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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『小麦畑と蒸気機関』
82/111

82 ~皇帝の憂鬱〜

新年あけましておめでとうございます

改めまして、4年ぶりの更新となります

実は(95〜6話くらいまでは)書いたのは4年前なのですが、コロナ禍やら何やらで、ズルズルとここまできてしまいました (後書につづく)



 アウレウス帝国の帝都アルゲンテウス。

その絶えず拡がり続ける領土の、ほぼ中央に(そび)えるアルゲンテウス城。


 その男は、いつもの様に執務室で机に向かっていた。 猛禽類を思わせる鋭い目付きの壮年の男性、それが皇帝アウルム・アルゲンテウスだった。


 近年いくつもの小国を併合し巨大な帝国となったアウレウスの皇帝である彼の一日は多忙を極めた。 午前中は謁見の間で諸国の領主や大使と面会し、午後はこうして執務室で内政に関する報告に耳を傾け、且つ適切な指示を下さなければならない。


 執務室の前の廊下には何人もの役人や文官が列をなしていて声が掛るのを待っていた。 実際、ほとんどの雑務は報告書に判を押すだけで事足りる。 しかし、中にはどうしても自分で目を通して決断しなければならない事があり、それを選別するためだけでも最低限の概要は把握している必要があるのだ。


 つくづく彼は思う……


 何者にも干渉されぬ絶対の自由を求めて皇帝にまで昇り詰めたというのに、いざ皇帝になってみても何処にも自由などないではないか、と。


「それで……【死の谷の洞窟トートタール・ダンジョン】の調査隊とやらはどうなったのだ?」


 若い文官が一歩前に出ると、緊張した面持ちで報告を始めた。


「はい【死の谷の洞窟】には確かに入り口付近に約百騎の馬と兵士の死骸が散乱しておりました。 兵士の遺体の方は何とか収容が終わりましたが、なにぶん数が多いため馬や装備品、遺体の検分などは未だ手付かずの状態です!」


 皇帝は肩肘を突いた手に顎を乗せると、鋭い視線を若い文官に向けた。


「それをやったのは何者だ? やはり【ルイン】が生きておったのか?」


【ルイン】と言うのは【死の谷の洞窟】を巣にしていたと言う伝説の古竜エンシェント・ドラゴンだ。 その竜の存在があったからこそ、帝国の【ドワーフの大洞窟(グレート・ダンジョン)】の探索は、ザントシュタイン山脈を越える事が出来ないでいたのだ。


「いえ、先ほども申しました通り遺体の検分はこれからですので…… ただ馬や装備の傷を見る限り、敵は鋭い爪や打撃による攻撃を行ったものと推測されます」

「爪に打撃…… やはり【ルイン】ではないのか?」

「これは私の…… あくまでも個人的な私見ですが……」


 若い文官は震えながら口を開いた。


「よい、申してみよ」

「傷の大きさから見て、(ドラゴン)よりももっと小型の魔獣ではないかと思われます」

「そうか…… いずれにせよ魔獣の類か」

「……おそらくは」


「それで【死の谷の洞窟】の探索はどうなのだ?」

「はい、念のため入り口付近を警戒しながら覗いてみたのですが、何故だか侵入して直ぐの場所に落盤が起きておりまして…… 今回はそれ以上調査は出来なかったとの事です」


 皇帝はしばらく押し黙ったまま何かを考え込んでいる様だった。


「分かった、もう下がってよい。 次!」


 若い文官は腰を直角に折って礼をすると、慌てた様子で執務室を後にした。 それと入れ替わりに今度は中年の文官が部屋に入って来る。


「【ドワーフの大洞窟】の地下からの探索はどうなっておる?」


 その文官も緊張を隠せてはいなかった。


「はい陛下、ご存知の通り地下迷宮を探索しながら移動しておりますので…… 精鋭の兵士と熟練の冒険者たちを交代で探索させておりますが【死の谷の洞窟】の地点までは、今しばらく時間がかかるかと」


 帝国はヴェルトラウム大陸を東西に縦断する【ドワーフの大洞窟】の発見により、ツェントルム王国を秘密裏に地下から侵攻しようと画策していた。 しかし、そのほぼ中間地点となる【死の谷の洞窟】に巣食う【漆黒の暴竜ルイン】によって、未だザントシュタイン山脈を越えられずにいるのだった。


「具体的にはどのくらいだ?」


 苛立ちを隠そうともしない皇帝の声色に中年の文官は震え上がった。


「先日もご報告しました通り、原因不明の魔獣の活性化により探索に手間取っておりまして…… 今のペースですと、およそ二週間はかかるかと」

「遅すぎる、もっと急がせんか!」

「わ、分かりました…… 現場にはその様にお伝えいたしますっ」


 文官は勢いよく頭を下げると、退室の許可も待たずに慌ただしく執務室を後にした。 皇帝の従者の呼び出しで、彼と入れ替わりに今度は初老の男性が部屋に入ってくる。 彼は帝国の法務大臣だった。 男は恭しく一礼すると、落ち着いた様子で手元の羊皮紙を見ながら口を開いた。

 

「陛下、アドゥストゥス辺境伯の件でご報告です」

「そうか」


「既に彼の屋敷や財産などは差し押さえてあります。 これには彼の経営する奴隷商とその奴隷たちも含まれます」

「それで…… 奴は罪を認めたのか?」

「いえ、まだ…… 心神耗弱の状態でまともに会話も出来ません。 しかし複数の証言や状況証拠から見て、彼が帝国に叛意を企てていたのは間違い無いかと思います」


 アドゥストゥス辺境伯は【死の谷の洞窟】からルインの気配が無くなったと知るや否や、百騎からなる調査隊を皇帝に無断で送り込んだのだ。 その奥にあるであろう【ドワーフの大洞窟】は手付かずの古代の財宝や知識、貴重な『魔道遺物(アーティファクト)』の宝庫と言われている。 それが古竜の巣穴ともなれば、その期待値は計り知れない。

 それに加えて今回の件では、皇女ラウラの身代わりの遺体を仕立て、彼女を己の奴隷にしようとしていた疑惑まであるのだ。


 皇帝は顎に手を当てると少し考え込む様子を見せた。


「それで…… ラウラの侍従が持って来たと言う『記録水晶』は、誰が作った物か分かったのか?」

「いえ、それも…… 匿名で送られて来たとしか」


「まぁ、あやつを恨んでいる者なら掃いて捨てる程おるだろうがな。 問題は──」

「はい、あんな物を作れる技術ですな」


 初老の法務大臣は慎重に言葉を選んだ。 アドゥストゥス辺境伯の執務室には盗聴・透視を防止する魔法障壁が張り巡らされていたと言う。 あの水晶に記録されていた映像が真実なら、それを越えてあの様な映像を記録するのは如何なる者のどれ程の技術なのか。


「アドゥストゥスの件とは離れても、引き続き調査を続けさせようと思います」

「うむ、それで…… 奴の代わりの辺境伯はどうしたものかな」


「それは── 私の管轄ではありませんので…… しかしこの時期に国境の最前線となる辺境伯になりたがる者は中々いないでしょうな」


 いざと言う時に切り捨てるための捨て駒として、あのような奴隷商上がりの卑しい男を辺境伯に据えたのだが…… まさかこんな理由で失脚させる事になろうとは。 それは皇帝アルゲンテウスにとっても頭痛のタネと言えた。


 初老の法務大臣を退室させると既に陽は西の空に傾きかけていた。 残りの予定を切り上げて護衛や従者も退出させ独りになると、皇帝は椅子にもたれたまま深く静かにため息をついた。


「それで…… シュピンネの遺体は見つかったのか?」


 皇帝の問いかけに、誰もいない筈の室内の一角から返事があった。


「はい…… ザントシュタイン山脈の中腹、ツェントルム王国の国境砦付近で、岩を積まれていた首の無い屍を見つけました」

「……そうか」


「奴は長い間、実に忠実に余に仕えてくれた…… 非常に残念だ」


 皇帝は顔を動かす事もなく、ただ言葉のみを部屋の隅に手向けた。


「……御意」


「それで、ラウラは本当に死んだのか?」

「分かりません…… あそこには十数人分の屍が散乱しておりましたが、首領以外の遺体は既に鳥や獣に食い散らかされておりました。 しかし、最後に『魔導具』の反応があったのがあの場所となれば──」

「うむ、是非もないか」


 皇女ラウラがアドゥストゥス城に辿り着いたという報告は当然承知している。 しかし彼女には絶対に外せない『魔法の印』を付けておいたのだ。 その反応がザントシュタイン山脈で消えたとなれば、城に着いたという皇女の方はアドゥストゥスか、或いは王国側が用意した身代わりと見るのが妥当だろう。


 皇帝はただ静かに窓の外に見える茜色に染まる山の端を見つめていたが、その瞳からその感情を窺い知る事は出来なかった。


「まさか、シュピンネほどの手練れが遅れを取るとはな…… やはり敵は王国側の忍者(ストライダー)だと思うか?」


 部屋の隅の気配は、何故か即答を避けた。


「分かりません…… 首領は頭を一刀の元に斬り落とされておりました。 いずれにせよ相手も相当の使い手と言う事なのでしょう」


「貴様の事は聞いておるぞ。 既にその技量は父親(・・)を凌ぐとも言われておるらしいな」

「勿体無いお言葉です」


「【黒後家蜘蛛(ブラック・ウィドー)】は貴様が統べよ! 今よりお前が、シュピンネ・シュヴァルツを名乗るがよい」


 いかなる感情なのか、部屋の隅で微かに気配が揺れた。


「御意」


「いずれ必ず仇を取らせてやる。 先代同様に帝国のために働いてくれるか」

「身に余る光栄です! このシュピンネ・シュヴァルツ、皇帝陛下に永遠に忠誠を捧げ、必ずや先代以上の働きをお約束いたします!」


「では行け。 急ぎ組織を纏め上げ、成すべき事を成せ」

「御意」


 その返事を最後に、部屋の片隅から音もなく気配が消えた。 皇帝は静かに瞳を閉じると、再び深く溜め息をついた。


 窓から見えるザントシュタインの山の端は、まるで彼の野望を阻む鉄の壁のように、鈍く鉛色に輝いていた。


そして実は、まだ三章書き終わっておりません

またどこかで更新が停滞するかと思いますが、気長に見守って頂けましたら幸いです

それではよろしくお願いします

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