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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『小麦畑と蒸気機関』
89/111

89 ~古竜の巣〜 

というわけで例のあの場所です

でも本筋とは関係ないんですけどね、本来は


 ユリウスとメナスは深い縦穴の底を目指してゆっくりと下降し続けた。


飛翔(フライ)】の呪文でメナスともども宙に浮いているのだが、自分の意思では自由に動けないメナスは【A・I】とは言え少し落ち着かない様子だ。

 

 穴の直径は50mほど…… 今のところ深さは見当もつかない。 杖の先に灯された【永続する光コンティニュアル・ライト】の明かりが届く範囲には、行けども行けども目に見えた変化はなかった。


 まるで井戸のような円形の縦穴は明らかに人の手が入っており、そもそもいつの時代に掘られた物なのか誰が何のために掘ったのか…… もしこれが本当に【ドワーフの大洞窟(グレート・ダンジョン)】に続いているのだとしたら、巨大な通気口の一つなのかも知れないとユリウスは頭の片隅で思った。


「どうだ、メナス? 何か変化はあるか?」

「いえ、今のところは何も…… あ、ちょっと待って下さい」

「どうした?」


 だがユリウスは、その返事を待つ必要はなかった。


 ほどなく白い光に照らし出された壁面がぽっかりと切り取られ、眼下に円形の黒い穴が浮かび上がったのだ。


「これは……?」

「縦穴の終点…… で間違いなさそうですね」


 ユリウスは降下する速度を緩め、慎重にその黒い円の表面に近づいていった。


 円の表面それ自体には一切の魔素(マナ)は感じられない。 どうやら罠や障壁、異次元の門などの類いではないらしい。


「マスター、この下に広い空間があります。 ほんとにただの穴みたいですよ」

「……そうか」


 それにしても【永続する光】の明かりが届かないほどの空間とは……


「何か異変がありそうならすぐに教えてくれ」

「もちろんです、マスター」


 ユリウスは意を決すると、その黒い円を潜って降下を続けた。


「【永続する光】」


 ユリウスは円を潜ると、その天井にあたる部分に再び灯りの呪文を唱えた。 ダメ押しでさらにもうひとつ追加する。


 これで杖の先と合わせて三つの【永続する光】が灯された事になる。


 やがて彼らが降下するにつれ、朧げにその空間の姿が正体を現した。


「床だ。 ……石造りの」


 ユリウスは慎重に魔素の流れを探りながら罠の類がない事を確認し、ゆっくりとそこへ着地した。


「【永続する光】」


 さらに床にもふたつ、灯りを追加する。 合計五つの明かりに照らされ、朧げにだがこの空間の威容がふたりの眼前に浮かび上がってきた。


 そこは想像を超える広大な地下空間だった。

一番近い壁まで50m、天井の高さはゆうに100mはありそうだ。 しかしそれは自然の洞窟ではなかった。 石造りの床はもちろん遠くに見える壁面まで、びっしりと一面に何かの紋様の彫刻が施されている。 ここが人の手で作り出された場所なのは疑う余地がなかった。


「ここが…… そう、なのか?」

「ここが、そうなんですかね……?」


 伝説の【ドワーフの大洞窟】── 多くの文献にその名が記されながらも、近年まで誰も発見には至らなかったという古代の超巨大迷宮。


 まだ何も解っていなかったが、ここがその場所だという確かな予感がユリウスにはあった。


 しかし、それにしても何という巨大さだろうか……


「まいったな…… 何処から調べればいいのやら…… メナス、取り敢えず生物の反応はあるか?」

「いえ、すぐ近くには昆虫より大きな生き物はいないみたいです。 うんと遠くには、何かしら動いてる気配もしますが」

「そうか。 お前のセンサーを総動員したら、この辺りの構造が分かりそうか?」


 ユリウスは石造りの床を踏みしめながらゆっくりと歩き出した。 その後ろをメナスが追う。


「そうですねー 多分ここは特別広い通路兼大広間みたいな中継地点じゃないですかねー 通風口も付いてますし……」

「そうだといいんだがな」

「東西の長さはちょっと分かりませんが、南北の幅は100mもないみたいですよー」

「そうなのか? それなら反対まで行ってみるか……」


 ユリウスは本能的に王都に向かって西に歩を進めていたが、踵を返して北側へ足を向ける。


 確かに。 最初に見えていたのは南側の壁面だったが、すぐに同じような壁が北側の奥に見えてきた。 【永続する光】の効果範囲が半径30mくらいだとして、南北の幅は100m以下と見て問題ないようだ。


「それにしても奇妙な紋様だな。 メナス、お前ならいつの時代の物か分かったりするのか?」

「いえ、すみません…… マスター同様、考古学は専門じゃなくて」


 そうなのだ。 幅広い知識欲を持つユリウスだったが、彼の興味は専ら魔術に関して──

 古い魔術書を読み漁るのも新しい魔術の探究のため、過去よりも未来へと向いていたのだ。


「マスター、いまどんな気分ですか?」

「そうだな…… 正直ワクワクしてるよ。 人跡未踏の古代遺跡なんか初めてだしな。 ミュラーの気持ちが少し分かった気がする」


 ユリウスの背後で、メナスが満足げな表情を浮かべたのを彼は気付かなかった。


「出来ることなら時間をかけてゆっくりと探索してみたいところだが…… 状況が許してくれそうにないな」

「それじゃあ今日は?」


 その質問には答えずに、ユリウスはそっと瞳を閉じた。


(仕方ないな。 出来ればこんなことはしたくなかったんだが)


 ほんの4〜5秒程して再び目を開くと、彼の右手には小さな球が握られていた。 それは小さな透明の水晶球で、その中心で虹色の光が揺らめいている。


「それ記録水晶(メモリークリスタル)ですか?」


 急にユリウスが立ち止まったので、横に並ぼうと近づいてきたメナスが、それに気付いて無邪気に尋ねて来た。


「うん、まぁ見てろよ」


 そう言うと彼は小さく起動の暗号を囁いた。 するとその小さな水晶球は複雑な色の光を帯びて輝き出し、彼の掌の上方向に大きな立体映像を描き出した。


 それは【ドワーフの大洞窟】の立体地図だった。 


「これはラウラが命を賭けて王国に持ち込んだ地図の複製(コピー)だよ」


「へぇー そんな物いつの間に作ったんですか?」

「うん、まぁな……」


 多少の気まずさもあってか、ユリウスは返事を濁してしまった。


 その水晶球は、帝国が近年【ドワーフの大洞窟】で発見した物で、大陸を東西に跨ぐ巨大なその構造が一目瞭然に俯瞰(ふかん)できるようになっていた。 洞窟の更に上方には、ヴェルトラウム大陸の地図も立体で半透明に描かれていて、現在位置を把握するのも問題はなさそうだ。 ふたりは巨大な立体映像に胸まで浸かり、しげしげとその細部を観察する。


 ラウラの言葉を信じるなら、この地図は実際の土地に変化があると、それに対応して直ちに更新されるという。 もしそれが本当だとすれば『記録水晶』の域を超えた、国宝級の【魔法遺物(アーティファクト)】である。 


 その地図の【死の谷の洞窟トートタール・ダンジョン】の位置の地下を確認すると、確かにここに似た構造の巨大な回廊が描かれているようだ。 ユリウスはそっと水晶球を床に置いて、その場所へと近づいてみる。 それほどこの立体映像は巨大なのだ。


「これは……」


 ユリウスは目を細めた。 彼らが降りてきた通風口と思しき縦穴の下に大きな白い光点が瞬いている。 ラウラが国王たちの前で説明した時にはこんな光はなかった筈だ。


「これってひょっとして──」

「オレたちの── この水晶球の現在位置を示しているのか?」


 そうだとしたら至れり尽くせりである。 まだまだいくらでも眺めていたかったが、そうも言っていられない。


「取り敢えず今回は時間がない。 残念だが必要なことだけを処理しよう」

「マスター、北側の壁…… ここのすぐ側に、大きめの部屋がありますよ」


 確かに。 ここから50mも離れていない場所に行き止まりの空間があるようだった。


「これはもしかすると──」


 ふたりは慎重にそちらに向かって歩を進めた。 ユリウスは脅威となりそうな魔素(マナ)の流れを探りながらも、盗賊(シーフ)としての冒険者の経験が役に立っている事を自覚していた。 


 それは、なかなかに悪くない気分だった。


「メナス、生き物の反応は?」

「ないです…… 少なくともネズミより大きな生き物の反応は」


 ほどなくふたりはその部屋の前に辿り着いた。

そこは幅20m、高さ30m程の横穴の入り口に見えた。 よく観察すると、破壊された扉と思しき残骸があちらこちらに散らばっていたが、それはかなり古い出来事のように思えた。 ユリウスは【永続する光】の明かりの灯る杖を掲げて、ゆっくりとその部屋に足を踏み入れる。


「わーお こりゃあ凄いや」


 メナスが目を丸くして感嘆の声を漏らした。


「どうやら目的の一つは、ここで間違いないようだな」


 そこは通路の入り口よりも一回り広い空間が広がり、5〜60m奥で行き止まりになっているようだった。 しかし何よりも驚いたのは、その広大な空間一杯に黄金や宝石、貴金属の類が小山のように(うずたか)く積み上げられていた事だった。 よく見ると原石のような宝石だけでなく、明らかに人の手が加わった装飾品や、【魔法遺物】のような物も混じっているようだ。 その価値は天文学的な数字になる筈だった。 足元を見ると、手のひら程の大きさの黒い光沢を放つ鱗が、何枚も落ちているのに気が付いた。


 ここがおそらく、伝説の古竜エンシェント・ドラゴン【漆黒の暴竜ルイン】の寝床に間違いないだろう。


「どうします? これ、とんでもない量のお宝ですよ。 少し調べていきますか?」

「いや…… 今回は時間がない。 それにこれは、個人が所有していいような物ではないだろうな」

「そうですか…… でも、ものすっごい【魔法遺物】とかが転がってたりして──」

「まぁ、ひとつふたつ位なら貰っても罰は当たらないだろうけどな…… 今度は時間を作ってみんなでゆっくり来てみよう」

「そっか、そうですね!」


 メナスが珍しく嬉しそうに顔を輝かせる。


「それじゃあ今日はもう?」

「いや、もうひとつどうしてもやらなきゃならないコトがある」


 ユリウスは再び水晶球の立体地図を展開すると、この巨大回廊の東側…… 帝国へと続く通路へ視線を注いだ。 この回廊は、どうやらこの先数百m行ったところで幅20m、高さ30m程の通路になるようだ。 その先は一本道だけでなく複雑な立体構造などが絡み合っていて簡単に道順が分かるものでもなかったが、帝国の調査隊がこの通路からやって来るのは間違いないように思えた。


 ユリウスは、それを阻止するための障害を設置するつもりなのだ。


「取り敢えず、この巨大回廊が通路に変わるところまで行ってみるか」


 そう言うとユリウスは【飛翔(フライ)】の呪文で、メナス共々自らの身体を浮遊させた。 暗い回廊を低く滑るようにゆっくりと飛翔していく。


 その場所があとわずか、壁面に【永続する光】の届くギリギリの距離まで近付くと、ユリウスは速度を落として床面に降り立った。 何故なら通路が細くなるその『入り口』の左右には、二体の巨大な石像が鎮座していたのだ。 その石像は、甲冑を着たずんぐりむっくりな体型の兵士のような姿をしていて、その体高は優に10mを越えそうだった。


「あれは…… ただの石像じゃないな」

「そうみたいですねー 原始的なゴーレムみたいに見えます」

「ゴーレム…… か」


 ユリウスは注意深く魔素の流れを探ってみた。 しかし、ふたつの石像からは一切それを感じる事は出来なかった。 ある条件── 例えば近付くなどすると、起動して魔素が流れ出す仕組みなのかも知れないが……


「たぶん、これ…… 単純に魔石に蓄えられていた魔素の電池切れだと思いますよ」

「お前もそう思うか?」


 普通この手のゴーレムは、(コア)となる魔石に魔素を蓄えて動力源にしている。 これほどのゴーレムを動かすのだからその量は膨大だろうが、それにしても衛兵として配置してあるからには、それなりの備蓄があったと考えて間違いないだろう。 彼らがここに放置されてから、一体どれほどの時間が流れたと言うのだろうか…… 


 悠久の時に想いを馳せる、そんな彼の感慨をよそに、メナスの能天気な声が響いた。


「マスター…… それでどうしましょうか?」

「そうだな、どうしたもんか……」


 ユリウスは【亜空間収納(アンテラウム)】の呪文を唱えると、空中に現れた小さな黒い窓の中から、手のひらに乗るほどの半透明の石をふたつ取り出した。 それは魔素を蓄えた電池、【魔素水晶(マナ・クリスタル)】と呼ばれる宝石だった。


「本当はこれで【魔法障壁】を展開するつもりだったんだが…… まさか、ここまで広い空間とは思わなかったからな……」

「それじゃあ、どうするんですか?」


「なぁ、メナス。 彼ら(・・)の『集積回路』のプログラムを、少しだけ書き換えるコトは可能か?」

「やってみないと何とも言えませんが…… おっそろしく原始的なゴーレムに見えますから何とかなるんじゃないですかねー」


「それじゃあひとつ、これを報酬に彼らに働いてもらうとするか」


 そう言うとユリウスは、ふたつの魔素水晶を掲げて巨大な石像を見上げた。 こうして見ると、ずんぐりむっくりとしていてどことなく愛嬌のある石像たちだ。


 【永続する光】に下から照らし出された二体の石像の表情は、心なしか喜んでいるようにも見えなくもなかった。


一章のラスト近くでひと盛り上がり欲しいなって思ったら、うっかり帝国サイドの設定を広げなければならなくなってしまいまして……

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