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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
74/111

74 ~告白〜

──────前回までのあらすじ─────


 晴れて冒険者となった初クエストで、帝国からの要人、皇女ラウラを無事に帝国領へと送り届けたユリウスたち一行は、次なるクエストとして、フィオナの故郷であるシュテッペ村に来ていた。 賢者である身分を隠し新人冒険者になっていたユリウスは、とうとう仲間たちに正体を明かす時が訪れようとしていた……


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 そこは人里離れた山奥の中腹にある、彼の隠れ家(セーフ・ハウス)だった。


 切り立った岩山にそこだけ削り取ったように緑の多い平地があって、麓からはちょうど死角になる位置に建っている。 一見、二階建ての普通のログハウスのような外観だが、実際は背にした岩山や地下にまで建物が増築されており、さながら大自然の要塞と言った様相を呈していた。


 玄関前に(しつら)えた木製のバルコニーには、メナスに髪を切ってもらった時の椅子がそのまま置いてあった。 今は足を怪我したメナスがちょこんと座っている。


 眼下を見渡せば麓に広がる草原の丘陵地帯と田園風景…… その奥に連なるシュテッペ村の家々が一望出来た。


「すごいすご〜い! 村があんなに小さく見える!」


 【D-】判定の盗賊(シーフ)である筈のシンが何故か【転移門(ゲート)】を開いてここに来た事も忘れフィオナがはしゃぐ。


「確かに…… これはなかなかの眺望ね」

「こんなところにあったんだね〜 シンたちの山小屋、見つからないワケだよ」


 フィオナとルシオラが風景を眺めているうちに、ユリウスは小屋の中から椅子を二脚持ってきてバルコニーの前に並べた。


 自分は木製のバルコニーに直接腰を下ろして、ふたりが景色を眺めるのに満足するのを待つ。


 ひとしきり眺望を堪能し我に帰ったのか、フィオナがユリウスのところへやってきた。


「さぁ、聞かせてもらおうじゃない。 説明してくれるんでしょう?」

「あぁ、椅子に座って。 ふたりとも」


 フィオナとルシオラは揃ってユリウスの用意した椅子に腰を下ろした。 若干不満げな赤毛の女(サムライ)とは対照的に、金髪碧眼の僧侶(プリースト)憑き物(・・・)が落ちたかのようなさっぱりした表情をしていた。


「フィオナ、君には謝らなきゃならないコトがあるんだ」

「え? それって……」


 いつになく深刻な口調に、少女の表情が不安げに曇る。


「オレの本当の名前は、シン・イグレアムではないんだ。 オレの本当の名前は…… ユリウス・ハインリヒ・クラプロスと言うんだよ」


「…………? …………? …………え?」


 フィオナの頭の上に複数のクエスチョンマークが肉眼で見えるかのようだ。


「この憎たらしい人はね、本当は三賢人のひとり、大魔導師のユリウスさまだったのよ」


 ルシオラが穏やかな表情でフィオナに説明する。 細かい経緯はさて置き、今は求めていた人物をやっと捕まえた事で安心しているようだった。


「つまり………… どゆコト?」

「信じて欲しいんだけど、決して誰かを騙そうとか傷付けようとか思っていた訳じゃないんだ。 ただオレは…… 身分を隠して、魔法の力に頼らずに冒険者になってみたかったんだ」


 フィオナの反応がどうにも鈍い。 言葉が頭に入らずに、そのまま右から左へと流れて行ってしまっているようだった。


「何故そうなったのか…… ルシオラにも聞いて欲しい」


 ユリウスが目を合わせると、ルシオラは穏やかに頷いた。


 それからユリウスは、ゆっくりと言葉を選んで、フィオナにも分かるように丁寧に説明した。


 自分たち三賢人…… 大司教のウィリアム・グレゴールと、宮廷錬金術師のミュラー・フォン・ライヒェンシュタイン、それから宮廷魔導師のユリウスは、宗教と錬金術、魔術との対立という立場を超えて、実は固い友情で結ばれていた事を── 三人でいくつもの共同研究をしていたが、その内の最大の成果が【賢者の石】の精製に成功していた事だった。


「その…… 【賢者の石】っていうのは何なの?」


 聞き慣れない言葉に、今まで呆然と話を聞いていたフィオナが反応した。


「簡単に言うと『この世の全ての知識が引き出せる魔法の石』かな。 その結果として、卑金属を黄金に変えたり、不老不死の薬を作ったりすることも理論的には可能な筈だ」

「………… 話が大きすぎて全然ついていけない…… 不老不死とか……」

「実際にそこまでは実現してないけどね…… 全ての知識が入っていても、それを引き出せるかは使う人の技量も問われるんだ」


 そこでルシオラは、口を開きかけたが思い止まった。 7年の時を経てシャウアを蘇らせた事は、軽々しく口にしていい事ではないような気がして。


「当然オレたちは、そこから知識の深淵を覗き込もうとあらゆる手段を試みたよ…… 全身全霊でね。 そのために創ったんだ。 それ以外に選択肢は無かった」


 そこでユリウスは言葉を切って、遠くの空を見つめた。 そろそろ陽が傾き始めて、西の空を茜色に染め始めてゆく。


「そしてオレたちはある時…… 決して開いてはならない『パンドラの箱』を開けてしまった……」

「パンドラの箱?」


 その単語には、ルシオラも聞き覚えがあった。 


 当時の三賢人たちは、いかに効率よく【賢者の石】から目的の知識を引き出すか── その方法を探るのに躍起になっていた。 時間を見つけては『石』と対峙して、その構造や性質を観察していた。 実際には、あの広大な仮想空間── 白い図書館に入っていたのだが、話がややこしくなるのでその説明は省く。


「そんなある日、オレたちは『石』の振る舞いを観察していて…… 実は、情報にも重さ(・・)があるコトに気付いたんだ」

「情報に…… 重さ……?」


 それはフィオナにはもちろん、聡明なルシオラにさえにわかには理解し難い話だった。


 もとより【賢者の石】は、超高密度の情報集積体だ。 その質量は体積からは想像もつかない程にとんでもないモノだった。 だからユリウスたちは先ず『石』自身の生み出すエネルギーで『石』自身に絶えず【超軽量化】の魔法を付与するコトから始めなければならない程だった。 そして、それこそが【賢者の石】を物質として現世に顕現させる最後の鍵だったのだ。 ユリウスが重力系の魔法を得意とするのは、この辺りにも由来していた。


「そんな時『石』の中に、特に重力密度の高い『特異点』を発見したんだ……」


 そこでユリウスは言葉を切って、ふたりの顔を伺う。


「ダメだ…… もうさっぱりわかんない」


 早々にフィオナは白旗を上げた。 そもそも『万有引力』の概念など農夫の娘が知っている筈もない…… 一方、ルシオラは理解は出来ずとも続きを聴く意思はあるようだった。


「分かった…… もっと()い摘んで話そう。 結局オレたちは、その『点』が世界の綻び…… 事象の地平線…… 簡単に言うと『この世の果て』だと気付いたんだ」

「全然カンタンじゃないよ〜〜」


 フィオナが苦情を訴える。


「そしてオレたちは…… そこから『外』に出て、この世界を『外側』から眺めたんだ…… この世界の『真の姿』を」

「この世界の『真の姿』?」


 ルシオラの問いに、ユリウスはゆっくりと頷いて見せた。 フィオナは、たぶん大丈夫だろう。 しかしルシオラは僧侶(プリースト)だ…… この先の話は慎重に進めなければならない。


「もしかして…… それが、大司教さまが自死なさった原因なのですか?」


 ユリウスは頷けなかった。


「神は── いなかったのですね?」


 ルシオラの顔がみるみる蒼ざめてゆく。

ユリウスはルシオラの手を握りしめた。 何かを察したのか、フィオナもルシオラのもう一方の手を握りしめる。


「少なくとも、彼の理想とする真実ではなかったんだと思う…… オレには、それしか言えないよ」


 ルシオラは、しばらくのあいだ口もきかず放心していた。 しかし、やがてその瞳には意思の光が戻ってきた。


「心配おかけしました…… 私は大丈夫です」

「ほんとにだいじょうぶ、ルシオラ……?」


 フィオナが心配そうに顔を覗き込む。


「そりゃあ少しはショックだけど…… 私は、もともと花嫁修業で親に修道院に入れられただけだし…… 一生修道女として生きる気なんかなかったしね」


 だからと言って、彼女の信仰心が偽物だという訳ではない。 彼女にとっての信仰とは、神様が本当にいるかではなく『全ての人が善なる神の存在を信じて暮らせば世界は平和になる』と言う考えからくるものだった。


 その点は、ウィリアム大司教とは決定的に違っていたのだ。


「それで…… ミュラーさまは?」

「分からない…… 彼は錯乱してどこかへ行ってしまったんだ。 どこにいるのか…… 生きているのか死んでいるのかも」


 ユリウスの脳裏に、先程戦った【アダマンタイト・ゴーレム】の少年の姿が一瞬よぎる。


「それからオレは…… 全てが虚しくなって、考えるコトをやめたんだ。 この小屋の地下で…… 何もせず、7年間ただ眠りに就いて……」


「え〜〜っ そんなコトで⁈ っていうか、7年間もただ寝てたら死んじゃうじゃん!」

「マスターはですねー 魔素(マナ)を操って栄養素を周囲から取り込んだり、新陳代謝を促したり出来るんで、本当はもう食事や排泄も必要ないんですよー」


 バルコニーの椅子の上から、メナスが補足する。


「その間も、メナスが毎日世話をしてくれていたらしいんだけどな。 本当にすまないコトをした……」

「それで…… どうして7年経って目が覚めたんですか?」


 ルシオラは、ユリウスと分かってからすっかり敬語になってしまっていた。


「メナスは毎日、朝晩にオレの様子を見に来て…… その日一日にあったコトを話して聞かせてくれていたらしいんだ……」


 ほとんど覚えていないんだけどな、とユリウスは付け加えた。


「それである日── 子供たちが冒険者ごっこをして遊んでたって話を聞いて…… 子供の頃の記憶が…… 冒険者に憧れていた頃の感情までもが一気に溢れ出して来て……」


「それで意識を取り戻したんですね?」

「あぁ、どうせこの世界の全てが虚しいなら…… 魔法の力を封印して冒険者になるのも悪くないかなって。 こうして語ってても馬鹿みたいだなって、自分でも思うけど」


「つまり、結局は〜 この世界の姿が頭の良い人たちには期待外れだったってコトでいいんだよね〜?」


 フィオナの問いに、ユリウスは目を閉じて頷いて見せた。


「……本当にくだらない理由だよな」


 フィオナは空いている方の手でユリウスの空いている方の手を握りしめた。


「でも食事もしないで平気なんて…… それじゃあまるで、お伽話の仙人みたいだね〜 なんかつまんなそう」

「実際そんなようなもんだよ。 マスター、ほんとは39歳なんだけど…… 肉体年齢は20代前半くらいだし」


「え〜〜〜〜っっ‼︎ 39歳〜〜っ⁈ いまの話の中で一番ショックなんだけど〜〜!」


 ユリウス、メナス、ルシオラの三人は一瞬目を丸くしたあと思わず吹き出してしまった。 断崖の岩山に朗らかな笑い声が谺する。


「ごめん、フィオナ…… 何度も言うけど本当に騙すつもりじゃなかったんだ。 もしキミが婚約を破棄したいと言うなら──」

「ちょっと待って! 結局シンはシンなんでしょう? いきなりユリウスさまって言われても…… わたし、これからもシンって呼び続けるわよ?」


 一瞬フィオナの真意を掴みかねてユリウスが目を白黒させる。


「つまり── 性格やひととなり(・・・・・)は演技じゃなかったってコトでしょう?」


 ルシオラがフィオナの言いたいコトを要約して代弁してくれた。


「あぁ、そうか…… そうだな。 オレはオレだよ。 今までも、これからも」

「じゃあわたしは何でもいいわよ…… ユリウスさまだって、39歳だって、この世の姿がどうだったって!」


 そう言ってフィオナは、ユリウスに抱きついて来た。


「だってシンが大好きなんだもん!」

「……うん、ありがとう。 オレもフィオナが大好きだ」


 すぐ目の前では、ルシオラが穏やかな微笑みを浮かべていた。


「ルシオラ…… 君にもすまない事をしたね」


 ルシオラはゆっくりと首を振った。 するとフィオナが、ユリウスの顔を両手で挟んで向きを変える。


「もう! ちがうでしょ…… はい、やり直し!」


 ルシオラは決して否定の意味で首を振ったわけではなかったのだが…… ユリウスはもう一度ルシオラと目を合わせると、今度は正解に辿り着こうと必死で考える。


「……愛してるよ、ルシオラ」


 ルシオラの目から涙が溢れ、抱き合うふたりに加わった。


 ユリウスの目にも光るものが滲んでいた。



 目が覚めてからも、頭の中にずっと重くのしかかっていた何かが、少しだけ軽くなったのをユリウスは感じていた。


 今回も少し遅くなってしまいすみません…… 

第二章は大晦日の完結を目指していたのですが…… 思ったより年末のゴタゴタに手間取っておりまして、もしかしたら1日2日くらい投稿出来ない日があるかも知れません…… その節はどうかご了承頂けると幸いです。


 現在は1月1日の完結くらいを目指しておりますが、はてさて……(汗)


 第二章も残すところ後数話…… それではまた、明日からもよろしくお願いたします。


─────次回予告─────


第75話 ~賢者の時〜

 乞う御期待!

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