76 ~帰還〜
──────前回までのあらすじ─────
晴れて冒険者となった初クエストで、帝国からの要人、皇女ラウラを無事に帝国領へと送り届けたユリウスたち一行は、次なるクエストとして、フィオナの故郷であるシュテッペ村に来ていた。 賢者である身分を隠し新人冒険者になっていたユリウスは、とうとう仲間たちに正体を明かすのだった……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
岩山の山小屋の前で一夜を明かしたユリウスたちは、メナスの作った朝食を摂ってからしばらく寛いでいた。 しかし、もうそろそろゆっくりもしていられない
小屋の中を一通り案内してやる事も出来ず、フィオナは残念がったが、それはまた次の機会まで我慢してもらう事にした。 とは言えその気になれば、王都の宿屋『砂岩の蹄鉄亭』に泊まりながらいつでも【転移門】の呪文でこの小屋に戻って来る事は可能なのだ。 何も慌てる必要はないだろう。
小屋の前に置いたままのテーブルで、珈琲を楽しんでいた三人の所へメナスがやって来た。
「マスター、やっぱり牛の中からも出て来ましたよ…… これ」
『牛』というのは、昨日フィオナとルシオラが討伐した【トライホーン・バイソン】の事だ。 差し出したメナスの手の平の上には、体長6cmくらいのスズメバチの死骸が乗っていた。
「な〜に〜 それ〜?」
「それが…… 牛の中から?」
ふたりの疑問はもっともだ。
「実はこれは…… 超小型の【自律思考型自動人形】なんだ」
「えっ こんな小さな物が⁈」
ルシオラはメナスの手からそれを受け取ると、丸眼鏡のフチに手をかけて子細にそれを観察した。 フィオナはというと、何の事か分からず頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「確かに、よく見ると作り物のようですけど……」
実際に飛んだり動いたりしている所を見ない事には、これが精巧な模型の類いである可能性も否定は出来ない。
「黙っていてすまない…… 実はこれと同じ物が、あの【タイラント・アリゲーター】と【ジャイアント・グラストード】の脳の中からも見つかっているんだ」
「え〜〜っ それってつまり、どういうコトなの〜っ⁈」
「オレたちは、これこそが王都周辺の一連の異変……【彷徨える魔獣】の原因なんじゃないかと思っている」
「この【自動人形】は…… 大型で比較的原始的な生物の脳に取り憑いて、大雑把にだけど行動をコントロール出来るみたいなんだ」
ふたりの顔色がみるみる青ざめてゆく。
もしそれが本当なら恐ろしい事実だ。 その驚異の技術力もさる事ながら、一連の異変の背後に悪意ある何者かの意思が介在していた事になるのだ。
「どうして黙ってたんですかっ⁈」
「すまない…… いまひとつ確証がなかったのと…… 一介の新人冒険者がいきなりそんなコトを言っても信じてもらえるか分からなかったんだ」
それでルシオラは不承不承ながら納得してくれたようだった。
「だが今となっては、ギルドに報告するべきだと思ってる」
「そうですね…… 私もそうすべきだと思います」
「メナス…… あれから解析は進んだのか?」
「うん、少しだけね。 でも多分、ひとつだけ分かったコトがあるよ」
「何だ、それは?」
「多分こいつらに与えられた命令は『探し物』…… かな?」
「探し物?」
「うん、ハチの時は取り憑くべき獲物を探して…… 取り憑いた後は魔素の濃い所を目指すように『命令』されているみたい」
「魔素の濃い所?」
「厳密に言えば、急激に濃くなった所…… かな? 濃い所でも変化がない所はすぐに全部のハチが集まって来ちゃうから」
それはその通りだろう。 水が高い所から低い所に流れていくように、何百何千の蜂を放ってもそれではやがて一箇所に集まって来てしまう。 魔素の増減の変化が激しい所を目指せば、常にそう言った場所の変化を把握し続ける事が出来るのだ。
フィオナはもちろん、ルシオラにも何の事かさっぱり理解出来なかった。 しかしユリウスは気付いてしまった。
「こいつらの目的は──」
「はい、多分…… これだと思います」
そう言うとメナスは、エプロンをずらして、皮膚を透けて内側から光を放つ【賢者の石】を指差した。
「それってつまり、どういう……」
「それじゃあ、あの実技試験の帰りに遭遇した旧式のゴーレムもお前を目指して? いや待て、あの【アダマンタイト・ゴーレム】…… あいつもっ⁈」
「全部繋がってきましたねー」
【チタニウム・ゴーレム】の少女は、他人事のように無表情にのたまった。
ここから導き出される一つの答えに、たぶんフィオナ以外の誰もが気が付いていた。 しかし、それに触れるものは何故かひとりもいなかった。
「それじゃあ早速帰って、ギルドに報告しましょう!」
「その【転移門】って言う超便利な魔法…… どこでも行けちゃうの?」
フィオナが無邪気に聞いてくる。
「基本的には行ったコトのある場所ならどこでも…… でも今回は宿屋の部屋の中よりももっといい場所があるんだ」
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王都ミッテ・ツェントルムの中央北、富裕層の邸宅が湖のほとりに建ち並ぶ住宅街の昼下がり…… クラプロス男爵邸では、メイドのカエルラ・パレンスが箒を手に玄関前ロビーの掃除をしていた。
ユリウスが帰ってきたあの日以来、またいつもと変わらぬ日常が戻っていた。 カエルラは今でもたまに、ふっと思う事がある。
あれは夢だったのではないだろうか……
先日、実に7年振りに失踪していた館の主人がひょこりと帰ってきた。 館の中を見て回り、使用人たちと一緒に夕食を摂ると、彼らの病気や調子の悪い所を直して去って行った。 過ぎ去ってしまえば、夢のような現実味のない体験だった。
もっとも…… 実家に帰れば長らく臥せっていた母親が元気に生活していて、主人に貰った魔法の秘薬の空き瓶も残っているのだが。 ちなみにその瓶は今、一輪挿しに使われていた。
カエルラは床を掃く箒の手を止めて「はふう」とひとつ溜め息を漏らした。
その時突然、ロビーの中央付近に円形の黒い窓が開いた。
「やぁ、カエルラ。 失礼するよ」
「ユリウスさまっ……‼︎」
その黒い窓から主人たちが出て来るのを見るや否や、カエルラは思わず手にした箒を取り落としてしまった。
「アルブスさまっ フラウムさまっ ユリウスさまがお戻りになられましたっ……‼︎」
そう叫ぶと少女は、止める間もなく階段を駆け上がっていってしまい、ユリウスは苦笑した。
「これはユリウス様…… 本当に帰って来て下さったのですね」
彼らも半信半疑だったのか、駆けつけた執事のアルブスとメイド頭のフラウムの夫婦は既に目の端に涙を浮かべていた。
「そりゃあ帰るさ、約束したからな」
「メナス様もご一緒で…… おや、そちらの方々は?」
そこでやっとフィオナとルシオラに気付き執事が尋ねた。 フィオナは貴族のお屋敷の玄関ホールの天井の高さに、ただただ圧倒されているようだった。
「オレの冒険者の仲間で、フィオナさんとルシオラさんだ……」
ユリウスは頭を掻きながら躊躇いがちに紹介する。
「えぇと、実はふたりとも…… オレの婚約者なんだ」
ふたりの女性は緊張した面持ちでぺこりと頭を下げた。
「冒険者⁈ ユリウス様は冒険者をなさってらっしゃるので──」
その時、メイド頭のフラウムが夫の脇を肘で小突いた。
「──それよりも、婚約者ですってっ⁈ ふたりともっ⁈」
その後フィオナとルシオラは、しばらくの間フラウムの質問責めにあうのだがそれはまた別の話。
「それで…… 今日はゆっくりしていかれるのですか?」
「いや、今日は顔を見せに寄っただけなんだ。 これからすぐに冒険者ギルドに報告に行かなければならない」
「左様ですか…… 残念です」
老執事の言葉は、本心からのものに聞こえた。
「これからはちょくちょく寄らせてもらうよ。 その時はまたみんなで食事をしよう」
「それは、とても楽しみです。 ただ……」
老執事はそこで言葉を切ってユリウスの反応を待った。
「前もってお知らせ頂けると、お食事の用意も張合いがあるのですが……」
執事のおどけた表情にユリウスは苦笑する。
「わかった、今度予定を立てて必ず連絡するよ」
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クラプロス男爵邸を後にすると、ユリウスたち一行はその足で冒険者ギルドに報告に戻った。 屋敷の玄関を出入りする訳にはいかないので、いったん王都南門の外の人目につかない所に【転移門】を開く。 実は今回はどちらにせよ、門番の衛兵にギルドの通行証を提示して王都内に入らなければならないのだった。
幅2m以上はあろうかという【トライホーン・バイソン】の頭蓋骨を担いで王都の目抜き通りを歩くのは中々に人目を引く行為である。 そんな訳で、先日のギルドマスターとの練習試合でメナスの顔を覚えている人々に、度々声をかけられる事になってしまった。
「それにしても、シンのお屋敷すごかったねぇ〜」
屋敷では珍しく静かにしていたフィオナが溜め息をつく。
「そうかな、貴族の屋敷にしては小さい方だと思うけど」
「あの…… 私の実家の邸宅よりも立派だったと思いますよ?」
ルシオラが何故か申し訳なさそうに申告する。 彼女は王国の西方にある小さな領地の貴族の娘なのだった。
「でも、フィオナ…… お兄ちゃんと結婚したら、あのお屋敷の女主人になるんだからね。 クラプロス男爵夫人だよー」
「え〜〜っ そんなの考えられないよ〜」
メナスの指摘にフィオナが悲鳴をあげる。
「ねぇ、シン…… わたし、あのお屋敷に住まなくちゃダメ? わたし出来れば、あの山小屋に住みたいな〜」
「どっちだって同じコトだろ? 【転移門】の魔法があれば一瞬で行き来出来るんだし」
「そっかぁ〜 でもなぁ〜」
農村で生まれ育ったフィオナが戸惑うのも無理はなかった。 まぁこの問題は時間が解決してくれるのを待つよりないだろう。
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ギルド本部に着くと、ルシオラが職員に声をかけてすぐに三階の応接室に通された。 チーフ・オフィサーのマルモア・エルフェンバインが、期待と不安が入り混じった何とも言えない表情で出迎えてくれた。
「これは皆さん…… 何でも、北の辺境のシュテッペ村に【トライホーン・バイソン】が出現したとか?」
牛の頭蓋骨は、既に職員に預けてあった。
これから分析班に回され、子細にわたって調べられるのだろう。
「それにしても困りましたなぁ…… とうとう大陸外の魔獣までも現れるようになるとは」
【彷徨える魔獣】
本来の生息範囲を離れて魔獣が出没し、尚且つ凶暴化するという、最近王国周辺を騒がせている一連の異変の呼び名である。
【トライホーン・バイソン】はヴェルトラウム大陸には生息しない、もっと南方の国の魔獣なのだ。 今回の一連の異変とは断定出来ないとしても、いいニュースとは言い難い。
「ところで、他にもご報告しなければならないコトがあるのですが。 出来れば先日お会いした…… 彼を呼んで下さいませんか?」
「彼? はて、誰の事でしょう?」
「えぇと、研究調査班の…… ルシオラのパーティー仲間だった……」
「あぁ、ハイメル?」
「そうそれ!」
ルシオラが答えると、何故かメナスが同意した。
ハイメル・トゥルブレンツは研究調査部門のギルド職員で元冒険者の魔導師だった青年だ。 ルシオラとは古い付き合いで、何度もパーティーを組んだ事があるらしい。 痩せ型で長身で眼鏡をかけた、いかにも学者肌といった感じの青年だった。
ギルド職員に呼びに行ってもらい彼がやって来るのを待って、ユリウスは小瓶に入れた例の『蜂』のサンプル取り出し机の上に置いた。
「これが、どうしたと言うんですか?」
何か仕事の途中だったのだろう、青年は不機嫌そうに尋ねたが…… もしかしたら、いつもこんな調子なのかも知れない。
「実は──」
ユリウスは、この『蜂』にまつわる一連の経緯と予想を出来る限り誠意を持って説明した。 もちろん『賢者の石』とメナスの事は話すわけにはいかないが……
その話を聞いていたマルモアとハイメルの表情が徐々に曇り出していく。
「もしそれが本当だとしたら由々しき事態ですぞ……⁈」
「失礼、手に取ってみても?」
ハイメルが小瓶に手を伸ばすと、ユリウスは黙って頷いた。 彼は躊躇う事なく小瓶の蓋を開くと、中の蜂を手の平に乗せて観察した。
「確かに…… にわかには信じられませんが…… これが精巧な作り物なのは間違いないようですね」
ハイメルは眼鏡の縁に指を当てながら呟いた。
「早速これを分析してみたいのですが……」
そう言って彼は、小太りのチーフ・オフィサーの顔を伺う。
「も、もちろん…… そうしてくれ給え」
彼はサンプルを瓶に戻すとユリウスたちに向き直り、軽く頭を下げる。
「そう言うわけですので、これはお預かりします。 一刻も早く分析したいのでこれで失礼します」
「あぁ、よろしくお願いします」
ハイメルの背中が応接室から出て行くのを見届けてからフィオナが呟いた。
「あぁ〜 緊張した…… わたし何か、あの人苦手だわ」
「わかるわ〜 決して悪い人じゃないんだけどね……」
それなりに付き合いの長いルシオラが苦笑する。
「それにしても…… 一体誰がこんなモノを?」
マルモアが額に汗を浮かべながら、うわ言のように呟いた。
ユリウスはルシオラと目を合わせ、その次にメナスの顔を見た。 しかし何故か、彼女がユリウスと目を合わせる事はなかった。
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ギルド本部の地下階には、魔獣のサンプルを保存したり解剖分析したりするための施設が備わっていた。 魔獣の屍体や薬品類を保存するのに地下の冷暗所が都合がいいのだろう。 当然ハイメルの所属する研究調査班も地下にある。
彼は地下の廊下を早足で歩きながら自分の研究室に向かっていた。 すると一つの扉が開き若い男の職員が顔を出した。
「あっハイメルさん! 何だったんですか…… 急な用って?」
「もしかしたらとんでもない緊急事態かも知れん…… すぐに『魔道具』解析用の器材を用意してくれ! 分析を始めるぞ」
いつにない緊迫した彼の雰囲気に、若い助手は事の大きさを理解して息を飲んだ。
「りょ…… 了解ですっ!」
研究室の主人を迎え入れると、その若い助手は廊下の様子を少し伺ってから静かに扉を閉じた。
主人公たちが街へ戻って、そろそろ第二章の物語は収束に向かいます…… 次回が主人公たちの実質的な最終回で、その後は『仮想世界』『帝国』『この世の果ての塔』……他の、短いエピローグが続きます。
それでは最後までよろしくお願いたします。
─────次回予告─────
第77話 ~幸せの当番〜
乞う御期待!




