表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
63/111

63 ~死の谷の洞窟〜

──────前回までのあらすじ─────


 晴れて冒険者となったユリウスたちの初クエストは、帝国からの要人の影武者を警護する任務をだった。 しかし囮役と思われたその少女は、何と要人本人であった。 賢者としてのユリウスを知っていた少女は、彼に帝国の恐ろしい企みを打ち明けるのだった……


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 皇女がアドゥストゥス辺境伯の城に着いたのは、ユリウスたちと別れた翌日の事だった。


 帝国からの迎えはすぐに砦に到着したが、皇女が疲労を訴えたため大事を取って砦で一泊させてもらえる事になったのだ。 


 煌びやかな衣装に身を包んだ太った中年男性が、芋虫のような指を組み合わせて手揉みをしながら彼女を歓迎した。 その男、アクィルス・アドゥストゥス辺境伯は、何とも複雑な表情をしていた。 そもそも無事に帰って来るはずのない客人である。 往路では皇帝直属の隠密集団【黒後家蜘蛛(ブラックウィドー)】に襲撃され王国の護衛はほぼ全滅したと聞いている。


 もっともその隠密集団も王国の兵と相討ちになり、ほとんど壊滅してしまったという話だが……


 帰りの道ではもっと少数で静かに暗殺する手筈に変更されたらしいのだが、彼には詳しい計画は知らされなかった。


 だから男は独自に傭兵団を雇って皇女の拉致を画策した。 最初にクラールハイトの森に侵入してきた大型の馬車二両は、明らかに王国の兵が満載されて手が出せないと報告を受けた。 彼は憤慨した。 50人もの傭兵団が一体何を言っているのか⁈


 しかし程なくその兵団が囮だったと判明し、辺境伯は辛うじて溜飲を下げた。 ならば次に来る馬車が本命に違いない! 辺境伯の逆鱗に触れかけ傭兵団も奮起した。 決死の覚悟で挑みかかり、そしてあえなく返り討ちにあった。 王国の国境砦にも潜ませている間者からの報告を伝え聞くところによると、その馬車には【Aクラス】の冒険者チームのほかに、伝説と謳われた剣聖(ソードマスター)【鋼のエルツ】が護衛していたのだと言う。


 本当にそんな事があり得るだろうか……?

エルツと言えば、とうの昔に引退し冒険者ギルドのギルドマスターになったと聞いている。 もし本当だとして、そんな老人に果たして50人からの傭兵を倒せる物なのか……


 およそ戦闘などとは縁のない人生を送ってきた彼には見当もつかない事だった。


 彼に今出来る事と言えば、上っ面だけ取り繕った穏やかな笑顔で、ただ皇女殿下を迎え入れる事だけだった。


──────────


 皇女ラウラは、用意された部屋で寝台に突っ伏していた。 ずっと張り詰め通しだった神経がここへ来て限界を迎えたのかも知れない。 部屋の中には三人の侍女が待機している。 二人は帝都から連れて来た気心も知れた者たちだったが、一人はこの城の侍女でアドゥストゥス辺境伯の監視役だろう。 私語ですらままならないもどかしさに息が詰まる。


 真っ先に思い浮かべるのは賢者ユリウスの顔だった。 彼は思い出と変わらない── いや、当時よりも若々しい姿で彼女の前に現れた。 そして彼女に迎えに来ると言ってくれた。 しかし、本当にそんな事が出来るのだろうか…… 彼女には分からなかった。


──────────


 ちょうどその頃、辺境伯の手持ちの軍勢約百騎が【死の谷の洞窟トートタール・ダンジョン】に向けて進軍を開始していた。

 皇女の到着を受けての出発は不測の事態に備えた物だったが…… 既にこの状態がその想定外の出来事であった。 皇帝が皇女を暗殺するか自分の私兵が皇女を拉致するか、ふたつにひとつだと辺境伯は思っていたのだ。 皇帝には万が一にも叛意があると勘繰られる訳にはいかない。


 この軍勢の目的は、名目上は覚醒したと言われる【漆黒の暴竜ルイン】の調査。 可能ならば討伐という物だ。 しかし実際にはかの竜の消失は間違いなく、その確認と迷宮内の調査が真の目的であった。


 未だ手付かずの財宝が眠ると言われる【ドワーフの大洞窟(グレート・ダンジョン)】── それも伝説の古竜エンシェント・ドラゴン【ルイン】が護っていた(ネスト)ともなれば、その価値は計り知れないものがあるだろう。 あるいはその財宝と【魔法遺物(アーティファクト)】の数々で、皇帝を凌げるほどの武力を持つ事も可能かも知れないのだ。


 だからこそこの軍勢の指揮官として、軍人ではない錬金術士の、ギルウゥス・フルウゥスという男が率いているのだった。 灰色のローブ姿の初老の男性。 どこか体が悪いのか、骸骨のような風貌の不気味な男だった。


 彼らは【ルイン】の不在を確認し、そのまま【大洞窟】の探索を開始する計画なのだ。


──────────


 アクィルス・アドゥストゥス辺境伯は、生涯で未だかつてない程狂おしいまでに逡巡(しゅんじゅん)していた。 今自分の居城に、ずっと手に入れたいと思い焦がれていた宝石がある。 それは赤銅色に輝く可憐で美しい宝石だった。 手に入れたいと切望しながらも、絶対にそれは叶わないと諦めてもいた宝石だ。


 それが何と、もしかしたら手に入るかも知れないと思う出来事が数日前に起こった。


 皇女の王国領へのお忍び旅行──

表向きは祖父であるアインドルク侯爵への成人前の最後の挨拶という事になっていた。 しかし皇帝は、皇女が亡命もしくは何らかの情報を持って王国へと向かうのだと判断した。 その根拠は、まずは唯一の肉親である母親の死。 間近に控えた自身の成人。 そして【死の谷の洞窟】での一連の異変も無関係ではないように思えた。 


 あの娘は何か情報を掴んでいる。 


 確証はなかったが皇帝はそう踏んでいたのだ。 だから皇帝は、皇女を切り捨てる事にした。 いずれは九番目の王妃に加えた母親の代わりに、非公式の寵姫にしようと思っていた娘だが、事ここに至っては開戦の口実のための捨て駒に使うのも止むなし、と。


 その指令が届いた時、辺境伯は驚きと同時に歓喜した。


 どうせ殺すなら横からもらっても構わないのではないか。 屍体は、そうだ…… 同じ年頃のルベール族の娘を手に入れて身代わりにすれば良い! 完璧な作戦に思えた。 問題は必ず動くであろう皇帝直属の隠密部隊の事だが、ここは何と言っても自分の領内だ…… 何とかなるという、根拠の無い希望だけが膨らんでいった。


 ──しかし、その計画は全て水泡と帰したのだ。


 隠密部隊【黒後家蜘蛛(ブラック・ウィドー)】は皇女を暗殺出来なかったが、自分の傭兵たちもまた皇女の拉致に失敗したのだった。


 いま、皇女ラウラ・フロイデ・アルゲンテウスは、この城の一室にいる。 今はまだ自分の手の届く範囲に留まっているのだ。 身代わりの奴隷娘も地下に繋いである…… 言い訳が多少面倒だが、自分の領内で事故にあって死んだのだとしても、それは仕方のない事ではないだろうか?


 あと必要なのは『決断』だけのように思えた。


 手に入らないと思っているうちは我慢も出来た。 しかし、一度手に入ると思ったものは、なかなか我慢出来るものではない。 特にこの、何不自由なく生活している醜く肥え太った奴隷商人のような男には……


 アドゥストゥス辺境伯は意を決して立ち上がった。


 今夜あの美しい宝石を…… 自分の物にする、と!


──────────


 一方辺境伯の軍勢は、ザントシュタイン山脈の麓を街道に沿って北上していた。

 部隊を指揮する錬金術士のギルウゥス・フルウゥスは、いつになく上機嫌だった。 それはそうだろう…… 永きに渡り古竜の護っていた遺跡を好きなように物色し略奪出来るのだ。 こんな経験は一生に二度とあるものではない。


 程なく部隊は【死の谷の洞窟】の入り口が見えるところまで差し掛かった。 ギルウゥスは柄にもなく掠れた声を張り上げた。


「全軍停止! 馬を止めよ! これより予定通りまずは斥候隊を送り込む。 隊が戻るまで、全軍ここで警戒しつつ待機とする!」

「部隊長殿! あれを見て下さい!」


 先頭近くの兵が叫んだ。


「何だっ⁈ 何か問題か」

「それが…… 洞窟の入り口に誰かおりますっ!」

「……何だと」


 ギルウゥスは部隊の先頭付近へと不慣れな馬を進ませる。


 ──果たして、洞窟の入り口に小さな人影がひとつ立っていた。 少年のようだ。


「お前は何者だ⁈ ここはアドゥストゥス辺境伯の領地である。 伯爵の許可なく、如何なる者も勝手な探索は許されんぞ!」


 近くの村の子供なら、これで震え上がり逃げ出すか平伏する筈だった…… しかしそうはならなかった。


 その少年は、だいたい10歳くらいだろうか? 銀色の美しい髪と吸い込まれそうな黒い瞳をしていて、身体にぴったりと張り付く奇妙な黒い服を身に纏っていた。 一見少女かと見まごう程の中性的な美しい顔立ちをしている。

 彼は百騎の軍勢を前にしても、全く気負うこともなく気軽に話しかけて来た。


「ねぇ、誰か知らない? この辺に【賢者の石】があった筈なんだけド……」


(賢者の石…… だと?)


 錬金術士のギルウゥスには心当たりがあった。 【漆黒の暴竜ルイン】の覚醒を誘発した異常な魔素(マナ)の集中── まさかあれは【賢者の石】だったのか……⁈ あり得ないと思う一方、もし【賢者の石】があったのだとすれば全ての説明がつくとも思える。


「小僧っ! お前は中から出てきたのか⁈」


先頭近くの兵士長が叫んだ。


「そうだけど…… それがどうかしタ?」

「竜は…… 屍体でもいい、黒いドラゴンを見なかったか?」

(余計な事を……)


 ギルウゥスは思った。 その美しい少年は、少し小首を傾げてから何か思いついたように笑顔を輝かせた。


「あぁ、あれがそうなんだ! 何かな? とは思ったんだけド……」

「そうか…… それ(・・)を見たという事は可哀想だがそのまま帰すわけにはいかんな」


 少年の表情が能面のように無表情になった。


「ところでアンタたちは何? どうでもいいけド……」

「無礼な! 我々はアドゥストゥス辺境伯旗下の調査隊である!」

「両手を上げてゆっくりこちらへ歩いて来い…… 大人しく縛に付け!」


 この中でギルウゥス唯一人だけが異変に気付いていた。 大気が震える程の魔素が、その少年の周りに集まり始めていた。


「いかん…… そいつは……」


「まぁいいや…… アンタたちに恨みはないけど、邪魔をするって言うなラ」


 その時少年の背後に直径2m程の光輪が姿を現した。 それはよく見ると半透明に光り輝く何かの魔法陣のようだった。 それはまるで…… 神々の彫像や天使の絵画に描かれる後光のようにも見えた。


 その姿を見て全ての兵が武器を構えて少年を警戒する。

 ギルウゥスは掠れた声を何とか絞り出し撤退を叫ぼうとしたが、乾いた喉が張り付いてうまく声は出なかった。


──────────


 アドゥストゥス城の貴賓室──

部屋の中央にバスタブを用意してもらい、皇女ラウラは湯浴みをしていた。 普段なら侍女たちも付き従うのだが、なぜか今は辺境伯の侍女に呼ばれて席を外している。


 あの忌々しい貞操帯は、ここでは外す事は出来ない。 しかし【防水・防錆】の魔法がかけられているため湯浴みくらいなら問題はなかった。


 皇女は並々と注がれた湯の中に身体を伸ばし天井を仰ぎ見た。 黒い髪は水の中で広がり、透明な液体を通して赤銅色の肌がキラキラと輝いている。 彫刻のような美しい顔と辛うじて膨らみかけた胸の先端だけが水面に頭を出していた。


 王国の未来は王国自身に託した。 祖父と母の故国であるという以上に皇女自身には思い入れはなかった。 しかし短い間だが王国の人たちに触れ、帝国よりも人々が温かく活き活きとしている印象を受けた。 出来る事ならあの国に大きな災いが降りかからない事を願う……


 しかし、使命感で張り詰めている間は平気だった不安が、今頃になってじわじわと鎌首を持ち上げてきた。 これから自分はどうなってしまうのだろう……


 頭をよぎるのはやはり彼の事だった。

賢者ユリウス…… 彼の事は信じていたが、実際にその力を目の当たりにした訳ではない。 本当に私を連れ出すような事が出来るのだろうか。


 その時、背後でカチリと音がした。

正面の大扉ではなく、侍女たちが出入りする控えの部屋からの扉の方だ。 皇女が半身を起こし振り返ると、そこには丸々と肥え太った人影…… アドゥストゥス辺境伯の姿があった。


「何事ですかっ! 無礼者っ」


 貴族ゆえの習慣から、剥き出しの胸を隠すこともなく毅然と皇女は言い放った。


 しかし彼女の身体を舐め回すように睨め付ける男の視線が、皇女の心を折った。


「……美しい」


 あまりの嫌悪感から、本能的に片手で乳房を覆う。


 豚のような奴隷商人は、巨体を揺らしながらゆっくりと浴槽に向かって歩き始めた。


──────────


「さてと…… 次はどこを探したもんカ」


 その少年は、両手を上げてゆっくりと背伸びをしてから呟いた。


「あ、そうだ…… 一人くらいは道案内にとっといてもよかったのかナ?」


 見渡すと【死の谷の洞窟】の入り口付近には無数の人と馬が折り重なるように横たわっていた。 弓を持っている兵、槍を持っている兵、剣を抜いている兵。 ただ一つ確かな事は、それらが役には立たなかったという事だろう。


「まぁ、いっカ……」


 その中に息をしている者は、ひとつとしてなかったのだから。


 すみません、また遅れてしまいました……


次回、タイトルは不穏ですが、……


─────次回予告─────


第64話 ~ある皇女の最期〜

 乞う御期待!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ