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フロストランド  作者: くまっぽいあくま
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1 一面の雪景色。


一面の雪景色。


「……」

静は呆然としていた。

「……真っ白い」

見渡す限りの雪。

木々がまばらに立っているだけの白い平原。

なぜ、このような所に自分はいるんだろう。

静は自問するが、答えは明らかである。

さっき出会ったばかりの少女の仕業だ。

(少女?)

(いや、このちんちくりん加減……幼女だ)

静は目の前に仁王立ちになっている幼女を見た。

背丈は大体、小学生高学年くらいだろうか。

金髪碧眼、雪のように白い肌。

映画に出てくる女優のように整った容姿。

毛皮のついたコート、帽子、手袋、ブーツを身につけている。

すべて青色で統一されていた。

(…だが、ちんちくりんだ)

静は敢えて付け加えた。

精一杯の反抗というか、そんなものだ。

「良い景色じゃろ、シズカ?」

幼女が言った。

(のじゃロリかよ、まさか実際に存在していたなんて!!)

一瞬、唖然とするが、すぐに我に返る。

「いや、どこよ、ここ!?」

静は半ギレで言うが、

「フロストランドじゃ」

幼女は満面の笑みで答える。

「そーいうことじゃないよ、なんで私がここに…」

静は文句を言おうとして、

「よくぞ聞いてくれた!」

幼女の大きな声にかき消される。

「おぬしには、フロストランドを助けて欲しいのじゃ!」

「は、はあ!?」

静は困惑した。



「ひー、さむさむッ!」

静は家の中に駆け込んだ。

暖炉が燃えていて暖かい空気が凍り付きそうな肌を暖めた。

冬服など着ていないのだった。

その後から幼女が入ってきて、扉を閉める。

(結構、重そうな木の扉なんだけど、普通に閉めたな)

静は意外に思った。

幼女はトコトコと静の横へ歩いてきて、言った。

「この程度で大げさじゃなぁ」

「いや、寒すぎでしょ! てか、あんたは防寒着きてるじゃん!」

静は怒鳴った。

日本の関東地方出身の静には寒すぎるのだ。

外で話をしてたら寒さで身体が動かなくなってきたので、大急ぎで近くの家に避難してきたのである。

「くっそー、なんで私がこんな目に…」

「だーかーらぁー、このフロストランドを…」

「うっさい」


ずずず。

飲み物をすする。

家主であるヒゲの小太りのおっさんが出してくれたものだ。

背は静と同じくらいだが、横幅がすごくて筋骨も発達している。

(まるでドワーフみたい)

静は思った。

もう一口、飲み物をすする。

生姜とハチミツと香草を煮込んだ飲み物だ。

馴染みのない香りであったが、暖かい物はありがたかった。

身体が温まる。

「最近はどうですか?」

「はあ、いろいろありますだが、一番の問題は輸送ですだ」

「ふーん、道が悪いからのう」

「ソリしか使えねえですし」

幼女とおっさんは話し込んでいる。

世間話のようだ。

今し方、通ってきた雪道に苦戦したので、静はなんとなく話の内容が分った。

それに見たところ、車らしきものが一切ないようである。

建物も古めかしい作りで、静がいた日本とはまったく違う感じだ。

(…ってことは、まさか異世界?)

静は内心、驚きを隠せない。

「フロストランド…って言ったよね?」

「そうじゃ」

「それってどこの国にあるの?」

「はあ?」

静の質問に、幼女は首を傾げた。

「フロストランドという国じゃが…」

「……」

静はちょっと考えた。

「じゃあ、フロストランドの他にどんな国があるの?」

言い方を変えた。

「フロストランドの南はミッドランド…」

幼女は説明をした。

飲み物の器に人差し指を入れ、液体を使ってテーブルに図を描いてみせる。

要するに中央にミッドランド、北はフロストランド、南はムスペルランド、東はニブルランド、西はアレフランドという風になっているようだ。

(どっかで聞いたことのある地名だなぁ)

静は思った。


十分に暖を取ったので、おっさんに礼を言ってまた外へ。

毛皮がふさふさのコートと帽子、手袋、ブーツを借りている。

しかし、まだこれでも寒い。

装備的にはこの幼女と同じになったハズなのに、と静は不思議に思った。

「これで、あったかカイロがあったらいいんだけど」

「なんじゃ、それは?」

幼女は不思議そうに聞いてくる。

「確か、鉄の粉と活性炭を混ぜたものだったっけ?」

静はうろ覚えである。

「まあ、仕組みはともかく、暖かくなるものだよ」

「へー、そんなものがあるのか、便利そうじゃな」

幼女は感心している。

「ところで、あんた、なんて言う名前なの?」

「スネグーラチカ」

「うわ、言いにくい名前」

「失礼じゃのう、雪姫で有名なんだぞ、私は」

「ふーん」

静は半信半疑だ。

「というか、車はないのね、この世界」

「車? なんじゃ、それ?」

「あー、やっぱりね」

などと、くだらない話をしながら着いたのは大きな館。

途中にも色んな家を見てきた。

いっちゃ悪いが丸太や石を組み合わせた粗末な家ばかりだ。

この館も普通の洋館といった外見だ。

日本人の静から見れば、であるが。

「ここが私の家じゃ」

ジャーン。

という効果音が聞こえてきそうなポーズを取る、スネグーラチカ。

それが様になっていて、むかつく静である。


館の中は一階が大きな広間になっていて中央にたき火があった。

奥の方には王座のようなものがあるが誰も座っていない。

たき火を囲むように何人かの恰幅の良いヒゲの男が談笑している。

腰に手斧を差している。

武官だろうか。

「皆の物、客人を連れてきたぞ」

「おお、我らが雪姫様が客人を連れてきたぞ」

武官の1人がわざとらしく驚いて見せた。

とは言っても馬鹿にした感じではなく、親愛の表情が見て取れた。

「うむ、平たい顔の娘だのう」

「どこの者だろうか?」

「平たい顔で悪かったね」

静は文句を言った。

「おお、言葉をしゃべったぞ!」

「なんだ、ワシらと同じ言葉をしゃべるのか」

(え、どういうこと?)

静は戸惑った。

言葉は通じている。聞いても分る。

「私の力じゃ! 意思疎通ができぬでは役に立たぬしな!」

スネグーラチカはエヘンと平たい胸を張る。

「うむ、平たいづくしだのう…」

武官の一人がつぶやき、他の皆もうんうんとうなずく。

(莫大に余計なお世話だ、コラ!)

静はおでこに青筋を浮かべていた。



スネグーラチカに館の内部を一通り案内された。

氷の館と呼ばれているらしい。

2階建てで、内部はそれなりの広さがある。

1階は大広間、王座の他に厨房や会食室、護衛や侍従達の部屋。

2階は客室や重臣達の部屋、書庫、保管庫など。

スネグーラチカの部屋も2階だ。

とりあえず、そこで休憩。

例の飲み物をすすっていると、

「雪姫様、お客様の部屋の準備が整いました」

侍女らしき女性が入ってきて報告してきた。

「うむ、ご苦労」

スネグーラチカはうなずいて、

「なにか気になる事などはないか?」

「ええ、特には…」

「そうか、何か困り事があれば遠慮無く言うのだぞ」

「はい、では…」

そんなやり取りがあり、侍女は退出する。

「では私の隣の部屋を使うがよい」

スネグーラチカは言った。

「あ、はい」

静は隣の部屋へ移動する。

「困ったことがあれば、私か侍女達に言うのじゃぞ」

スネグーラチカはさっきと同じ事を言った。


そして、会食室で夕食を食べる。

ビールが振る舞われていたが、静は避けて果実のジュースにした。

重臣達、さっきたき火の周りで話した武官達、初見の文官などが一斉に揃う。

談笑がてら今日一日あったことや仕事の進捗などを報告したりしているらしい。

(うへえ、食事も仕事の一部なんだな、この人ら…)

静は若干引いてしまう。

食事は誰にも邪魔されず自由でそれでいて孤独で…などと思っているタイプだった。

ジャムを着けて食べるミートボール、ラザニアのような具の入ったグラタン、キノコのキッシュ、キノコのシチュー、鱈のスープ、ニシンの酢漬けなど。

味付けは濃いが、いける。


食事が終わったら、適当に部屋で時間を潰す。

スマホを取り出してみたが、圏外であった。

着の身着のままこちらへ来たので、所持品はほぼ何もない。

本を読もうと思ったら文字が読めなかった。

英語ですらない。

なんだろう、この文字?

北欧とかロシアの文字なんだろうか。

学業は並み程度の静にはその辺が分らなかった。

「うーん、私に何をしろってのよ」

静は独りつぶやく。

異郷に一人という状況のせいか、ホームシックになりそうであった。


「ふん、おぬしに学歴など期待しておらぬわ」

ふと見ると、スネグーラチカが部屋の入り口で静を見ていた。

「な、なんだよ、いたら声ぐらいかけてよ」

「かけた。気付かぬほど没頭していたのはおぬしじゃ」

スネグーラチカはニヤニヤしながら言う。

(な!? ホームシックなんかじゃないんだからね!)

心の内を見透かされたように感じた静は、ちょっと赤面した。

「ふ、ふん、何の用?」

「湯の用意が出来たのでな」

スネグーラチカが言うと、

「失礼します」

侍女達が大きな平べったい桶のようなものを部屋へ運び込む。

桶。

いや、たらいかもしれない。

そこへ湯の入った小さめの桶を持ってきて、ざーっとお湯を入れる。

(え、まさか行水!?)

「新しい着替えはここに置くぞ」

「え、浴室ってないの?」

静は聞いてみた。

「サウナならあるが…」

「サウナ! いいじゃない! それ入りたい!」

「男女共用じゃが、それでも良いのなら」

「行水でいいです」

静はきっぱりと言った。

スネグーラチカの話では、サウナに入った後、雪の中にダイブしてクールダウンするのが作法なのだとか。

静がそれを真似したら一発で風邪を引きそうだ。

(サウナだけって…身体洗ったりできないのか…)

「だから、湯を運ばせておる、私に感謝しろよ」

ハッハッハッ。

スネグーラチカは恩着せがましく言った。

行水はいい。

それより気になる事がもう一つあった。

「ところで、トイレは?」

「これじゃ!」

バーン。

陶器の壺。

「え…?」

静は一瞬、目の前が真っ暗になった。

おまるというヤツだ。


「スネグーラチカ、ちょっといい?」

「なんじゃ?」

「トイレ作ろう! 個室のヤツ!」

ぐおおおっ。

という勢いで、静はしゃべった。

「それとできれば浴室! 浴室を!」

「ふむふむ」

意外にも、スネグーラチカは素直に静の意見を聞いていた。

「善は急げじゃ、明日にでも取りかかろう」



早朝。

静はスネグーラチカに起こされた。

「そら、起きろ! 若い者がだらしない!」

「……う、うーん、あと五分」

静は寝ぼけ眼で寝返りを打つ。

「こらー! 起きんかー!!」

「うひー!?」

静はびっくりして飛び起きた。


「いや、普段は早起きなんだよ? 朝稽古もあるし、うちは両親が厳しくて…」

「稽古とな?」

スネグーラチカは目を輝かせて聞き返した。

「あ、うん。うち、武道の家柄で、稽古させられてきたんだ…」

「それは槍や剣か?」

「そう、槍、剣、柔とか色々」

「ほう、それは面白いのう。そのうち披露してみせてくれ」

「うん」

そんなことを話しながら、やってきたのは館の近くにある製作所。

やはりヒゲのおっさん達がハンマーを片手にガッチンガッチンしている。

このクソ寒いのに上半身裸だったりして汗臭いことこの上ない。

「皆の者、ご苦労じゃ」

スネグーラチカは平然とむさいおっさん達の中に入ってゆく。

「あ、雪姫様、ご機嫌麗しいようで」

おっさん達は途端に恐縮して挨拶を返した。

スネグーラチカは、どこでも敬われている様子だ。

「うむ、どうじゃ最近は?」

「お陰様で、いつも通りでさあ」

「うむ、なにか困った事があれば遠慮無く私に言うようにな」

「へえ」

「ところでスカジはおるか?」

「中にいまさぁ」

「うむ、邪魔したな」

「いえ、雪姫様ならいつでも歓迎しますで」

「なあ」

「ああ」

冗談っぽく返すおっさん達。

なんか信頼関係があるようだ。

静はちょっと感心していた。

「スカジはおるか?」

「あ、雪姫様」

ハンマーを片手に作業していた女がこっちを見た。

やはり背は高くないが、横幅が広い。

美人と言うより可愛らしいという顔立ちだ。

長い金髪を三つ編みにしている。

(あれ?…スネグーラチカだけ違くね?)

静は思ったが、

「シズカ!」

スネグーラチカに呼ばれて我に返る。

「はいはい」

「はい、は一回だけでよい」

「お客人ってのはこの人ですか?」

スカジが聞いてくる。

「そうじゃ、私の力で呼び寄せた来訪神じゃ」

「はあ、私、神だっけ?」

「へー、そんなのすっげぇ昔にあったってしか聞いたことないなぁ」

スカジはきょとんとしている。

「ふむ、私の力じゃ!」

「はいはい」

平たい胸を張るスネグーラチカに、静はツッコミを入れておいて、

「それより、なにか用事があったんじゃないの?」

「おお、そうじゃった」

スネグーラチカは、はたと思い出したようだった。


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