67 ~両刃斧と迷宮〜
──────前回までのあらすじ─────
晴れて冒険者となった初クエストで、帝国からの要人、皇女ラウラを無事に帝国領へと送り届けたユリウスたち一行。 さらにユリウスは彼女の希望を叶え、奴隷姫と揶揄されていた籠の鳥の生活からも解放してやるのだった……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
港町ハーフェンで一泊した翌日の夕方、王都に戻った一行は早速ギルド本部での報告会に呼び出された。 例によって、あの三階の応接室に通される。
本来はここに【エンジェル・ファング】のメンバーと、ギルドマスターのエルツ・シュタールも同席すべきなのだろうが、彼らはプルプレウス辺境伯のたっての願いで、まだ国境砦に滞在しているようだった。
チーフ・オフィサーのマルモア・エルフェンバインは彼らの労をねぎってくれたが、結局クエストの全体像やその顛末は国家機密という事で教えてはもらえなかった。
しかし、結果として大した事はしていなかったのだが、国家の大事とあって新人の物としては破格な額の報奨金を受け取る事が出来た。 ユリウスたちのパーティーは、一人当たり小金貨20枚ずつの分配だった。
これで待ってもらっていたギルドの年会費、大銀貨8枚も一括で支払うことが出来る。 ちなみに小金貨1枚は、大銀貨4枚分の価値だ。
『砂岩の蹄鉄亭』の宿賃も割引料金になる一ヶ月分の前払いが出来るだろう。 前払い料金は確か大銀貨なら25枚…… 小金貨なら6枚だった。
フィオナがユリウスへの借金…… だいたい小金貨10枚くらい、を全額支払っても充分残る程の額だった。 最初ユリウスは返済の申し出を断ろうとしたのだが、彼女はそれを固辞した。
「どうせ夫婦になるんなら関係ないだろう?」
「ううん、シンに借りを作ったままお嫁さんになるのは何か負けたような気がするって言うか……」
「あー なんかそれ、わかるー」
本当に分かってるんだかは不明だが、メナスが知ったような事を言って茶化してきた。
「まぁ、心に負い目のない状態で夫婦になりたいって言うコトなんだよな。 分かった、受け取るよ」
結局ユリウスは、そのお金を受け取る事にした。 ギルドの報告会から解放されると、元ギルド職員でこの手の会には慣れている筈のルシオラも流石に疲れが見えた。 軽く伸びをして深いため息を漏らす。
「ねぇ、どうする? まだ夕食には少し早いけど……」
「あ、オレは盗賊の師範のところに寄っていこうと思ってるんだ。 今日来てるって言うから」
「え〜 こないだ挨拶に行ったばっかなのに〜?」
「うん実は前回、ちょっと宿題を出されてな。 あとハーフェンで買ったお土産もあるし」
「へぇ〜 宿題か〜 そんなコトもあるんだ〜」
「じゃあさ、私たちもシャウアと合流してまた女子会開いちゃう?」
ルシオラの提案にフィオナが飛びついた。
「わ〜い、さんせ〜い! またあのパン屋さんで、たくさんラスクとか買ってこ♪」
「それな!」
どこで覚えてくるのか、メナスがドヤ顔で人差し指を立てた。
「フィオナにはお説教の続きと、その左手の指輪の説明もしてもらわなくちゃね!」
「えぇ〜〜〜っ⁈」
言いながらもフィオナは、満更でもない顔をしていた。
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例によって二階にある研修室の扉をノックすると、猫背でくたびれた風貌の中年男が眠そうな笑顔でユリウスを出迎えてくれた。
「よぉ、兄ちゃんか。 なんか大変だったみてぇだな?」
「もう聞いてるんですか?」
ユリウスは驚いた。 ギルド職員の中でもごく限られた人物しか知らない極秘の案件だと思っていたのだ。
「まぁ、噂くらいだけどな」
師範の男、バーン・トラバントに招き入れられてユリウスはテーブルについた。
「あれ、その腕…… どうしたんですか?」
ふと見ると、バーンの左腕前腕部にギプスが巻かれていたのだ。
「これな…… 実は庭の木の枝を剪定してたら梯子から落ちちまってなぁ…… 慣れないことコトはするもんじゃねぇや」
男は気恥ずかしそうに頭を掻いた。
どこかにぶつけたのか、よく見ると右目の下も少し赤く腫れている。
「それで、今日はこんな時間に何の用だ?」
「えぇ、実は前回頂いた宿題の話しなんですが……」
「おう、覚えてたか?」
ユリウスは持参した荷物袋から包みを取り出すとバーンに差し出した。
「あ、まずはこれ…… 任務で港町ハーフェンに寄ったのでお土産です」
「マジか? 気が利くじゃねぇか!」
「乾燥したアワビと貝柱です、酒の肴にどうかなって……」
「最高じゃねぇか! 兄ちゃんはいい奴だな」
それからユリウスはもうひとつ大きめの袋を取り出した。
「それも土産か?」
「まぁ、食べ物ではないですが」
ユリウスは袋の中身をテーブルに広げた。
それは兵隊や馬などのミニチュアの人形だった。 よく見ると馬車や樽、木や柵など
様々なミニチュアが用意されている。
「まぁ見ての通り子供のオモチャなんですが…… 露天にあったんで色々買って来ました」
「子供のオモチャぁあ……?」
バーンが露骨に落胆してみせる。
「これって、あのイメージトレーニングに使えませんかね?」
「ん? うーん、なるほどなぁ…… 考えた事もなかったが……」
早速ユリウスは紙に描いた地図を広げ、適当にミニチュアを並べてみた。
「ここで馬車が止まって左右から賊が出てくると…… 確かに分かりやすいかも知れねぇな」
「それで、前回疑問だった不確定要素の件もダイスを導入したら取り敢えずその場は答えが出せるんじゃないかと思って……」
そう言うとユリウスはダイスをいくつか取り出し机の上に放った。
「うん、悪くねぇかも知れん…… いっちょやってみるか」
そうしてしばらくの間、ふたりはあーでもないこーでもないとミニチュアを動かしてはダイスを振り、細かいルールを調整していった。
「はい、これでその山賊は死にましたね」
「まて、今のは遮蔽物で命中にマイナスの補正が付いてもいいんじゃないか!」
「何で山賊の味方してんですか?」
「そもそも走ってる馬の上からの射撃自体もマイナス補正案件だろうが!」
その姿は、ハタから見ればいい歳をした大人が子供のおもちゃで遊んでいるようにしか見えなかった。
「これって、もう少しブラッシュアップしたら…… 盗賊に限らず全ての冒険者の訓練に使えませんかねぇ?」
「はははは…… 冗談みてぇな話だが、現にこうして今、大の大人がふたり夢中で遊んでいるわけだしなぁ…… 本当にアリかも知れないぞ、コレは」
結局ふたりは、夕食の時間が過ぎるまで研修室に籠もりきりだった。
やがてこのミニチュアを用いたイメージトレーニングは、冒険者ギルドに正式採用される。 そればかりか【|両刃斧と迷宮《ラブリュス&ラビリントス》】というゲームとして一般に販売され、王都で一大ブームを巻き起こす事になるのだが、それはまた別の話──
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その夜ユリウスが宿屋に帰ると、四人の乙女たちによる魅惑の女子会は未だ絶賛開催中のようだった。
仕方なく独りで夕食を済ませ自室に戻ると、ほどなくして皇女のイヤリングにかけておいた【呼鈴】の呪文が反応を示した。 これは皇女の居場所を報せるだけでなく、特定のキーワードに反応してシグナルを送るように設定してあるのだ。
そのシグナルとは『助けを呼ぶ声』だ。
「きたか!」
流石に女子会の真っ最中のメナスを呼び出すのは忍びない…… ユリウスは急いで【亜空間収納】でローブと杖を取り出し身につけると【転移門】の呪文を唱えた。
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無事に救出したラウラを連れてユリウスが【転移門】で向かったのは、王城内にあるクヴァール・アインドルク侯爵の滞在している部屋だった。 もちろん辺境伯の城の地下に閉じ込められていたルベール族の少女も一緒だった。
深夜にいきなり部屋の中に黒い窓が開いて、驚くものは幸いなかった。 侯爵は既に就寝していて、お付きの者の姿もない。 ラウラは細心の注意を払って祖父に声をかけた。
「お祖父さま…… 私です、ラウラです…… 目を覚まして下さい」
ゆっくりと瞼を開いた侯爵だが、やはりすぐには状況が飲み込めないようだった。
「何だこれは…… 夢なのか?」
「いま灯りを点けます…… 驚かないで下さいね」
ラウラは【永続する光】の呪文を唱えた。 室内が魔法の光に照らされ、ラウラと後ろの二人の人影も侯爵の視界に入る。 彼は上体を起こし目を見張った。
「これはどう言う事だ⁈ ラウラ、本当にお前なのか? 後ろの者たちは一体…… それにその格好は?」
ラウラはまだ一糸纏わぬ裸身のままであった。
「お祖父さま、驚かないで聞いて下さい。 この方は三賢人の大魔導師、ユリウスさまなのです」
「ユリウスだと⁈ 筆頭宮廷魔導師だった、あの」
ユリウスは、いまだに【認識阻害】の呪文で顔を隠していた。 明るい部屋でいくら目を凝らそうと首から上がどうしても認識出来ないのだ。
「お久しぶりです、アインドルク卿。 私はユリウス・ハインリヒ・クラプロスです」
「何故顔が見えない? いやそれよりも…… 今まで一体何処で何を──」
それにはラウラが掻い摘んで説明してくれた。 とある事情で姿を隠さざるを得なかった事。 故あって今の姿も見せられない事。 最近王国周辺で起こっている様々な異変の調査の為、こうしてまた活動を開始した事を。
もっとも、それらの理由まではラウラにも伝えてはいなかったのだが……
それから彼女は今回の経緯を説明した。
皇帝の企みで開戦の口実にする為に王国領内で暗殺されそうになったが、無事に帝国領に戻れた事。 これはもちろん、侯爵も知っている事だったが。
実はアドゥストゥス辺境伯が、ラウラを手に入れるために暗躍していた事。 その企みが暴かれ、おそらく彼は皇帝によって裁かれるであろう事。 そして自分は、皇女としてアドゥストゥス城で死に、ユリウスに救い出されて今ここにいる事を……
「私はもう皇女ではありません…… もしお祖父さまの迷惑になるのでしたら平民で構いません、私に新しい王国市民の籍を用意して頂けませんでしょうか?」
「そうか、そんな事が……」
アインドルク侯爵は、いまだ衰えぬ鋭い眼光をラウラの黒瞳に向けた。
「──いいだろう…… お前の事は私が面倒を見よう。 我が同胞の、後ろにいる娘もな……」
それを聞いて、ただただ怯えて戸惑っていた奴隷の娘は声を上げて泣き出した。 ユリウスは彼女の肩にそっと手を置いた。
「そのままでは風邪を引くな…… 直ぐに着る物と、風呂を用意させよう。 もちろん、その娘にもな…… 名前は何と言う?」
もう彼女たちは大丈夫だろう…… 彼はその場を立ち去ろうとした。
「あとは皆さんでゆっくりご相談なさって下さい。 私はこれで失礼いたします」
「待て! ひとつだけ聞かせてくれ!」
今にも呼び止めようと口を開きかけたラウラより早く、侯爵がユリウスを呼び止めた。
「もう王宮には戻らぬのか?」
「はい、今はそのつもりはありません…… 今やるべき事をやろうと思っております。 国王陛下には本当に申し訳ないと思っております。 いつか必ずお詫びに伺うとお伝え下さい」
「いま王国周辺で起きている異変を調査していると言ったな? 王国の為に動いてくれていると思っていて、いいのだな」
「はい、私はそのつもりです」
「そうかそれならもうこれ以上は聞かん…… 最後にもうひとつだけ…… 孫娘を助けてくれてありがとう、心から感謝する」
ユリウスはゆっくりと頭を下げた。
彼が【転移門】を開くと、背後からラウラが叫んだ。
「ユリウスさまっ 今度は私が会いに行きますっ‼︎ 冒険者になって……」
「冒険者だと?」
冒険者という言葉に、アインドルク侯爵が驚く。
「はい、お祖父さまっ 私冒険者になって、ユリウスさまの仲間に入れてもらうんですっ!」
ユリウスはもう、ゲートの向こうへ姿を消していた。
「そうか…… もう何も言うまい」
憑き物が落ちたような晴れやかなラウラの表情を見て侯爵は全てを察したようだった。
彼女は過去を捨てて自分の好きなように生きるのだ…… そんな事は誰にでも出来る事ではない。
あるいは── あの大魔導師も
10年前の彼なら、もしかしたら激怒していたかも知れない。 そうでなくても孫娘の自由を許したりはしなかったろう。 だが老齢となりこの子の母である実の娘も病死した今、ただ願うのは王国の安寧よりも孫娘の幸せだった。
この娘が幸せならそれでいい……
かつて赤銅色の猛将と恐れられたクヴァール・アインドルクは、静かに灰色の瞳を閉じた。
今回で『赤銅色の奴隷姫』のエピソードは一応の完結です。 ただ、第二章はこれで2/3くらいになりまして…… もう少しお付き合い頂けると嬉しいです。 次回、ユリウスたちパーティーは新たなクエストを受注するためギルド本部へ向かい……
─────次回予告─────
第68話 ~シュテッペ村再び〜
乞う御期待!




