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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『小麦畑と蒸気機関』
87/111

87 ~空蝉〜

フィオナ修行回ですね

蝉の抜け殻って、なんか不思議ですよね

夏や成長の象徴と同時に物悲しさもあって


 ユリウスとメナスが小用で出かけ、ルシオラが神聖魔法授与の儀式を受ける為にクラルス教の大聖堂を訪れている頃…… フィオナは(サムライ)の師範に修行をつけてもらうため彼の屋敷を訪れていた。


 そこは王都の東側にある大きな湖、モーントズィッヒェルのほとりにある大きな屋敷だった。 中央の王城を境にして、南側には大商人や成功した冒険者などが屋敷を構えていた。


 ここは侍の師範、ダン・アウゲンブリックの自宅兼道場なのだ。


 朝方訪れてからずっと、フィオナは道場で座禅を組み瞑想に耽っていた。 これは座禅の嫌いな彼女が自分から言い出した修行だった。 


 フィジカルには秀でた才能を持つフィオナだったが、メンタルの面では修業不足というか、経験不足からくる若干の幼さが否めない。 それが少女としての魅力になっていたのも事実ではあるが、冒険者としては望ましい状態とは言えないだろう。 


 本来侍は、魔法を使える剣士の上級職である。 しかしフィオナには知力や魔力の才は無かった。 それでも侍になれたのは、それを補って余りある頑強な肉体と身体能力を有していたからだ。


 鎧などは身に着けず家着のような軽装のまま足を組んで精神を集中する。 少し離れて、師範のダンも同じように座禅を組んでいた。


 ダンは現役の【Sクラス】冒険者だが、同時にギルドの師範の仕事も請け負っている初老の男性だった。 痩せ型で長身、長い髪を頭の後ろで束ねている、無口で無愛想な男だった。


 フィオナはこの無愛想な師匠が何故かお気に入りで、何か通じる物があるのか不思議とそれは相手も同じようなのだった。


 それは彼女に、初対面で貴重な(カタナ)や侍の鎧を譲り渡すほどだった。


 開け放たれた道場からすぐ脇の縁側越しに屋敷の庭園が一望でき、生け垣の向こうには陽光を反射してモーントズィッヒェル湖が静かに銀色の光を(たた)えていた。


 屋敷の庭園には背の高い桜の木が何本か植えてあり、どこからともなく蝉の鳴き声が響いている。


 もうどれくらいこうしているだろう──

フィオナは目を瞑り己の心と向き合いながら、今までとは明らかに違う自分の変化に戸惑っていた。 前回は足も痺れ、ただただ億劫でしかなかった座禅だが、今回は様子がまるで違うのだ。 今まで意識してさえいなかった心の中のモヤが晴れ渡り、穏やかに精神が研ぎ澄まされていくのを実感する。


 今自分が何をしたくて、それを成す為には何が足りないのかが見えて来るようだった。


 今まで心を奪われていた本来必要のない拘りを捨てて、本当に大切な物にだけ意識を集中する。 既に蝉の鳴き声も耳には届かない。 緊張も焦りもなく、静寂の中ただ穏やかな思考だけがそこにあった。


 その時突然、頭の中で何かが閃いた。


「あっ し…… 師匠っ⁈」

「どうした? もう脚が限界か?」


 目を閉じたまま軽口を叩くダンだったが、実は愛弟子の確実な変化に気付いていた。


「わたし…… なんか、魔法を…… 覚えたみたい……?」


 積乱雲の下、大輪を咲かせるヒマワリのような少女は、戸惑うようなはにかんだ笑みを見せた。


 その少し後、フィオナとダンは木刀を手に対峙していた。 

 道場の木の床に裸足のまま立ち、木刀を持って向かい合うと深く一礼をする。 剣を両手で正面に構えてもう一度軽く礼をした。 これは研修最終日恒例の練習試合だった。


 ふたりは木刀を正眼に構えると微動だにせずに向かい合う。 そのままゆっくりと時が過ぎてゆく。 風ひとつなく波ひとつ立たない鏡のような湖面を、一羽の水鳥が滑るように泳いでいる。 屋敷の庭からは、けたたましい蝉の鳴き声だけが響いていた。


 表情ひとつ変えなかったが実はダンは内心驚いていた。 この数週の間一体何があったのか……  木刀を構えるこの歳若い弟子の佇まいは、前回対峙した時とは明らかに異なっていた。 地に足が着き、それでいて全身の力が抜けているような……  全身の魔素(マナ)の流れが淀みなく整い、精神と調和しているのを感じる。 そして何より驚いたのは、強い決意を感じるその瞳の輝きだった。


(男子、三日会わざれば刮目して見よ、というが──)


 彼が心の中で独りごちたその瞬間、滑るように少女の足が床を蹴った。 ほんの刹那、彼は反応するのが遅れてしまった。 気がついた時にはその剣先が彼の小手を捉えかけていたのだ。


(これは躱せん……っ⁈ 無理に避けても続く変化を捌きようがないっ‼︎)


 そこで初老の侍は静かに目を閉じた。


「【永続する光コンテュニアル・ライト】」

「なっ……⁈」


 次の瞬間、ダンの木刀がフィオナの目前で眩い光を放ち彼女の視界を奪った。


 カンッ! カァーンッ‼︎


 道場に乾いた音が二つ響き、フィオナは手にした木刀を取り落としてしまった。


 気が付くといつの間にか師匠は彼女の背後に回り込んでいて、彼女の頭の上に木刀の先をこつんと乗せていた。


「ここまでだな」


「ずっるーい! 魔法を使うなんて…… こんなだまし討ちみたいなヒキョウな手──」

「何を言っている、戦場では敵は何をしてくるか分からんのだぞ?」

「それは…… そうだけど……」


 確かにそうだが、あくまで剣術の試合形式での修行だと思っていたので、何となく裏切られたような気持ちも否めない。


「それに…… 今の技なら、もうお前も使えるだろう?」

「⁈」


 一瞬きょとんとした後、フィオナの表情がみるみる明るくなってゆく。


「そっか! お師匠、それを教えるために……っ」


 本当は彼女の想定外の踏み込みの鋭さを躱す為の苦肉の策だったのだが、そんな事は口が裂けても言えるわけがない。


 ダンが何か口を開こうとした時、タイミングよく彼の奥方がお茶と茶菓子を持って道場に入ってきた。


「そろそろ休憩になさいませんか」

「あぁ、ちょうど今ひと段落ついた所だ」


 東方の国出身だと言う品のいい白髪の女性は、60代のようにも40代のようにも見える不思議な雰囲気を纏っていて、フィオナは彼女のことも大好きだった。


 三人は縁側に座ると、お茶菓子をつまみながら雑談に興じた。 いつかの約束の通り奥方は東方の故郷の話を少しだけ聞かせてくれた。 フィオナはダンの若い頃の冒険譚をせがんだが、結局上手く話を誘導されて気が付くと自分の話をする事になってしまっている。


 初老の夫婦は、目を細めながらひとしきりフィオナの武勇伝に耳を傾けていた。


 ザントシュタイン山脈に夕陽が傾き、そろそろ別れの時が近づいてくる。 あんなにうるさかった蝉もいつの間にか鳴き止んでいるようだった。 あるいは何処かに飛び去ったのだろうか……


「それじゃあそろそろわたし、帰るから…… 師匠、今日は本当にありがとうございました!」


フィオナは深々と腰を折って頭を下げた。


「あぁ、またいつでも来い」

「私も楽しみにしていますよ」

「うん、ほんと近いうちに!」


 帰りがけ少女は不意に振り返ると思い出したかのように付け加えた。


「あ、そうそう…… それから師匠、わたし婚約したから」


 ダンは口に含みかけた茶を思わず吹き出しそうになってしまった。


「そ、そうか…… それは、よかったな?」

「あら、まあ!」

「うん、今度師匠にも紹介するね! それじゃあまた!」


 そう言うと少女は大輪のヒマワリのような笑みを浮かべて深く頭を下げた。


 少女が去った後、縁側に残された初老の夫婦は朱く夕陽に染まる湖面を眺めながら静かにお茶を啜っていた。


「何が可笑しいんですか、あなた?」


 初老の侍は、妻の声に初めて自分が笑みを浮かべていた事に気付く。


「いや、な…… ついさっき迄自分に娘が居たらこんな感じかなんて思ってたんだがな……」


 そう言うとダンは妻の淹れてくれたお茶を一口啜った。


「こんなに早く娘を嫁に出す気分を味わうとはな……」


 東方の国出身だと言う上品な白髪の奥方は、ただ静かに穏やかな笑みを浮かべた。


 ふと彼が足元を見ると、真新しい蝉の脱殻(ぬけがら)がひとつ、朱色の光を反射して輝いていた。


次回はいよいよ名前だけは何度も出ているあの場所へ

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