは思えないほどの少女じみた美貌だ。こうして、静かに佇んでいると、深窓の姫君にしか思えない。到底無類の戦闘好きには見えないだろう。
ステラ──ステラ・カレンドラ・サルーテは、胸元に手を当て、ほっと息を吐く。
「では、例の計画を順次遂行する、と」
ちらりとステラは、サングエ──サングエ・カレンドラ・サルーテに視線を向ける。けれど、サングエは、そんな視線に眼もくれず、「そうなるね」と呟いた。
サングエは、フィアンマが大きくなるといずれこうなるのかと感嘆するほど、瓜二つの容貌の持ち主だ。長身だが、声の高低でようやく性別に気づくほどの中性的な顔立ち、髪色もフィアンマと同色だが、眼の色だけは違った。これまた、髪と同じく黒と言う黒で塗りつぶしたような眼をしている。
「やはり、もう少し大人になってからでも」
蚊の鳴くような、今にも消えてしまいそうな声で反論の声を上げる。
けれど、その声をかけ消す勢いで矢継ぎ早にサングエは、
「そんな時間はもうないよ、君がよく分かっている筈だ」
己の手を無意識に力一杯握りしめながら、そう吐きてた。血が滲み出て、地へぽつりぽつりと滴り始めたその右手をステラは恐る恐る触れながらほどいていく。そして、両手でしっかりと手を握りしめ、己の額にこつんと当てる。
「ならば、せめて祈りましょう。可愛い我が子のいく末を」
ステラは柔らかな笑みを浮かべた。サングエはそこで初めてステラに目を向けた。ステラもサングエを見つめている。サングエがふっと頬を緩ませ、重たかった空気が散っていく。
「そうだね。君と僕の息子だもの。そう簡単には倒れやしないさ」
ふと、空を見上げて、そういえばとサングエは呟いた。ステラは首をかしげ、自らの夫に問う。
「なんですの?」
「……僕、フィアンマに『儀式』のやり方は教えたけど、場所は言ってなかったことを思い出して」
──ぱちん。……ぐふっ。
その直後起きた、アランチャ王国王妃によって繰り出された平手打ちで、アランチャ王国国王は呻きながら膝をついた。