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9. 枯れ井戸へ戻る時にはもう午後も遅い時間になっていて

終わる終わる詐欺みたいになってます…

いい加減完結してほしいのに…

 枯れ井戸へ戻る時にはもう午後も遅い時間になっていて、太陽の位置が随分低いところまできていた。

 舗装路からオフロードへと戻り、再びチェックポイントで止まる。

 後部座席にこれでもかと言わんばかりに積まれたスイカを見て、迷彩服の女性は肩に下げたアサルトライフルを揺らしながら口笛を吹く。


「またもや随分早いお戻りで。

今日、そういうパーティーの日だったっけか?」

「ハロウィンは10月で、あれはカボチャだったかと。

北米の風習ですので、私には関係ありませんが。」

「確かに。

でもそのスイカ、食べないわけじゃないだろう?

まさか、枯れ井戸の調査に必要ってことでもあるまいし。」

「そのまさかです。

枯れ井戸を調査したかったらスイカをしこたま持ってこいと言われまして。」

「どこの部族の酋長がそんなことを言うんだか。」


 私は肩を竦めた。

 6月の妹の弟である幽霊に要求されたと言って、誰が信じるだろうか。


「まあいいや。

もう日も暮れる。

適当にやって、ほどほどのところで帰んなよ。

スイカ、もし余ったらくれたら嬉しいな。」

「勤務中の軍の方って、文民に要求して何かを授受して良かったんでしたっけ?」

「スイカくらいじゃ贈賄にもならないって。

それとも、あれかい?

金でもくれるって言うのかい?」


 私は黙ったまま首を横に振る。

 迷彩服の彼女は鼻を鳴らして、少し笑う。


「それにさ、私は今は軍人じゃないよ。

これでも一応、国立公園管理事務所に勤務している、立派な公務員なんだけどな。」

「でも軍人も公務員ですよね?」

「そういうことじゃなくてさ。

まあ、いいや。

とにかく、気を付けて。」

「ありがとうございます。

スイカ、どうしてもご入用でしたら、枯れ井戸まで来てもらうのが一番確実かと。」

「そっか、ご忠告どうも。

気が向いたら行くかもね。

あんまり遅くならないようにね。

繰り返しになるけど、くれぐれも気を付けて。」



 結局、枯れ井戸に戻れたのは日暮れ時で、 西日に照らされる蟻塚(アントヒル)から伸びた影が枯れ井戸にかかっていた。

 何時間か前に駐車したのと同じ場所にRAV 4を進めて、エンジンを切る。

 車から降りると、虫の鳴く音がやけに大きく聞こえる。

 キャラTを着た末の弟の姿は見えない。


「マダム、弟はどこでしょうか。」


 私は黙って首を横に振る。

 いないならいないで構わないとは、兄弟である彼女には言わない方がいいような気がした。


「明るいうちに、やるべきことをやってしまいましょうか。

暗くなって、足元もよく見えなくなったら危ないですし。」


 今度は6月の妹が黙って首を縦に振った。


 

 私たちは後部座席のドアを開けっぱなしにして、15個のスイカをバケツリレーの要領で枯れ井戸の足元の地面に下ろした。

 市場で買った時には大きすぎるようにしか見えなかったスイカの実は、蟻塚(アントヒル)の影の中に隠れると、急に存在感が小さくなった。

 6月の妹の額には汗がにじんでいる。

 やはり2人の兄にも来てもらうべきだったのではないかと考えたが、そうすると15個もスイカも運ぶのは無理だったと思いなおす。

 スイカのことは事前にはわかっていなかった。

 結論から言えば、これでよかったのだろう。

 それから、枯れ井戸の回りに転がったスイカを、今度は一つずつ拾い上げて、井戸の穴の縁に乗せていく。

 こうすると、まだ体の成長しきっていない6月の妹でも簡単に井戸へスイカを投げ込んでいける。

 

「では、マダム、行きます。」


 6月の妹はそう言って、一つ目のスイカを神妙な顔で枯れ井戸の中に投げ込む。

 べたべたな演出の東アジア制作のドラマじゃないのだから、そんな力まなくてもいいと思うのだが、彼女の表情は変わらない。

 枯れ井戸の底は、何時間か前は暗い中にも薄っすらと底が見えていたのだが、蟻塚(アントヒル)の影のせいか、それとも夕闇のせいか、もう見えない。

 落ちたスイカが底にぶつかって立てる音も鈍く小さく、実際に落ちたのかどうかほとんどわからない。

 2個目のスイカを落としてもそれは同じだった。



 そのまま、6月の妹は15個のスイカを、神妙な顔をしつつも淡々と投げ入れていった。

 枯れ井戸の底で積みあがっているはずのスイカは視界から消えて、まるでどこか別のところへと消えていってしまったように感じられた。

 もうすっかり太陽は隠れてしまって、もう空のどこにも赤い色は見えない。

 東の空から紫と紺とが広がっている。

 私たちは夜の中に包まれようとしている。

 

「で、この次が、触媒でしたね。」


 半ば独り言気味に私は言い、車の中から買ったばかりの安物のリカーを取り出す。

 サイズは大きく、瓶もしっかりした作りだ。

 栓を抜いたら、結構強い匂いがした。

 表示はウイスキーだが、どちらかと言えば中南米の安物のラムみたいなフレイバーのそれを、躊躇わず、思い切り枯れ井戸の中に注ぎ込む。

 瓶の中身の液体が空気と入れ替わりながら、一定のリズムで落ちる様子は、まだ脈打つ心臓から吹き出す血を思わせる。


「これで、次は弔いのやり直しですか。」

「はい、マダム。

それは私がやるように言われました。」

「具体的に、それはどうするのでしょうか?」

「歌います。

私の母が教えてくれた、私たちの一族の歌を。」

「そうですか、歌ですか。」


 私は頷いて、6月の妹が歌い出すのを待った。

 だが、彼女はいつまでも一向に歌い出そうとしない。

 どうしたのだろうと思い、彼女の方を見ていると、恥ずかしいのと困ったのとが混ざった表情で彼女は私を見返してくる。

 さっきまでの神妙な表情の面影はそこにまったくなかった。


「マダム、こんなことを言うのは恐縮なのですが、こんなに近くでじっと見られていると恥ずかしいです。

申し訳ないのですが、私の後ろに、少し離れて立っていただいてもよろしいでしょうか。」


 そこは照れるところなんだ、と言いそうになるのをこらえながら、私は黙って彼女の後ろに回り、RAV 4の車体に自分の体を持たれかけさせた。

 6月の妹が枯れ井戸に向き合う姿が、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいる。

 それを見ながら、帰ったら熱いシャワーを浴びて、それからモンキーショルダーを飲むことを考える。

 どっしりとしたフレイバーが鼻腔をくすぐりながら、熱く濃い蒸留酒が喉を通る快感が今にも思い出せそうになる。


「お疲れ様、蝶々夫人(マダム・バタフライ)。」


 突然、馴れ馴れしい口調の声がすぐ隣で聞こえる。

 そっちに目を向けると、末の弟が車のボンネットに腰かけて、足をぶらぶらさせていた。


「意外と早く済んだね。

もう少し時間がかかると思ってたけど。」

「触媒用の高いウイスキーを、近場で手に入る安物のリカーで代用させてもらいましたから。

それでも、15個もスイカを運んでくるのは一苦労でしたよ。」

「さすが敏腕プロジェクト・マネージャーだ。

あっさりと代替案を考えて、成果を出してくる。

その手腕、恐れ入るよ。」


 お世辞の言い方が白々しくて、下手なおっさんみたいだった。

 私は鼻を鳴らして、返事をしないでいると、末の弟は苦笑いを浮かべた。


「そうつんけんしないでもらいたいな。

心配しなくても、これで終わりにするよ。

蝶々夫人(マダム・バタフライ)のお宅に化けて出ることもない。

約束しよう。」


 私は肩を竦めた。

 

「まあ、信用しろって方が無理だとは思うけどね。

もう二度と、あなたに不幸が訪れるように祈ってあげられないかと思うと、寂しい気持ちにならなくもないんだけどさ。」

「結構です。

幸福も不幸も人に祈られてまで必要としてはいませんので。」

「ははは、手厳しいなあ。

だからこそ、こんな見ず知らずの、世界の果てみたいなところに一人で寂しくプロジェクト・マネジメントをこなせるってわけか。」


 私はもう一度肩を竦めた。


「姉さんが歌い出すまで、まだ少し時間がかかりそうだから、少し昔話をさせてもらうとするよ。

蝶々夫人(マダム・バタフライ)にとっては、今回の一件の答え合わせってことになるんじゃないかな。」

「10歳にもなってない小さい男の子が昔話とは、面白い冗談ですね。」


 私の軽口に、末の弟は無言で答えた、

 代わりに顔をこっちに向けて、私の目を真っすぐ見返してくる。

 

「冗談で済むなら、どれほど良かったことか。

大体において、こんな小さな男の子が化けて出てまでしなくちゃならない昔話が冗談で済むわけがない。」

「それはどういうことですか?」

蝶々夫人(マダム・バタフライ)、よく聞いてくれ。

僕を殺したのは、姉さんだと言っても過言ではないよ。

いや、僕だけじゃない。

父さんも、母さんも、姉さんのせいで死んだんだ。

あの女は、虫も殺せないような素振りで、自分一人だけ上手く立ち回って、僕らが苦しんで命を落とすのをじっと見ていたんだよ。」


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