11. 我ながら安直だとは思うが、その夜のことは
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我ながら安直だとは思うが、その夜のことはアルコールで流してすっかり忘れてしまうことにした。
週末が終わり、月曜日が来て、終わり、火曜日もすぎ、その次の水曜日は6月の妹の最後の出勤日だった。
夕方に4月の長男と5月の次兄が彼女を迎えに来る。
私は2人の目の前で、五月末に次兄に渡したのと同じ色の封筒を6月の妹に渡した。
「6月の間、あなたの仕事にとても満足しましたので、餞別を用意させてもらいました。
所定の給金とは別の、私の気持ちです。」
6月の妹は少しはにかむように口だけで笑うと、胸を張って恭しくそれを受け取った。
「マダム、良くしていただき、ありがとうございました。
御恩は忘れません。」
こちらこそ、と私は短く返事をして、それから二人の兄の方を向いた。
「この3か月、あなたたち兄弟にはお世話になりました。
急なことなんですが、来月中にここから引っ越すことになりました。
ですので、来月は仕事はありません。
重ね重ね、あなたたちには本当にお世話になりました。」
私がそういう間、4月の長男と5月の次兄は、できるだけ無表情を装うように努めていた私の顔をじっと見つめていた。
貴重な収入源を失うに至ったのは何か不手際があったんじゃないかと、きっと帰り道で6月の妹を問いただすのだろう。
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「何が『来月は仕事はありません』だよ。
ただ単にもう来てほしくなかっただけのくせに。」
いつだったか、似たような構図で敷地から追い出された水曜日の男の子に付き添われて門の外へと誘導されていく3人の背中が遠ざかるのを見ていると、いつの間にか横に立っていた末の弟が言った。
「来て欲しくないのはあなたも同じなんですが?
それに確か、誰かだったか、もう二度と私を煩わせないと言っていたような気がしますが?」
「心外だな。
不幸が訪れるよう祈るのをやめて、幸運が訪れるように祈ってあげるとは言ったけど、もう二度と煩わせないとは言った覚えはないんだけどな。」
「不幸を祈ろうが、幸福を祈ろうが、関係ないですよね?
基本的に、自分の家に幽霊が出て喜ぶ人はいないと思います。」
「あいかわらず、連れないなあ。
蝶々夫人の国の人って、愛想って言葉を知らないのかな。」
私はそれには答えず、枯れ井戸に持っていったメリケンサックはまだ車のコンパートメントに入れたままだったなと考え、それから幽霊を殴ると物理的にどうなるのかを検証した学術論文がないかどうか、後でインターネットで検索してみようと思った。
「まあ、言われなくても、もう行くよ。
ハタオリドリの背中に乗って、砂漠の枯れ井戸の中で今も眠っている双子の片割れの様子でも見に行くから。
寂しくなるかもしれないけど、我慢してよ。
そう思ってるのはあなただけじゃないから。」
私は肩を竦めて、返事をせずに家の中に入った。
腹立たしすぎたおかげで、誰もいなくなった家の静けさが気にならなかったのが、せめてもの救いだった。
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「つまり、幽霊というものは、年齢に関わらずチャラくて鬱陶しい場合があって、それが呪われるよりも質が悪いという知見が得られたってことか。
なかなか充実した休日だったわけだな。」
定期連絡も兼ねて、ことの顛末を話した私に、直接の上司にして勤務先の社長でもあるタミル系のイケメンは、ビデオ通話の画面の向こうから笑いながら言った。
「二度とこんな週末の過ごし方はしたくないけどね。
スイカも当分見たくない。」
「スイカに罪はないだろうよ。」
「だとしても、だよ。
元々別にスイカ好きじゃないし。」
私の言葉にインド出身の上司は鼻を鳴らし、ちょっと考える素振りを見せてから言葉を継いだ。
「きっとその末の弟の幽霊、ちょっと罰が悪かったんじゃないかな。」
「どういうこと?」
「いや、だから、スイカの角に頭ぶつけて性悪な姉とその雇い主は死んでしまえって計画に見せかけて、腹が真っ黒な6月の妹の新たな犠牲者候補をその毒牙から守ろうって意図だったわけだろう?」
私は首を傾げた。
私を守る?
幽霊が?
「で、ちょっと驚かすだけだったつもりが、手元が狂ってもう少しで本当にスイカが守ろうとした対象に当たりそうになった。
結果的にはうまく2人を引き離せたわけだけど、良かったのは結果だけで、その過程は、まあ、酷いものだった。
その斜に構えた生意気な態度のことも併せて考えると、罰が悪かったと考えるのが自然なんじゃないかと。」
「もし、仮にそうだったとしても、何か納得いかないんだけど。」
「そりゃそうだろう。
守りたかった対象にはつつがなく遠く離れてもらいたいだろうから、ちょっと納得いってないくらいでいいと思ってるだろう。
今頃は、砂漠の枯れ井戸で先輩幽霊と旧交を温めてるんじゃなくて、別の犠牲者を生まないように、性悪な姉にしっかりと目を光らせてるんじゃないか?」
そこまで言うと、上司は画面の向こうで、湯気の立ったマグカップに口を付けた。
私は何も言えないまま、彼が暖かい飲み物を飲み下すのを見ていた。
「まあ、何にしても、無事に戻ってきてくれて良かった。
ところで話は変わるんだけど、どこの国だったか忘れたけど、スイカの生産を通じた農家の収入向上プロジェクトを管理するって案件の入札情報が回ってきてたから、それ、うちで取ろうか?
会社の規模感から言っても、そろそろ土木工事以外に手を広げていかなくちゃいけない時期に差しかかってるし。」
「お願いだから勘弁して。
社長をパワハラで訴えて会社を辞めたら、再就職が大変なんだから。」
私の言葉にインド出身の上司は楽しそうに笑った後、来月から私を別のプロジェクトに割り当てるとさらっと言った。
「農業案件に入札するのは冗談にしても、そろそろ別のマネージャーに任せても大丈夫な段階に入ってきてるからな。
悪いけど、次の案件も結構大変な現場だから、覚悟しておいて欲しい。」
「誰か昔言ってたよね?
『そんな辛そうな顔でこの岩を登ってはいけないよ。
頂上には、あなたの美しさと同じくらいに素敵な眺望が待っているんだから。』って。」
「そりゃ大変なほどやり遂げた時の達成感は大きいってことだろう。
誰の言葉か知らないけどさ。」
夢中になって次のプロジェクトについて話す上司に、もう夜も遅いので詳細は後日書面で伝えて欲しいと言って、ビデオ通話を切った。
その後、山の夜の寒さを見越して厚着をして、木のトレイにウイスキーの瓶と小さなグラスを載せて、ドアの外に出た。
7月の南半球の寒空を見ながらウイスキーを飲む間、ついさっき上司から聞いたことと、末の弟の恨み言めいた言葉と、それからもう二度と会わないだろう6月の妹のことを考えた。
上司の推量が当たっていたのかどうか、何度考えてもわからなかった。
でも、もし彼女が末の弟の言うような存在だったのだとしたら、もう彼女が誰かに依存せずにいられない不幸から抜け出せるようにと祈った。
あなたに幸福が訪れますように。
馬鹿みたいなフレーズだが、自分が誰かのことをそう祈るのは、悪いことでもないような気がした。
祈られる方の気持ちもあるので実際にそう伝えることはしないし、もう彼女とは二度と会わないのて、結局、遠くから祈ることしかできないのだが。
3話か4話で終わる予定の、夏のホラー企画向け短編のつもりが、よもやの4万字越え、終わってみれば既に新年とか、随分引っ張りすぎた感があります。
やはり、「撮って出し」ならぬ「書いて出し」は非常にしんどいです。
普段の生活との兼ね合いなど、時間的制約は厳しいものの、連載物を投稿する際のストックを持つ必要性を強く感じました。
今度こそ数話で終わらせるべく、短いのんまた書いてます。
気が向いたら是非こちらもどうぞ。
午後の最後の首相
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