73 ~傷〜
──────前回までのあらすじ─────
晴れて冒険者となった初クエストで、帝国からの要人、皇女ラウラを無事に帝国領へと送り届けたユリウスたち一行は、次なるクエストとして、フィオナの故郷であるシュテッペ村に来ていた。 凶暴化した異国の魔獣を倒し安心した直後、新たな敵、アダマンタイト・ゴーレムの少年が現れる。 それを辛くも退けたものの、メナスは深傷を負ってしまい……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
ユリウスは傷付いたメナスを横向きに抱き上げると、駆け寄ってくるフィオナとルシオラの方へ歩き出した。
「わーい お姫さま抱っこだー」
などと呑気にのたまうメナスを他所に、追いついて来たふたりはかなり慌てた様子だ。
「大丈夫なのっ シン⁈」
「あの少年はっ……?」
ふたりとも震える手には、それぞれ刀と戦鎚を固く握りしめている。
「逃げられました…… メナスの蹴りがいい感じにヒットして。 その代わりメナスも足をやっちゃって」
「追っ払ったの……⁈ あの化け物を⁈」
「それで…… 怪我の具合は?」
「たぶんしばらく歩けないかなー?」
「ちょっと見せて下さい!」
僧侶のルシオラがそう言うのは当然予想出来た。 ユリウスは静かにメナスを芝生の上に降ろした。
「ごめんね、メナスちゃん……」
声をかけながらルシオラは、メナスの包帯を丁寧にほどいてゆく。 右足のふくらはぎに深い傷が二本も付いていた。 予想以上の深手にルシオラは顔をしかめる。 この時間までには人間の傷口に見えるように表面の偽装が完了していたのが幸いだ。
「待っててね、いま【治癒】の魔法をかけるから」
メナスは大人しく言う通りにしていた。 おそらく効果はないのだが、ここで断るのは不自然だ。
「フィオナは? 足は大丈夫なのか」
「うん、ルシオラが【治癒】の魔法をかけてくれたら全然痛くなくなっちゃった」
「そうか、それは良かった」
「ねぇ、ところでさっきのって──」
治療をしながらも、ルシオラの頭には様々な思いが渦巻いていた。 さっきの少年は一体何だったのだろう? あの、メナスと同じ顔をした不気味な少年は──
思えば最初からおかしな事だらけだったのだ。 このメナスという少女の、規格外という言葉には収まりきらない異様な強さ。 シンとメナスは兄妹だと言うが、歳が離れすぎているし他の家族の気配を一切感じないのも気にはなっていた。 29歳で冒険者を初志願したという男。 【D-】という判定結果とは裏腹に、高い知性と洞察力、魔法への知識などを持っているのも不自然だったし…… 襲いかかるワニの顔に袋を被せたり、ゴーレムが撃ち出したクロスボウの矢を掴み取ったり、【S-】クラスの冒険者【純白のヴァイス】と互角に戦っていたようなフシもある……
そう、それとあと何かひとつ…… 大事な事を忘れているような……
そうだ、あの『傷』── なんで今まで忘れていたんだろう……
「私に出来るのはここまでね…… あとは、ギルドに戻ったら司祭のトロイさんに【高位治癒】の魔法をかけてもらいましょう」
「ありがとう、ルシオラ」
メナスがお礼を言う。
「それじゃあ、今回は王都に戻りましょうか…… まだコーレさんの馬車がいてくれてる筈ですから」
王都からここまで乗せて来てくれた旅商人のコーレとは、日没までは集落で待っていてくれる約束になっていた。
「牛の頭を忘れないようにねー」
「え〜〜っ それって、わたしが持つの〜?」
フィオナが不満そうに頬を膨らませる。
「オレが持ってくから、メナスを抱っこしてくれるか?」
「それはいいけど…… シンひとりで持てる〜?」
「私が手伝うわ。 角の端と端をふたりで持てば、そんなに重くもないんじゃない?」
「それは助かるよ」
……とくん
ユリウスとルシオラは【トライホーン・バイソン】が倒れている場所に向けて歩き出した。
とくん…… とくん……
ふたりが両側の角を一本ずつ掴んで立ち上がろうとした時、ルシオラは努めてさりげなくユリウスに声をかける。
「そう言えば左手の平の傷は、もう大丈夫ですか?」
「ん? これか。 とっくに跡も残ってないかな…… ルシオラとトロイさんのお陰だよ」
とくん…… とくん…… とくん……
左手の平を一瞥したあと、ユリウスは改めて三日月のような角を握り直す。 ルシオラの心臓は今にも爆発しそうだった。
「【死の谷の洞窟】では、まだうっすら跡が残ってましたもんね……」
「あぁ、あれはまだ翌日の夜だったから──」
どくんっっ!
ユリウスは凍り付いた。
【死の谷の洞窟】だって────⁈
おそるおそるルシオラの方を見ると、そこには今まで一度も見たことのない表情の彼女がいた。
次の瞬間、両腕を広げたルシオラが体当たりするように掴みかかって来てふたりはもつれあいながら芝生の上に転がった。
ユリウスが何が起こったのか理解するより早く、彼の口にルシオラの唇が押し付けられる。 ユリウスの上に馬乗りになり、両手で頭に挟むように抱え、一心不乱に唇を貪っている。 知的で清楚な普段の彼女からは想像もつかない、獣のような口付けだった。 ユリウスは訳もわからず為すがままにそれを受け容れていた。 彼には知る由もなかったが、それは彼女のファースト・キスだった。
今まで抑えに抑えてきた何かが彼女の中で爆発したのだ。 少女の頃から憧れていて、しかも彼女の親友を復活させてくれた伝説の大魔導士。 最近知り合った、優しくて頼りないけど賢くてちょっとハンサムな冒険者。 そのふたりが同一人物で、いま目の前に存在している! 既に彼女は、もはや自分が何をしているのかも理解していなかった。
「あ〜〜〜〜っっ ちょっと、そこ何してんのぉ〜〜っ⁈」
やっと異変に気付いたフィオナが、ふたりを指をさして大声をあげる。
そこでようやく、ルシオラは我に返り唇を離す。 トレードマークの銀縁眼鏡もとっくに弾け飛んでいた。 美しい碧い瞳は潤み、頬は真っ赤に上気している。
「ルシ…… オラ……?」
「ユリウスさま…… ですよね? ユリウスさまなんでしょう……」
それは祈るようなルシオラの囁きだった……
ルシオラの気になっているふたりの男性とは── 一人がシンで、もう一人が賢者ユリウスなのだと言う……
彼女はいつか、賢者ユリウスの助手になるか、それが叶わなければ身の回りの世話をするだけでもいいから側にいたいと言っていたそうだ。 そんな幻を追わせて、これ以上彼女の人生を無駄に浪費させるのは罪ではないのか……⁈ ここで否定したら、自分は地獄に落ちるしかないとユリウスは悟った。
「……そうだよ、ルシオラ」
ユリウスは続いて彼女に詫びの言葉を告げようとしたが、その口は再び彼女の唇に塞がれてしまった。 かと思えば彼女の歯が鼻の頭に齧り付き、それから顎や頬や、耳たぶにまで歯を立ててくる。
「痛ててっ…… 痛い痛いっ……! ちょっ…… ルシオラ⁈」
その後さらに覆い被さってきたかと思うとひとしきり唇を重ね、ようやく名残惜しそうに顔を上げた。
「もう絶対離しません…… いいですわね? ダメだと言われても離れませんから……」
「……ルシオラ」
ようやくふたりのところまで降りてきたフィオナが唇を尖らせた。
「ちょっとぉ〜〜 確かにふたりでお嫁さんにしてもらおうとは言ったけどぉ〜〜 そういうコトする前に、先にわたしに一声あってもいいんじゃないぃ〜?」
ユリウスは、やっと上体を起こしてフィオナの方を向いた。
「ごめん、フィオナ…… みんなオレが悪いんだ。 これからちゃんと説明するから」
「お兄ちゃんとしたコトが迂闊だったよねー あんな単純な誘導尋問に引っかかるなんて」
フィオナの背中におんぶされたメナスが、からかうように言う。 どうやら彼女は全て聞いていたようだった。 彼女の聴覚はその気になれば常人の数百倍にまで引き上げられるのだ。
「さぁ、どういうコトか説明してもらおうじゃないのよ!」
メナスを降ろしたフィオナが、両手を腰に当てて鼻の穴を膨らませている。 本気で怒っているようにも見えるが、やっとルシオラがその気になってくれて喜んでいるようにも見えた。
「フィオナ、ごめんなさいね…… 私、感情が抑えられなくなっちゃって……」
ユリウスが諦めたように呟いた。
「ここでは何だから、オレたちの山小屋に行こうか……」
「えっ? シンが療養してたって言う、あの山小屋? やった! わたし行ってみたい!」
ユリウスはゆっくり立ち上がると、麓の集落を一瞥し付近に人目がないのを確認してから呪文を唱えた。
「【転移門】!」
草原の丘の上に直径2m程の円形の黒い窓がぽっかりと姿を現す。
フィオナはあんぐりと口を開いて絶句した。
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「ついておいで」
そう言ってメナスを抱き上げると、ユリウスは先に【転移門】をくぐる。
事情が分かっているルシオラもすぐ後に続くが、まだ事態を把握していないフィオナは呆然と立ち尽くしていた。 するとまた【転移門】から、ユリウスがひょっこり顔を出し戻ってきた。 戸惑うフィオナの手を取ると、屈んで牛の角を掴みながら言った。
「もう片方、持ってくれる?」
「え? あ…… うんっ」
ふたりは仲良く【トライホーン・バイソン】の角を持って【転移門】をくぐった。
フィオナは目の前に突然開かれた景色に驚き大きく目を見開いた。
とうとうその時が来てしまいましたねぇ…… 当初の予定ではらもう少し先にしたかったんですが…… 流石にこれ以上ふたりに正体を隠し『力』を封印したまま、アダムの襲撃をやり過ごせる気がしません……(汗)
ところで第二章は大晦日の完結を目指していたのですが…… 思ったより年末のゴタゴタに手間取っておりまして、もしかしたら1日2日くらい投稿出来ない日があるかも知れません…… その節はどうかご了承頂けると幸いです。
現在は1月1日の完結くらいを目指しておりますが、はてさて……(汗)
第二章も残すところ後数話…… それではまた、明日からもよろしくお願いたします。
─────次回予告─────
第74話 ~告白〜
乞う御期待!




