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フロストランド  作者: くまっぽいあくま
22/58

22 ヴァルトルーデが屋敷に戻ってきた。

22


ヴァルトルーデが屋敷に戻ってきた。

蒸気自動車を庭に停める。

「お帰りなさいませ」

侍従が歩み出て会釈をする。

「うん」

ヴァルトルーデは館へ入って行った。

客人扱いなので自由にしていられるが、今日会った者たちの言葉が頭から離れない。


屋敷の主はニルス・ヤコブセン子爵。

貴族である。

ヤコブセン子爵は、メルクを統治するアナセン伯爵の親類に当たる。

貴族に限らず、どの世界でも似たようなものだが、アナセン伯は要職を血族で固めている。

親類縁者である家柄群がメルクの要職を押えている。

新規参入の余地はない。


それがヴァルトルーデの悩みであった。

蒸気自動車は珍しい物として重宝されたが、あくまでも珍重。

面白い物以上の意味を持たないのだった。


領地経営にしてもそうだ。

通常の運用に始終して、同じ事を繰り返す。

今まで大丈夫だったから明日も大丈夫。

新たな考えは必要ない。

改善も必要ない。

体制の維持、それだけが重要視される。


暮らすにはいい。

街の民は安心して暮らせる。

安定した生活。

……上を望まねば、という条件が付くが。


「所詮、客寄せパンダか」

ヴァルトルーデは自嘲気味につぶやく。

適当に食事を取って就寝した。


屋敷には使用人と執事しかいない。

ヤコブセンは中央地区で暮らしているので、ほとんどメルクにはいない。

これは貴族のほとんどがそうなので、ヤコブセンに限った話ではないが、領地経営は部下にやらせている。

地位にあぐらをかいて、何もしなくとも金を儲ける。

一般市民は、貴族様に「使える部下」と認識してもらって仕事を得る。

どこか異常な気がする。

ヴァルトルーデの悩みはそれだった。


先日、あの娘たちと同じように話しかけてきた連中は、運悪くヤコブセンの手の者に見つかって捕まった。

他国のスパイと思われたのだろう。

実際、フロストランドの関係者なのだから仕方がない。

あの娘たちも、もし見つかったら捕まるだろう。

だが、それは忍びない。

だから、脅して蹴散らそうと思った。

しかし、あんな話を聞いてしまっては……。


迷いが生まれていた。



ヴァルトルーデは気晴らしに外出した。

いつも通り、適当に周遊するつもりだったが、気付いたらもらった連絡先へ来ていた。

「……」

ヴァルトルーデは宿の前に蒸気自動車を停めた。

車から降りる。

宿の入り口を見る。

天を仰ぐ。

(私はなんでここにいるんだろう…)

「あ、昨日の姉さん!」

いきなり声がする。

アールヴが側に立っていた。

確か、パックと言っただろうか。

「グーテンモルゲン」

「モイ!」

二人は挨拶を交わす。

「早速訪ねてきてくれたんだね、ささ、どうぞ中へ」

「あ、ありがとう」

ヴァルトルーデは素直に中へ入ってゆく。

酒場の席を借りて座った。

朝食が終わったくらいの時間帯で、みなこれから一働きって雰囲気だ。

「お茶を買って見たんだ」

パックはポットを用意してお茶を淹れる。

「うん、いい香りだな」

ヴァルトルーデは一口お茶を飲む。

「ボク、お茶ってのは初めて飲んだよ」

パックはニコニコしながら言う。

「そうか」

「旅先では色んなものが見れるよねぇ、知らないものを見たりするのが一番好きなんだ」

「…そうだな」

「科学っていうんでしょ?」

「え?」

パックは聞いた。

その瞳はあまりにも純真だ。

「ボクたちの集落では発展しなかった。魔法はあったけどね。知る事が楽しいんだ、そして仲間にも伝える、広まるのも楽しい」

「そうかもな」

ヴァルトルーデは目を伏せた。

「悪いことは言わない、この街から早く出るんだ」

「え、なんで?」

パックはきょとんとしている。

「そ、それは…」

「昨日、事情があるといったね」

気がつくと、ジャンヌが二人の横に来ていた。

「うん、その通りだ」

「よければ教えてくれないか?」

「それは…」

ヴァルトルーデは言い淀んだ。

「君らがフロストランドから来たというのが知れたら、危険だからだ」

「心配してくれてるのか」

ジャンヌは席に座る。

「パック、私にもお茶をくれ」

「はいはい、指揮官殿」

パックはおどけた感じでお茶を注ぐ。

「指揮官だと? 商人とばかり思ってたが…」

「演技だよ、知らない土地で正直に身分を言うのは不用心だからね」

ジャンヌは声色を止めて、地声で話している。

年相応の少女という印象だ。

「実際、この前もフロストランドから来たというヤツらが、見つかって捕まった」

ヴァルトルーデは話し始めた。

「アンタたちもそうなる前にこの街から出ることだ」

「スパイ容疑で捕まったのか?」

「そうだ」

「誰が捕まえるんだ?」

「警備兵だ、メルクの貴族が抱えている私兵の一つだな」

「蒸気自動車がそんなに秘密にされてるのか?」

「いや、私の存在を外に漏らしたくないんだ」

ヴァルトルーデはため息。

「外の連中が技術を欲しがると思ってる」

「なるほどね」

ジャンヌはお茶を飲んでいる。

「アンタは今の境遇で満足してるの?」

「それは……」

ヴァルトルーデはうつむいた。

「こちらは鉄の馬車について調べに来ただけだ。

 あと捕まった連中は恐らく私たちの仲間なので、それを助けたいけどね」

「ムリだ、残念だけど諦めた方がいい」

「そうもいかない」

ジャンヌは肩をすくめる。

「ねえ、トモエ?」

「ああ、フロストランドは職員の待遇には厳しいんだ」

いつの間に来たのか、巴がうなずく。

会話に夢中で気がつかなかったが、巴、静、ヤン、ニョルズも酒場に来ていた。

ちなみにヘルッコとイルッポは、まだ寝ている。

「捕らわれた職員たちを見捨てて逃げたりしたら、私たちが罰を受けかねない」

巴は冗談めかして言ってから、

「話は単純だ、力を貸してくれ」

ヴァルトルーデに詰め寄る。

「危険だ」

ヴァルトルーデは頭を振った。

「平和的に解決するのはムリだよ」

「人は利益で動く、貴族も例外じゃない」

ジャンヌはやはりお茶をすすっている。

気に入ったようだ。

「誰か、そういう地位にいる者を知ってるんじゃないの?」

「……」

ヴァルトルーデは無言。

「私たちはフロストランドに呼ばれたけど、呼んだヒトがいるよ」

静が言った。

「あなたにもそういうヒトがいるんじゃない?」

「それはそうだが…」

歯切れが悪い。

「まあ、考えてみてくれ。私たちにはあんたしか頼れる者がいないしな」

ジャンヌは、気のない感じで言った。

その後は、別の話題になり、技術的なものが主だった。



午後になり、ヴァルトルーデは屋敷へ戻った。

屋敷は居心地はいいが、どこか物足りなさを感じる。

やはり気にかかる。

「アナに相談してみるか」

ヴァルトルーデはつぶやいた。


ヴァルトルーデは屋敷の最も奥まった部屋へ来ていた。

「アナ、いる?」

ノックをして入る。

「なにか用ですか?」

入るなり、冷たい声。

黒い髪、灰色がかった緑の瞳。

小柄な体。

黒基調の服を着込んでいる。

「相談がある」

「珍しいですね」

「フロストランドから来た者と会った」

ヴァルトルーデは言った。

アナの返事はない。

椅子に座って佇んでいる。

陽が差し込んでいたが、しかしそこだけ闇が晴れていないかのようだ。

「娘が4人、恐らく私と同じ外から来た者だ」

瞬間、アナの目が見開かれる。

「フロストランド……マロース、いや、マロースにそんな力はもう残ってないはず」

アナは話題に食いついてきた。

予想通りである。

「マロースとは?」

「ルーシ族に味方していた爺イよ、今はドヴェルグたちと隠居生活してると思ってたのだけどね」

アナは答えた。

「もしかしたら、まだ生き残りがいるのかも」

「その辺はよく分らないし、興味もないけど、アンタがやったみたいに外の世界から人を呼び寄せたんだろ」

「4人と言ったわね」

アナは、そこで顔を歪めるようにして言った。

「アナタ1人呼び寄せるのに、私の力をかなり使った。それを4人も……控えめに言っても狂ってるわね」

「そ、そうなの?」

「お陰で私はもう戦えないでしょうね。メルクは既に管理システムが構築されてるから、そんな必要はないのだけど」

アナの表情がすっと元に戻る。

能面のようである。

「時代は変わったわ、戦で物事が変わるなんてのはもう過ぎたのよ」

「じゃあ、なんで私を呼んだんだ?」

ヴァルトルーデは聞いた。

「それは……」

アナは躊躇しているようだった。

「平和ゆえに、あるいはただの余興…」

「そんな理由で呼び寄せられる方の身にもなってくれ」

ヴァルトルーデは無感情であった。

「……すまぬ」

アナはぽつりと言った。

「こうして話相手になるのも…」

「罪滅ぼしという訳か」

ヴァルトルーデはため息をつく。

「正直、私は既に「どうしてこんな世界にッ!」なんて思い悩む時期は過ぎた。機械を作る、という生きがいがあればそれでいい」

「……」

「でも、それすらできないよな。管理システムとやらのお陰で」

ヴァルトルーデは言った。

それが悩みだ。

「アンタが掲げる理想には興味はない。続ければいい。でも、私は新たな物を作りたいんだ」

「……」

「私にちょっとでも同情するのなら、私をフロストランドへ行かせてくれ」

「しかし、それでは国家間の問題が発生する」

「なんとかできないか?」

「それが相談ということね」

「そう」

ヴァルトルーデはうなずいた。


アナ、正確にはアナスタシアは早くにルーシ族とは袂を分かって、ダン族に味方してきた。

よりよい社会の実現。

それが彼女が生きる目的だった。

人間は自然の状態では争い、奪い合う醜い生き物だ。

如何に人間を導くか、上手く人間の習性を利用してバランスの良い社会を作れるか、そのことだけを考え実践してきた。

メルクという街がその成果だ。

貴族という特権階級は居はするが、その下で民衆は安定した生活を送れる。

例え、貴族階級の存続という目的の下であっても、民衆は仕事を失う事はない。

実際に街は繁栄しており、多くの人が集まって街の外にも建物が増え続けている。

ダン族の末裔たちはそれを熟知していて、アナスタシアを敬い、尊重し続けてきた。

屋敷の一室に半ば隠居する形で住んでいるのも、そうした気遣いの現れである。

もうアナスタシアにできることはなくなったのだ。


しかし、ヤコブセンが求めた余興で来訪神を呼び寄せたことで、信念が揺らぎ始めている。

呼び寄せられた来訪神、ヴァルトルーデ・ワーグナーは新たな物を求める性質を持っていた。

安定や維持を良しとするメルクの気風とは合わない。

(……どうすればいいのかしら?)

アナスタシアは考えた。

(メルクにとって、ヴァルトルーデは特に必要な人間ではない、必要なのは従順で制度を守る者だけ)

(力を使い過ぎた私も似たようなものか…)

(私は長い戦いを経て力を消耗した、これは他のボーグたちも同じだ)

(来訪神の召喚で温存してきた力も使いつつある。あとは一度の戦をこなすか、もう1人召喚できるか、といったところだろう)

アナスタシアは策を練ってみた。


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