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フロストランド  作者: くまっぽいあくま
53/58

53 戦の潮流が終わった。

53


戦の潮流が終わった。

火種は残っているものの、大勢は決したのだった。

速やかに摩擦が終了し、新たな技術の吸収が急務になった。

それは新技術の普及を意味する。


『……これは予想できなかったな』

アイザックはつぶやいた。

「笑う者らしくないな」

イザイアが言った。

アイザックは「笑う者」という意味だ。

これほど合わない名前はない。

『名前に意味はない。ただの識別記号だ』

「フン、お前らしい言い草だな」

イザイアは鼻を鳴らす。

状況は、彼らの完敗だった。

最後の詰めとなる帝国の侵攻が、いともたやすく防がれたのだ。

技術の進歩がこれほどの力になるとは思わなかった。

彼らが歩んできた長い歴史の中で、このような技術革新は起きたことはない。

「銃と大砲、それから金属の船か、確かに予想外だ」

イザイアは頭を搔いた。

「あの雑魚どもがこんな物を作るとは、長生きなどするもんじゃないな」

『いや、長生きはするもんだ。こんな面白い物を見られる』

「意見が合わないな」

イザイアが頭を振る。


用意していたねぐらに隠れている。

今回は仕込みがすべて尽きた。

『これからどうする?』

「フロストランドへ行く」

アイザックの問いに、イザイアは答えた。

「どんなヤツらが我らの策を破ってくれたのか見に行く」

『それは、私も興味がある』

「意見が合ったな」

イザイアは肩をすくめた。



氷の館。

ヤスミンは庭に出ていた。

なんとなく庭を見たくなったのだ。

ヤンネとヘンリックはまだ部屋で勉強している。


ふと見ると、銀色の毛の狼がいた。

「…ッ!?」

息をのむ。

(ワーグ!?)

恐怖で硬直している。

途端に、ヤスミンとカーリーが交代した。

危険を感じたからである。

「……」

カーリーは身構えている。

『怯えるな、私は何もしない』

狼は言った。

『不吉な何かが近づいている、それを伝えに来ただけだ』

「え…?」

カーリーは一瞬、何を言われているか分らなかった。

『本来であれば、パック殿に伝えるつもりであったのだが、どうやらそなたとの縁ができてしまったようだな…』

狼はため息をついたようだった。

「なんで言葉を話してるの?」

『私はフェンリル、風雪と氷冠を司るもの』

狼は名乗った。

「魔物なのか?」

カーリーはまだ警戒している。

『とんでもない!』

狼は声を荒げた。

「うわ!?」

『私は精霊、自然の力が具現したものだ!』

フェンリルと名乗る狼は言った。

「……」

カーリーは驚きで目をしばたかせていた。

『とにかく、そなたたちに良くない者が近づいている』

フェンリルは繰り返した。

「……あ、はい、分った」

カーリーはうなずいた。

何をしていいか分らない。

危険なものであれば、いつものように対処するだけだが、こんなのは予想外だ。

『しかと伝えたぞ』

フェンリルはそう言って、クルリと背を向けた。

そのまま景色に溶け込むように消え去る。

カーリーは、黙ってそれを眺めていた。



カーリーは2階の部屋に戻った。

裏側に引っ込んでいないのは、まだやることがあるからだった。

「……今、庭で狼に会った」

カーリーは、ヤンネとヘンリックに向かって言った。

普段は荒事しかしたことがないので、なんだか変な気分である。

「ん、君はカーリーか?」

ヘンリックはちょっと警戒した様子である。

「カーリーだって?」

ヤンネも驚いている。

「ああ、さっき狼にあったから、我が顔を出したんだ」

カーリーは焦りながら説明をする。

「なんか、いつもと違う感じだな、カーリー」

ヤンネが言った。

「狼が出たのか」

「危なくね、それ?」

ヘンリックとヤンネは顔を見合わせる。

「狼が言うには、なんか不吉なものが近づいてるんだって」

カーリーは続ける。

言いたいことが、やっと言えた。

何だかドギマギしている。

「不吉なもの?」

「どういう意味?」

2人が首を傾げた時、カーリーの意識は裏側へ引っ込んだ。

ヤスミンが表に出たのだった。


会話が聞こえてくるが、壁越しに聞こえるような感じである。

ヤスミンは狼に会った所で引っ込んだので、狼と何を話したか覚えていない。


(ヤンネとヘンリックには伝えた)

(それで何とかしてもらうしかない)

(しかし、「不吉なもの」とはなんなのだろう?)

カーリーは思った。

いつもは微睡みの中で時間を潰すのだが、今日に限ってはなぜか起きていたかった。


(あの狼に会ったからなのだろうか…)

カーリーは首を傾げた。

何かが変わったような気がする。



「フェンリルが伝えてきたんだ」

大パックは言った。

会議室である。

「不吉なもの、じゃと?」

スネグーラチカが聞いた。

「なんじゃ、それは?」

「分らないけど、フェンリルがわざわざ伝えてきたんだ、普通のものじゃない」

大パックは答える。

「カーリーが聞いたんだよね?」

静が言った。

「そうみたい」

「なんで、ヤスミンじゃなくてカーリーが出てきたんだろ?」

「フェンリルを見て危機感をもったんだろう」

ジャンヌが言う。

「見た目は狼なんだろ?」

「ああ、なるほど」

「ふーん、カーリーも普通の会話ができるんだな」

クレアが何やらうなずいている。

「護衛に使おうってのはやめとけよ」

パトラが釘を刺した。

「分ってるってば」

クレアは面倒くさ気に手を振った。

「カーリーは、こちらからチョッカイかけなければ何もしてこないよ」

静は言った。

妙に断定的な物言いである。

「自信ありげに言うな」

ジャンヌが訝しげに静を見る。

「野生の獣みたいなものだよ。

 生きるためには戦うけど、無駄な争いはできるだけ避けるんだよ」

「ああ、そういうことか」

ジャンヌは納得した。

「あんまり触んない方が吉かー」

アレクサンドラが、つまらなさそうに椅子に背を預けた。

「てか、アレクサンドラは余計なことスンナヨ?」

巴が言った。

「ヘイヘーイ」

アレクサンドラはふて腐れている。

「とりあえず放っておくのがいいってことだな」

ヴァルトルーデが言った。

「だが、カーリー用の武器も作っておくのがいいかもな」

「どんなの?」

アレクサンドラが興味を示した。

「……身体の動きを阻害しないように皮か布の防具と軽めの刃物だな」

ヴァルトルーデは言った。

いい加減、付き合いが良い。

「カランビットとか?」

「それもいいかもな」


「クリスナイフとか?」

「そんなのもあったな…」


「スペツナズナイフとか?」

「おいおい」


「グルカナイフとか?」

「誰が作るんだ、そんなの?」

ヴァルトルーデは突っ込んだ。

「てか、グルカナイフは重いからダメだよ」

静が言った。

「じゃ、やっぱりカランビットかな」

「だな、あれが一番合ってる気がする」

大臣さんたちは、好き勝手に言い合っている。

「カランビットに普通のナイフを組み合わせればいい」

巴がまとめた。

「ナイフは投擲可能な重量バランスでいて、なおかつ格闘もできるようにする。

 カランビットは単独でもナイフと同時にも使えるようにする」

「結構、難しい注文つけるねぇ」

ヴァルトルーデは難しい顔をしている。

「生き死にに関わることだ、なんとかしてもらいたい」

巴は押してくる。

「あと、できればヤンの流星スイなどを伝授したいところだね」

静が付け加えた。

「そこまで考える必要がありますか?」

今まで黙って聞いていたマグダレナが、そこで口を挟んできた。

「カーリーはヤスミンと同一人物だ、なら仲間だ。

 仲間が生き残れるよう装備を整えるのは当然のことだ」

巴は答えた。

素で言っているようである。

「はいはい、分りました。仲間として認めましょう」

マグダレナはため息をついて、肩をすくめた。



ビフレスト。


「あー、なんか久々にヒマができたなぁ」

エーリクは首を動かす。

コキコキと音がした。

このところ、ずっと経営と運営、製造と販売に従事していた。

ヘルッコとイルッポが、ウンタモの息子と一緒にフロストランドへ行ってしまったので、彼らの工場を見ている。

ニール商会のニールがしきりに誘ってくるので、断り切れず商会に顔を出したりしている。

「あーあ、身体が二つ欲しいぜ、まったく…」

グチが出てくるが、生活は充実している。

今のうちに金を貯めて、老後は悠々自適に過ごすつもりである。


ボイラーが普及し出して、ビフレストでも蒸気自動車が走るようになった。

一度仕組みを理解すると鍛冶屋連中がすぐに思いつくらしい。

蒸気機関の普及が始まっていた。

鉄道ができるのも時間の問題だろう。


「乗り合い自動車?」

「うん、そう」

カット・イヤーはうなずいた。

「街の中をぐるっと一周するんだ」

「へー」

エーリクは椅子に身を預けながら言った。

「サウナと湯屋が合体しやがるし、公衆トイレは出来始めるし、お次は乗り合い自動車かよ。

 変わったよなー、この街も」

「便利になっていいじゃん」

カット・イヤーを始めとするアールヴたちは嬉しそうにしている。

新しいものが大好きなのだ。

「すぐ飽きやがるくせによー」

エーリクは、悪態をつく。

「うるさいなー」

カット・イヤーは一瞬、しかめっ面になったが、

「そんで、その乗り合い自動車の車掌にぼくらが抜擢されたんだ」

すぐに満面の笑みになって言った。

パック族は人と関わり合うことが好きな連中だ。

口から生まれてきたんじゃないかと思うくらい、しゃべるのが好きなのだ。


もちろん、この辺の都市計画及び産業の発展に、太守であるウンタモが関わっていない訳がない。

積極的に新規事業を手がけていて、街営企業が生まれている。

まあ、実際には部下のピエトリが一手に引き受けているのだが。

「おー、そうきたか」

エーリクは興味なさ気に言う。

「なんだよ、もう少し喜んでもいいんじゃないの?」

「いや、おまいら、本来の仕事覚えてる?」

「情報収集だろ? こういう人が集まる所にいれば十分集まるさ」

カット・イヤーはうそぶいた。

ホントは自分がやりたいだけである。

「本国のお仕事に支障が出たら、やめてもらうぞ?」

「ちぇー、分ったよ、ケチ」

カット・イヤーは機嫌を損ねて出て行ってしまった。


乗り合い自動車の運賃は銅貨5枚程度。

太守から補助金が出ているので、安価で提供できている。

他にも、蒸気自動車で街中へ輸送・配達する運送業も出てきた。

荷物、手紙などの小物から、工場で使用する原材料やできあがった製品など大物まで、好き嫌いなく取り扱っている。

郵便制度がないので、民はこれらの運送業者を利用することになる。


カット・イヤーたちアールヴは車掌として車に乗り、行き先を聞いたり、運賃を教えたり、切符を切ったり、世間話をしたり、無駄話をしたり、とサービス業務に精を出した。

その中で、客や人間の同僚から様々な噂話や伝聞を入手できた。


・メルクでアナスタシアが久々に白兵戦をした。100年ぶりくらい? ちなみに相手は粉微塵にされた。

・エリンのディーゴン船団が海の魔物を操って帝国の船団を撃退したらしい。

・マスケットで撃たれたら便を傷口に塗ると良いらしい。いや、マスケットに軟膏を塗るんだ。

・サメが出るらしい。殴れ!


等々。

毎日、聞いてきた噂話を報告してくるので、アールヴの一人を記録係にして書き留めさせる。


「下らん噂話ばっかだな…」

エーリクはため息をついている。

「フロストランド本国から入手する話とは大分かけ離れてるねぇ」

記録係のアールヴが言った。

尖った耳、先の尖った尻尾を持つ種族、インプ族のミードだ。

現代では悪魔として知られているが、元々は妖精に分類される。

糸を紡ぐのが好きな種族と言われていて、デスクワークが得意な連中である。

事務仕事が増えてきたので、フロストランドから派遣してもらっていた。

「噂話ってのは、事実とは関係なく落ち着くべきところへ落ち着くんだ」

「へー」

エーリクが言うと、ミードは興味なさそうに相づちを打つ。

「それよりエーリク、ミシンで作った服を売りさばきたいんだが」

「ああ、それな、ニール商会に話してあるから、そのうち引き取りに来る」

「お、サンキュ」

ミードはミシンにハマっていた。

「聞くところによると、メルクのアナスタシア様もミシン裁縫が趣味だとか」

「らしいな」

「いずれはメルクに赴いて、ミシン裁縫について語らい合いたいねぇ」

「オレらは向こう一年間は出禁だから、その間はダメだな」

エーリクは頭を振る。

「なんということだ」

ミードは天を仰ぐ。



「これが車というヤツか」

イザイアは乗り合い自動車に乗っていた。

機関車が客車を牽引する形式で、機関車の後部には石炭が積んである。

客車は、左右に座席、中央に通路というシンプルな作りだ。

メルクを離れ、ビフレストへ来ていた。

「運賃はいくらだ?」

「銅貨5枚だよ」

イザイアが聞くと、パック族の車掌が答えた。

「街の中心地を周回してるから、好きな所で降りるといいよ」

「分った、ありがとう」

イザイアはうなずいたが、実際には車から見る景色に心を奪われていた。

降りる所が決まらず、周回してしまう。

「いい景色だ」

『景色などどうでもいい、早く降りる所を決めたらどうだ?』

アイザックは若干イラついているようである。

「アイザック、君は合理主義が過ぎるな」

『合理主義は重要だ』

「それは分る。だが、心には余裕も必要だ」

アイザックとイザイアは言い合っている。

『感情など不要だ』

「感情こそ、我々を我々たらしめるものだ」

意見が見事に正反対である。


イザイアは適当な所で車を降りた。

飽きてきた所で降りたので、自分がどこにいるのかもよく分っていない。

『イザイア、君は計画性というものがない』

「フン、その辺のヤツに聞けばいいさ」

イザイアはうそぶいて、雑踏に消えていった。



ヴァルトルーデは早速、ヤスミン用の武器を製作した。

鍛冶のスキルはないので、ドヴェルグの鍛冶屋に頼んだ。

ドヴェルグの職人はすぐに武器を製作した。

注文通り、スローイング・ナイフ数本とカランビット・ナイフ数本。

「ヤスミン、これを持っていろ」

ヴァルトルーデはそう言って、ナイフ群を渡した。

「うわ、なにこれ、おっかない」

ヤスミンは怖じ気づいているが、

「持っているだけでいい、トムテに収納ベストも作ってもらったからこれを着ればいい」

皮製品ならトムテ。

と言うわけで、ナイフが収納できる皮のベストも製作してもらっていた。

若干かさばるだろうが、カーリーが表に出てきた時に使えるように、である。

(ナイフの切っ先がこちらへ向かないといいがな……)

ヴァルトルーデは内心そう思いながら、ヤスミンにベストを着せてやる。


「……」

カーリーは、ヤスミンの内側でそれを見聞きしていた。

こちらの世界へ来てからというもの、会う人、会う人、皆が良くしてくれる。

元の世界では、ヤスミンはゴミのような扱いしか受けなかった。

殴る蹴るはまだ良い方で、ひどいと鈍器や刃物で傷つけられる。

銃が出てくるのも珍しくはない。

常に死と隣り合わせだった。


しかし、フロストランドに来て、平穏というものを知った。


これがずっと続けばいい。


願わくば、ヤスミンがヤスミンとして生きられるように。

カーリーのような歪みから作られる人格がいなくても良くなるように。


カーリーの願いは自分が本来の人格、ヤスミンに還ることだった。



「今日は、おかしな客がいたよ」

カット・イヤーが言った。

おかしな客とは、妙に独り言の多い客のことだった。

「独り言がクセになってんだろ」

エーリクは取り合わない。

彼自身、気がついたら何事かつぶやいている事も多い。

ほとんどが仕事についてであるが、無意識に声に出ている。

「まあ、そうなんだろうけど、なんか気になったんだよねぇー」

カット・イヤーは、なぜかこだわっている。

「それより、お前、昨日もらった給料使い切ってないよな?」

「…う、うん、あるよ、まだ。ナンダヨ、1日デツカイキルワケナイダロー」

段々と棒読みになってくる、カット・イヤーである。



「珪石が手に入りそうだ」

ヴァルトルーデがホクホク顔で会議室へ入ってくる。

ゴブリン族との交渉を経て、購入する手はずが整ってきたのだった。

「ケイセキ?」

クレアが聞いた。

「シリコンをつくるのに必要なものだ」

ヴァルトルーデが答える。

「半導体だっけ?」

「そう、これからの技術開発には電子回路が不可欠になる」

ヴァルトルーデは力説する。

「電子制御か」

「うん、自律機械の第一歩だ」

「石英も購入しないといけませんよ?」

マグダレナが会話に割り込んでくる。

「石英だと?」

「石英ガラスは耐熱性、耐食性に優れてますから。絶縁体としても優秀です」

「なるほどな」

ヴァルトルーデはうなずいた。


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