72 ~アダム襲来〜 後編
──────前回までのあらすじ─────
晴れて冒険者となった初クエストで、帝国からの要人、皇女ラウラを無事に帝国領へと送り届けたユリウスたち一行は、次なるクエストとして、フィオナの故郷であるシュテッペ村に来ていた。 凶暴化した異国の魔獣と遭遇しそれを退けるが、そこに新たな敵が現れて……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
岩山の麓には大きな岩石が無造作に散らばっている地帯がある。 そこに誘い込めば、少年の空を飛べる利点を軽減出来るかも知れない。 なにより、ルシオラたちからも死角になるだろう。
徒歩とはいえメナスの速度は超人的だ。 少年が追いつくまでに岩場まで辿り着くことが出来た。
少年が最初の岩の上空に差し掛かった瞬間、岩場の陰に潜んでいたメナスが真下から強烈なパンチを喰らわせる。 しかし彼の言葉を信じるなら元より地上最高の硬度を持つというアダマンタイトの身体に加え【物理防御力上昇】の効果まで付与されているのだ。 全くダメージが入っている感覚はなかった。
それでもメナスは、少年が体勢を立て直す前に次の岩の陰に隠れて彼を待ち伏せた。
「そうか…… 隠れんぼだね。 知ってるよ僕…… 楽しいなァ」
(マスター、どうしましょう? 割と本気で殴ったんですが、こいつノーダメージみたいです)
(メナス! それでいい、そいつを油断させて攻撃を受けさせてやれ。 覚えてるか? オレたちが山小屋から降りた時の岩場の陰を)
(もちろん覚えてます!)
(オレが合図したら、何とかそこにそいつを蹴り落としてやるんだ!)
(了解しました!)
ユリウスはその場所を目掛けて一直線に走った。
少年は空中を飛びながら、ひとつひとつ岩の陰を覗いていく。 別に焦っても急いでもいない。 メナスを舐めている訳でもない。 彼はあくまでも遊んでいる感覚なのかも知れない。
メナスは岩の上に飛び移ると、少年の背後に蹴りを放った。 それで翼のように彼の背中に発現している魔法陣のひとつでも停止するかと期待したが、そんな事はなかった。 彼はすぐに体勢を立て直し、メナスの方へ振り向いた。
「見ぃつけタ!」
そう言うと少年は凄まじいスピードで一直線にメナスに迫った。 躱しきれずに防御した籠手の上から拳の一撃を受けてメナスが吹っ飛ぶ。 岩の一つにぶつかり地面に落ちるも追撃を避けるためすぐに岩の上に飛び上がる。 更に拳が迫ってきたが、それは辛うじて躱して後ろの岩場に飛び移った。 岩の上をジグザグに跳ねて追撃を躱しながら、悟られないように約束の場所を目指す。
既に目的の岩場の陰で待機していたユリウスは、何とかメナスに加勢してやりたい気持ちをぐっと堪えた。 ここで彼の存在を知らせるのは得策ではない。 メナスをサポートする第三者の存在を、なるべく彼の意識から消さなければならなかった。
やがてメナスは目的の場所を見つけ、その上の岩場で立ち止まり少年を振り返った。
すると何故か、少年も追撃をやめて空中で静止する。
「ふうん…… 何か企んでるでしょう? うまく誘い込んだつもりかも知れないけド」
岩場の陰に隠れていたユリウスの額に、一筋の汗が浮かぶ。
「へぇ、意外と臆病なんだねー もっと自信家かと思ってたけど」
「挑発したって無駄さ。 その手には乗らないよ。 って言いたいところだけド……」
少年はにんまりと無邪気な笑顔を見せた。
「敢えて真っ正面から叩き潰すのも面白いかモ」
メナスは岩の上で構えを取った。
少年も空中で両手を広げて何かの構えを見せる。 次の瞬間、彼の両腕の前腕部から手首を支点に刃渡り50cmほどの刃がせり出しくる。 それは青黒い光沢を放つ金属製のブレードだった。
彼は両腕を交差させると一直線にメナスに向かって滑空した。
(いいぞ、メナスっ! いつでも叩き込んでやれ!)
(はい、マスター!)
少年が腕を開いてメナスに斬りかかる直前、彼女は岩の足場を蹴って垂直に跳躍した。 滑空する少年はメナスの足の下をくぐると、すぐに振り返り後を追う。 普通なら放物線の頂点で獲物は無防備になる筈だった。 しかし少年の反転も織り込み済みのメナスは、頂点で宙返りして彼の肩口に強烈な蹴りを叩き込んだ。 だが同時に、その足に少年の二本のブレードが刃を立てる!
ドゴォォォンッ‼︎
少年の身体が真下に叩き落とされると同時に岩場の陰にいたユリウスが叫んだ。
「【転移門】!」
すると直径2mほどの黒い窓が上を向いて開き落ちて来た少年の姿を飲み込んだ!
「【重力の中心】!」
間髪を入れず闇の中に呪文を投げ込むと、即座に【転移門】を解除する。
その直後、まさしく同じ場所にメナスが落ちて来た。 傷付いていない方の片足で着地を試みるが、バランスが取れずそのまま転んでしまった。
「大丈夫かっ⁈ メナス!」
ユリウスはメナスの元に駆け寄った。
彼女の右足は、二本の刃に切り裂かれ、切断寸前のひどい傷を負っていた。 彼女のチタニウムの外装と骨格をいとも容易く切り裂くとは── あれは本当にアダマンタイトだったのかも知れない。
「あんまり大丈夫じゃないですね…… これくっつけるには少し時間がかかりそうです」
ユリウスは背嚢から包帯を取り出すと、自分の片手剣の鞘を添え木にしてメナスの足を固定した。
これで取り敢えず【絡繰り仕掛け】の露出した傷口をフィオナたちに見られなくて済む。 もちろん普通の人間の傷口に見えるように、メナスは表面の偽装処理も怠らない。
ひとまず辺りに静寂が訪れた。
しかし、二人は緊張した面持ちで辺りの異変に注意を向け続けた。
「もしあいつが【転移門】を使えたら…… もうとっくに帰って来てそうなもんだよな?」
「取り敢えずは、やり過ごせたみたいですね……」
大分消耗しているのか、メナスは力なく笑みを見せた。 ユリウスは彼女のこんな表情は見た事がなかった。
「マスター、何処に送り込んだんですか……? あいつ」
ユリウスはメナスの右足に巻いた包帯を確認しながら答えた。
「あぁ…… オレの行ったことのある場所の中で、一番面倒なところだよ」
「それって何処です? ボクの知ってるとこですか」
「【死の谷の洞窟】の地割れの奥だ」
「ははははは…… 確かに面倒くさい」
「ついでに【転移門】を閉じる前に【重力の中心】の呪文をお見舞いしてやったしな」
ただでさえあの硬さに【物理防御上昇】と【魔法防御上昇】の上位呪文まで纏っていたのだ。 おそらく倒せていないだろうが、それでも地割れの底で生き埋めになっている可能性は充分にあった。
「どちらにしろ、早くここを離れた方が良さそうだ」
ユリウスは麓の草原を見下ろした。 するとこちらに向かって走ってくる、フィオナとルシオラの姿が見えた。
2話連続更新させて頂きましたが、予定していた0時からはずいぶん遅れてしまいました。 すみませんでした。 やはり年末は予定通りに進みませんね……(汗)
第二章も残すところ後数話…… それではまた、明日からもよろしくお願いたします。
─────次回予告─────
第73話 ~傷〜 後編
乞う御期待!




