表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『小麦畑と蒸気機関』
88/111

88 ~アダムの肋骨〜

前回予告しましたが、実際にそこに辿り着くのは次回でしたね…… すみません


 ルシオラが神聖魔法授与の儀式を受ける為にクラルス教の大聖堂を訪れ、フィオナが(サムライ)の師範の屋敷に修行をつけてもらいに行っている頃…… ユリウスとメナスは、王都を遠く離れ【死の谷の洞窟トートタール・ダンジョン】を訪れていた。


 【死の谷の洞窟】は、ヴェルトラウム大陸の中央を南北に走るザントシュタインシュタイン山脈の東側、ちょうど王都ミッテ・ツェントルムの反対側の麓に位置する古代の坑道の跡地と言われている洞窟である。 現在はアウレウス帝国領に属しているが、5年前に割譲されるまでは王国の領地だった場所だ。


 ここはユリウスにとって何かと因縁のある場所でもあった。 失踪した二人の賢人を探すためにルシオラの親友シャウアは、ここで若い命を散らす事となった。 この洞窟は、かねてから伝説の【ドワーフの大洞窟(グレート・ダンジョン)】に繋がっているという説がある。 それゆえ古代遺跡研究の第一人者でもあった錬金術師ミュラーの失踪した可能性のある候補として、当時の冒険者ギルドがクエストを募ったのだ。


 前途ある若い女性の死にいくらかの責任を感じたユリウスは『賢者の石』の力を用い自然の(ことわり)を捻じ曲げてまで彼女の命を現世に呼び戻した。 


 それについては後悔していない。


 現在シャウアは、7年前の姿のまま夢であったパン職人になるために日々精進している筈だ。 しかしそのため迷宮深く眠れる者を呼び起こし、伝説の古竜エンシェント・ドラゴン【漆黒の暴竜ルイン】を斃す事になってしまった。


 ルインは【死の谷の洞窟】の奥深く【ドワーフの大洞窟】に寝床を作り、長い眠りに就いていたと言う。 そのため彼を排除した事によって、それに伴う様々な影響が予想されるのだ。


 その内の一つが、帝国による【ドワーフの大洞窟】の探索であった。 既に帝都の地下遺跡から【ドワーフの大洞窟】への入り口を発見していた帝国は、秘密裏にその探索を進めツェントルム王国への地下からの侵攻を目論んでいるという。 その計画を阻んでいたのが、他ならぬ古竜ルインだったのだ。 しかし、ルインの消失は帝国の知る所になり、もはや彼らの探索を阻む者は無くなった。


 そしてそれは、ラウラが決死の覚悟で王国にもたらしてくれた情報なのだった。


 この帝国の計画については、まだフィオナとルシオラには打ち明けていなかった。 何故なら、冒険者ギルドでさえもまだ知らされていない機密事項の可能性があるからだ。


 しかしそれも時間の問題だろう。 帝国が【死の谷の洞窟】の地下を探索し王国への侵攻を開始する前に、王国は手を打たなければならない。 その際には不慣れな兵士を多数動員するよりも、地下迷宮の探索に一日の長がある熟練の冒険者の手を借りたい筈だ。 ユリウスは例のスズメバチの探索よりも優先度の高いクエストとして、それが近々一部の冒険者に極秘でオファーされると予想していた。


 だからこそその前に、どうしてもここでやっておかなければならない事があるのだ。



 ユリウスとメナスは【死の谷の洞窟】の入り口に立っていた。 ここは帝国領。 やって来たのは、もちろん【転移門(ゲート)】を用いてだ。


 そこには想定外の異様な光景が広がっていた。 何故なら洞窟の入り口付近には、(おびただ)しい数の馬の死骸と、兵士の物と思われる装備品の残骸が散乱しているのだ。 肝心の兵士の遺体は無いようだが、馬の死骸の状態からして、それなりの時間が経過しているように見える。 その数は百騎は下らないと思われた。


「これはあれですかねー たぶん帝国の調査隊か何かですかねー」


 痛ましい惨状に顔色ひとつ変えずに、メナスが馬の死骸の状態を分析する。


「敵は何だと思う? 魔獣の類か、それとも──」

「洞窟の入り口ってのが気にかかりますけど、落ちてる鎧や馬の骨を見る限りでは…… やっぱりアイツっぽいですかねー」

「アイツって……」


 ユリウスの呟きに、それ以上メナスが答えることはなかった。


「つまりこう言う事だな。 ルインの消失を知った帝国がここに調査隊を送り込んだ。 しかしそれは何者かによって阻まれ迷宮の入り口で全滅した」


 馬の骨を眺めているメナスの背中に向けて声をかけるが返事はない。


「そしてこの状態を見るに…… それ以降調査は再開されていない?」


「例の辺境伯が失脚して新しい領主も決まってないそうですし…… 兵士たちの遺体を回収するのがやっとで、たぶんそれどころじゃ無いんでしょうねー」

「そうだな…… 罪もない兵士たちには気の毒だが、お陰で多少は時間が稼げたようだ」

「それじゃあ中を調べてみましょうか?」


 メナスが両腕の籠手をガシンと合わせて意気込みをアピールする。 ふたりは散乱する馬の死骸と装備品の残骸を避けながら洞窟の入り口を目指した。


 洞窟の入り口を少し進むと、すぐに別の異変に気が付いた。 どうやら数十m先で落盤が起こり崩落した岩が通路を塞いでいるようなのだ。


 ユリウスは持参した杖に【永続する光コンテュニアル・ライト】の呪文をかけて明かりを灯す。


 そこは例の地割れ(クレヴァス)の辺り…… あのアダマンタイト・ゴーレムの少年をユリウスが【転移門】で送り込み、【重力の中心(グラヴィティ・ハート)】の魔法を投げ込んだ場所に他ならない。


「見事に埋まってますねー これは強烈だわ」

「どうだ? アイツの気配はあるか」


 相変わらず返事はなかったが、メナスは真剣な表情で周囲の様子を探っているようだった。


「いえ、全く…… 完全に活動停止したか、もうここには居ないのか、どっちかでしょうね」

「念のため注意しろよ」

「了解でーす」


 ふたりは周囲を警戒しながら岩盤が崩れた行き止まりのすぐ側まで足を進める。


「どうだ? これ以上の落盤の可能性はないか?」

「たぶん大丈夫です。 もともと硬い岩盤なんで、マスターの呪文で削られた分が上手いコト道を塞いでくれたみたいですね」


「一応心配だからな、可能なら地割れの底を調べてアイツの在否を確認したい所なんだが……」


 近くでよく見ると固く大きな岩が積み重なっている分、多少の隙間はあるようだった。 足元を観察していたメナスが、膝をついて小さな隙間のひとつを覗き込んだ。


「あ、たぶんここから地割れまで続いてそうです…… ボクなら何とか潜って降りられるんじゃないですかねー」

「大丈夫か?」

「まかせて下さい!」


 そう言うとメナスは背負っていた背嚢を下ろして四つん這いになり、心配するユリウスをよそに小さな岩の隙間にするすると潜り込んでしまった。

 

「本当に大丈夫か? 気を付けろよ」

「大丈夫ですって! あ、ここから下に降りられそうです。 ちょっと様子を見て来ますねー」

「無理するなよ!」


 しつこい位に念を押すユリウスに辟易(へきえき)としたのか、メナスは返事もせずに地割れの底を目指した。

 それから5分くらい経ったろうか…… 痺れを切らしたユリウスが声をかける。


「どんな感じだ? 無理そうならすぐ戻って来いよ」


 それに答えたのは肉声ではなく【念話(テレパシー)】の声だった。


(何とか底まで辿り着いたんですが、やっぱりアイツは居ないみたいですねー)

(そうなのか? 見つからないだけじゃなくて)

(どうりで降りやすいと思ったらここ、シャベルみたいな物で削った跡がありますよ。 たぶんアイツが掘って自力で脱出したんじゃないかなー)

(そうか…… やっぱり破壊は出来なかったか)


 そう応じたユリウスだったが、何故か同時に安堵の感情も湧き上がっていた。 幼い少年の姿をしたアダマンタイト・ゴーレム…… メナスと同じ顔をしたそれを、生き埋めにして破壊すると言うのは理屈抜きにどうしたって気分の良い物ではない。


(あっ マスター…… 待って下さい、何かあります!)

(何だ⁈ 危険そうならすぐに──)

(いえ、これは……)


 メナスは地割れの底の岩の下に挟まっていたそれを、これ以上岩盤が崩れないように慎重に抜き取った。 それは、40cmくらいの金属製の棒だった。 そのままそれを持って縦穴を這い上がると、ユリウスの所へ戻ってきた。


「どうしたんだ、メナス? それは……」

「たぶんコレ…… アイツの片足みたいです」


 メナスの手に握られていたそれは、鈍い輝きを放つ見た事のない青黒い金属だった。 あのアダマンタイト・ゴーレムの少年はおそらく、地割れの底で岩盤の下敷きになった後、片足を失いながらも自力で穴を掘って何とか脱出したのだろう。 今頃は主人の元に戻り修理を受けている最中だろうか。


「そうか…… これは収穫だぞ。 よくやった」

「それじゃあ、これは持って帰って分析してみましょー」


 そう言いつつメナスは【亜空間収納(アンテラウム)】の呪文を唱えると、空中に現れた小さな黒い窓の中にその金属片を放り込んだ。


 背中の背嚢(はいのう)に入れても問題なさそうな大きさだったが、誰かに見られてたら面倒な事になるかも知れないし、これなら失くしてしまう心配もない。


「それで、これからどうします? もう引き返しちゃいます?」

「いや、もうひとつ確かめなければならないコトがある。 どちらかと言えば、こっちが本題だ」


 崩れて(うずたか)く積み上がった岩盤で道が塞がれた通路だが、天井付近にはそれなりの空間があるように見えた。 ユリウスは【飛翔(フライ)】の呪文を唱えると、ゆっくりと空中に浮かび上がりその隙間を抜ける。 ついでにと言っては何だが、効果範囲内のメナスも一緒に運んでやる。


 ちなみにメナスには【飛翔】の呪文を発動する能力は搭載されていない。 これはあくまで彼女を『人間』として扱いたいというウィリアム司祭の意向を反映したものだったが、これからは必要になるかも知れない。 自分の意思に反して空中を運ばれる感覚は【A・I】のメナスでも落ち着かないのか心許なさそうに辺りを見回していた。


 瓦礫の山を越えて通路の奥に抜けると一旦地面に降りる事にする。 その奥はしばらく真っ直ぐな一本道が続いているようだった。 古竜ルインの巨体が余裕を持って通れるくらいには広い通路だ。 


 【死の谷の洞窟】は元々大昔の鉱山跡だったと言われている。 それが深部の地割れから有毒のガスが漏れ出したために廃棄され、長い時間が経って魔物の巣窟になったのだと伝える書物も残っていた。


 その道を警戒しながら進んで行くと多少の脇道はあるもののそれらには目もくれずに先を急ぐ。 何故なら、ルインの通った道を逆に辿れば【ドワーフの大洞窟】への入り口が発見出来る筈だから……


 ほどなく通路の中央に、直径2mほどの黒い球体が転がっている場所に辿り着いた。 これこそが伝説の古竜【漆黒の暴竜ルイン】の成れの果てだと誰が気付くだろう。 そっとその表面に手を触れて、何を想ったのだろうユリウスは黙ったままその脇を通り抜けた。


 どれくらい進んだろうか、それは突然ユリウスたちの目の前に姿を現した。 それは直径50mはあろうかと言う円形の深い縦穴で、太い坑道の終着点だった。 しかしその中央にはロープと木の板で設えた吊り橋が渡してあり、対岸の少し細くなった横穴へと続いているようだった。 縦穴は灯りの届く限りは横穴などもなく、どこまで続くのか分からない程に深い。 存外、有毒ガスなどではなく、この縦穴こそが【死の谷の洞窟】の名の由来なのかも知れなかった。


「たぶん、ここだな」

「ここ、ですかね」


「行くんですか? 本当に?」

「あぁ、それを確認しなきゃここまで来た意味がない」


 そう言うとユリウスは、まだ効果の継続している【飛翔】の呪文でふたりの身体を宙に浮かせると、ほぼ正確な円形を保つ深い縦穴の底へと降下を始めた。


「メナス、一応有毒ガスの反応がないか注意していてくれ」

「了解でーす」


 ゆっくりと降下していくふたりの姿が、杖の先の白い光に照らされて暗闇の中に浮かび上がる。


 【永続する光】に照らされて見える範囲には特に変化はなく、その暗闇はどこまでも続いているようだった。


現在少しずつ更新している投稿済み分の改稿ですが、実はもう改稿作業自体は終わっております 一辺にまとまった時間があればとも思うのですが、心配なのでもう一回読み直したりとかしていると中々思うように進みませんね こらからはもう少し急ぎたいと思います

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ