40 「問題は反乱分子がなぜ火薬を知ってるか、だ」
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「問題は反乱分子がなぜ火薬を知ってるか、だ」
ジャンヌは疑問を露わにする。
「うーん、ゴブリン族ってそういう知識あるのか?」
巴は率直にゴブリン族のリーダーたちに向かって聞いた。
「そんなもん、ある訳ねーだよ」
「ワシらは自慢じゃねーが、道具から何から未発達でさぁ」
「今使ってる道具や技術は、氷の館から教わったものが多いだよ」
ゴブリン族のリーダーたちは口々に言った。
「だよな…」
巴はつぶやく。
「いや、そこでうなずかれても…」
トロルのムーミが唸った。
「すまん、トモエは世辞が下手でね」
ジャンヌは済まなそうに答える。
「外務大臣じゃねーだか?」
「何分、性分なものでな、フンッ」
巴はそっぽを向いた。
礼儀もなにもない。
それが逆にゴブリン族の面々に良い印象を与えたようだった。
「プッ…」
「ハハハ!」
「トモエ殿は面白れぇな!」
リーダーたちは笑い出した。
彼らは、素朴な性格の者が多く、飾り気もない。
人間のように面倒くさい社交辞令や腹芸などは苦手だ。
巴のような、口下手で考えていることがすぐ顔にでる人間が好まれる。
ウソが少ないからだ。
ドヴェルグたちがトモエと気が合うのも同じような理由からである。
トロルのムーミ、シーオークのサーリ、コバルトのバルは以前からリーダー格としている。
新たに、ノッカーのリノル、プーカのゴパンが加わっていた。
これまでゴブリン軍と共同で反乱分子の鎮圧をしてきたお陰で、ゴブリン族の各部族のリーダーは、雪姫勢力を信頼し始めていた。
それはゴブリン族全体へ波及してきている。
徐々に良好な関係が築かれてきていた。
「ワシらの仲間も死んだが、貴殿らの同胞もなくなっただ」
「同様に被害を受けてるだよ」
トロルのムーミとコバルトのバルは意味ありげに言った。
「オレらは、最初は雪姫勢なぞ鼻持ちならない連中だと思ってた」
ノッカーのリノルが言う。
「だが、オレらと一緒に戦い、戦死者を出しただ」
プーカのゴパンが後を続けた。
「要するに、我らはあなた方を真に仲間だと思い始めているということです」
シーオークのサーリが分りやすく言い換えた。
「それはありがたいのだが、戦死者を出してしまったのは本当に申し訳なかった」
巴は思い出して、頭を下げた。
ジャンヌもそれに合わせた。
「私たちが油断したせいだ」
「それはワシらも同じだべ」
ムーミは鷹揚にうなずく。
以前に比べ、貫禄がついている。
「責任を追及するなんぞ、時間の無駄だべ」
バルが言った。
「顔を上げてくだせぇ」
「そういって頂けるとありがたいです」
ジャンヌが神妙な顔で言う。
「反乱分子については、こちらがいくらダメージを受けたとしても屈せず殲滅してゆく覚悟が必要です」
サーリも神妙な顔で言った。
話を上手く合わせているのだ。
「今回の件は痛ましいですが、それにメゲずに頑張りましょう」
「んだなや!」
「そうですね」
政治である。
静かではあるが、決意が場に満ちた。
*
「火薬ですか…」
マグダレナは眼鏡のフレームを押さえた。
「バカな、まだ誰もそんなもの作ってないはずだろ?」
クレアが驚きを露わにする。
「おかしいな、なんでゴブリンの反乱分子どもがそんなものを……」
ヴァルトルーデも不思議そうな顔をしている。
「硝石、硫黄、木炭。どれも西の山岳地帯にはあるんじゃないの?」
アレクサンドラが言った。
「ありますね」
マグダレナが答える。
「どこかから火薬の情報がもたらされた、と考えるのが合理的でしょう」
「まあ、独自に開発した可能性は低いよな」
アレクサンドラが言う。
ジャンヌと巴は、鎮圧隊に魔法を使える者がいなかったので、伝令を放って知らせたのだった。
そのため若干、遅れて氷の館に伝わっている。
「火薬の話をしたのは、アナスタシアとだ」
ヴァルトルーデは告白した。
「でも、アナスタシアさんが情報をゴブリンの反乱分子に流す訳ないよね」
「ですね、ゴブリンの反乱分子に武器や資金を援助してるのはシルリング王国の貴族たちでしょうから、そんなことをする理由がありませんわね」
「……スパイですね」
フローラが言った。
「ヤコブセン邸内にスパイが潜入してるんでしょう」
「私たちの会話が聞かれていたってことか」
ヴァルトルーデが言うと、
「ええ、火薬のことを聞いて製造したのではないでしょうか」
フローラはうなずいた。
「ゴブリンの反乱分子には、火薬のテストをさせている、と考えるべきかも」
「うーむ」
スネグーラチカが唸った。
「また面倒な感じじゃのう」
「じゃあ、こっちも火薬解禁すればいいよ」
アレクサンドラが嬉々として言う。
彼女の好きなものは鉄道、狙撃、宇宙だが、宇宙にはロケットがつきものだ。
ロケットには火薬が不可欠だ。
黒色火薬から開発を続け、固形燃料、液体燃料まで到達しないといけない。
「相手だけ使ってくるのは不公平だし」
「いや、それ、相手のセリフだろ」
クレアのツッコミが入る。
「私たち、どんだけ外の技術持ち込んでるよ?」
「そらそうだ」
静が笑った。
みな思い思いの表情をしているが、スネグーラチカだけは渋い顔をしている。
「どうしたもんかの?」
スネグーラチカは決めかねているようだ。
「まずはアナスタシアさんにスパイの件を伝えましょう」
フローラが提案する。
「そ、そうじゃな」
「続けて、アナスタシアさんに火薬の開発について相談してみては?」
「うむ、分った」
スネグーラチカは早速、魔法の石を取り出した。
アナスタシアは会話を終了すると、すぐに館の中に潜むスパイをあぶり出すことにした。
状況から見て使用人だろう。
そう推測すると、ニセの情報を流した。
火薬の製造に成功した。
危険なので保管場所には近寄らないように。
全使用人へ、そう通達する。
そうしておいて、アナセン伯爵より借りたダン族の子弟に保管室を見張らせた。
数日して、夜に保管室へ忍び込んだ者がいた。
ハウスメイドの1人だ。
古参の者だが、恐らく金で裏切ったのだろうか。
「誰だ!?」
誰何されて、ハウスメイドは逃げ出した。
もちろん、出入り口は子弟たちで固めている。
「逃げられんぞ!」
「神妙に縛につけいッ!」
「!?」
出口を押さえられ、逃げ場を失ったハウスメイドは一瞬の逡巡の後、懐から取り出した短刀で喉を突いた。
自刃である。
「しまった、自害してしまったぞ」
「使用人のくせになんてヤツだ」
子弟たちは口々に言ったが、死んでしまったものは取り返しようがない。
そのハウスメイドの死体は首を斬られ、さらし首となった。
スパイ行為は厳しく罰するという事である。
それから、アナスタシアは使用人の動向を厳しく見張るようにし、新たな使用人を雇わないようにした。
*
巴とジャンヌは、引き続きゴブリン軍とともに反乱分子の討伐に従事していた。
当初は火薬を警戒しており、反乱分子たちが坑道に逃げ込んでも入るのを躊躇したりして、討伐が遅々として進まなかったが、時間が経つにつれ反乱分子の方に綻びが現れてきた。
まず、反乱分子が坑道に火薬を仕掛けようとして誤爆させた。
夜中に突然坑道の方から爆音がして、みな驚いて駆けつけると、坑道が崩れていた。
夜が明けてからゴブリン軍の兵士たちが崩れた坑道を片付け始める。
ゴブリン族は慣れたもので半日もせずに片付けてしまった。
反乱分子たちは、崩れた坑道に巻き込まれ、潰されたようだった。
生き残りがいたかどうかは分らない。
次は、仕掛けた火薬が爆発せず、不発に気付いた雪姫軍、ゴブリン軍に押し込まれて全滅した。
仕掛けた火薬を検分したところ、ガッツリ湿気っていた。
火薬は扱いが難しいということである。
反乱分子が使っているのは最も原始的な火薬である黒色火薬だ。
黒色火薬は、炎、摩擦、静電気、衝撃に対して敏感だ。
また吸水性が高く、水分を含むと爆発しなくなる。
吸湿した場合でも乾燥させれば再使用できる。
反乱分子もそう考えたようだ。
しかし、浅はかにも火で暖めてしまった。
湿気が飛んだ後も火を消さなかったため、そのまま爆発した。
これが三度目の失敗。
反乱分子たちが火薬の取り扱いに苦労しているうちに、ヴァルトルーデ、アレクサンドラ、静、ヤン、レッド・ニー、ニョルズが到着した。
ヴァルトルーデは到着するなり、現地で採れる硝石、木炭、硫黄を配合して黒色火薬を作った。
火薬を木筒に詰め、火縄を取り付ける。
木筒を木槍にくくりつけた。
「火槍じゃん」
ヤンが言った。
「お、知ってるのか、ライ○ン」
ヴァルトルーデが言うと、
「誰がライ○ンだよ」
ヤンがツッコミを入れる。
「中国人なら知らない訳がない」
ヤンはうそぶいた。
「威力はそれほどないから、威嚇用だな」
ヴァルトルーデは使い方を説明する。
「火を付けて投擲するだけ、簡単だろ?」
「槍投げか、こういうのはプーカが得意だべ」
大将格のドヴェルグ、ベルグが言った。
「ま、力は強いかもしんねーな」
プーカのゴパンがうなずく。
「得意なヤツを何人か出させるだよ」
言って2時間もしないうちに、10人のプーカ族の力自慢が集まった。
「放てぇ!」
ジャンヌの号令で、プーカたちが10本の火槍を一斉に、反乱分子が逃げ込んだ坑道へ投げ入れる。
バゴオオォン!
爆音が鳴り響き、坑道の中で衝撃が突き抜ける。
天井は崩れなかったが、肉片が飛び散った。
反乱分子たちを負傷させたことが目に見えて分った。
反乱分子たちは武器に加工するという発想が起きなかったようで、とにかく押されまくった。
しばらくして、同じように火槍を作ってきた。
「鉄盾構えぃッ!」
ジャンヌはそれを予想していたようで、大きな鉄の盾を使って火槍を防いだ。
ドヴェルグやプーカ、トロルの兵士が盾持ちを担当している。
敵の火槍の一斉投擲が終わると、今度はこちらの火槍を投擲する。
経験値を積んで、双方とも誤爆は防げるようになってきたようだった。
反乱分子たちの中にもプーカやトロルがいる。
ゴブリン族はドヴェルグと同様、鍛冶はお手の物だ。
鉄の盾を作って、雪姫・ゴブリン軍と同じ戦い方をしてきた。
火槍を使いきって白兵戦になり、最後は反乱分子が坑道へ逃げ込んでしまう。
そこで、考案されたのが爆発するボーラである。
発案者はレッド・ニーだ。
「ボーラ放てぇッ!」
球の中に火薬を詰めただけのものだが、鉄の盾に絡みついて爆発する。
上手くすると盾の内側へ入り込む。
だが、しかし。
やはり最後は坑道へ逃げ込まれる。
敵の数は確実に減らしているが、決め手に欠けたままだ。
*
ジャンヌたちが色々やっているうちに、メロウの町では火薬作りをしていた。
黒色火薬ではなく無煙火薬だ。
化学の知識が必要なため、マグダレナが取り仕切っている。
手先が器用なトムテとパック族を集めていた。
どちらの種族も頭の回転が良い。
まずはグリセリンを作った。
グリセリンは、
1779年にスウェーデンのカール・ヴィルヘルム・シェーレがオリーブ油加水分解物の中から発見し、
1813年にミシェル=ウジェーヌ・シュヴルールが油脂が脂肪酸とグリセリンのエステルであることを見出し、甘味を持つことからギリシャ語の甘いにちなんで命名したものである。
ちなみにニトログリセリンは、
1846年にアスカニオ・ソブレロにより発見され、
1866年にアルフレッド・ノーベルが実用化に成功した。
グリセロールという名は、
1872年イソプロピルアルコールからの合成に成功したシャルル・フリーデルが提案したものだが、
日常的には未だグリセリンと呼ぶことが多い。
化学的には、グリセリンは3価のアルコールの一種で、外の世界では年間100万トン以上生産されている。
そのほとんどが大豆油や獣脂などの加水分解によっている。
生物の油脂には大量のトリアシルグリセロールが含まれている。
これは脂肪酸とグリセリンのエステルであり、加水分解によりグリセリンと脂肪酸を生じる。
例えば石鹸だ。
石鹸を生産する際に副産物としてグリセリンができる。
マグダレナは、獣脂や植物油を集めさせ、鹸化した。
石鹸を生産すれば、副産物としてグリセリンができる。
しかし、そのままでは不純物が多く含まれているので、活性炭やアルカリ処理、イオン交換などによって精製を行い、蒸留によって高純度のグリセリンを得る。
この辺の化学で用いるガラス細工の工芸品はドヴェルグの職人が作った。
石鹸は大衆向けに販売する。
石鹸自体は昔から作られているので、それほど珍しいものではない。
そこで鋳型を工夫し、石鹸の表面に雪姫の絵を入れようとしたが、
「恐れ多くも雪姫様で体を洗ったりできるか!」
というドヴェルグ、トムテ、アールヴたちの反対で取りやめになった。
代わりにピクシーやパックなどのアールヴの絵を入れることにした。
妖精印の石鹸である。
これはそれなりに売れた。
次に硝酸を作る。
硝酸は現代ではオスワルト法という化学的製法で作るが、アンモニアが要る。
この世界では昔ながらの方法で製造しなければならない。
硝酸は、8世紀のアラビアの錬金術師ジャービル・イブン・ハイヤーンが緑礬または明礬と硝石を混ぜて蒸留して合成した。
17世紀にヨハン・ルドルフ・グラウバーがこれを改良し、硫酸と硝石との混合物を蒸留し、純粋な硝酸を作っている。
まずは硝石を手に入れないといけない。
ゴブリン族の住む山岳地には天然硝石がある。
この天然硝石を購入した。
硫酸は、硫黄と硝石を一緒に燃やすことで作り出せる。
やはり8世紀のアラビアの錬金術師ジャービル・イブン・ハイヤーンが緑礬または明礬を乾留して硫酸を作ったとされる。
この方法は13世紀にドイツ人アルベルト・マグナスなどによるイスラム文献の翻訳によりヨーロッパに伝えられ、14世紀にベネディクト会の修道士であり錬金術学者でもあったバレンティヌスが硫黄と硝石を併せて燃焼させると硫酸が得られることを発見した。
17世紀にヨハン・ルドルフ・グラウバーが水蒸気を通じながら、硫黄を硝石と一緒に燃やす手法で硫酸を作った。
硝石の分解生成物が硫黄を酸化して三酸化イオウを作り、三酸化イオウと水の化合物として硫酸を得る方法だ。
硫黄は自然生成された物が多く存在し、これもゴブリン族の山岳地から入手できた。
硝石と硫黄から硫酸を作り、
硝石と硫酸から硝酸を作る。
繊維を硝酸と硫酸の混酸でニトロ化する。
繊維は綿花を使いたいのだが、史実では綿がヨーロッパに入ってきたのは16世紀以降である。
綿はそのほとんどがセルロースである。
セルロースは樹皮にも含まれる。
マグダレナは樹皮を使うことにした。
樹皮をパルプに加工して使用する。
ニトロセルロースができた。
ニトロセルロースだけを、シングルベース火薬と言う。
これにニトログリセリンを加えたものがダブルベース火薬、さらにニトログアニジンを加えたものがトリプルベース火薬である。
ニトロセルロースは比較的安定している。
が、ニトログリセリンはわずかな振動で爆発することもあるくらい不安定な物質だ。
安定させるために、ノーベルが改良したように珪藻土に混ぜ込んで粘土状にしたり、ニトロセルロースと混ぜてゲル化させたりと、様々な配合方法が考え出された。
ただし、温度の変化には注意しなければならない。
ニトログリセリンは一部が凍結すると感度が高くなる。
ゲル化していても、凍結と回答を繰り返すと液体のニトログリセリンがしみ出してくる。
ダイナマイトのように加工しても凍結は避けなければならない。
直接火であぶるのも厳禁だ。
マグダレナはダイナマイトを作った。
珪藻土はやはりゴブリン族の山岳地から採取できる。
もしかしたらフロストランドの世界でも年代とともに地形が変化していて、西の山岳地はその昔は海だったのかもしれない。
ダイナマイトは軍用武器としてだけではなく、鉱山や土木工事にも活用できる。
それから、B火薬を作ることにした。
B火薬は最初の無煙火薬で、1886年にポール・ヴィエイユというフランスの化学者によって発明された。
ニトロセルロースにエタノールとエーテルを加えて柔らかくして捏ねて、捏ねた物を薄いシート状にする。
これを裁断するか、型で押し出して形成する。
エーテルはエタノールから作る。
燃料としてバイオエタノールを作っているから、エタノールは売るほどある。
ガラスの試験管にエタノールに濃硫酸を加えて混合し、130℃~140℃で加熱する。
蒸気をガラス管で別の試験管へ通し、水で冷やす。
気化していた蒸気が冷やされて、液体になる。
「本当はコルダイトが作りたいのですが、ワセリンやアセトンがないので…」
マグダレナが言った。
コルダイトは、ニトログリセリンとニトロセルロースに安定剤のワセリンを添加した物をアセトンで溶かして練って作る。
B火薬は揮発性の溶媒が蒸発すると不安定になり、事故を起こしやすくなる。
そのためコルダイトが発明されるとB火薬は使われなくなる。
「なければ、作ればいいじゃろう?」
スネグーラチカは怪訝な顔をするが、
「アセトンはデンプンから作れるのですが、ワセリンは石油がないと作れません」
「あー、燃ゆる水か…」
スネグーラチカは理解したようだった。
ともかく、ダイナマイト、B火薬が作られ、フロストランドは無煙火薬を獲得した。




