71 ~アダム襲来〜 前編
──────前回までのあらすじ─────
晴れて冒険者となった初クエストで、帝国からの要人、皇女ラウラを無事に帝国領へと送り届けたユリウスたち一行は、次なるクエストとして、フィオナの故郷であるシュテッペ村に来ていた。 そこで何故か凶暴化した異国の魔獣と遭遇し……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
メナスは【トライホーン・バイソン】の頭を斬り落とすためにフィオナに刀を借してくれるよう頼んだが、それは断られてしまった。 他でもない、フィオナが自分でやるというのだ。
もとより前脚を切断し背中から心臓を貫いてトドメを刺したのも彼女だ。 それは彼女なりのケジメだったのかも知れない。
三日月のように歪曲した角は、片方だけでも80cmくらいはあった。 これを運ぶのはそれなりに骨の折れる仕事になりそうだ。
「ねぇ、蜂の巣の方は…… どうしましょうか?」
「そうか、すっかり忘れてたな」
「取り敢えず今日は一匹も見てないし、この牛だけでも充分役に立てたんじゃない?」
「クエスト報酬にはならないけどねー」
その時だった。 メナスが村の方角から丘をこちらに登ってくる人影に気が付いた。
その表情が氷のように固まる。
「マスター、やばいです…… アレは絶対やばい」
「マスター……?」
フィオナがきょとんとした表情を見せる。
ユリウスはその事実に戦慄した。
【A・I】のメナスが、ふたりの前で思わずマスターと呼んでしまうほどの緊急事態なのか……⁈
丘を登って来る人影は、小柄でまだ子供のようだった。 そう、ちょうどメナスと同じくらいの。
メナスと同じくらいの……
その少年は、ユリウスたちの30mほど手前で声をかけて来た。 そのまま歩みを止める事はない。
「キミがメナスかイ?」
「あれ? あの顔……」
フィオナが呟いた。 銀色の髪に黒い瞳、華奢な身体にぴったりと張り付いた奇妙な黒い服。 それは確かに少年のようだったが、その顔はメナスに瓜二つなのだ。
ユリウスは静かに前に出た。
「お前は何者だ?」
ユリウスは少年に問いかける。 少年は歩みを止めない。
「えっ? 知り合いじゃないの?」
フィオナが驚く。 少年は歩みを止めない。
「そこで止まれ、お前は誰だ?」
ここに来て、ルシオラとフィオナも異変に気付いた。 手にした装備を構え改めて少年の方へ体を向ける。 少年は歩みを止めない。
「キミが持ってるんでしょ? アレ…… 『あの石』ヲ?」
その言葉に、完全に固まっていたメナスが我に返り、前に出て臨戦態勢を取った。
「それは僕のモノなんだ。 返してくれないかなァ……」
少年はもう、先頭のメナスの6〜7m手前まで迫っていた。
「フィオナ、ルシオラ! コイツは危ないっ! 退がってくれっ‼︎」
「えっ どういうコトっ⁈」
退がれと言われて退がったら前衛の意味がない。 フィオナはユリウスの前に飛び出そうとする。 その動きに一瞬反応した少年の隙をメナスは見逃さなかった。 ノーモーションから稲妻のような回し蹴りを少年の腹に打ち込んだのだ。
ドゴンッ‼︎
華奢な少年の体が10mくらい吹っ飛んで更に丘を転がり落ちてゆく。 彼が見た目通りの子供なら、とても無事では済まないような勢いだった。 だかその少年は何事もなかったかのように立ち上がると、ゆっくりと首を回して関節を鳴らした。
「ひどいなぁ…… それが初対面の相手に対する挨拶ってワケ?」
(マスター、おそろしく固いです。 多分ボクより硬度の高い金属を使ってます)
幾分冷静さを取り戻したのか、メナスが【念話】で語りかけてきた。
(それじゃあ、間違いないんだな?)
(はい、彼もボクと同じです…… 【自立思考型自動人形】です)
「あぁ、そうか…… 自己紹介がまだだったネ」
少年は服に付いた草を払いながら姿勢を正した。
「僕はアダム…… 【アダマンタイト・ゴーレム】のアダムだヨ」
「……っ⁈」
「アダマンタイトだってっ⁈ 『破壊不能』を意味する伝説上の金属じゃないかっ⁈」
「ちょっと待ってよっ! 全然話についていけないっ!」
混乱したフィオナがユリウスの腕を掴む。
「今は詳しく説明できないっ! ただ一つ言えるのはアレは敵だ! 人間じゃないっ!」
そんな事を言われても、いきなりメナスと同じ顔をした少年を敵とは認識出来る筈もない。 ましてやそれを殺す事など……
「取り敢えず、大人しく渡す気がないってコトは分かったよ。 それじゃあ僕モ」
そう言うと少年の双眸が赤く鈍い光を放って明滅した。
ユリウスは少年の周囲にただならぬ魔素の集中を認め戦慄する。 次の瞬間少年の背後に直径2m程の光輪が姿を現した。 それはよく見ると半透明に光り輝く何かの魔法陣のようだった。 それはまるで── 神々の彫像や天使の絵画に描かれる後光のようにも見えた。
(メナス、【飛翔】の呪文だ! 来るぞっ‼︎)
(わかってます、マスター!)
少年は大地を蹴る事なく宙に浮くと、その光輪を背負ったまま高速でメナスに突っ込んできた。 打撃による攻撃を警戒しメナスは逃げずに両腕を交差して防御を固める。 これは背後に控えるフィオナやルシオラの事も考えての選択だった。
しかし、少年はメナスの眼前で急に回転して蹴りを放つ。 それは、ちょうど逆上がりのような動作だった。 不意を突かれたメナスの両腕が跳ね上げられたところを、続く横からの蹴りが彼女の脇腹を直撃した。
ズガンッ‼︎
今度はメナスが横殴りに吹っ飛ぶ番だ。
刀に手をかけ反射的に前に飛び出したフィオナをユリウスが制する。
「待てっ! フィオナ!」
メナスに追撃をかけようとしていた少年が空中で向きを変えフィオナを睨んだ。
「【空気の盾】‼︎」
フィオナの眼前に、ルシオラが空気の盾を出現させる。 それを視認してなお、少年は拳を振り上げフィオナに殴りかかってきた。
ガシィィィ……ンッ‼︎
激しい衝撃音とともに大気が震え、少年の拳は空気の盾の耐久値を一瞬で削り切った。 ユリウスが腕を引いてフィオナを抱き寄せた瞬間、彼女のいた場所を少年の拳が突き抜けていく。 そのまま激しい爆音とともに着弾し大地に直径1mほどの穴を穿った。
そのまま地面に足をついた少年は、ふたたびゆっくりと宙に浮かぶとユリウスとフィオナの方へ向き直る。 ユリウスが投げた二本の短剣を、彼は避けもせず顔面と肩で弾いた。
キンッ キンッ!
乾いた金属音が鳴り響く。 次の刹那、少年の後頭部にメナスの凄まじい蹴りが直撃した。 完全に不意を突かれたのか少年は更に丘を転がり落ちてゆく。 ユリウスが腕の中のフィオナに目を下ろすと彼女は足を抑えて苦悶の表情を浮かべていた。 どうやら飛び散った岩のカケラがぶつかったようだ。
(メナス、そいつをフィオナとルシオラから引き離してくれっ! オレに考えがあるっ!)
(了解です、マスター)
そのまま少年を追って駆けていたメナスが転がる彼に更に蹴りの一撃を加えた。
(ダメだ…… 全然応えてないよコイツ)
(出来るだけ岩場の陰におびき寄せて、ふたりから離してくれ!)
(了解です、マスター)
「ほら、こっちだ! お目当ての『石』はボクが持ってるよ!」
そう言うとメナスは、高い岩山の麓の方へ向けて走り出した。 少年は立ち上がると、ゆっくりとメナスの方を向いた。
「仕方ないなぁ…… もう少し本気を出すかナ」
少年の背中に更に二つの魔法陣が横に並んで出現した。 それに重なるように更に二つひと回り小さな魔法陣が浮かび上がる。
それはまるで歯車で出来た翼のような姿だった。
(【攻撃力上昇】【物理防御力上昇】【魔法防御力上昇】【移動速度上昇】か── どう言う原理か知らんが、あの魔法陣がある間は永続する魔法と見て間違いなさそうだな……)
この世にまだ自分の知らない魔法の応用が存在するとは…… もしかすると【付与魔法】の一種なのかも知れない、と頭の片隅でユリウスは思った。
少年は五つの光り輝く魔法陣を背負ったまま宙を舞い、メナスを追って空を滑った。 ユリウスもその後を追って走り出す。
「ルシオラっ フィオナの様子を見てやってくれっ! 出来ればここからなるべく離れてっ……!」
「分かったけど…… シン、あなたはっ⁈」
「オレはメナスを出来るだけサポートしてみるっ‼︎」
ルシオラは何か言いたげに少しだけシンの背中を見送ると、踵を返して踞るフィオナの方へと駆け出した。
本日は話数調整と前後編のため、この後0時にも通常通り投稿させて頂きます。
よろしくお願いたします。
─────次回予告─────
第72話 ~アダム襲来〜 後編
乞う御期待!




