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フロストランド  作者: くまっぽいあくま
47/58

47 ヨルムンガンドは再びエリンの地を訪れた。

47


ヨルムンガンドは再びエリンの地を訪れた。

エリン政府と会談するためである。

前回と同じメンバー、同じ場所であった。

「此度はいかな御用ですかな?」

ギャラガーが面倒くさそうに言う。

エリン側にしてみれば、特に用事がないのに呼び出されたのだから当然だろう。

「貴邦にお知らせする事項は2つです」

巴は事務的に言った。

「お聞きしましょう」

ブレナンが一応礼儀に則って促した。

「一つ目は、貴邦の海賊について」

フローラがスクロールを広げて読み上げる。

「貴邦を始めとするノルデン、つまり北方諸国では、海賊行為は死刑相当の処罰、というのが常識と存じます。

 これは我が国でも同じで、フロストランド海洋法に連なる刑法で定められております。

 今回の海賊行為を行った貴邦のならず者は、勝手ながら死刑執行させて頂きました」

読み上げた後、

「!?」

「ファッ!?」

ブレナンとギャラガーは驚愕の表情をした。

ブレナンは青ざめただけだったが、ギャラガーはわなわなと肩が震えている。

それもそのはずで、ギャラガー家はオサリバン家とは親戚関係にある。

レアムの娘であるブリジットとは、叔父と姪のような感じで付き合ってきたのだ。

海賊を死刑にした、ということは、つまりブリジットもその中に含まれているという意味だ。

「そそそそ、それはあまりにも非道な仕打…」

ギャラガーが声を詰まらせながら抗議しかけたが、

「二つ目は、留学生及び研修生の費用について」

フローラは構わず読み上げた。

「貴邦より留学生及び研修生を全部で70数名ほど預かっております。

 彼らの学習、研修、生活にかかる費用をいくらかご負担頂きたい。

 私どももこのようなお願いは心苦しいと思うのですが、何分、無視できない額でして…」

フローラは丁重ではあるが、有無を言わさぬ口調で言った。

「……??」

「…………???」

ギャラガーとブレナンは一瞬、何を言われているか分らなかった。

(留学生? 研修生?)

(そんなものいたか!?)

ギャラガーは混乱で何も答えられなかったが、

(……コイツらは何を言ってるのだ!?)

ブレナンは混乱の中でも比較的冷静に思考していた。

(留学生……風聞では、ビフレストやメルクのおぼっちゃんがフロストランドに滞在しているという。そのことだな。ならば、ブリジットお嬢様のことだろう)

(研修生、これはウチの兵士たちのことか……)

(表向き海賊は始末したということにして、実際には監視状態なのだろう、しかし、何のためにこんなことをする?)

ブレナンはこの瞬間、彼の人生の中で最も頭脳を回転させた。

後にも先にもこんなに頭脳を回転させる事はないだろう。

(……普通に処刑しても労力と費用がかかる。それより留学・研修ということにして、もっと金を搾り取ろうということか?)

(つまり、体の良い身代金だな)

ブレナンは考えた末に結論づけた。

この間、約0.1秒。


実際には、巴、フローラ、アレクサンドラの3人がスネグーラチカと相談の上、決めた事である。

海賊とはいえ死刑にするのは忍びないという、スネグーラチカの意向だ。

その後、マグダレナが「費用を請求してやれ」というアイディアを出して採用されたのだった。


「……費用負担の額について話し合いたいですな」

ブレナンは一呼吸置いてから、言った。

これで、大氏族長であるレアムの悩みが解消できる。

上手くまとめれば、出世も夢ではないかもしれない。

少なくとも、横でショックを受けて使い物にならなくなっている上司よりは仕事ができている。

ブレナンは打算を弾いていた。


「いやー、我らの代わりに処刑執行して頂き、ありがとうございます」

ギャラガーは少し間を置いてから言った。

既にブレナンがフローラと駆け引きを行って、大まかな費用額を決めていた。

細かい部分は後でまた決めなければならないだろうが。

「大氏族長もお喜びになるでしょう」

若干、涙ぐんでいるようだ。

(これで恩を売られたことにはなるが、ブリジットが殺されなくて良かった…)

「いえ、我が国の法に則って処理したまでのこと」

巴は形式ばっている。

「とにかく、大氏族長は喜ぶことでしょう」

ギャラガーは繰り返した。

ポーカーフェイスではあったが、まるで自分が喜んでいるかのようでもあった。



「なにか、礼をせねばなるまいな」

レアムは自室でひっそりと息をついた。

部屋には、キーアン・ギャラガーだけがいる。

「ああ、恩を押し売りされたのは癪だがな」

気心が知れているので、二人きりの時はこんなしゃべり方である。

「恩を売られる程度で済むのなら安いものだ」

レアムは言った。

「娘が死刑にされるよりはマシだ」

「まあ、そうだな」

キーアンはうなずく。

「ブレナンの話では、ビフレストのホロパイネン殿の子息、メルクのヤコブセン殿の子息がフロストランドに滞在しているそうだ。

 あのデカイ船を建造できるほどの技術や知識を吸収している訳だ」

「……そういう事か」

レアムもうなずいた。

「ならば、我が娘にもしっかり学ばせるのが良いだろう」


エリンの大氏族長は、自邦の海賊行為を正式に取り締まることにした。

これまでは見逃していたが、今後はそうはいかないということだ。

それでも海賊行為をやめない者たちはいた。

フロストランドに憤ったというより、単純に略奪行為をしたい者たち、つまり本物の犯罪者である。


エリンの海賊については、アルバが討伐の名乗りを上げた。

アルバはスクリュー船を欲してしたが、値段を聞いて断念し、その代わりにマッチロック式マスケットを購入していた。

メルクから下取りした中古品だ。

一応、修理やメンテナンスをしている。

アルバの海軍船団にマスケットを配備した。

これを以て海賊討伐を行う。


エリンのディーゴン船団も同様にマスケットを購入しているが、海賊に支給されることはない。

旧来の武装の海賊に対し、アルバ兵はマスケットの一斉射撃という名の洗礼を浴びせた。

邦内ではディーゴン船団に追われ、邦外ではアルバ海軍やフロストランド海軍に追われる。

海賊はすぐに壊滅した。



「という訳で、貴様らはフロストランドで研修を受けることになった」

巴が下船したエリン兵の一団に説明した。

メロウの町の港である。

「もちろん、監視付きだがな」

この世界では、まだ囚人労働を規制するような雰囲気はできあがっていない。


ざわざわ。


エリン兵たちはざわめき、そして言った。

「研修って何をすんだよ?」

「主に技術面での研修です。

 造船習得、操船習得、ボイラー技術取得などになります」

フローラが解説する。

「研修の必要上、各自働いてもらうよ。

 週5日の勤務だね、残り2日は休日だな」

「もちろん給与が出る」

アレクサンドラと巴が言った。

「んで、お前は留学生として勉強だ」

巴はブリジットを差した。

「へあ?」

ブリジットは素っ頓狂な声を上げた。

「いや、勉強とかカンベンっつーかぁ…」

「エリンの大氏族長殿には了承して頂いてますから」

フローラが有無を言わさず押し切る。

「……」

ブリジットは押し黙った。

「逃げたらお前の父上は学費を無駄に払った事になるぞ?」

巴がすかさず言った。

出会ってまだ日は浅いが、この娘の行動パターンはだいたい理解していた。

「ぐ…」

ブリジットは呻いた。


ブリジット・L・オサリバン。

オサリバンは、アイルランド系の姓で「サリバンの子孫」という意味だ。

他にオブライエン、オコナー、オニールなどがある。

これは、ブライアンの子孫、コナーの子孫、ニールの子孫という意味。

オブライエンのブライアンは10~11世紀のアイルランドの王ブライアン・ボルを指す。

英雄や王などに由来しているため、傑物が輩出されたら変わる可能性がある。


似たようなものに「誰それの息子」というのがある。

スコットランド系の姓で、マクドナルド、マクニール、マクダグラスは、ドナルドの息子、ニールの息子、ダグラスの息子という意味だ。

デンマークの姓のアナセン、ニールセン、ヤコブセンなどの「セン」も同じように息子を意味する。


ノルデンの伝統的な姓名は「名前+誰それの子孫」、「名前+誰それの息子」という文法が一般的だった。


古い時代の人類社会では、移動距離が短く、文化の波及する範囲が小さかったので、その範囲内での知名度で十分伝わったのだろう。

自分が所属する共同体の中では「誰それの子孫」、「誰それの息子」といえばすぐに分った訳だ。


しかし、時代が進むにつれ、文化が成熟してくると、馬車や船などが発明され、移動距離が長くなってくる。

共同体の外まで行動範囲が広がって行く。

また統治者側から見たら、領地の中にどんなヤツが何人いるかというのが把握しずらい。


そこで、姓を固定して家系を定めることになる。

この世界のノルデンでも、その過程を経ており、現在では姓が固定されている。

理由は単純で、税金を納めさせるためである。

と言っても、現代のような所得に応じた税金ではなく、農地で収穫された作物、商売に掛けられるもの、関所などの通行に取られる税など原始的なものになる。


それから、Lはミドルネームの様なものだ。

現代ではクリスチャンネームともいうらしいが、この世界でのミドルネームの多くはラ・ティエーン語の名前を意味する。

名前ではないが、グリフィス家の語源のグリュプスもラ・ティエーン語である。

ラ・ティエーン地域は古くから文明が勃興していて、現在では帝国が存在している。

文化の最先端は帝国にあって、シルリング王国の貴族たちは揃って帝国の流行を追いかけている。

メルクのダン族はシルリング文化を追いかけているが、一つ遅れた流行という訳だ。


そうした意識が強いため、ノルデンではミドルネームはラ・ティーエン語となる。

ブリジットのミドルネームは「ルキア」だ。

光を意味するルクスを語源とする。

本人は「ルキウス」にしたいと主張していたが、ルキウスは男性名なので認められない。


ルキウスというのは古いおとぎ話に登場する英雄の名前で、定番の竜や化け物を退治する単純な英雄譚である。

ブリジットは小さい頃からルキウスのお話を聞かされて育ち、その名前が好きだった。

ルキウスにあやかって、女性名のルキアと付けたのだった。


「アタシのことは、ルキと呼んでくれ」

ブリジットは言った。

ルキアを略してルキである。

エリンの海賊が集落を襲った事はフロストランドでは既に知られている。

本名を使いづらい立場にいるので、個性の薄いミドルネームを呼び名にしようという訳だ。


エリンでもブリジットはいつも船の上にいるので有名だった。

ついた名が、


「船上のルキ」


である。


「……なんだかよく分らんが、分った」

巴はうなずいた。

複雑なことを考える頭脳がないのだった。

「工場に入り浸ってたら「工場のルキ」だね」

アレクサンドラが混ぜっ返す。

「やめろ、情けないだろ、そんなの」

ブリジットは頭を抱える。


コルムら兵士もミドルネームをもじった名前を使った。

コルムはザカリと名乗った。

コルム・ザカリ・クローニン。

ザカリは、ザカリウスの略である。


志願者のみではあったが、スクリュー船の見学を許された。

もちろん監視付きである。

申請すればボイラー施設の見学も可能だ。

コルムは敵にこんなものを見せるという考えが理解できなかったが、スクリュー船の見学に参加した。

何もしないと退屈でしかたがないのだ。


「これは発電機だぁ」

ドヴェルグの職人が説明する。

「デケエな」

「バケモンの内蔵か」

「バケモンの内蔵とは良い表現だなや」

コルムたちが言うと、ドヴェルグの職人はそう言って笑った。

「燃料は?」

「「あるこぉる」と「ばいおでぃぜる」だぁ」

ドヴェルグの職人は言ったが、エリン兵の中で理解できる者はいなかった。

何度も聞いて分ったところでは、「あるこぉる」は要するに酒、「ばいおでぃぜる」は菜種油から作られるものらしい。


「酒と妖術で作られた怪しげな薬品で動く、妖術の機械かよ…」

化学という概念がないエリン兵には、バイオディーゼルは妖術で作られた怪しげな薬品に見えた。

理解するのを諦める者が続出したが、コルムは何とか食らいついていた。

元々、理系的な頭の使い方をする人間なのかもしれない。

それに敵情を少しでも知っておけば、故郷に帰れた時に報告することができる。

もっと言えば、研修とやらをしっかり受けて、エリンでもこうしたものを作れるようになれば良い。


(ま、こんな大物はムリだろうけどな)

(今のうちに色々見て回って、簡単な物だけでも再現できればな…)

コルム自身の今後の身の振り方と、エリンの将来を考えたら、そうするのが良いような気がするのだ。

(今までの文化様式では測れない何かがあるな、こりゃあ……)



メルク側は、己の弱点を理解していた。

マスケットの鹵獲により、ウィルヘルムの兵装が同等のレベルまで引き上げられれば、人海戦術が生きる。

消耗戦である。

人的資源に限りのあるメルクは、すぐに白旗を揚げざるを得なくなるのだ。


メルクはここで兵装を一新した。

ペーパー・カートリッジ、紙製薬莢を使い始めた。

紙製薬莢は、紙製の筒もしくはコーン状に成形されたものに弾頭と発射薬を詰めた薬莢の一種である。

火薬が予め計量されているので、装填時にかかる手間を大幅に省略できる。

牛脂、ラード、蜜蝋でコーティングされるケースが多く、これはある程度の防水となり、また紙で包まれた弾丸を銃身内に押し込むときに潤滑の役を果たした。

これらは発砲時に溶け、火薬の燃え滓と混じることで銃身内の残滓を取り除きやすくなる。

装填する際には弾薬包を噛んで開ける。

ちなみに日本でも早合というこれに類似した物が作られている。


これにより装填速度が段違いに速くなった。

今までは再装填にかかる時間をいかにカバーするかで苦心していたのが、大幅に緩和される。


さらにフリントロック式を投入した。

フリントロック式は、火打ち石による火花を使って点火する方式のマスケットである。

大まかな仕掛けはマッチロック式(火縄銃)と変わりない。

大きく違うのは、以下の3点。


・撃鉄の先端に火縄ではなくフリント(火打ち石)が取り付けられている。

・火蓋と当たり金を兼ねたL字型のフリズンがある。

・フリズンを閉じるバネがある。


フリントロック式は装填時の暴発を防止するハーフコック機能を備えている。


フリントロック式マスケット、紙製薬莢を使うことで、港を守備するメルク兵のマスケットの取り回し、装填速度が格段に良くなった。

火縄式は密集すると隣の射手の銃の火縄から引火する危険性があるが、フリントロック式は火種を使わない。

射手が密集することが可能だ。

密集して弾幕を張ることができる。

集団戦には極めて有効だ。



メルク兵はこれまでの戦列を変更し、前列、後列の2列に陣形を組んだ。

前列は立て膝、後列は直立。

射手と射手の隙間をなくし、密着して一斉射撃を行う。

黒色火薬を使用しているため、一度撃つと真っ黒な煙が立ちこめ、煙が霧散するまで撃てなくなるものの、この陣形をいくつも作って分散し、時間差をつけて射撃する戦術に出た。

それぞれの陣に分れて交互に射撃する訳である。


横一列の戦列を作って突撃するだけのウィルヘルム兵は、これに対抗できず、退却した。

兵が無駄に死ぬことになった。


決死の戦いの中で、ウィルヘルムはフリントロック式マスケットと紙製薬莢を鹵獲した。

開発期間、テスト期間を経て制式投入するが、フリントロック式も利点ばかりではない。

何発も撃っている内に火打ち石と当たり金の相性が変化したり、火蓋を当たり金と一体化させたために火が内部へ入って暴発したり、という欠点が明らかになってきた。

突貫で作らせているウィルヘルムのコピー品は品質がイマイチな物が多く、暴発や不発が続出することになる。

これで更に兵が死ぬ。


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