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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『小麦畑と蒸気機関』
86/111

86 ~クラルス大聖堂〜

ルシオラさん、修行(?)回です

説明するまでもないかとは思うのですが、この世界の魔法体系は某古典RPGを参考にしております

新しい呪文を覚えるタイミングとかMPが回復するタイミングとかは現実的に考えると悩ましいところですよね


 ユリウスとメナスが小用で出かけ、フィオナが(サムライ)の師範に修行をつけてもらいに行っている頃…… ルシオラは神聖魔法授与の儀式を受ける為にツェントルム王国最大宗教、クラルス教の大聖堂を訪れていた。


 クラルス大聖堂は、その名の通り王国のみならずクラルス教全体としても最大の宗教施設である。 王都ミット・ツェントルムの中央、王城のすぐ北側に位置し、王城を除けば王国で最も高い建造物でもあった。


 早朝から大聖堂を訪れたルシオラは、一般の信者たちと共に朝の礼拝に参加した。 曲がりなりにもこれから神様にその奇跡の力を分けて貰おうというのだ。 これは儀式を受ける者の義務ではなかったが、この礼拝に参加する事は彼女の中では慣例となっていた。


 ここを訪れると、どうしても彼女が敬愛して止まない、今は亡きウィリアム大司教の事が偲ばれる。


 礼拝が終わると儀式の希望者は特別な聖堂に案内された。 まず小さな教室くらいの部屋で修道士から神聖魔法授与の理念と儀式の流れの簡単な説明を受ける。 この時、修道士の持っている器に初穂料として礼金を供える。 これは規定の額などは無いのだが大銀貨一枚以上が慣例となっている様だった。


 その後修道士の案内のもと、男女に分かれて(みそぎ)の間に向かう。 そこで衣類を脱いで冷水で身体を清めるのだ。 今日はルシオラの他に女性は二人しかいなかった。 冒険者ではなく、同じ修道院から来た若い娘たちらしい。


 ルシオラが純白の僧侶(プリースト)の衣装を脱ぎ捨てると、何故か少女たちからため息が漏れた。 ルシオラの(とくに最近の)プロポーションは、同性の若い娘たちから見ても羨望の的であるらしい。


 石造りの禊ぎの間には中央に浅い浴槽のような噴水がある。 そこには聖水とまでは言えないものの、きちんと『聖別』された浄めの水が湛えられていて、常に補充され続けているのだ。


 ルシオラは浴槽の前に片膝を着くと、手桶を使ってゆっくりとその水を脚から身体に掛けてゆく。 水は思ったよりも冷たいが、我慢出来ない程ではない。 まだ身体の芯が火照っている様な気がして念入りに水を掛ける。 クラルス教はもちろん聖職者の結婚を禁じてはいない。 しかし、つい朝方まで自分が何をしていたか思い出すと、それを女神様に見透かされそうで、なんとはなしに不安な気持ちも否めなかった。


 充分過ぎるくらい身体を清めて立ち上がると、ふたりの若い修道女たちが不安そうに寄り添っているのに気が付いた。


「あなたたち、儀式は初めて? そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


 ルシオラが優しく声をかけると、赤毛の若い娘が顔を上げた。


「でも…… 何も魔法を授からなかったら」

「大丈夫、最初は授からなくても珍しいコトじゃないから…… 実は私も、最初はダメだったのよ」


 ルシオラの柔らかい笑顔に、少女たちは幾分落ち着きを取り戻したようだった。


 三人は用意された儀式用の薄い僧衣を身に纏うと、いよいよ祭壇の間へと向かう事になる。


 祭壇の間は暗く狭い特殊な聖堂で、奥には女神クラルスの彫像がある。 像自体の身長は人間の大きさとほぼ変わらないが、2m近い台座の上に祀られており、儀式を受ける者たちは必然的に仰ぎ見る形となる。

 天井は吹き抜けになっていてとても高く、この時間はちょうど太陽の光が天窓から差し込んで天から降り注ぐ光の帯が黄金色の女神像を暗闇に浮かび上がらせていた。 それは厳かで幻想的、且つ神秘的な光景であった。


 女性たちが到着すると、既に男性たちによる儀式が始まっていた。 彼らはクラルス像の前に一列に並び祈りの順番を待っている。 今日は七、八人くらいの参加者がいるようだ。 とくに決まりはないのだが『禊』にあまり時間がかからないので男性が先に儀式を行うのが通例となっていた。


 順番がくると一人一人女神像の前に跪き、手を組んで祈りを捧げる。 儀式を執り行う司祭が神聖魔法授与を祈願する祝詞(のりと)を朗々と読み上げる。 しばらくすると男が立ち上がり、女神像と司祭、それに列に並ぶ参加者たちに一礼して儀式の間を後にする。 この場では、結果は本人にしか分からないようになっている。

 

 ほどなく列は進み、最後の男性が祈りを終えて去っていった。 彼の様子を見る限りでは望むような結果を得られたようには見えなかった。 もっとも、この神聖な場でガッツポーズなどをとる者もいないのだが……


 いよいよルシオラたちの順番だった。 三人なので列を作る事もなく司祭に声をかけられる。 最初に呼ばれたのは赤毛の若い修道娘だった。 一度不安そうに連れの少女の顔を見たが、意を決したように女神像の前に進み出た。 跪き黙祷を捧げると、司祭がお決まりの祝詞を読み上げる。


 一分くらい経ったろうか…… もっと長いようにも、短いようにも感じる静謐(せいひつ)な時間の後、少女は立ち上がり女神像と司祭に一礼して振り返った。 その表情には隠しきれない喜びが溢れていた。


 それを見て、ルシオラは我が事のように胸を撫で下ろした。


 次にもう一人の、長い黒髪の修道娘が呼ばれた。 赤毛の娘とそっと手を合わせてから女神像の前に進み出る。 彼女の緊張がここまで伝わって来るようだった。 結果次第では彼女たちが気不味い思いをするのではないかと心配する。 だがそれも、長い人生には必要な経験のひとつだろう。 しかし、弾けるように立ち上がった少女の様子にその心配が杞憂に終わった事をルシオラは知った。


 そしていよいよルシオラが呼ばれた。 


 不思議と彼女には緊張はなかった。 彼女が神聖魔法授与の儀式を受けるのはこれで六度目になる。 冒険者としては、おそらくかなり少ない数だ。 普通の修道士たちは慣例的にあまり頻繁に儀式を受ける事を良しとしない風潮があるのだが、生死に関わる冒険者たちはそうも言ってはいられない。


 初めて受けたのは13歳の時…… 修道娘たちにも言ったように、その時は何の奇跡も授かる事はなかった。 幸運にもウィリアム大司祭のお付きとなり三賢人に会えたのはそのすぐ後の事だ。

 二回目は冒険者になった17歳の頃…… その時ルシオラは三つの神聖魔法を授かった。 通常複数の奇跡を一度に授かる事は稀とされている。 彼女が冒険者適性検査で【A-】の判定を受けたのはこの部分も大きかった。

 三回目はその半年後くらい…… この時も二つの神聖魔法を授かっている。

 そして四回目は更に半年後…… この時もまた二つの神聖魔法を授かる事ができた。


 しかし五回目の儀式では何も授かる事は出来ず、ギルド職員になってからは忙しさにかまけて一度も儀式に訪れる事は無かった。 今にして思えば…… 三賢人とシャウアの行方を探す焦りの中、五度目の儀式で何も得られなかった失望と挫折感は彼女の中で思いのほか大きかったのかも知れない。


 ルシオラは女神像の前に跪くと目を閉じてゆっくりと手を合わせた。 司祭の祝詞が読み上げられる中、彼女は天窓から差し込む光の柱が自分と女神像の間に降り注いでいるのを感じていた。 身体中が暖かい光に包まれ優しく女神に抱かれているような…… 身体が羽根になって宙を漂っているような…… 不思議な感覚だった。


 どれくらい時間が経っただろう…… ルシオラの中で一筋の光が閃いた。


 彼女は確信した。

それは、女神から与えられた新たなる力だった。


──────────


 ルシオラと二人の若い修道娘が軽い放心状態で大聖堂の外に出ると、時刻は既に昼を大きく回っていた。 不思議と空腹は感じなかった。

 少し世間話をしていると、奇遇な事に二人の修道娘が所属しているのは、かつてルシオラが世話になっていた、まさしくその修道院だと判明したのだ。 三人はすぐに意気投合し、ルシオラは二人を送っていく事にした。 


 彼女たちの修道院は王都の北門近くにある小さいが比較的格式の高い修道院だ。 貴族の令嬢が花嫁修行にやってくるのは専らこの修道院で、聞けば黒髪の修道娘は伯爵令嬢だという。 片や赤毛の娘は平民出身で、仲の良い二人の姿に、ついかつての自分とシャウアの姿を重ね合わせてしまう。


 修道院に向かう道すがら、目抜き通りにルシオラは例の屋台を発見した。 


「知ってる? これ、とっても美味しいのよ」


 幸い列が短かく、そう待つ事なく三本の羊肉の串焼きを手に入れる事が出来た。

 予想通り二人の少女は屋台で買い食いなどした事はないらしく、おそるおそる齧り付いた甘辛い羊肉の旨さに声を上げて感動してくれた。


 自分もつい最近教わったばかりなのはもちろん内緒だ。 最近は中央から北側にはあまり足を踏み入れる機会がなかった。 この時間帯はこんなところに屋台を出しているのかと、ルシオラは心の中でメモを取った。


 程なく修道院に着くと、ふたりの娘には寄っていくように強く勧められたが用事があると言って断ってしまった。 懐かしくないと言えば嘘になるが、冒険者になる時も反対されたあの厳格な院長に会うのは少しばかり気が重いし、何より修道院の者にシャウアが蘇った事を知られるのは絶対に避けなければならない。


 近い内にまた遊びにくると約束して、彼女は懐かしいかつての家を後にした。


 修道院を出てルシオラが真っ先に向かったのは『砂岩の蹄鉄亭』ではなく冒険者ギルドだった。

 早朝からの礼拝や儀式の緊張などの疲労も感じる事はなく、そこへ向かう彼女の足取りは羽根のように軽やかだった。

 一階の受付ホールは夕方という事もあり閑散としている。 彼女は三つある受付窓口の中から知り合いの女性が座る窓口を見つけると、まるで新人の冒険志願者のように駆け寄った。


「あら、ルシオラ…… 久し振り──」


 ルシオラは友人の挨拶の言葉を最後まで待たずに大声で叫んだ。


「ねぇっ 『冒険者適性検査』を受けさせて! 今すぐにっ!」


 かつての同僚だったその受付嬢は、いつも知的で冷静だった彼女らしからぬその勢いに、目を白黒させて戸惑いを表現した。


前回三章でこのフォーマットはお終いみたいな事を書いたので思い出したのですが、現在このお話は全四章で終わる感じの予定でおります…… もっとも、もともとは一章で終わるつもりで書き始めたので全く当てにはならないのですが……

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