78 ~制約〜
新年明けましておめでとうございます。
今回はこの後23時、0時にも更新して第二章『赤銅色の奴隷姫』を完結させたいと思っております。
どうかよろしくお願いたします。
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
それから小一時間ほどユリウスの部屋で過ごして、ラウラは再び【転移門】を開き、身を寄せているアインドルク侯爵領の屋敷へと帰っていった。
フィオナとルシオラが自分と婚約した事を告げても彼女は何一つ不満な様子を見せなかった。 むしろ当然、という反応だ。
彼女は今、冒険者になるために毎日勉強をしているのだと言う。 間違いなく稀代の天才魔導士であろう彼女ではあったが…… 街での庶民としての生活や、一般常識に関わる事が今の彼女には決定的に不足しているのだった。
ちなみにあの帝国の奴隷だったルベール族の少女は同じ屋敷で侍女としての訓練を受けているらしい。
今度から【転移門】を開く時はユリウス目掛けてではなく人目につかない様にと厳重に釘を刺しておいたが、あの様子ではもしかしたら毎日でもやってくるかも知れない。
先日の任務中は、一時は掴み合いの喧嘩を始めそうな勢いだったフィオナからの謝罪を受け容れて、ふたりが和解した事がせめてもの慰めだった。
ラウラが去り、フィオナとルシオラも自分たちの部屋に帰っていった後、部屋にはユリウスとメナスが取り残された。
思えばメナスとふたりきりで眠るのは随分と久し振りかも知れない。
「しかし何だな…… こうして【念話】を使わないでふたりで話すのも久し振りだな」
「そうですかー なんだかんだで結構話してる気もしますけど」
メナスは既に夜着に着替えてふとんを被っていた。
「なぁ、あの【アダマンタイト・ゴーレム】…… 作ったのはやっぱり、奴だと思うか?」
メナスからの返事はない。
「……なぁ、メナス」
ユリウスが振り向くと、メナスは既に瞼を閉じていた。 聞こえていない筈はない。 山小屋での反応もおかしかったし、ここまで露骨な無視は異常だ。 これには何か理由があるに違いなかった。
ユリウスは自分の寝台に横たわると、そっと瞼を閉じた。
次の瞬間、彼は広大な白い図書館にいた。 【賢者の石】の中にある、例の仮想空間の図書館だ。
彼の訪問を予期していたのか、すぐ目の前に白いワンピース姿の少女…… セイレーンの姿があった。 彼女は小首を傾げて穏やかな笑顔を見せた。
「お帰りなさいませ、マスター」
ユリウスは両手を広げて少女が飛び込んで来るのを待った。 それはふたりの大切な儀式の時間だった。
「お疲れさまでした、マスター。 大変でしたね…… 色々と」
「あぁ、本当にな……」
帝国からの要人の『影武者』の警護── フタを開けてみれば、その影武者が要人本人というオチがあった。 その皇女殿下は帝国の開戦の口実として、父である皇帝に王国領内で暗殺されようとしていた。 それに加えて帝国の奴隷商でもある辺境伯は、身代わりの屍体とするための少女まで用意し彼女を自分の物にしようと画策していたのだ。
それが新人冒険者の初任務だと言うから笑ってしまう。
辛うじて皇女を護り抜き、開戦の口実を与える事は避けられたが、それで帝国が侵略の意思を失った訳ではなかった。
ひとつには【ドワーフの大洞窟】の問題がある。 帝国が既にそれを発見し、どれ程の財宝や古代文明の知識── その叡智の結晶たる【魔導遺物】を手に入れているのか見当もつかない。
それに加えて【死の谷の洞窟】を根城にしていたと言う古竜【ルイン】がいなくなった事で、帝国は地下から王国領に侵攻する事が可能になったかも知れないのだ。
これは近い内に手を打たねばならないと、ユリウスは考えていた。 何故なら──
【漆黒の暴竜ルイン】を屠ったのは、他ならぬユリウス自身なのだから。
そしてもう一つ、【彷徨える魔獣】の問題……
近年王国周辺を騒がせている異変…… 一連の本来の生息地を離れた魔獣の出没や凶暴化現象。 これにどうやら、暴走したゴーレムや各地で報告されているスズメバチの大量発生…… トドメはあの【アダマンタイト・ゴーレム】の少年まで、全てが繋がっているらしい。
「セイレーン…… 今回お前には本当に助けられたよ。 ありがとう、本当に感謝している」
「お役に立てて幸せですわ」
ユリウスは少女の背中を優しくさすってやった。 ほんの少しだけ逡巡したが、これだけはどうしても尋ねなければならない。
「なぁ、セイレーン…… お前には…… お前たちには分かっているんだよな? あの【アダマンタイト・ゴーレム】を作ったのは──」
その時少女は、ユリウスの胸から離れて半歩ほど後ろに退いた。
なんとも言えない、哀しそうな表情を浮かべている。 その時、彼の脳裏に稲妻が閃った。 ユリウスは、この表情に見覚えがあった。
そうだ、あの時のメナスの──
「マスター、すみません…… それはお話し出来ないんです」
メナスと瓜二つの美しい少女は、苦痛に顔を歪めるように囁いた。
「そうか…… 【制約】だったのか」
それは【創造主権限】による【制約】だった。 彼女たちの創造主である、ウィリアムとミュラー、そしてユリウスだけが使える【絶対権限】……
この形式で命じられた事は【被造物】たる彼女には絶対に逆らえない。 そうプログラムされていた。
他の賢人── ウィリアムとミュラーが、既に彼女に何かを命じている可能性は充分にあった筈だ。 今の今までその事に全く思い至らなかった自分自身をユリウスは嗤うしかなかった。
おそらくミュラーは…… ある事柄に関して口外する事を予め彼女に禁じていたのだ!
少女は頷く事も出来ずに、ただ哀しそうにユリウスを見つめていた。
改めて彼は、自分が何という残酷な事をしてしまったのかを思い知った。 もし彼女を本当の人間として扱うつもりならば…… 決して、してはならない事ではなかったか。
「すまない、セイレーン…… メナス…… お前にも酷いコトをしてしまったな」
そう言ってユリウスは、再び少女の華奢な身体を抱きしめてやった。 彼女は嫌がるそぶりもなく彼の胸に頬を埋めた。
「今日はもう戻るよ…… これからもオレの力になってくれるかい?」
「もちろんです、マスター」
ユリウスは、この白い空間を立ち去ろうと瞼を閉じかけたが、すぐにまた目を開いた。
ちょっと思い付いた、素朴な疑問を口にする。
「なぁ…… お前は、ラウラが来るのを予想していただろう? 何故この前みたいに教えてくれなかったんだ」
セイレーンはユリウスの胸から顔を上げると、悪戯な笑みを見せた。
「恋する乙女のサプライズを邪魔するほど…… 私は野暮じゃありませんよ?」
それから少女は、ユリウスには見えないように小さくペロリと舌を出した。
(もちろん…… これから訪ねて来る、あの乙女のコトもね……)
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ヴェルトラウム大陸最大の規模を誇るツェントルム王国領…… そのほぼ中央付近には最大の商業都市であるハンデルと、そのすぐ隣に工業都市インドゥストリがあった。 どちらも王都ミッテ・ツェントルムを除けば王国最大規模の大都市である。
王都はもちろん政治の中心ではあるが、経済や産業の中心地ではなかった。 多くの貴族や聖職者、兵士たちが集まるそこはあくまでも首都として、要塞都市としての機能を優先した造りになっているのだ。
経済と産業…… そのふたつの大都市から東の方角に真っ直ぐ王都へと続く荒野の街道を、ひとつの人影が歩いていた。
それは、よく見ると異様な人影だった。
身長2mを優に超える── いや、もしかしたら2m50cmはあるかも知れない大きな人影だ。 それが銀色と黒を基調にした巨大な板金鎧を全身に纏っている。 背中に背負った大剣と大楯以外に荷物らしい荷物も持っている様子はない。
そんな人物が、こんな荒れ野を徒歩でひとりで歩いているのだ。
馬や馬車がなければ、こんな道を板金鎧で旅をするのは無謀にしか見えない。 ひょっとして山賊の類にでも遭い、仲間とはぐれでもしてしまったのだろうか?
不意にその騎士が立ち止まり、北の方角を向く。 何か様子を伺っているのか、そのままの姿勢でしばらく時が流れた。 それはおもむろに街道を外れると、北に向かって乾いた荒れ野を歩み出した。 そのまましばらく進み、大きな岩の手前で立ち止まった。
騎士は、おもむろに背中の大剣を引き抜くとそれを片手一本で構える。 剣を引き抜く動作といい巨大な剣を片手で構える姿といい、どこかぎこちない不自然な動きだったが、それは分厚い板金鎧のせいなのかも知れない。
次の瞬間、大岩の陰からぬるりと巨大な影が滑り出して来た。 それは体長8mはあろうかと言う巨大な大蛇であった。 ──いや違う‼︎ その大蛇の頭部には、まるで雄鶏のような赤いトサカが付いている。
それは…… 全身が猛毒、とくにその牙から分泌される毒液を受けると敵を『石化』させてしまうと言う凶悪な魔獣──
【バジリスク】であった!
【バジリスク】とは、蛇の王の意味である。
それは巨大な鎌首をもたげて騎士を睨み、激しい威嚇の唸り声をあげた。
【バジリスク】は本来、こんな野外に出て来るような魔獣ではない。 それこそ竜のように深い迷宮の奥深くなどに潜んでいる、伝説級の魔獣なのだ。
その討伐難度は、王都の冒険者ギルドでも【S難度】に設定されていた!
その魔獣と対峙して尚、怯むことなくその騎士は大剣を構えている。 それは歴戦の勇者の余裕なのか、それとも無知がなせる蛮勇か……
次の刹那、なんの前触れもなく大蛇は大地を滑るように騎士に襲い掛かってきた。 巨大な体からは想像もつかない凄まじい速度だった。 騎士の振り下ろした初太刀は、しかし高速で移動する大蛇の鱗に弾かれてしまう。 そのまま背後に回り込んだ大蛇があっと言う間に騎士の鎧をその身で巻き取ってしまった。
どれ程の力で締め付けているのだろう、分厚い板金鎧がなければ一瞬で即死している筈の攻撃であった。 しかし、それもいつまで保つのか…… 黒い光を放つ鎧がミシミシと悲鳴をあげている。 このまま板金鎧がひしゃげて中の人物が圧死してしまうのも時間の問題かと思われたが、蛇はそれまで待つ気もないようだった。 巨大な鎌首をもたげて鎧の肩口にガブリと噛み付いた。
ガキン!
しかし、その牙が分厚い装甲を貫くことはなかった。 並みの板金鎧ならば容易に貫通されたであろう巨大な牙だった。 一体どれ程の厚さなのか、何の金属を使っているのか…… その黒と銀の鈍い輝きからは窺い知ることは出来ない。
その騎士は、おもむろに蛇の頭を左腕で押さえつけると右手の大剣をその首に突き立てた。 ゆっくりとではあるが、硬い鱗の隙間を縫って刃が肉に食い込んでゆく。
蛇は苦しそうに暴れ回り、さらにきつく板金鎧を締め上げる。 しかし刃が首の肉の三分の一ほどまで入ったかと思うと、そこから一気に蛇の頭を切断してしまった。 大量の鮮血が噴水のように吹き上がり乾いた大地に血溜まりを作る。
蛇の生命力は凄まじい…… ましてやその王ともなれば。 しばらくは大縄のような蛇の体が騎士の身体を締め続けていたが、騎士の腕がそれを端から解いていくと、やがて力なく地面へと落ちた。 まだ牙を剥いて地面に転がる頭部に大剣を突き立てて串刺しにする。 機械的にも見える冷静な動作だった。
「せっかくあんなに素早いのに、わざわざ切断しやすく首を預けてくれるなんて…… 【蛇の王】なんて言ったって、所詮は只の爬虫類よね」
その巨大な板金鎧から漏れ出た声は、意外な事に若い女性のものだった。 続いて板金鎧の胸部が頭部ごと上に開いたかと思うと中から小柄な女性が姿を現した。
黒い髪に黒い瞳、透き通るような白い肌…… それは17〜8歳くらいの美しい少女だ。
何故か下着姿の少女は全身汗だくで、首に無造作にかけたタオルで額の汗を拭う。
それは── この世界にまだひとつしか存在しない【|強化外骨格騎乗操縦型自動人形】なのだった。
少女はその板金鎧から、ひょいと飛び降りると鉈を片手に切り落とした【バジリスク】の頭に近づいていく。
おもむろに鉈を振り下ろすと、巨大な鎌首を串刺しにした傷口から器用にふたつに割ってしまった。 そのまま躊躇う事なく頭蓋に手を突っ込み、中をまさぐり何かを掴み出した。
「ビンゴ!」
その手の平には、6cmほどのスズメバチが乗っていた。
少女は慣れた手つきでそれを試験管に詰めると、タオルで蛇の体液にまみれた手を拭う。 確か【バジリスク】の体液は、全身全てが猛毒の筈なのだが。
少女は腰のポーチから紫の液体の詰まった試験管を取り出すと、封を切り一気に飲み干した。 どんな味がするのか眉間にしわを寄せて顔をしかめる。 続いて革袋の水筒を取り出すと、それを一口煽ってやっと一息ついた。
そしてポーチから小型の双眼鏡を取り出し王都のある東側を向いてそれを覗き込んだ。
「王都まで、まだ丸々一日はかかりそうね…… やっぱり馬車代をケチるんじゃなかったかな?」
「あの御者の親父…… 代金を四人分も要求するんだもん」
少女は忌々しそうに独り言ちると、
またポーチから何かを取り出し手の平の上に乗せ目の高さに掲げる。 それは小さな水晶の玉だった。 そのままの姿勢でその場でくるりと一周してみる。 その水晶球の中で白い光が明滅し、王都の方角を向けた時にだけ明るく強く反応した。
「さて、7年振りに反応が現れたけど…… 元気にしてるかな? ユリウス」
その少女は、悪戯な表情を浮かべて微笑んた。
その端正な顔立ちは、どことなく【チタニウム・ゴーレム】の少女、メナスを思わせた。
新年明けましておめでとうございます!
昨年9月より投稿を開始した『絶望の賢者とタイタンの妖女』も今回で78話、28万文字を数えました。 これも応援して下さった皆さんのお陰です。 本当にありがとうございました!
第二章『赤銅色の奴隷姫』も残すところ(短めのエピローグを加えて)あと2話…… 1月1日中に更新しようと思っております。
それでは本年もよろしくお願いたします。
─────次回予告─────
第79話 エピローグ1 ~高い塔の男〜
乞う御期待!




